Home > Archives > 2006年12月 Archive

2006年12月 Archive

金持ちパエリア?

DSCF0768.jpg
28日木曜日11時50分、お待ちかねのすみいちさんのパエリアがきました。今年最後の追い込みの図面チェックを皆でしていたのですが、パエリアの匂いが事務所に充満してくると、もうだめ。仕事なんかしている場合ではありません。気もそぞろになっているときは、チェックなんかぜえったい無理!やめだやめだい~っと宮崎弁でいうところの”しごつうっせらかして”パエリアの回りに集まってきました。一同「すげー!」
おいしいものを食べるというのは幸せなことです。特にすみいち一家が心を込めて作って下さったこと知っているので、何倍もおいしい!今年もつつがなく皆元気で過ごせました。たくさんの人と知り合いになれてほんといい一年でした。皆さん、よいお年を!来年もよろしく!

仕事納めまでカウントダウン

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2006年12月27日 19:07
  • 仕事

クリスマスもほとんど気がつかないうちに素通りして、仕事納めまでカウントダウンに入っているのに、仕事もまだ区切りがつかない。掃除もまだ、お歳暮もまだ贈ってないぞ、年賀状もまだ出していない、ホームページもいっこう進まず・・・まだまだだらけ。なのにお供え餅はもう手に入ってしまった。
明日のお昼はすみいちさんのパエリアがくる。書類が積上げてある打合せ机をなんとかして、散らかっているところは見なかったことにして、パーティーです。どんなのがくるか皆楽しみ!掃除は後で考えよっと。
それにしても、加藤先生はクリスマスもなんのその。コンスタントに毎日写真付きブログ出してる。すごいな。

ポンカン送付寒冷地仕様

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2006年12月26日 17:53
  • 仕事

夫の本州最北への出張の準備、どこから手をつけようと思っていたら、秋田の友人通称ロドリゲスの旦那が、すべらない靴からコートから下着から寒冷地仕様一式そろえて、本当にどんと送ってきた。こちらで用意するものなし!やった!
お礼に南国の味ポンカンを送ることにした。日南の色艶もいい、いかにも太陽をいっぱい浴びたというオレンジ色がぎっしり。2箱抱えてレジにいくと「冷蔵で送りますから」と言われた。寒いのにポンカン冷やしてどうするのよ?
秋田以北に送るときは冷蔵にしないと、ポンカンが凍って食べられなくなるそうだ。冷蔵庫の方が外気より暖かいってこと。知らなかった・・・。
秋田は雪がいっぱい降るが、夫の出張地下北半島の太平洋側は強い風が吹いても雪は積もらないそうだ。新潟柏崎は真冬に横走りの雷が轟いて停電になることがあると、かの地に住む友達が言っていた。北国イコール雪だけではないのね。
宮崎の平地で雪が積もるのは珍しい。むか~し結構積雪があったとき、我が家の東隣に住む姑兄夫婦は小さい雪だるまを作って、冷蔵庫にお供えして、客が来るたびに、厳かに冷蔵庫を開けて拝ませていたそうだ。ロドリゲスの旦那には理解できないだろうなあ・・・。

訓練生を受入れる

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2006年12月25日 08:30
  • 仕事

株式会社アシストユウの小幡社長から「うちの会社で職業訓練している生徒さんの職場実習受入してもらえない?」と依頼があった。勉強しているのはWordやExcel、簿記、ホームページビルダー、CADなどのパソコン事務。私共は小さい事務所だけど毎日パソコンを駆使している。空いているパソコンもあることだし、快くOKした。
パソコンを使うというのはもう特別なことではない。設計や製図を生業とする私共の業界では、CAD(作図ソフト)が操作できるというのも鉛筆と紙を持つ感覚で、出来て当り前。肝心なのは作図する資料の図面やデータをいかに読むかだ。
仕事は会社に入ってみないとわからない。夫が起業するまで、今やっているような仕事があるなんて夢にも思わなかった。高校3年のとき進学を考える上で選択肢から真っ先にはずしたのは”数学”。よもや30歳過ぎてその”数学”と再会するとは想像だにしなかった。OL時代、お茶くみやコピー取りはいやでいやでたまらなかった。
希望通りの人生を歩んできたわけではない。でも、どんな些細なことでも役に立たなかったことはひとつもなかった。これでしか飯が食えないと思えばやるしかなかった。そしてその中に楽しみを見出してきた。
来年から来る訓練生さん、皆楽しみに待っています。ここでの体験があなたの人生にプラスになることを信じて・・・。

宮崎県人、雪国に出張する

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2006年12月23日 11:35
  • 仕事

本州の最北、青森県下北半島にあるプラント施設に、年明け早々夫の出張が急遽決まった。暖冬とは言え、極寒の地に送り出すのは”命がけ”という雰囲気が漂う。
らくだのももひきは何処で買ったらいいの?腹巻はいるの?靴の中に毛が生えてる、じゃなくて毛皮が貼ってある靴は何処に売っているの?
夫も初めての真冬の雪国出張に、妻の浅はか知恵だけでは頼りにならんと思ったのだろう、秋田県に住む友人、通称ロドリゲスの旦那に連絡した。ロドリゲスの旦那、家業の不動産やさんの仕事は横に置き、”まっかせなさいっ!”とばかりに矢のようにメールが入ってくる。

「コート送ったよ、月曜日につく。旧式だから肩パットが大きいけど」・・自分で着てファッションショーしてる映像まで送ってきた
「心配要らないよ」・・送り出すほうは心配なの
「宮崎じゃ遠くていけないけど、青森なら会えるね」・・ん?なんだ?
「靴は旧式だけどスパイク付とハンチング帽子、耳あても送ってあげる」・・そういうのもいるんだ
「そっちで買うのは、綿のストッキング、男子用パンストのことだよ。Lサイズね。それと手袋、革か毛糸のね。下着は勝手にしろ」・・男子用のパンストって何処で売ってるの?山形屋?
「パンストは青森空港で履いた方がいいよ」・・なんとご丁寧な
「雪国の歩き方は、歩幅を小さく、両手でバランス取るようにベタ足で歩くこと」・・そうそう、ここが妻としては心配なところ。すべって転んで骨でも折ったらどうしよう
「青森まで出てこないと会ってあげないよ。大館まで来る?泊りがけでないと会えないね、フッフッ」・・・・・あやしい・・・

ありがたい限りです。でも二人ともちゃんと仕事しなさいねっ!

今年の運勢

細木数子も当らない、星占いも全然ダメ、高島易断も違う、四柱推命も誰のこと?暮になると、今年の運勢の本を引っ張り出してきて、ご苦労なことですが検証してみます。
数冊積まれた本の中、今年11月、事の善し悪しは分からないが、富士山がひっくりかえるような出来事が起こると書いてあったのがありました。私はこの言葉に今年初めからおびえていたのです。何がくるんだろう。絶対いいことじゃないな。びくびくびくびく・・・。
11月・・・来ました。思いも寄らぬほうから、来ました。富士山はみごとにひっくり返り、私はこなごなに砕け散り、やっぱりよくないことでした。別に身体的や金銭的に実害があったわけではありませんが、かなり強烈な精神的なダメージでした。
1ヶ月ほどたって客観的に見られるようになると、それは起こるべくして起こったけれど、事態が悪化していない時点でわかったので、意外といい方法でその後の対処が出来ていたことが分かりました。究極の時には回りの人たちの本音が出ます。最悪のことを考えている私以外は、夫をはじめ、みんな楽観的で救われました。

来年の運勢は、ひっくり返った富士山が、大吉に変化をとげるとあります。ぜひそうあってほしい。仕事もみんなのがんばりで、いいことの胎動が聞こえてきつつあります。心を引き締め、来年もがんばらなくっちゃ。

ケヴィン・コスナーと話したい

語学の上達は、動機が不純なほど上達するといいますが、30歳に手が届くころ、米国俳優ケヴィン・コスナーに寝てもさめても傾倒し、”もしケヴィンに誘われてお食事することになったら、I love you だけでは会話がもたない。もっとお話できるようになりたい”と本気で英語の勉強を始めました。
当時、愛知県で最強の主婦の英語勉強会を主催していらした青山静子さんの本や講演に感動し、通訳をめざすかと望みはどんどん膨らんでいきます。学生時代、英語は墜落間近の超低空飛行。しかし、ケヴィンと話すぞという不届きな動機は、私のやる気をおもいっきり引き出してくれました。

・・・でもやめました。というより通訳は向いていないことがわかったからです。
当時現役の通訳をやっていた友達が「あんた絶対向いてない。通訳というのは人と人との間に入って、相手にわかりやすく、かつビジネスがうまくいくよう伝えるのが役割で、黒子なのね。あんたは、んにゃ、そら違う。私はこう思うって自分でしゃしゃり出て、意見言っちゃうでしょ。そういうのは通訳ではなく、通訳してもらう人なの」
実にごもっとも。仰せのとおりでございます・・・。

まあ続けてやっていても、通訳になれるほどの才能はありませんでした。でも、日本語だけでなく、英語を通して得ることが出来た知識は、私に楽しみごとを増やしてくれました。

で、肝心のケヴィン・コスナーですが、美人の奥さんと離婚したとたん、急速に興味なくなってしまいました。

『君が代』はおいしいものの歌

ドーハでのアジア大会が終了しました。センターポールには、誇らしげに日の丸が何度も揚がり『君が代』が何度も流れました。
私が『君が代』を”きちんと”覚えたのは小学校に上がる前。明治生まれの祖父が、背筋を伸ばし正座し、私と相対峙し、いわゆる口伝で教わりました。

きいみいがあああよおおおわー
ちいよおにいいいやあちいよおにいさあざあれー
いいしいのおーいいわあおおとおなあありてえー
こおけえのおーむうすうまああでえー

重々しく、覚えたか?と問う祖父に「はい!お相撲のとき皆で歌うの聞いているから大丈夫!小学校ではちゃんと歌えます!」祖父は満足そうにうなずきました。
以下私の解釈

母が作ってくれる卵の黄身がのっているあつあつの真っ白なおかゆ
千代紙においてある千葉のおばーちゃんちのさざえのつぼ焼き
とても硬い浅草の岩おこし
巣鴨駅前で売っているほかほかのむし饅頭

小学校6年間、よだれが出そうな思いを押しとどめながら、胸をはって堂々と歌い続けてきました。なんで日本の国の歌に、こんなおいしそうなものがぞろぞろ出てるのだろうかと微かな疑問を抱きつつ・・・。

中学に入って最初の音楽の時間、初めて文字で見た『君が代』に仰天しました。知らなかった・・・。誰にも言えませんでした・・・。

田舎暮らし

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2006年12月18日 09:04
  • 田舎暮らし

DSCF0764.jpg
先日首都圏に住む団塊世代夫婦が、退職を機に田舎に800坪の土地を買い、家を建てていく過程を綴った番組がありました。かく言う私たち夫婦も、12年前神奈川県から宮崎県に猫7匹連れて越してきました。タヌキやウサギやホタルが出る場所を希望したわけではなく、たまたま夫の両親が隠居屋として建てたけど一度も住んだことのない家が空いていたから、ころがりこんだのです。
先週の市の会報に、他県から移住希望者の説明会が開かれたと載っていました。地方自治体の住んでもらいたいという願いと、退職後は田舎でのんびり余生を送りたいという願いがマッチすればいうことありません。
でも・・・家はただの器にすぎず、広大な土地はやがて雑草が生い茂り、手に負えなくなります。一番肝心なのは”人との付き合い”。
初め遠巻きに見ていた近所の人たちは、そのうち土足でズカズカ入り込みだします。親しくなりたい。でも入りすぎてもらうのは困る。その兼ね合いが難しい。”東京人はどんげなもんじゃろかい””そのうちしっぽ巻いて帰っていくわ”そんな声も聞こえてきます。
私たちは有り難いことに近所に親戚がいて、さりげなく田舎のしきたりを教えてくれたり、影で私たちの援護射撃をしてくれていました。そういう人たちの暖かい思いやりのおかげで、今では部落の皆さんと仲良くお付き合いでき、ここに来て本当によかったと断言できます。
宮崎県は温暖な気候、一年を通じて野菜や魚やおいしいものに恵まれ、住むには本当にいいところです。たくさんの人に移住してもらいたい。でも住むなら、覚悟を決めて、誠実に人との繋がりを大事にしていくこと。都会の気取った流儀は通じません。

迷惑メール

事務所のオフィシャルメールを開くと・・・おー来てる来てる。防御システムすり抜けて、わけのわからん英語のメールやら、お色気たっぷりのお誘いメール。よくまあ毎日飽きもせず、手を変え品を変え書いて来るもんです。
今朝のは『美人社長とセルフ契約』『あなただけに特別の女性ご紹介』『素直になれる上海発出会いサイト』・・・どうして男対象のしかこないのかなあ。熟女がここにはふたりもいるのに。男の人の方が、周りを見渡し思わずクリック!する確立が高いからかな。
知り合いに、夜中”お言葉に甘えて”クリック!していったら、デスクトップに、くねくねしたおねーちゃんがぺっとり張り付いて、どうしても消えてくれない。幼い息子たちはそれを見て大にこにこ(小さくともやっぱり男だ)。奥様は・・・。結局泣く泣くパソコンごと捨てて、新しいパソコンを買ったというところがありました。
私にも『加藤忠宏からあらんだまさんに特別なメッセージよ~』なんてきたら、思わずクリック!  
    しない

大学全入時代

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2006年12月14日 14:01
  • まったく!

今朝のニュースで、来年から大学入学希望者は数字上、全員入れるようになるので、各大学は入学してもらうために、あの手この手。例えばエステ、天然温泉、ビリヤード、レストラン、アミューズメント施設にフリーパスなどなど完備していっていると放送していた。

こんなこと言いたくないけど、でも言っちゃうけど、学生がいないと経営できないといえども、こんなに学生に媚びていいのかな。大人が先に手を回して、ご機嫌をとって、卒業したら、人にやってもらって当たり前の人間が出来上がらないかな。すばらしい施設があることのありがたさ、支えてくれている人たちの暖かさ、お金の尊さ、ちゃんとわかってる?

現に、この4月神奈川県のN大学に入学した甥。一人暮らし始めたとたん、たががはずれた。入学金や授業料が思いっきり投入された最新施設のりっぱな大学を、君は何に使ってるの!なあにが大学生だ!あんまりバカやってると、あの世から君の親が化けてでてくるぞ!
しっかりやらんかいっ!

再会

”ビフォア・サンセット””ニュー・シネマ・パラダイス-ロングバージョン””チルソクの夏”いずれも国は違えど、恋人同士の再会が描かれている映画です。
何年もの月日を経て、ふたりのまなざしが交錯する瞬間を、画面のこちら側で見ている我々-究極ののぞきの連中-は、好奇心と羨望をこめて待ちます。
人生の中でも特段の輝きを放っている、ふたりしか知りえない、純粋な気持ちでお互いを見つめあっていたその時間・・・振り返り、そして今の生活に必ず視線を移していきます。
あの時あのまま一緒になっていたら、今より幸せだったか・・・それはわかりません。恋愛でなくとも、後年なにかでつまずいたとき、道が二股に分かれた時点までさかのぼり、答えを求めようとします。でも最近、それはしてもしょうがないことだと思うようになりました。もう若いころには戻れませんから。

再会の映画は、心地いい余韻を残して終わります。
私も負けじと思いをめぐらせようとしたとき、えっ?なに?靴下?いつものところでしょ。ん?ない?はいはい、今行きますよ。・・・現実にぐいと引き戻されました。

洗顔

DSCF0757.jpg
小さいとき、祖母とお風呂に入ると「お顔は”しゃぼん”でごしごし洗いなさい」母と入って手抜きでもしようものなら、頭つかまれ、石鹸を塗りこんだ手ぬぐいでごしごしやられる。顔はそうやって洗うものと刷り込まれ、何十年もタオルでごしごしごしごし。
ところが、それはダメ!お顔はよーく石鹸を泡立て、泡で洗うのよ、皮膚を傷つけないように、やさしくやさしく・・と世の中変わっていた。仕方がない。今までやってきたことは、記憶の中で無かったことにして、石鹸にこだわり、”おくら”の入っていたネットに石鹸を入れて泡立て、やさしくやさしく洗う。
なんかちょっと違ってきたかな、とニマっとしていた矢先、テレビに映った佐伯チズ女史「洗顔は絶対やってはいけませんっ!!」60歳をはるかに超え、あのお肌の持ち主が言うのだから説得力は抜群なんだけど・・・。
歯の磨き方も、体操のやり方も、食事の取り方も、昔がっちりと教わった方法が、いつの間にやら”それは違う”と切り捨てられていることがなんと多いことか。

おばさんは「今さら何よ」と聞かなかったことにして、今朝もお気に入りの石鹸で洗顔してきました。

槙の木

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2006年12月11日 09:45
  • 田舎暮らし

DSCF0755.jpg
我が家の西隣の木戸口に立っている槙の木の下枝がこつ然と消えた。当然、西隣殿が車の出入りに邪魔になるので切ったに違いないと、猛然と押しかけ「切るときは言ってくださいねっ!」ちっちゃくてかわいらしい奥さんは「と、と、とんでもありません。あらんだまさんちの木を切るなんて、めっそうもない」ぶるぶるぶると全否定。・・・じゃ誰よ?

・・・とんでもない事実が判明した。私が「切っていいよ」と承諾し!同じ部落に住む姑弟の山師おやじが切って!!隣の部落のじーさんが売って儲けた!!!
地主は私たち夫婦、でも木を植えたのは山師おやじ。植えたもんに「くれんか」と焼酎持って頼み「おーいいど、甥っ子たちには後でゆうとくわい」のどこが悪いかということだった・・・。

他人の山に勝手に木を植えて、うちげの山じゃ。他人の山の木を切って売って、知らん顔。面替え(譲渡)がしちょらんから、うちげの土地じゃ、等等。年寄りが多く住む我が家の周りでは、法を持ってしての常識では考えられないことが、往々にして起こる。

私は西隣殿に菓子折り持って平身低頭。今は穏やかなお付き合いをさせていただいております。

ソフトのバージョン

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2006年12月 8日 08:32
  • 仕事

客先に提出した図面が、文字と図の重なりがあり、体裁をなしていないと戻ってきた。
昨今、ネットを使って図面データのやり取りでできるようになったが、ここがけっこう曲者なのだ。図面作成ソフトいわゆるCADのバージョンによっては、作図したものが見れなかったり、ばけてしまったり。気をつけていたつもりだったが、先方のソフトのバージョンが最新だったため、迷惑をかけてしまった。
起業したころ、図面はドラフターを使って描くものだった。それがパソコンの普及と共に、字がへたな人も、線がうまくひけない人も、CADなら作図できるようになった。反面、パソコンに抵抗がある人たちは自然淘汰されていった。
図面は、依頼してきたお客様の、そのまたむこうのお客様の、もしかすると、そのまたむこうのお客様が、どういう状況で使われるのかを想像してデータにする。
しかし前提条件として、パソコンにそれ相当のソフトが備わっているかということ。またソフトを新しくしなくては・・・。それがこの仕事で生きるということだから。

花嫁

DSCF0754.jpg
夫の友達のお嬢さんの結婚式に代理で行ってきました。どのテーブルにもカテゴライズされなかったようで、新婦のお母さんとおばあちゃんの間に”親戚のおばさん”としての待遇です。
花嫁さんの内掛け姿をみて、突如4半世紀前の場面がよみがえってきました。

おばーちゃん美容師さんに着付けていただいた鬘がなんかぐらぐらするので、おしとやかに座っていたのですが、お腹はへるわ、のどは渇くわで、目の前にあったジュースをストロー使わず飲み干したとたん・・・鬘がはずれた・・・。手で押さえたら、末席に座っていた親戚のおばさんが、着物の裾を翻し、私めがけて駈けてきて、かぽっと元の位置にのっけてくれました。
あまりのことに、司会者が「はい、花嫁退場退場、お着替えしてきなさいね」
大爆笑の中、控え室に帰って、内掛けを脱いで長じゅばん姿、頭にはまだ取れかかった華やかな鬘。複雑な思いで座っていると、入ってきた姑あらんだまばーちゃん「記念よ記念、はい、笑って!」と世にもおぞましき写真を撮ったのです。

いかんいかん、人の結婚式に来ていたんだった。

引き出物の紙袋には、なにやらケーキが入っていそうな大きな長い箱。わーなんだろお、ロールケーキの大きいのかな?2本ぐらい入っているのかな?待ちきれずに車に乗り込んで、がばっと開けると、箱に”みっちり”食パンが入っていました・・・。
ともみちゃん、えいじくん、お幸せに・・・。

おお、そうじ

DSCF0740.jpg
友達が我が家にやってきて「あんたんち、きれいなの通り越して、なんもないね」とぬかした。
3年ほど前、風水に”家を片付けると幸せが舞い込む”とあったので、1つ買っては2つ捨て、思い出は心の中いらないものは家の外、を実践していったら、今や当時の家の体重の3分の1になり、どの部屋で大の字で根っころがっても、どこにも手足をぶつけなくなった。もったいないとしまっていた食器も使い、いつか着るだろうととっておいた服も捨て、ほんの少しのお気に入りの物とお気に入りの夫にかこまれて暮らす、ああこの幸せ・・・。

が、見てしまった・・・風呂場のタイルの目地の黒いカビ・・・。お風呂に入るときは眼鏡してないしぃ、夜だしぃ、忙しかったしぃ・・・は言い訳。ちゃんとそうじしていたつもりがしていなかっただけ。
なるべくなら自然にやさしい洗剤を使いたかったけど、強力なカビ取り剤を使ってしまった。あっという間に白くなったけど、来年、我が家のまわりにホタルが出なくなったらどうしよう・・・。

新田原基地の航空祭

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2006年12月 4日 19:19
  • 田舎暮らし

2D92D5sh0009_I.jpg
宮崎市から西都市の妻に入る途中に、視界180度ばっちりのところがあります。昨日の昼過ぎ、そこに差し掛かると、ベンツも軽もワゴンもずらずら止まって、人が大勢同じ方角の空を見上げています。助手席からいぶかしげに視線を移すと、編隊を組んだ飛行機4機がぐんぐん登っていきます。
そう、新田原基地の航空祭の日でした!
これは見にゃいかんと、近くのコンビニに車を止め、カメラカメラ・・・ところがバックを探せどありません。仕方がないので、やみくもにケータイのカメラを向けましたが、あっという間に通り過ぎる飛行機はレンズに入らず、飛行機雲だけがわずかその形跡を残しています。
どこにいったのだろうときょろきょろしていると、スピードの遅い1機が上がってきました。あれなら撮れるとケータイを向けると、なんか動きが変。羽が上下に動き始めました。ん?鳥?・・・まぎらわしいね・・・
「そこの鳥、どけどけっ!」と言わんばかりに、ボーリングの並べたピンような編隊で、爆音を上げながら戻ってきました。かっこいい!
でも内心、どきどきしていました。羽がぶつかりませんように。無事ショーが終わって帰還できますように。そして、あの戦闘機がいつか武器を搭載して、他国に飛び立つようなことがありませんように・・・。

東京ビジネス・サミットに行きました-番外編

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2006年12月 1日 08:26
  • 仕事

サミットを見終えると、お楽しみのお夕飯。宮崎商工会議所の旗振り隊長S次長の、”水も漏らさぬ段取り”に、何にも考えないでくっついていくとありつけます。
6時に新橋駅の機関車の前で待合せ。
「どうやって新橋までいくの?」と聞くと皆怪訝な顔をします。実は、わたくし東京生まれの東京育ち。人生の半分以上を東京で生きてきました。でも山手線の実家のある並び、有楽町から巣鴨を通り恵比寿駅ぐらいまでしか知りません。
サミット開催の東京ビッグサイトの最寄り駅国際展示場駅から、”ゆりかもめ”に。初めて乗る東京臨海地域を巡る”ゆりかもめ”は、まるでディズニーランドでモノレールに乗っているよう。「わ~すごい!」と窓にへばりついて夜景を堪能しました。
さて、新橋駅に到着。でも降り立ったところと、山手線の新橋駅がどう繋がるかが分かりません。「ここどこ?」「私どこにいるの?」「ラーメン屋の赤い光?えっどこどこ?」などなど、何度電話したことか・・・ようやく待合せ場所にたどり着いたときは、すでに宮崎の皆さん全員集合でした・・・。ご心配おかけしました・・・。
その後の楽しかった時間については、他のかたのブログにあります。
隊長!おばさん隊員、報告完了しました!だから今度の向上塾のとき「研修旅行の報告をしてください」って指名しないでね。

Index of all entries

Home > Archives > 2006年12月 Archive

Feeds

Return to page top