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2007年7月 Archive

いろいろなブラウザで見てみる

ホームページを作ったら、いろいろなブラウザで見て、どういう見え方になるか理解しておくといいと思います。

たいてい人はInternet Explorerで見ておられるでしょうが、それで、他の人も、自分の作ったホームページを見ているとは限りません。

うちの事務所では、Mozilla FirefoxOperaSleipnirNetscapeで見てみます。

ちなみに、うちのスタッフさとちゃんパパはSleipnirがお気に入りとか。
内緒の話ですが、私は、そんなにたくさんブラウザが存在するなんて知らなくて、それらから、うちのホームページ見て、ちょっと目からうろこでした。

あらんだまおばさん8月バージョン

夏本番となりました。宮崎は連日猛暑!
隙あらば、クーラーのあるところに駆け込んでいます。

さて、あらんだまおばさん、8月バージョンは、夏らしく、泳いでいます。(この画面、ずずずいーっと下へスクロール・・・)ただし with さめくん・・・

これ、実は7月で載せるつもりで、さーふぁーゆうちゃんが密かに作っていました。
しかし・・・「いやだあ、もっと優雅なのがいいよお」とフラダンスにしてもらった経緯があります。

波に追いかけられて、死にそうになったことはありますが、ジョーズに追いかけられたことは、まだありません。

皆さんは、この夏はどうお過ごしですか?

私はきっと、事務所に"避暑”です・・・。

2007年8月

濃い紫色のあさがお

DSCF1070.jpg
小学校での理科の時間、あさがおの観察と、鉢に種を植え、観察日記をつけさせられた。

つるが出だすと、ささえの竹をたて、巻きつかせる。
花は朝咲く。浴衣のデザインになるような、やさしく、はかなげな姿と、広めの葉のコンビネーションが、なんともいえず好きだった。
昼近くなると、花は、くちゅーっとすぼんで、おばあさんの口元のようになる。

宮崎に来て、その品種と出会わない。
あるのは、濃い紫色、そして、かなり寒くなっても咲いている。
はかなげさなど、みじんもない。ワイルドなあさがおだ。

わしわしわしわしとぬきぬきぬきぬき

30年前初めてきた夏の宮崎、南国特有の暑さにげんなりしていたところへ、追い討ちをかけるような「わしわしわしわし・・・」の大音響。
これはなに?と聞いたら、熊セミの鳴き声という。
初めて聞いたそれは、熱気を倍増させる圧倒的なパワーがあった。
かなかなかなかな・・・なんていう、涼しささそう風情あるヒグラシは、ほとんど期待できない。

うちの事務所、窓しめてクーラーかけているのに、朝っぱらから、熊セミの大合唱がすごい。さーふぁーゆうちゃん曰く、「窓開けているみたいですね」
そうなのよ。外壁に100匹ぐらいへばりついているんじゃないかぐらいうるさいし、ヒートアップする。

姑あらんだまばーちゃんはものすごい暑がり。
夏の炊事はいつも、タオルを首にまいて、冷房機器無縁の台所に立つ。ぼたぼた垂れる汗をふきふき、豆を炊いたり、そうめん茹でたり、魚を焼いたり・・・。
そして口癖は「ぬきぬきぬきぬき・・・」”暑い”の方言で”ぬくい”、それがつまって”ぬき”。

ばーちゃんが連発し、外で熊セミの大合唱が聞こえると、私は南国の夏を実感する。

まったりどんのプリン、じじばば、もくもく食べる

もくもくと食べる先日のITリーダー塾、「あなたが”まったり若旦那”ですかあ」「あなたが”あらんだまおばさん”ですかあ」と名刺交換。

ハンドルネームと本名とお顔と仕事が一致しないので、ブログは拝読していても、「はじめましてえ」になるのは、いつものことだ。

さて、春先にプリンのことをブログで書いておられた。甘党の私には耐え難く魅力的な写真。どうしたら手に入るのかと考えているうち、なくなった・・・。

で、プリンの”主”がこの方だとわかって、挨拶の後、いの一番に聞いたのが「プリンはないの?」
運良く近々発売と聞いたので、ブログで公表されるやいなや、メールした。「15個くださいっ!」

まずは事務所の3人と来社していた税理士さんに「どう?」「・・・・・・」
「おいし?」「・・・・・・」「ねえ、どうよ?」「・・・・・・」
・・・やっと「これ、うまいねえ~」「上の方と下の方と味が違うのね」「甘さがちょうどいいです」「うめ~」

その夜のおこしんさまの集まりで、じじばば(でもない人もいたが)に、招待していただいたお礼で食べていただいた。

「この漢字、なんてよむん?」「ひきちゃ」
「ってどういうこと?」「抹茶より粗いのかな?よくわからない。今度きいとく」
「どう?」「・・・・・・」
「おいし?」「・・・・・・」
「ちょっと写真撮らせて」「・・・・・・」

おいしいっ!
・・・食べ終わって、口々に感想は
「うめかったなあ」「こんなうめもん、食べたことねえど」「うめじょお」「どこで売ってんの?孫に買ってやるわい」などなど、大好評でした。

まったりどん、自慢の一品、ありがとうございました!

おこしんさま

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年7月26日 07:34
  • 田舎暮らし

おこしんさま
おこしんさまとは、たぶん『御庚申さま』ではないかと思うのだが・・・田んぼの神様と聞いた。

田舎には自然のなかで、いろいろなものを信仰する風習があるが、そのひとつ。
うちの地域の8世帯が2ヶ月でもちわまって、おこしんさまを家に招く。

昨日から2ヶ月は隣家のおじおばの家。夕方、おこしんさまを前の”宿”からもらいうけて、床の間にかざる。
夜7時過ぎ、メンバーが尋ねてくる。昔は、朝から、寿司や煮豆、酢の物、煮付け、吸い物などを作って、来る人たちをもてなしたというが、今は近所の料理屋から、ちょっと豪華版のし出し弁当をとる。

私たち夫婦は関係ないのだが、隣家が”宿”になるときは、お手伝いで参加する。
そこで出る話はおもしろい。今年の稲の状態。老人介護の苦労話。漬物の作り方。どこそかさんちに嫁女が来た話。台風の被害。のらの子猫が神様にあげるご飯を食べた話。むじなが県道を徘徊していた!話。近くの池で鴨が卵を抱いている話・・・。あっちこっちに話が飛ぶ。

純粋な地域特有のことばでしゃべっているので、以前はなんのことやら全くついていけなかったが、最近は耳の遠いおじさん同士の会話の”通訳”ができるまで”腕”を上げた。

今年隣家のおじは84歳。耳も遠くなり、目も見えにくくなった。ひとの話を理解するのも、なかなか難儀なこともある。しかし、家には盆と正月ぐらいしか大勢の人が来なくなったので、この集まり、ほんとうにうれしそうだった。

”のめのめ”と、それが彼の唯一のおもてなしだが、だれかれかまわず、焼酎をすすめる。車で来たから飲めないといっても、怖い顔をして勧める。おばの顔をうかがいつつ、焼酎をすする。そんなに酔っ払ったら危ないと焼酎を隠したら、自分の”秘蔵の品”を、ちどり足で持ってきた。

次に”宿”が回ってくるのは、1年4ヶ月先。元気でいてくれるかなあ・・・。

実るほど

稲穂垂れる
真っ暗な道を、一路、家に向かって車を走らせていると、開け放った窓から、香ばしい匂いが入ってくる。

この匂いをかぐと、つまらない迷いなんか、どっかにふっとんでいって、幸せな気分になる。早く家にたどり着きたくて、アクセルを踏む。

稲の匂いは家庭の団欒のぬくもり・・。

翌日の朝、写真を撮った。

『実るほど、頭を垂れる稲穂かな』

稲刈りまでもう少し・・・。

たけや~さおだけ

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年7月24日 07:06
  • 田舎暮らし

物干しさお
今日のブログ書き出す前に、ちょっと訂正があります。

7月21日付『被災地を応援してください』のなかに”せがれさん”を存じ上げないと書きましたが、お会いしていました。昨年11月21日、ITリーダー塾で成功事例として講演されて、名刺も交換していました。商工会議所のKさんから、「あらんだまさん、お会いしてるでしょ」
まったく!おばさんになると、平気で”お目にかかったことありませんっ!って言い切っちゃうもんね。ほんと、危ない・・・。

せがれさん、柏崎のバナー付けましたので、お許しを・・・。

さて、今日のテーマ「たけや~さおだけ」は「竹や竿だけ」か「竹屋竿だけ」か・・・。

その次に続く、「いっぽん、せんえん、にじゅうねんまえの、おねだん」
確か、20年前住んでいた平塚市でも、20年前のお値段だったから、今、回ってくるさおだけやさんは、正確には40年前のお値段にならない?

大昔、1回だけ買ってことあります。1000円の10倍ぐらい出したような記憶があります。(おばさんの記憶だから危ない・・・)
今住んでいるところにも、相も変わらず、当たり前のように、さおだけやさんはトラックで売りにきますが、あたり竹林で、さおだけやさんに売ってあげられるほどあります。だから、なんでうちの方を回るかなと、いつも不思議に思います。

愛用していた、直径10センチほどのふとん干し用のさおだけ、ひびが入って、とうとう引導を渡しました。隣家のおじに新しいのを切ってきてもらったのですが、新しい竹はものすごく重い。中に水が入っているのかと思うほどです。おまけにかなり汚れています。これを磨かないと布団は干せません。

この炎天下、かなりな重労働になりそう・・・クーラーの利いた部屋で磨くには、ちと長すぎなのです・・・。

ブログとホームページをつくろう

ホームページを作って、自社製品を売ったり、宣伝している会社や個人は”ごまん”とあります。
でも、”情報のやま”に埋もれて、なかなか見てもらいたい人たちの目に留まらない。

そこをなんとか、地方から、お金をかけずに、検索したとき上位につけて、見てもらって、買って(使って)もらうホームページと、それにくっつけるブログをつくろう、というお勉強をするのが『みやざきITリーダー塾』の趣旨。

今回で3年目になるこの講座の講師はもちろん加藤忠宏先生

初めて参加された方は、先生の”おやじぎゃく”連発にひいたかもしれませんが、回がすすむうちに、”目からうろこのお話”連発で、4時間が経つのが早いこと早いこと・・・、と思うでしょう。

2回目の参加となる私、前回の6回の講座を受けて、先生のおっしゃるように、ブログを書き出し、ホームページを作り直し、基本的な部分は一応”ちゃんと”しました。今回、もう少し上のレベルの情報を得たい。だから、先生や商工会議所担当のKさんもさることながら、ずーっとレベルの高いホームページ作っている人たちに、わからないこと、聞きまくりたい。

講習料払って、ものすごくいい情報いただいて、先生のお話を聞いたときは「やるぞー!」・・・でもでも、ブログもホームページもやっていない人、けっこういるのです。
個別でお話すると、みなさん諸事情があって、やりたくとも、それ以前の問題を解決しないと先に進めない、とか、いまさら誰にも相談できない、だから手をこまねいている、というのがわかりました。

仲間のふうちゃん、業者さんにつくってもらったHPはありましたが、実際機能していない。gooでブログを書いてはいましたが、これをMovableType(MT)にしなくてはいけない。でも、どうやってMTを手に入れ、どうやって、さらから作っていいかわからない。
彼女は、駆けずり回り、聞きまくりました。

それが、大切なことだと思うのです。
まずやってみる。分からなかったら、少し進んでいる人に聞いてみる。聞かれたほうも、いやがるわけありませんし、自分の勉強にもなりますから、教えます。
正直、かなり手ごわい。先生が話される成功事例のような、”その先のばら色の人生”に至るには、ちょっとやそっとの努力では到達できない。おまけに通常の仕事もある。女の人は家事も子供の世話もある。ちょっとしたところでつまずいて、途中で投げ出したくなります。

新しくITリーダー塾に入った人は、まわりの人にどんどん声をかけ、聞いて、よろよろでもやっていったらいいと思うのです。
そしたら、最終的に、みんながブログとHPは持つという条件が整います。
そおしたら、今度は、”みがき”をかけるにはどうしたらいいかと、新潟チームのようなグレードアップが図れていくと思うのです。

偉そうなこと言うつもりはありませんが、”困っている人””いまさらどこにも聞けない人”私どものところでよかったら、いらしてください。一緒に考えましょう。『最初の扉を開けるお手伝い』できるかも・・・。

そうやって助け合うのが仲間でしょ!がんばる皆でよくならなくっちゃ!

おめでとうパーティー

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年7月22日 07:39
  • 思い出

女性だけのパーティー
アメリカに行ったのは、姑あらんだまばーちゃんのおいの結婚祝いが目的だった。

お嫁さんになるれあちゃんの子供の時の写真を見たら、針金のように細い。彼女のママの写真を見たら・・・ハグしたら、背中で手と手がつながるにはあと80センチはいるわね・・・ということは、れあちゃんの未来の姿は・・・今、ママと同じ”ふっくら”になっています。

女性のお友だちや親戚だけを集めた、結婚前のパーティーに、ばーちゃんとめいっこふたりと私の4人がお呼ばれされた。30人ぐらいの気のおけない人たちが集まって、食べたり飲んだり、ゲームしたり、お話したり・・・映画のワンシーンに入ってしまったような気分だった。

ばーちゃんから、れあちゃんへのプレゼントは愛らしい木目込み人形。どのひとも「wonderful!」を連発するので、のりで彼女を人形作りの”先生”と紹介したら(うそです、でもものすごく上手なの)、みんなの驚嘆の的となって、言葉は通じないはずなのに会話が弾んでいた。

結婚で一番大切なものは?というゲームで、大抵のひとは「love」と紙に書いていたが、私は「health」身体も心も健康だと、どんなことも、ふたりで乗り越えていけるからね。

と答えたら、隣にいたブルーネットのきりっとしたおねーさんが「日本人の結婚観について話して」と言った。
はたと困った。入国してから滞りなく会話はできていたが、意見を交換したり、述べ合ったりはしていないのだ。結婚観なんて日本語でも深く考えたことがない。

そのとき分かった。
海外に出たら、私は日本人の代表。だから、日本のことをきちんと分かって、自分の頭で考え、まずは日本語でしゃべれるようにしておかなくてはいけない。そして、私の英語力は旅行用にすぎない、と・・・。

あっという間の2週間が過ぎ、蒸し風呂のような日本に着いて聞いた最初のニュースは、モスクワでクーデターが起こり、ゴルバチョフ大統領が拘束されていた。夢のような日々がすうーっと遠のいた・・・。

被災地を応援してください

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年7月21日 07:55
  • よのなか

がんばれeこって柏崎
このブログを読んでいる皆さんにお願い。

ITリーダー塾で加藤先生を介して、新潟で被災された方のブログを掲載します。私は直接このブログを読みましたが、そうだ!私のブログを読んでいる人にも見てもらいたいと、転載させていただくことにしました。

これを書かれた”せがれさん”は直接には存じ上げませんが、新潟の地方都市のITリーダーの成功事例の代表格にあげられる方です。

以下”田舎のせがれちぃっちぇく生きる”7月18日のブログより

7月16日に新潟県柏崎市を震源地とする大きな地震が発生いたしました。
中越沖地震と名前がつけられました。

柏崎には我々の仲間が大勢います。
eこって柏崎で、我々と志を同じくして頑張っている仲間が大勢います。

テレビで柏崎の惨状が繰り返し放映されていますが、実際に現地に足を踏み込んでみると、その惨状は想像以上にひどいものがあります。

幸い、柏崎の面々も命を落としたり怪我をした人はおらず、その点では一安心です。
しかし、家も会社もどこから手をつければいいかわからないほどの散乱振りです。

この現状を目の当たりにして、何とか柏崎の仲間を支援していく手立てはないか、いろいろ考えました。

何が一番必要か、またこれから一番必要になってくるのは何か・・・
それはお金です。
あまりにストレートにこんなことを言うと、気分を悪くする方もいるかも知れません。

しかし、何をするにも一番必要になってくるのはお金です。

これから義援金なども、どんどん集まってくると思います。
しかし、公の義援金は個々の家庭に配られることはあっても、決して企業に配られることはないことを皆さんは知っていますか?

どんなに災害で苦しんでいる企業にでも、公の義援金は届かないのです。

ならば、新潟朱鷺市が窓口になって義援金なり寄付金を募って、eこって柏崎のメンバー企業を支援して行こうということになりました。

そこで早速、義援金を受け付ける口座を開設いたしました。

  第四銀行    吉田支店
  (普通)      1388931
  口座名義     新潟朱鷺市 会長 吉田徳夫

がんばれ柏崎、がんばれeこって柏崎と応援してくださる方、どうか上記口座に義援金のお振込みをお願いいたします。

朱鷺市が責任を持って、皆さんのお気持ちをeこってのメンバーに届けます。
またしかるべき経過報告も行います。

加藤先生を中心とした人の輪が大きく広がってきておりますが、それを中心に支援の輪がますます大きく広がっていくことを願ってやみません。

それでは皆さん、ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。


宮崎ITリーダー塾の面々は19日の講習会のとき、義援金をつのり、商工会議所から送っていただくことになりました。
中小企業や小さい店舗がたち行かなくなったら、そのまちはだめになってしまいます。

ご協力いただけるかた、私からも、どうぞよろしくお願いいたします。

自由の女神の内っかわ

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年7月20日 07:49
  • 思い出

自由の女神の冠から見たニューヨーク
ニューヨークに向かう道すがら、恐ろしい顔をした人形の看板が立っている。「”がもじん”じゃ」とばーちゃんが言うと、めいっこたちやおばは、げらげら笑っている。

その広告は、映画『チャイルドプレイ』の主人公チャッキー。宮崎でおばけのような怖いものをいうとき”がもじん”というそうだ。めいたちは、小さいときなかなか寝ないと「がもじんが出るよ」とばーちゃんに脅かされたらしい。

中学2年のめぐとおばは、食べたものが合わなかったらしく、調子が良くない。せっかく自由の女神のところに行く船に乗ったのに、船酔いも手伝って、公園のベンチで待っているという。

「自由の女神って大阪城みたいよね」とばーちゃんが言う。ん~土産屋あたりはいずこも同じか・・・。

夏休みだったこともあり、中に入ったらごったがえしている。列に並んだが遅々として進まない。
ばーちゃんがごそごそバックの中をさぐって、取り出した折り紙で鶴を作り出した。周りの外人さんたち(私たちが外人さんか)が興味津々、彼女の手先を見ている。覗き込むように見ていた近くの金髪の女の子に「バード」と言ってプレゼントしたら、隣にいたお母さんが「thank you!」とにこにこ。
おじもあやかも私も、折り紙でいろいろ折ったり、作り方を教えたり・・・いつの間にか女神様の頭のなかに来ていた。

見下ろしたら、めぐとおばがベンチに座っていた。
遠くを見たら、東京と変わらない高層ビルの街が見えた。
空を見たら、日本の空の色と変わらなかった・・・。

はまゆう

隣家に咲くはまゆう
宮崎に来るまで「はまゆう」がどんな植物なのか知らなかった。

名前から連想するに、たおやかな、楚々とした花をイメージしていたが、なんがなんが。

どーんと大地からはえてきたという言い方がぴったりする、りっぱな植物。

この前咲いた月下美人に、神秘的な香りが似てなくもないけど、月下美人が”一夜かぎりのアラビアンナイトのお姫様”とするなら、はまゆうは、さしづめ”高千穂の神楽で舞う天女”といったところか・・・。

アメリカ東海岸へ

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年7月18日 07:36
  • 思い出

アーリントン国立墓地ケネディー大統領のお墓の前
オハイオ州の首都コロンバスに住む姑あらんだまばーちゃんの妹は、宮城県出身のひとと大阪で知り合い結婚、まだ幼かった息子3人つれて、アメリカに渡った。当時は英語もしゃべれず、自動車免許もなく、子供の手をひいて、遠くのスーパーまで買い物に行ったという。

どんな苦労を重ねて、敷地の端が見えないような大きな工場を持つまで至ったかは想像もつかないが、遊びに行った家の中で迷子になったというのは、後にも先にもあそこの家だけだ。

ツアーで行ったのではないので、スケジュールはお任せ。まあそのへんを見学するんだろうぐらいしか思っていなかった。そしたら、ワシントンDCとニューヨークとカナダ・ナイアガラまで連れて行ってあげるという!

朝6時前に、おじ、おば、ばーちゃん、めいふたりと私の6人で車に乗り込み出発。高速道路に乗ってすいすい東へ。途中で「運転してみる?」といわれたが、曲がるとき反対車線に入ったらたいへんなので、お断りした。

昼にワシントンDC着。ケネディー大統領の眠るアーリントン国立墓地から始まり、リンカーン記念堂、ホワイトハウス、国会議事堂、スミソニアン博物館と、自分がここにいるのが夢のようだった。

そのころケヴィン・コスナーに嵌まっていたので、とうもろこし畑を通り過ぎれば、アイオワではないのに「フィールド・オブ・ドリームス」を思ったり、アーリントン墓地では「JFK」を思ったり、どこかで出くわすかと思ったり・・・。

ばーちゃんが耳元でささやいた。「アメリカって映画に出てくるような美男美女ばかりかと思っていたら、違うんだねえ。何を食べたらこうなるのっていうくらい、ふくらんだ人いっぱいいるよねえ」
そうおっしゃるばーちゃんも決してほっそりじゃありませんが、私たちの目の前を、ばーちゃんを2.5倍にしたぐらいのおねーさんが、同じ大きさのおにーさんとお手手つないで歩いてきて、ピックアップに乗り込むところだった。ふたりが乗ったとたん、どんと車が沈んだ・・・。

また今日もニューヨークまで行き着かなかった・・・。

柏崎

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年7月17日 07:42
  • よのなか

柏崎は少なからぬご縁がある。

この仕事を始めたとき、最初に係わった仕事が、ここにあるプラント。
仕事仲間の結婚式に柏崎の式場におよばれされた。当時そこに赴任していた友人が、柏崎を案内してくれた。日本海のまちはこういうのかと、感動したものだった。
『eもの宮崎』の友好ブログでは、新潟・柏崎のかたのが毎日読める。お会いしたことないのに、知り合いのように、わくわく、毎日のできごとを読ませていただいている。

だから、昨日からニュースで流れる映像は、ショックが隠せない。

煙が見えるプラント。崩れ落ちた家。散乱する家具。大きく亀裂の入った道路・・・。
お嫁に行った友達からの最初のメールは、”家族は無事。家は大丈夫だったけど、めちゃくちゃ。インフラは全部とまっている”・・・それきり連絡は途絶えた。
今日早朝、やっときたメールは”家で過ごせた。電気ついた。ケータイやっとつながった”

やっと復興が軌道にのってきたところなのに・・・ほんとうに自然の神様はむごいことをなさる。

こんな遠くにいては、私に出来ることは限られているが、でも心底、応援している。
負けないで!!

台風一過

台風一過の早朝
蜂が低いところに巣を作ると、大きな台風が来ると隣家のおばが教えてくれた。今年は蜂がどこに作ったか聞く前に、もう台風が来てしまった。

空がすがすがしい
昨朝5時半からウオーキング1時間。台風一過の明け方の空は、昨日までのつらさなんかかけらも見せていない。

3年ほど前になるか、大きな台風が来たとき、家に帰ったら翌日出勤できなくなると思って、宮崎市内のホテルに泊まった。夜遅く、併設されている温泉に入りに行ったら、だ~れもいない。そうだっ!と露天風呂に入った。風がぴゅーぴゅー不気味な音をたて、大雨の降りしきる中のお風呂、どっちでぬれているのかわからない。こんなばかなこと、こんな時しかできないよね、と妙に開放された気分で、仕事の疲れが一気に癒された。翌朝、もう一度といってみたら、”強風のため、使用禁止”と張り紙・・・。

以前崩れた道
ウオーキングしてみた限り、田んぼはさほど被害がないように見えた。道に決壊も、土砂崩れもほとんどなかった。私がホテルに泊まった台風のときは、写真に写っている坂の右車線が何十メートルにもわたって全部押し流され、修復するのに一年以上かかった。巻き込まれるような災害はなかったが、ここはトラックもよく通るし、子供たちの通学路でもあるので、その不便さは言わずもがな。

ちらばる小枝や木の葉
我が家の地区はおかげさまで被害はなかったとはいえ、昨日は家周辺の片づけで終始した。他のところはどうだったのだろうか・・・。

手荷物

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年7月15日 07:00
  • 思い出

おじおばの家にてめいっこたち。この椅子に夜中あらいぐまが座っていた!
先日のeもの宮崎コミュニティーサイトにある友好BLOGにシュークリームママさんが、今は無きニューヨークツインビルをバックにした写真を載せておられた。

実は私もあります。
16、7年前にもなるだろうか、オハイオ州コロンバスで会社を経営している姑あらんだまばーちゃんの妹夫婦を尋ねて、ばーちゃんと、あのころ高校1年生と中学2年生のめいと4人で、2週間ほどの予定でアメリカに向かった。

それまで海外旅行をしたことはあっても、個人で出国するのは初めて。不安もあったが、けっこうばりばり英語を勉強していた時期なので、内心”腕試し”とちょっとわくわくしていた。

成田の税関は問題なく通過。長い時間のフライトなので、あらんだまばーちゃんは通路の後ろの方でラジオ体操をしばしばやって、外人さんに胡散臭い目で見られているが、まあこれもよし。

やっとこさ着いたコロンバス空港。荷物検査で「食べ物はかばんに入っていますか?」と聞かれた。ばーちゃんに「・・・っていってるよ」と言ったら、彼女「持ってます!」とそのおじさんに、にこっと笑いかけた。
思わずぎょっとして、何持って来たのよと言いかけたら、こっちにいらっしゃいと、別室にお呼ばれされた。別の列に並んでいためいっこふたりも、違う部屋に消えた。

ばーちゃんがかばんを開けたら・・・梅干、つけもの、らっきょう、あくまき、にんにくのしょうゆ漬け、干し大根、味噌漬け、塩こんぶ、なんかわからん煮物・・・とでるわでるわ・・・。どうして出国するときなんにも言われなかったんだろう?ばーさんだったからかな?得々としてすべてのビニール袋をあけたら、日本人でも、こりゃなんじゃいという臭いが部屋中に充満した。

なんでこんなに持ってきたのよと言いかけたら、担当のおじさん、梅干を指差し、これは何か、どうやって作るのかと聞く。「・・・っていってるよ」と言ったら、ばーちゃん嬉しそうに、6月に自分の実家の梅の木から梅の実をちぎって、から解説しだした。それを延々通訳・・・。最後に「おいしいよ」といって口にひとつ梅干を放りこみ、「うーすっぱいっ!あなたも食べない?」と言ったら、もうけっこうと言われた。

別室から出てくると、隣の部屋からめいっこふたり、半べそかいて出てきた。彼女たちはチョコとガムだけだったが、学校で習った英語が通じなかったらしい。
「学校の先生の英語はなまっちょる!」なまっちょるって、どうなまってるのよ?
「宮崎弁の英語だあ~」???

この珍道中、先が長くてニューヨークまでたどりつけそうもない。本日これまで!

陽転思考

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年7月14日 07:19
  • よのなか

株式会社ペリエの和田裕美さんは、「世界no、2セールスウーマンの売れる営業に変わる本」(ダイヤモンド社)で一躍有名になった、目のくりくりっとした、声がしっとりしているステキな女性だ。
最近は講演や講習会で日本国中飛び回っておられる。特に営業のひと、特に成果のあがらないひとから圧倒的な支持があるらしい。

2年ぐらい前から、彼女のメルマガを受信している。週1の割合で『身体にしみこむ陽転思考』と題して、元気の出る文が読める。

彼女の陽転思考10ヵ条とは・・・
 1. すばらしいライバルをつくろう
 2. わからないことがあったらその場で聞こう
 3. お互いに長所を誉めあおう
 4. ネガトークする人を陽転させよう
 5. お互いに元気よく挨拶をしよう
 6. 明るい笑顔を忘れないようにしよう
 7. 新しい仲間を大切にしよう
 8. 仕事に対してポジティブな話をしよう
 9. 成功の事例を多くの人に知らせよう
10. 一期一会の大切さをもう一度語りあおう
(2005年7月5日 和田裕美のメールマガジン『陽転思考10ヵ条~その1』より抜粋)

ご覧のとおりネアカなの。ネアカじゃないと陽転思考は出来ませんが・・・。

ひと見知り(というと誰が?といわれそうだが)の私には、とうてい飛び込みの営業なんという”荒業”はできません。だからというわけでもないが、事務所の玄関に立つ見知らぬ営業のひとには、私の出来ないことをやっているという意識があるので、”尊敬の念”を持ってお話を伺うようにしている。

だけど、彼女の本を読むと、わくわくする心を相手に感じてもらえれば、立派な営業になれるらしい。ダイエーの会長林文子さんもそんなこと書いておられた。

その心の持ちようは、経営者としても、図面屋としても、妻としても、同じことがいえるんじゃないかな。

つまりどんなことするのも、わくわく、にこにこ、せっせせっせ、そしてめげない・・・。

台風近づく

今朝方、外が一瞬ものすごく明るくなって、間髪要れず、メリメリどかーん!!という大音響があたりを包んだ。「どっか落ちた・・・」・・・また夢の中・・・

いつもどおり出社してきて、仲間のブログ見てびっくり!我が家から一山越えたふうちゃんのところ避難勧告出てるって!全国ニュースでも西都市のこと放送している!

今度の台風は、天気図を見る限り”目”がしっかりしている。ということはそうとう手ごわいということ。避難勧告が出ているあたりは、何年か前の台風でも、1階全部冠水したというところだ。マンゴー農家も壊滅的打撃をうけたが、ようやく復活し光が見えてきた。超早場米もそろそろ収穫の時期をむかえている・・・。なに悪いことしたわけでもないのに、ほんとうに自然の神様は残酷なことをなさる・・・。

私の家のあたりは、高台で地盤も固く、野うさぎの住む小高い丘に立つ杉が、防風林の役目をして、おかげさまで毎年被害はほどんどない。隣家は建てて100何十年も経つが、昔は雨戸もガラス戸もなく、台風のときも、障子をしめておけば、どうってことなかったという!

どうかどうか、たいしたことなく、通過していきますように・・・。

みやざきITリーダー塾

来週の木曜日から、宮崎商工会議所主催の平成19年度「みやざきITリーダー塾」が始まる。
講師はもちろん、加藤忠宏先生

この講座、3年連続なのかな。私は1回目は知らなかったのだが、別の講習会でご一緒した工具やの娘さんが「あらんだまさん、絶対絶対出てっ!先生がすんごくおもしろいし、商工会議所のKさんもいいひとだし、絶対面白いし、ためになるから出てっ!」と強力な勧誘があって参加した。

出てみて、”目からうろこ”とはこういうことかと思った。

WEB2.0の時代にあったホームページを作成すれば、地方のちいさいお店でも、ネット上でその存在を知らしめることが出来、生き残っていけるという考え方は、たぶん首都圏にいたら切実には伝わらなかったと思う。

これを受講したからブログの必要性がわかり、書き始めた。

ブログを書くようになってから、これがものすごくストレス発散になっていることがわかった。きっと図面描くのと違う脳みそ使っているからじゃないかな。

そして何より、この講座で知り合いになったひとや、ブログで知り合いになったひとがたくさんできた。

今回は、前回教わったようにホームページを自社で作り変えたのをひっさげて受講する。5月に加藤先生が出された『SNS実践講座』の本も読んだ。

12月まで月1回の講習会、心から楽しみ!

もしもし亀よ・・・

昨夜、姉を見舞って、近道して帰ろうと、平和台下、矢口池の端を回る暗い道を運転していた。

夕飯何にしようと考えていたとき、ふと前方に石があった。
誰よっ!道の真ん中に石なんておいてっ!厚みはないにしても、フットボールほどの大きさほどある。避けずにその上を走り抜けようとしたとき、その石の右と左から、なんかにゅーっと出た!

ひゃあ~!悲鳴を上げながら通り抜け、車を止めた。亀だっ!

車から降りて、まじまじ見てみると、また”石”になっている。こんな暗い道、のこのこ歩いていたら、車にひかれちゃうでしょ!

今までの人生で、亀とは係わり合いになったことがないので、いったいどう扱ったらいいかわからない。とりあえず、蹴飛ばしてみた。・・・動かん・・・思ったより重いのか・・・。
もう一度、もちょっと力を入れて蹴飛ばしてみた。からからと音を立てて池のふちまで滑っていったが、止まる前になぜかひっくり返った。だめじゃん・・・。
まったくといいつつ、ガードレールを跨ぎ、もうひと蹴り。ぽちゃんと池に落ちた。

さてとと車に戻ってから、あれっ?亀って泳げたっけ?・・・竜宮城にうらしまたろうを連れて行ったから大丈夫だよね・・・。蹴りどころが悪くて気絶しておぼれないよね・・・。池に行きたかったんだよね・・・。

ものすごく心配で、帰る道々、夕飯何にするかどころではなくなった・・・。

パワーボートを操縦したい

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年7月10日 07:14
  • 思い出

7月、夏だ。夏といえば海。海といえばパワーボート・・・。

今を去ること20年以上前、東京12チャンネルでアメリカのテレビドラマ『マイアミ・バイス』をやっていた。去年だか映画化されたが、その本家本元バージョン。

主演のドン・ジョンソン演ずるソニー・クリケットはおまわりさん。袖をめくり上げ、はだしのところは、亀有派出所の両さんと変わらないのに、マイアミのおまわりさんは頭に”潜入”とつくだけで、アルマーニを着こなし、フェラーリを乗り回し、14インチのテレビの中でパワーボートを自在に操り、もうそりゃそりゃカッコいいのよ。

夕飯食べながら横で一緒に見ている夫に、それを望むべくもなく・・・なんか、あんなカッコいいことに近づきたい、と考えた。
そうだ!あのパワーボートを操縦しよっ!「あのな、あの船でベンツ二台買えるぞ」・・・まっ、それは免許とってから考えることにして・・・

4級船舶の筆記試験は覚えればいいのだからノープロブレム。問題は実技。

実技試験の前に3時間だけ、海上でボートを操船実習がある。
相模川河口での講習。ぶんぶんジェットスキーが走り回っていた。うわさではあのなかに、60歳の元気なおばちゃんがいるそうだ。私もがんばらにゃ!

先生は、子供のころ九十九里浜の地引網で、タオルを頭にまいていた漁師さんにそっくりなおじさん。この人が、怖かった。当然ですが、3時間で操舵を教えようってんだから、そりゃ厳しくなります。

私はのみこみが悪く、海上で静止できず、くるくる。人命救助にいったら、助けなくてはいけない人の頭を船でがつ~ん。接岸もおもいっきりどっか~ん。ロープのもやい結びも、なんだかこんがらかってわからん・・・。

半べそ状態で3時間の講習を終え、船を下りたとき、試験を受けるのやめようと固く決めた。

2度と来るかと帰り支度をしていたら、先生が近づいてきた。「午後、ひとり来なくなったから、あと3時間練習してみないかい?料金はいらないよ」・・・先生の目はがんばれと言っていた。

午後の練習、相変わらず先生の指導は厳しかったけど、午前中よりは、まだ思うように動かせるようになっていた。いけるかもしれない・・・。

講習終わって、スクールの担当が「あの先生は、全世界まわっている優秀な船乗りで、毎日日記を英語で書いているんだよ」・・・私は目が点になった!あの頭にタオルまいているおっちゃんが!人を外見で判断してはいけません・・・。

試験場所は鎌倉海岸。試験官から、ペットボトルが浮いているのは、魚網の印なので、その上は通り抜けないようにとの注意も、すっかりあがって真ん中を堂々と通りぬけましたが、なんとか無事合格!

でも、一回もパワーボートどころかジェットスキーも運転することなく、免許をおととし返上しました・・・。

大雨

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年7月 9日 10:20
  • 仕事

一年前の7月22日、福岡に行くので宮崎駅からバスに乗った。
格安バスで福岡往復6000円!4時間ほどバスに揺られるが、寝ていればついてるだろうと気軽く乗った。座席は一番前。雨は少し降っていた。

小林を過ぎるあたりから雨が激しくなってきて、会社と連絡をとりあう運転手さんが、到着は2時ぐらいになるので、降りる人は言ってくださいとアナウンスした。

6時間も乗っているのか~とちょっとうんざりしたが、運賃が安かったし、今日中につかなくてはいけないから仕方ない、と名乗りはあげなかった。

雨はどんどん激しくなってきた。道が川のようになって、田んぼは水没しているところが出始めた。寝ている場合じゃなくなった・・・。

えびのあたりで、福岡へ向かうどの道も通行止めになっていて、行き着けないことがわかった。
「引き返します」・・・仕方がない・・・いつだったか、大雨のなか、バスの屋根にのぼって一晩過ごした乗客のニュースが頭をちらりとよぎった・・・そうなりかねないほどの雨になってきていた。

道端で軽自動車が屋根まで水没している脇を、バスは通っていく。右の斜面からは滝のように水が流れ込んできて、バスじゃなかったら、そのまま押し流されてしまうだろう。運転手さんの横顔は必死だった。悠長にメールしていた隣の若い女の子の顔もひきつってきた・・・。

どこを走っているかもわからない。行っては通行止めで、大きなバスを反転させ戻る・・・これを何回繰り返したたことか・・・。3時すぎ、ようやく宮崎駅に戻ってこれた。ほんとうにほんとうに怖かった・・・。

福岡へは結局飛行機でいった。正規の値段だったので片道2万円近く。上空どうってことなく、福岡は曇りで風ひとつない・・・。九州は熊本人吉あたりで南北に分断されるんだと身にしみて知らされた。

夜のニュースでバスから見た景色をうつしていた。あそこを通りぬけてきたのか・・・。民家も水没していた。バス会社からお詫びの電話が入り、料金を返しますと言ってきたが、運転手さんの的確な判断で無事帰ってこられたこと、心から感謝していると伝えた。

今、宮崎曇り。今朝福岡を出るバスで、新しくうちのスタッフになってくれる人が面接にやってくる。1時過ぎに宮崎駅に着きますとメールが来た。天気予報は大雨と出ていたが、無事着くこと祈っている・・・。

せがけ

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年7月 8日 07:21
  • 田舎暮らし

いただいたパン
せがけ-漢字で書くと”施食会”

お盆のとき、自宅の地域のお寺で、ご先祖さまだけではなく、昔食べるものがなくて亡くなっていった人たちのために行う供養のことだ。

毎年、姑あらんだまばーちゃんの代わりに早朝お寺に行って、お金を納める。お寺から領収書と”あんパン”を頂き、仏壇裏にある位牌が納めてあるところから、自分のところのご先祖様のを見つけ出し、拝んで帰ってくる・・・というのが、私のおしごと。

その後法話があるらしいが、なんとなく徳に欠ける坊さんの話はけっこう毛だらけ猫灰だらけ・・・。
私のなかでは、ただ単にせがけは”あんパンの日”と理解している。

昔はあんパンではなく、奥さん連中が炊き出しをして、おにぎりを配ったそうだ。何年か前突然あんパンが”らくがん”になったが、不評だったらしく、翌年また”あんパン”に戻った。

今年はもっとシャレたパンになっていた・・・。

稲穂が頭(こうべ)を垂れる

出勤途中車の窓を開けてカシャ!斜めだ
7月の声を聞いたとたん、稲穂のあたまが重くなってきた。色もだんだん黄金色に変わってくる。

あと2週間ほどで、収穫だろうか?
なにごともなく、スムーズに刈入れになるといいな・・・。

ものにはそれ相当の値段がある

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年7月 6日 07:30
  • 仕事

首都圏の顧客と図面屋としての仕事をするときは、だいたい、いくらぐらいで請け負うか最初に決まる。値段のことでいらいらすることがないので、仕事の内容のそのものに没頭でき、どうしたら客に喜んでもらえるか考え、楽しみながら作業ができる。

ところが宮崎の顧客と図面屋としての仕事をするときは、仕事は終わってから「見積書を出してください」そして、図面は描いても、元受からうちに依頼した仕事が入らなかった場合は、信じられないような減額を要求される。うちの会社は図面屋なんだから、その仕事がとれようととれまいと関係ないのだ、という理屈が通らない。

入札制度の改革で、安くで発注することができ、公共の物件に使われる税金は無駄がなくなり、これは納税者としてはいいことだと思う。
しかし、業者として考えるに、そんな安い値段で落して、果たして手を抜かずできるのか?経費削減するときは真っ先に安全対策にしわ寄せがこないか?上はしっかり儲けて、もの言えぬ下請けは泣くような値段で仕事をしなくてはいけなくなるじゃないか。

うちの会社のメインの顧客は首都圏にある。しかし宮崎に越してきたから、こちらで顧客を増やし、売上げを半々までもってきたいとやってきたが・・・ますます望めないことがわかった。

うちの会社でなにげなく作ってある図面やデータは、さまざまな配慮がなされている。それを判ったお客を選べば、うちの実力もさらに向上し、お客も儲けることができるのだ。ものにはそれ相当の値段がある。

女が仕事をするということ

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年7月 5日 07:09
  • よのなか

第2次大戦中、戦場に赴いた大リーガーの代わりに、女性だけのプロ野球のチームが結成された。そのことを土台にして作られたのが映画『プリティー・リーグ』(邦題はなにをかいわんやだか・・・)

選手として集められた女性たちは野球が上手だけではなく、”見世物”としていいように、マナーやセンス、ファッション感覚も教え込まれる。ユニフォームはミニスカート・・・上司の男の人の思惑に翻弄されるが、腹をたてても物にあたることもなく、つらいことがあっても辛抱強くがまんがまん・・・。

なかでもビッティ・シュラム演ずるママさんプレーヤーはすてき。彼女は手のかかるいたずら小僧の息子を連れ、他のチームメイトに手伝ってもらいながらバスに揺られ、試合を転戦していく。

女性が仕事をしながら子育てをするのは、古今東西ほんとうにたいへん。ぶら下げているもの振り捨てて前につっぱしりたくとも、思うようには出来ないもの。ねこの”継母”しかしたことない私は”母する”は”壮大な偉業”としか思えない。世の働くおかあさんたちは、ほんとがんばるね。

晩年、仲間と再会し、手をとりあって若かりしころの日々を懐かしむラストは、山あり谷ありの人生を生き抜いてきた女のしたたかさと余裕があって、私は好きだなあ。
次の代に”心”が引き継がれているし、何より、愛する人を戦場に送り出しているので、平和のありがたさが身にしみているもんね。

なんかうまく書けなかったのですが、私のまわりにいるがんばるおかあさんのふうちゃんやいちん、うちのスタッフこしゃちょうママ、新潟のみほちゃん、麻恵ちゃんママを思いつつ書きました・・・。

クリーンディ

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年7月 4日 07:42
  • 田舎暮らし

どこの班だ!手前のほう草刈し残したのは!
毎年7月のお盆前と9月のお彼岸前に、住民総出で朝7時から地域の草刈をする。

各班長さんは、昔ここ一帯を治めていた殿様一門(?)のお墓の掃除をする。
私たちも班長の時おおせつかった。近くなのだか、普段めったにいかない不思議な空間の杉木立のなか、ひそと佇む何基かのお墓。台風のあとは、木が倒れて悲惨な状態だった。子孫はどうしているんだろう・・・。

他のひとは、まず地域の中心にある池の周りの草刈から始める。鎌を持っていくのがベストだが、ないひとは箒。電動の草刈機のひとは重宝がられる。

広い池を手分けして、1時間ほどできれいにしたら、こんどはそれぞれの班の家のまわりを、皆でぐるーっと回って手入れする。
大抵は各家で前もって垣根を切ったり、雑草を刈っているので、ざっと鎌をふるい、道を芝箒で掃いておしまい。その後は地べたにすわってご苦労さんのお茶飲みとなる。

私たちが引っ越してきた一昔前は、クリーンディには男の人たちが駆り出されていた。ところが昼近くなっても帰ってこない。なにしているんだろうと奥さんたちが見に行くと、”お手当て”でいただく缶詰をえさに、焼酎1升空にして大宴会になっていた。
「休みん日の昼間っから、な~んしちょっとねっ!帰って、畑の仕事があるじゃろがっ!」とおとーさん方、奥方に耳を引っ張られ、後ろ髪ひかれながら帰っていった。

今は当時からすると亡くなった人、引っ越した人、班を抜けてしまった人もいるが、新しい家が建ち、新しい家族が仲間になった。みんなとてもいい人。こんなときぐらいしか顔をあわせることがないが、だからこそ、こういうイベントは私は楽しいと思うの・・・。

月下美人咲く

月下美人
満月の夜、月下美人の花が5つ咲いた。

帰宅して車から降りたとたん、暗闇のなか、ほのかな甘い高貴な匂いがただよっていた。

つぼみの月下美人
台所の窓の下に、バランスが悪いためプロパンガスの配管に縛りつけている待遇の悪さもものともせず、見事な咲きっぷりだった。

花5輪
この夏、あといくつ花をつけるだろう。
願わくば、毎晩1つづつ咲いてくれれば・・・。

メールで仕事の内容を説明する

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年7月 2日 07:09
  • 仕事

メールで仕事の内容を説明し、作業データを添付すれば、それで仕事がスムーズに進む・・・と思いきや、これがなかなかそうはいかない。

たいていの場合、客先の担当はその仕事だけにたずさっているので、言葉を”はしょって”文を書いてくる。”はしょる”ならまだいい。何にも書いてこないのもある。長年の付き合っていても”あ・うん”の呼吸になるのは夫婦でも難しいのに・・・。

うまく説明できなくなると、わからなかったら電話ちょうだい。電話だけで説明がつくかというと、これもまた、ままならない。

結局、わからない箇所を拡大コピーをし、わきに手書きで説明文を書き、それをpdfにとり、メールに添付し、見てもらいながら、質問箇所のすりあわせをしていく。

文を書くのも、話をするのも日本語なのに、たかが日本語、されど日本語・・・。

でも一番いいのは、直接会ってお話すること。とげとげやいらいらがさっと消えます。

心の羅針盤

伊勢原から西を望む
タイトルバックにもなっている写真は神奈川県伊勢原市で撮ったもの。小田急線伊勢原駅から、夫とてくてくJR平塚駅に向かって歩いていたとき写した。中央かすかに富士山が写っている。

富士山は小さいときは東京文京区の自宅からも、幼稚園から大学の窓からはいつでも、当たり前に西にあった。それが知らず知らずのうちに、私の羅針盤になっていた。

宮崎に引っ越してきて、富士山を無意識に探している自分に気がついた。そしてもう見えないのだと理解したときから、私は”心の迷路”に深く入り込んでしまった・・・。
平塚湘南平

『私が宮崎に来たのは正しい選択だったのか?』・・・この問いに対する答えを出すまで、何年も何年もかかった・・・。そしてその答えを見つけたとき、富士山は”心の羅針盤”になった。

大山
久しぶりの富士山との再会。夕方で、うっすらしか見えなかったが、「お~、久しぶりだな。元気そうじゃないか。わたしはいつでもここから見守っているよ。」と言っていた・・・。

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