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2007年8月 Archive

あらんだまおばさん、9月のお仕度

あらんだまうさぎ

まだまだ続く暑い日々、でしょうが、一応明日から9月だし、あらんだまおばさんも模様替え。

さーふぁーゆうちゃんに、お月見にしてね、とお願いしました。

ススキやお月見だんごの小道具使って、着物でおしとやかに、夜空を見上げる・・・を作ってくれてると期待していたら・・・・・・。

まだ、も~れつに暑いんだけどね、ゆうちゃん!
こんなもん着たら、うだっちゃうでしょっ!!

お手々つないでお買い物

兄
先日、めでたく82歳の誕生日を迎えた姑あらんだまばーちゃんと、隣家に住むおじは、ふたつ違いの兄妹。9人兄弟の長兄、長女だ。

小学校に上がる前、つまり今から80年近く前、町にお砂糖を買いに、二人で行かされました。
ぞうりをはいて、着物着て、なかよく手をつないで、子供の足だと30分ぐらいのところにある乾物屋さんに買いにいきました。

帰り道、お砂糖をかかえたおにいちゃんに、妹は言いました。
「ちょっと、疲れたから休んでいかない?」
やさしいおにいちゃんは、近くにあった倒れた木に、ハンカチをしいて、妹を座らせました。

「ちょっとだけ、味見をしてみようか」
という妹を、だめだめ家に帰ってから、と引き止めることもせず、
「そうだね」と、ふたりで、ちょみっとだけ、お砂糖をなめました。

おいしかったので、もうちょみっとだけ、なめました。疲れていたので、もうちょみっとだけ、なめました。
・・・気がついたら、もう少ししか残っていません。

妹
「帰ろ」と、妹は勢いよく立ち上がりました。
おにいちゃんは、なんと言い訳しようと家まで、ずーっと考えながら歩いていました。

「ただいまあ」妹が元気よく家に入りました。
「おかえりい」お母さんが出迎え、お砂糖の包みを見てびっくり!
「食べたね!」怖い顔してにらむおかあさんに、妹は
「あんちゃんが、ちょっとだけ味見しようかっていったの!」

おにいちゃんは、たいそうおかあさんに怒られました。でも、妹が食べよといいだしたとは、決していわなかったそうです。

妹は小学校にあがって、親戚の家に養女に出されましたが、今も仲のいい、働き者の兄妹です。

再度 やらない理由を探さない、けれど・・・

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年8月29日 07:20
  • 仕事

空高く夢高く
4月20日のブログの題目は 『やらない理由を探さない』でした。

往々にして、”やらない”ときは、心の奥底に”よだきい(めんどくさい)、やりたくない”が潜んでいる。
まず、やる。そして、考える。また、動く。

・・・と書きました。


けれど、『できない理由は、徹底的に探す』べきだと思うの。

少し身を引いてみてみる。まわりに聞いてみる。別の道を考える・・・。これまた自戒をこめて。

相互リンク

発展途上のHP
うちのホームページのランクは2。
多々修正点はあるが、そのひとつはリンク数が少ない。ただいま149。

ランク3だとリンク数4桁、ランク4だとリンク数5桁、じゃげな。

うちの会社はBtoBなので、本体のホームページの第2階層にしているこのブログに、物販をやっている人に相互リンクをお願いするのは、なんとなく遠慮があった。

でも、”ランク2”がしなくてはいけないのは、リンクの質より量
早い話が、県最下位の学力レベルの高校にも入れないような成績なんだから、あーだこーだ言わずに、かたっぱしから基礎勉強をしろ!ということ。

じゃあ誰でもいいか、というと、そうはいかない。この前先生が言っておられたが、いいと思ってリンクしたら、”スパムサイト”に変身し、とんでもないことになった例もあるらしい。

で、有効なのがこのITリーダー塾で知り合いになったひとや、ブログで知り合った人たち。確かにブログには、”そのひと”が出てくるもんね。コメントしあって、知り合いになる。これ大切!

ページ数を増やすという意味合いだけではなく、リンクを増やす、信頼を増やすという意味でも、ブログは重要な意味を持っているのです。

がんばって、リンク増やさにゃ・・・。あなたのホームページはランクいくつ?

寺子屋あらんだま

寺子屋あらんだま
『webで売り上げを伸ばそう』を合言葉に勉強しているのがITリーダー塾。
加藤忠宏先生が1ヶ月に1回、4時間の講義は熱く重い。
語られる成功事例は、自分でもたやすく夢が手に入りそうな気がするが、ところがどっこい、とてつもない努力を必要とする。

うちの場合は幸いなことに、さとちゃんパパがホームページをゼロから立ち上げて、まわりのスタッフがそのサブが出来る。私?私は講習で聞いてきたことを、あ~してえ、こ~してえって言うだけ!

まだまだ発展途上で、いじりがいのある当社のwebだが、言えるのは、自分たちで、よれよれながらも、ちゃんと言われたことはやってきました。だから、はじめようとしている人の、たいへんさや苦しみがわかるの。

講義では、皆すま~して、分かったような顔して聞いているが、実は違う。
だから、周りの人に声をかけた。「大丈夫?ブログ作ってる?ホームページはどうしているの?分からないことあったら、遠慮せずうちの事務所にきてみて。一緒に考えましょね」

来るのはひとりづつ。皆持っている悩みが違うから。来てもらう前に、聞きたいテーマをメールしてもらう。さとちゃんパパが、ざっと調べ、冊子やFD、CDで資料を作っておくと、話がスムーズにいく。

うちの仕事はBtoBの図面屋なので、気楽にきてもらえる。パソコンも1台空いているから、一日そこを使ってもらってもOK。

商工会議所の講座で勉強させてもらい、宮崎で仕事が営める私たちが、今できることは『寺子屋あらんだま』
どうやっていいか分からない人、いまさらどこにも聞けない人、途中で挫折しかけている人、よっといで~!

第2回奥さんお食事会

最強のメンバー
第2回目となる、ITリーダー塾で勉強している奥さん連中のお食事会。
メンバーは前回と同じ、とりあえずビールの工具やの娘さん、おいしいお店はおまかせ厨房屋の女房殿、ホームページ悪戦苦闘中のヒカリねーさん、女王蜂まちゃさん、アイスセレブを目指すふうちゃん、と私あらんだまおばさんやいちんは残念!
場所は厨房屋の女房殿お勧めの、一ツ葉の『桃花』で中華料理。

今回の幹事はふうちゃんでしたが、なにせ忙しかった。人が10進むところを、彼女は83ぐらい進む勢いで毎日駆けずり回っていたので、前回から3ヶ月あきました。でも、よかったかも。みんないろいろ変化が語れたからね。

働く奥さんさんたちが集まるのだから、話はあちこち、びゅんびゅん飛ぶ。子供、亭主、おいしいもの、家事(はあんまり出てこない)、宮崎、ブログ、ホームページ、仕事、加藤先生、Kさん、そして、ITリーダー塾の将来・・・。

ITリーダー塾の宮崎チーム、加藤先生や商工会議所のおかげでいろいろ勉強させていただいているのに、この第3期の講座が終了したら、はい、おしまい、あとは、ひとりでがんばってねってしていいものか?

奥さんたちは、へらへらしているようでも、本気で、真剣に考えているのよっ!

宮崎神宮

宮崎神宮
典型的な日本人の宗教心-クリスマスツリーを飾り、先祖の墓参りに寺に行き、お願い事しに神社の賽銭箱に小銭を入れる-しか持ち合わせていない夫と私だが、宮崎に越して、神社をまわるのが楽しみになった。

宮崎や隣県の鹿児島は、由緒正しい神社が数多くある。
木々に囲まれた参道を歩きながら、深呼吸するだけで、気持ちがすがすがしくなる。

今日の紹介は宮崎神宮。
祭られているのは、アマテラスオオミカミから数えて5代目、カムヤマトイワレヒコノミコト、こと神武天皇。通称、神武さま。

タイムスリップしそうな風景
ここで私が一番好きな光景は、神殿向かって右の、高床式の建物。
遠くから眺めていると、タイムスリップして、埴輪を生身の人間にしたような、美豆良(みずら)を結い、袴をひざ下で紐でくくったスタイルの男性や、頭の上で髪を結い上げ、ゆったりした裳をまとった女性が、ゆらゆら歩いているのが見えるのではないかと思うのだ。

やちむん

やちむんたち
この人のブログはおもしろいなあと、毎日楽しみにしているのが、ひとてま店長のブログ。
奥様は沖縄の美人!コメントに「私は沖縄とは無縁の人生うんぬん・・・」と書いたが、家に帰ってよ~く周りを見渡したら、”私の大好きな沖縄”がすぐ手元にあった。

やいちん、じゃなくて、やちむん。
沖縄のことばで焼き物-陶芸-のことを言うらしい。

写真の食器、佐土原にある、ご主人は庭師、奥様はご自宅で沖縄の食器を売っていらっしゃるお店『あしびな』(遊ぶ庭という意味)から購入した。

工房も陶芸家のお名前も知らないが、沖縄の自然や心を連想させる、あきない色使い、温かみのある持ちごたえが大いに気に入り、毎日食卓に登場する。

ほんの少しの、お気に入りのものだけに囲まれて生活するのが、ひどく心地よく感じられるようになった今、この”沖縄の子たち”は、私たちにとって、なくてはならない存在である。

熱中症とダイエット

中学生になるというとき、部屋を作ってもらった。ベッドはロフトの作りで、いたく気に入っていたのだが、夏になってわかったのが、暑くて寝てられないということ。
当時はクーラーなんて気の利いたものはない。あっても扇風機がせいぜい。

祖母が座敷に寝ていたので、寝るときだけ、そっちに行っていい?と聞いたら、私はそのベッドで寝たいから、交代しようと言う。

夜、私の部屋を覗いてみたら、戸も窓も締め切って、布団をかけて祖母は寝ていた!
翌朝、「暑くないの?」と聞いたら、「ぜんぜん」と、さらりと言われた。

先日、隣家に行ってみたら、仰天するような暑~い、締め切った部屋のなかで、83歳になるおじが横になっている。
・・・息してるよね、と顔を近づけてみたら、すやすや、汗もかかずに寝ていた。
こりゃいかんと、クーラーをつけたが、祖母にしても、おじにしても、年取ると気温がわかりにくくなるらしい。

剣道部.jpg
高校時代の夏休み、部活で、防具をつけ、締め切った体育館で、竹刀を振り回していた。
水を飲むと疲れると言うので、終わるまで飲ましてもらえない。今から思えば、よくまあ、あんなあつくるしいもんつけて、暴れていたことよ。”根性、根性、ど根性!”
けっこう体格がよかったので、「ダイエットだ!」と、汗でぐじゅぐじゅになった面とコテをつけて、懸命にがまんしていた。

・・・でも、ダイエット効果は全然ありませんでした。
部活終わったら、ラーメン、菓子パン、コーラ1リットル、ソフトクリームを学校帰りに食べ、家に帰ってどんぶりご飯2杯!熱中症で倒れるわけないか・・・。

オーシャンドーム

左からオーシャンドーム、ホテル、コンベンションセンター
あんな鳴り物入りで作ったオーシャンドーム、採算があわないというので、この10月、とうとう閉鎖することになってしまった。

1993年、初めての入社式は、新入社員が水着姿で、テレビで見てぎょっとした。松の木大量に切ってまで、なにもこんなの作らなくとも、目の前の美しい海で泳げばいいじゃないと思っていたし、子供もいないので、行ったのは真冬に1回だけ。暖かくて、水際の心地はよかったけど、食事代は味の割には高かった。

サザン・オールスターズがコンサートをやりたいと言ってきたことあるそうだが、あっさり断ったげな。やっておけば、また路線が違って、使いこなせていたかもしれないのに、なんて今さら言ってもしょうがないか。

さて、あとをどうするか・・・。
東国原知事は、あくまで個人的な意見としてと前置きして、映画のスタジオみたいに使うとか、植物園のようにつかうとかはどうだろうか、と言っておられた。

いずれにしても、"ピンチはチャンス”の発想で、わくわくする企画が生まれるといいな。

ロハスな生活

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年8月21日 07:13
  • 田舎暮らし

雑誌『ニューズウイーク』はときどき、「海外で暮らす」という特集を組む。
夏季合併号も、あくせくした日本から離れ、世界各国で、こだわりを持ったスローライフを選択した老若男女を紹介していた。

音楽をしたくて、織物がしたくて、ダンスがしたくて、遺跡を発掘したくて・・・理由はさまざまだが、写真の顔は、そこに溶け込むまでの苦労はかけらも見えず、実に明るい。

実は夫と私は、ピーター・メイル著『南仏プロヴァンスの12ヶ月』に大いに共感し、もしかすると宮崎に移ったら、ロハス(健康的で持続可能な生活スタイル)ができるかと、期待して引っ越してきたのだ。

宮崎に来て12年。未だ、その域に至らず。

庭先のいちご
なぜなら、ふたりとも”休みべた”だから、のようだ。
自宅は自然のまっただ中にあるのだから、の~んびり、ゆ~ったりできるのに、3日が限度みたい。
だから、この記事を読むと、うらやましくもあり、ホントはどこかで後悔してないと、ちょっと聞いてみたくなる。


私たちが、自然を心から堪能できるのは、あと何年先かなあ・・・。

タッタカタッタッター

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年8月20日 08:37
  • 思い出

20年近く前、平塚市に一軒家を購入して引越しの日、庭の前の道に、茶色いかわいい猫がちぢこまっていた。
近寄ってみると、大きさは子猫より少しおおきいが、雰囲気は"練れた”感じがする。目が寄っていた。夫と即座につけた名前がよりめ。
「よりめちゃん、おばちゃんちは5匹にゃんこを連れてお引越ししてきたの。皆と仲良くしてねっ!」

1階の庭側の戸に猫ドアをつけたら、うちの猫たちは、近所のおともだちを連れてくるようになった。知らない顔がいつの間にか増えている。よりめは、隣の猫で、奥さんが妊娠したら家に入れてもらえなくなり、半分我が家の住人になっていた。ただ、身体が弱いらしく、あまり動かないしご飯も食べない。

ある水曜日、仕事に出かける前にアイロンをかけていたら、パタンと猫ドアが開き、勢いよく、よりめが飛び込んできた。しばらく家に来ていなかったので心配していたが、しっかりした足取りで、タッタカタッタッターと開けっ放しししてあった玄関まで、まっすぐ前を向いて、一直線に走り抜けていった。入院でもして元気になったのかな、と思った。

週末、隣の奥さんと会った。
「うちにいた猫ね、死んだの」えっ!いつ?
「この前の火曜日」えっ?水曜日うちに来たよ。元気よく、走り抜けていったから、よかったって思ったのよ
「ずーっと具合が悪くて、動けなかったの・・・眠るように死んだよ・・・」
ふたりで顔を見合わせ、しばらくお互いの言葉をさくぐりあった。

「・・・きっと、あらんだまさんに、ありがとって言いにきたのよ・・・」
・・・そうね、幻じゃなくて、きっとそう・・・。

宮崎弁

初めて宮崎にきたとき、買い物に行ったスーパーで張り紙に
『標準語の話せる人、募集』

このときは、宮崎に来ても”就職口”あるぞと思った。
・・・が、今は、だめ・・・。

こっちに引っ越してきて、しばらくは上京しても、標準語(東京弁)に2時間ぐらいで戻った。
そのうち、1日ぐらいたたないと、宮崎弁が抜けなくなった。というより、イントネーションが戻らない。
今は、4日間、仕事でお客と話をしても、ずーっと宮崎弁。時には、打ち合わせ中なのに「あらんだまっ!」なんて出ちゃう!

ところが、先日、姉の入院している病院の看護士さんに「宮崎の方ではありませんよね。ことばが違いますもの」と言われた。自分では、もう”ばりばりの”宮崎弁をしゃべっていると思っていたので、ちょっと意外だった。

でも・・・いつぞやの日本茶屋の旦那さまの紅茶の講義のあと、こしゃちょうママが「あらんだまさんより、きれ~な標準語でしゃべっておられますよねっ!」
・・・ほら、ね・・・。

宮崎県庁は暑いし熱い!

宮崎県庁正面
昨日、宮崎県庁の近くまで行く用ができ、ついでに寄ってみようよと、さとちゃんパパと出かけた。

このお盆休み、県外からの観光客でごったがえしていた、という。
前の知事のときまでは、考えられないことだ。田舎の年寄りの代表格である隣家のおじは、「知事様のおりやるところ」とほぼ皇居と同格の扱いなんだから。

カフェテリアアイスクリームが食べられます

「パスポート作るときぐらいしか、県庁には用がありませんよね」とさとちゃんパパは言う。
そうなのよ。”宮崎の観光”は青島、日南海岸、高千穂というところが相場で、そこに県庁が加わったことなんか、未だかつてない(と思う)

チラシ正面階段

正面玄関前の庭の、なんと垢抜けたことよ!右に目を向けると東国原知事の指令で作られたカフェテリア。わさわさいる観光客。配られた県庁ツアーのチラシ。用もないのに2階に上がって、知事の応接室のところで写真を撮る・・・。知事応接室
いやはや、宮崎県庁も変わったもんだ。

一筋の光明

くも膜下出血で手術をした姉の入院期限が切れようとしている。
手術は成功したものの、まだ自分で何一つできない。頭を固定させていたり、手足を動かせるようにはなったが、今の医療保険制度では、引き続き病院で治療を継続してもらうラインには至っていないので、このままだと、来月退院になってしまう。

回復の見込みがないのは、切り捨てる。思いやりのない国になったものだ。

姉の娘めぐは、母親を回復させたい一心で、インターネットで調べまくり、図書館でありとあらゆる本を読み漁った。

すると、七夕のころ宮城県仙台市で、脳障害学会が開催され、一般の人も聞くことができることを知った。

彼女は躊躇せずとんで行った。2日間、講演や報告を聴いた。交流会のとき、勇気を出して医者や家族会のひとたちに声をかけた・・・。

宮崎空港に迎えに行った私に、「行って、ほんとうによかったよ!」同じ悩みを抱えている人と話が出来たことや、宮崎にも相談にのってくださりそうな先生がいらしたこと、弾丸のように話した。

家族の思いが”岩のとびら”に小さな穴をあけ、光が射してきた・・・。

君は虹を見たか

ブログを書き出してから、とりあえずバッグにデジカメを入れておくようになった。パシャリと撮っておけば、使うこともあるだろう、ということだ。

先日、つくづくデジカメ持っていてよかったと思った。
虹が出ていたのだ。
虹
去年4月、指宿のホテルから金港湾の中ほどに、ちょみっとだけ見えた虹以来だった。

虹は”神様からのがんばれ”メッセージと聞いたことがある。「今まで、よくがんばりました。これからも、この調子でがんばれっ!」

しっかり地面から地面まで形のある七色の虹を見ていたら、無性に泣けてきた。
涙の目でやみくもにシャッターを押した。ちゃんと写っていた・・・。

あの日の青い空

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年8月15日 07:17
  • よのなか

62年前の8月15日、終戦の日はどんな天気だったのと聞いたら

外地に送られる前、滋賀県の兵舎にいた父も
宮城県仙台市から少し離れたところに疎開していた女学生だった母も
埼玉県幸手に疎開していた祖父母も
宮崎市内で小学校の先生をしていた舅も
鳥取県で軍の教育隊の仕事をしていた姑も
中国北京あたりに出兵していた隣家のおじも
宮崎市郊外の農家にいた隣家のおばも

みんな「目にしみるような青い空だった」と言う。


子供のころ、巣鴨のお地蔵さんの縁日にいくと、必ず、手足のない”傷痍軍人さんたち”が白い軍服をきて道端に座り、アコーディオンを悲しげに奏で、お金を恵んでもらっていた。

終戦の少し前、私が今住む家の近くを、おばの同級生が学校へむかっていたら、どこからともなく敵の飛行機が飛んできて、彼女を追い掛け回し、ひとつだけ落とした爆弾にあたって死んだそうだ。


終戦の日の天気が、そろいもそろって『青い空』というのはちょっと疑問だが、「負けた」というより、「やっと終わった」という気持ちが、目に写るものとして記憶に残っているのではないか、と思った。

「私は息子を戦争で死なせるために生んだのではない。だから、これで戦争はしないと誓った憲法を見たとき、ほんとうにすばらしい文だと思ったの」
明治時代に生まれ、ごくごく普通の日本の女性として生きてきた祖母のこの言葉、私は終生忘れない。

流れ星

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年8月14日 07:03
  • 田舎暮らし

ペルセウス流星群が12日夜から13日未明にかけて見られると新聞にかいてあった。月は新月。夏の夜だし、見るのには絶好のチャンス!

数年前、名前は忘れたが、天空を焼き尽くすような流星群を見たことがある。
流れ星は宇宙の”ちり”らしいが、その”ちり”の群れは、まるで次から次へと投げつけられてる巨大な火の玉!夜空だけでなく、地上の草木もはっきり見えるほどで、映画『インディペンデンス・デイ』もかくや、と思わせるほどのすさまじさだった。

この天体ショーを独り占めするのももったいなく、夜中だったが、隣家のおじおばをたたき起こし、見せた。・・・目にするや、ふたりとも拝んだ。お経も唱えてた。

流れ星は音がない。火の玉流星群も音がない。しゅーとも言わない。BGMはふくろうのほーほーと鳴く声と虫の音。それと、どきどきが止まらない胸の動悸音・・・。
180度妨げるものが何もない夜空のスクリーンを、飽きることなく眺めていた・・・。


さて、ペルセウス流星群。10時半に庭に出たら、満天の星空。横たわる天の川までくっきり見えている。どこかにすーっと動くものはないかと、目をこらしたが、星々は定位置から微動だにしない。まっいっか、お楽しみはあとあと・・・。

ピークの夜中2時まで、DVD1本見れるなと、いったん引っ込んで、再び、わくわくしながら外に出たら・・・雲がびっちり。星どころか、空の切れ目も見られません・・・。


火の玉流星群のこと、うっかり姑あらんだまばーちゃんに知らせるのを忘れていた。後で教えたら、地団駄踏んでくやしがった。そして・・・
「今度はいつ見れんの?」ん~とねえ、30年後かな?
「30年後かあ・・・ってことは110歳ってことね・・・じゃ、次来たとき見るわっ!」
・・・・・・おかあさま、あなたでしたら、可能です・・・。

やるだけやったら、天におまかせ

どっちに転ぶかなあと思っていたことが、”NO”の返事が来た。

つらつら思うに、”YES”であってほしくとも、内心、”何かが足りない”がわかっていることは、NOのランプが案の定、点滅する。
”自信”という壷に、まだ水が満たされてなかったもんね、と思った。まだまだ頭をたれて、ただひたすら努力をしなさいということだろうな。

ぜったい大丈夫と思ったことも、”NO”のサインが出ることがある。何度挑戦しても行く手を阻まれる。そういうときは、「別の道にすすみなさいね」って言われているんだと思うようになった。

中3のまいちゃん、あなたの壷には、まだ水が満タンではないから、あっちころげたり、こっちころげたりするのよ。この夏休みで、がんばって安定させてごらん。

中1のえりちゃん、あなたはまだ、壷も用意していない。甘えずに自分とむきあい、夏休みの宿題のペンを走らせることで、どの壷にするのか、よく考えてごらん。

そして、あなたたちも私も、やるだけやったら、天におまかせ・・・。

日向路

日向灘
初めて宮崎入りしたのは、川崎からカーフェリーに乗って日向からだった。
船をおりたとたん、空気を吸ったらのどまで焼きつくのではないかという暑さ。乗り換えたバスは、土ぼこりの舞い上げ、ときどき右手に日向灘を見つつ、ごとごと南下した。

道の脇にへばりつくように、ぽつんぽつんと建っている家。「なんてとこ、来ちゃったんだろう・・・」
東京から離れること20時間余り、驚嘆すべき海の青さと、とてつもなく田舎な風景に、時間が止まっているのではないかという錯覚を覚えた。

道の駅 日向
先日、早朝日向に仕事で出かけた。車の窓を開け、びゅんびゅんとばすと、暑いけど、顔に当たる風が気持ちがいい。時間が躍動している感じ。相変わらず暑いし、なんにもないところはなんにもないが、ステキなレストランや温泉もできた。

宮崎のエネルギッシュな胎動が聞こえる・・・。

早起きは3文の得

後光が射してる
週末、天気さえよければ、たいてい朝5時過ぎに起きて、1時間ほどウオーキングに出る。

平日は同じ時間に起きても、ばたばた仕度におわれ、そのまま車で出勤。着いたら一日事務所から出ることもなく過ごすことが多いので、運動不足を解消するために始めた。

日中は煮えたぎるような暑さでも、朝だけは放射冷却現象からか、寒いくらい温度が下がり、すがすがしい。すっぴんで、タオルを首にまき、よれよれの帽子をかぶったあやしい姿でも、誰にも会わないから大丈夫。

すたすた歩いてきて、シャワーを浴び、ふと外を眺めると、木漏れ日が後光のように射していた。
焼酎飲みのおじさ~ん!寝てる場合じゃないよ!起きてっ!

車の整備、ちゃんとしてっ!

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年8月10日 07:56
  • まったく!

真っ暗な農道を走っていると、むこうから白いライトがひとつ、近づいてくる。狭い道だけど、”バイク”だから、このくらい路肩に寄っておけばいいかと思っていたら、右のライトがついていない軽トラが走ってきた。ひえ~!

中学校のとき夢中で読んだ、多胡輝さんの『頭の体操』のクイズ。真っ暗な道を前から車がライトが二つ、煌々と照らして走ってきました。ぶつかると思いましたが無事でした。さて、なぜでしょう?
答えは、バイクが2台連ねて走ってきて、その人の両脇を通り過ぎたから。・・・他の問題はすっかり忘れたが、これだけはなぜか覚えている。

クイズでは事故は起こらなかったが、宮崎はライトが片目しかついていない車の多いことよ。
ひどいのになると、ブレーキランプも両方ついていないのに、すま~して走っている車がある。そんな車の後ろになってしまうと、口から心臓が飛び出しそうになる事態に遭遇するのだ。ほんと怖いよお~。

命からがら追い越すと、運転手は私ぐらいのおばちゃんが多いの。なんでだろ?

Mさんのラブレター

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年8月 9日 07:44
  • 仕事

宮崎の名だたる酒造メーカーの部長をされていたMさんの訃報を聞いたのは、数日前のことだった。

経営者の勉強会で、ここ何年かご一緒していた。
その勉強会は、毎回宿題が出る。私はちゃかちゃかと書き込んで乗り込んでいくのだが、Mさんはたいてい白紙。私の隣にすわって「あらんだまさん、宿題やってきた?」にまっと笑ってうなずくと「写させてよ」と宿題をひろげる。小学生の宿題じゃないんですから、よその会社の事例を写してどうするんですか。まだ、時間がありますから、はいはい、書いて書いて!と言うと、子供のようなてれた表情をみせて、書いておられた。

そのMさん、社命で、ある会に入っておられた。活動内容はよくわからないが、経営の面からだけではなく、道徳や愛などから、お店や会社を良い方向にもっていこうとする全国組織の会らしい。
そこで、奥さんにラブレターを書きましょうと教えられたと言う。「あらんだまさんもラブレター書いたらいいよ」とおっしゃるので、私たちは毎日アイラブユーって言いあっていますからと言ったら、まじめなMさん、本気にして「それならいいわ」と大きくうなずいた。

ある日「ちょっと聞いてよ」と、背広の内ポケットから手帳をとりだし、中にはさんであった達筆に書かれたメモを、私にだけ聞こえるように読み上げた。まさしく、それは奥様に宛てたラブレター。「ありがとうは、ちゃんと口に出していわんと、伝わらんとと。もうじき退職だしな」と、ちょっと自慢げだった。
・・・それが、たしか去年の終わりごろだったと思う。

『神様は寝首をかく』と夫の死に際して田辺聖子さんが書いていたが、Mさんの奥様にとって、退職半年後のこの訃報、そんな感じだったのではないだろうか。ラブレターは何通受け取られたのだろうか・・・。

心から、ご冥福をお祈りする。

情報を共有するということ

まだCADが一般的でなかったころ、CADで書いた汎用的に使える部品を、使いまわしされるのを嫌がる気風があった。

例えばバルブの絵ひとつとっても、AUTO CADで書くのは、手書きより時間がかかる。しかしひとつ書いてしまえば、いくらでも応用はきくし、それ以降の図面で何回でも使える。ためておけばシンボル集として、”財産”になっていく。

CADの利用が当たり前になると、一生懸命作ってためた”財産”が、メーカーからインターネットで無料で配布されるように、時代が変わっていった。
つまり、そんなのは”財産”ではなく、単なるパズルの1ピースにすぎなくなったのだ。

もちろん、それに伴う『インターネット上で使用するという危険性』には、十分な注意を必要とするが、データ情報を共有することで、仕事の効率はあがった。つまり、ベースメントの部分は、みなが知っていたほうがいい、というより知っておくべきだ。

じゃ、どこで差をつけるか。

『情報を先取りし、常に進化していくこと』 それがこの業界で生き残っていく唯一無二のセオリー。

免許の書き換え

夫が車の免許の書き換えに行ってきた。
「ゴールドカードだぞっ!」と威張っていたが、何回か前、手続きを忘れていて、18歳で取ったはずが、30何歳かで初めて取ったことになってしまったのだ。

私が宮崎で初めて書き換えをしたのは、引っ越して1年も経っていないころだった。
写真は結構若々しく撮ってもらえたので、「あらっ、いいじゃないの。うふ」

そのあと講習会が始まった。
驚いたことに、先生の話していることが、よく聞き取れないというか、ほとんど理解できないのだ。
私の耳が悪くなったのではない。”ばりばりの”宮崎弁で、(たぶん)親しみをこめて話しておられるのだろうが、部分的に想像はついても、何を言っているのか、さっぱりわからないのだ。
日本にいるのに・・・ぼー然としているうちに、講習会が終わった。

講習の内容がわからなくても、いつもどおり運転していれば、なんら差し支えはない。
でも、宮崎に引っ越してきて、数々あったカルチャーショックでも、上位にランキングされる出来事でした・・・。

社内ブログ

うちの事務所は宮崎チームと横浜チームとで仕事をしている。
離れていると、お互いの今やっている仕事が見えないため、しばしば意思の疎通がうまくいかなくなることがある。

社内の誰もが見ることが出来るところに、”証拠”を残しておけばいい。

そこで、さとちゃんパパが考え付いたのが、MTを利用して、毎日『社内ブログ』をアップする。

万人に見てもらいたいホームページやブログと違って、『社内ブログ』は部外者には別に関係ないので、検索ロボットの方においでいただいても”無視”していただけるよう、手立てをうった(らしい)。

その日のそれぞれの予定や仕事でエントリーしていく。コメントは電話でやり取りした内容を手短にいれておく。タグで分ければ、得意先別の仕事の流れが把握できる。

「これならばっちりよねえ!」と満面笑みの私。
ところが重大なことを忘れていた。私が入力を忘れるのだ・・・。ごめ~ん、今日からちゃんとするね・・・。

暑中お見舞い申し上げます

小学校にあがったら、正月には年賀状、夏は暑中見舞いを書くのが礼儀と、親から教わった。

まだコピー機もないころだから、白地のはがきに一枚一枚、文を考え、絵を色鉛筆で描き、表の宛名は丁寧な楷書で書く。
書きあがったら母親がチェック。やれ漢字の跳ね方が違うだの、書き順が違うからへんな字になるだの、文章として成り立っていないだの、敬語の使い方が間違っているだの、絵が変だの、宛名の字配りがおかしいだの、まあやかましかった。

長じると、親の教えもどこへやら・・・年賀状こそパソコンで作るが、暑中見舞いは一切書かなくなった。
郵便局がはがきが売れなくなったといっているが、さもありなん。

この夏は、せっかくだからブログを利用して、皆さんにご挨拶。

暑中お見舞い申し上げます。

投票箱

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年8月 4日 08:07
  • よのなか

何の選挙か忘れたが、近所のじいちゃんばあちゃん、車に目いっぱい詰め込んで、選挙会場の小学校に着いたら、まだ7時前、一番だった。

「一番は初めてだねえ」「やったねえ」「がんばったもんねえ」「朝ごはん食べないで来た甲斐あったねえ」「よかったねえ」と選挙に当選したような話をしていたら、係りの人が「すみません、お手伝いしていただけませんか」と言う。
私は一番グループの最後にいたのだが、皆に押し出されて「なんでしょう?」
投票用紙を入れる箱を開けて、確認する証人になってくださいとのことだった。へ~こんなことするんだと、いつの間にやら、一番グループ皆で覗き込んだ。

田舎暮らしが始まって驚いたのは、選挙となると、その力の入れようが、都会とは比較にならないほど大きい。おばさん連中は手弁当で、おじさん連中は足で回って、自分の応援する、というより、地区から出る立候補者を全力で応援する。それは市議でも県議でも国会議員でも同じ。自分たちの住んでいるところを少しでもよくしてもらう”確実なパイプ”を送り出すため必死なのだ。

宮日新聞に、参議院選の新議員一人あたり約4億8千万円がかかるとあった!(ちなみに県議選では一人あたり1175万円)
このお金、みんな税金。議員さんにかかるお金、これもみんな税金。
自分で稼いだ金じゃないから、”領収書もまいっか、帳簿もてきとー”は、宮崎県民の選んだ31歳の外山さん、お願いだからやめて。当選したときの初心を忘れず、滅私奉公でがんばってちょうだいねっ!

駆け抜けた台風の足跡

倒れた梅の木
子供のころ、台風が来るというと、わくわくどきどき、嬉しかった。なぜなら、昼間から雨戸を閉めると、家族になにか一体感が生まれ、おまけに食事には”缶詰”が登場する。

当時、非常時に出てくる缶詰は、特別なお食事というイメージがあった。たいしたものではない。シャケ缶とイカ缶とモモ缶とパイン缶ぐらいなものだ。

シャケ缶は身の間に入っている骨を、イカ缶は足ではなく身のところを弟と奪い合った。モモとパインは大きさを目ざとく測り、誰よりも大きいのを真っ先にとって、「おねえさんらしくない振る舞いだ」と叱られた。

だから、台風の本当の怖さがわかってきたのは所帯をもってからだ。

昨日の台風5号は、前回の4号より”体感大型度”ははるかに勝っていた。
風がうなりをあげて吹きまくり、長年小梅を供給してきた梅の木が見事に倒れた。停電は2時間、パソコンをいじっていたので、作ったデータがふっとんだ。

散乱する竹や枝や木の葉
一夜明け、県道に出るまでの小路を塞いでいた折れた竹や木の枝を除くのが、まずお仕事。

事務所に出てきたら、ここも停電したらしく、電話がパカパカしている。雨がしみこむ出窓は、大家さんがバスタオルを敷いてくれて、被害がなかった。

さて、仕事を始めようか・・・。

またまた台風と稲刈り

台風の来る朝
はるか南太平洋上にあった台風は、東京方面を窺っているので、しめしめと思っていたら、またまた宮崎方面めがけてやって来つつある。
よっぽど、"宮崎県庁ツアー”がしたいのだろうか・・・。

けさは、全員一応出社してきたが、たぶん昼で業務終了。気をつけておうちに帰ってね、となるでしょ。
でないと、私は家に帰れなくなるし、さーふぁーゆうちゃんは消防団のお役目と、おうちに水が上がってくる危険があるからね。

おととい夜、隣家に近所の人が飛び込んできた。
「うちんじーさんは来ちょらんか?」「うんにゃ」「台風が近づきてきているのに、焼酎飲み歩いている場合じゃねーどお。今夜中に稲刈り終わらせんと、まこちっ(まったく)!どご、いったつか!」
その後、よっぴいて(これは東京弁か?夜なか中)稲刈り終わらせたらしい。

今朝出勤途中で撮った写真。
台風の接近の知らせに、大急ぎで稲刈りを終わらせているところが多いが、まだ終わっていない黄金色の稲穂が、不安そうに揺れていた・・・。

コンフィチュールの味わい

かもめのヨーコさんのコフィチュール
不特定多数が読んでいるとわかって書いているブログでも、初めての方からコメントいただくと、ちょっと緊張する。「誰だろ?」

かもめのヨーコさんは、私のブログに、初めて寄せたコメントで「ふうちゃんのブログから来ました」と明記してあった。たびたび下さるコメントで、なんとなく私と同世代だなとわかってきた。

さて、そのヨーコさん。コンフィチュールを作っておられる。その、舌をかみそうな外国語、知りませんでした。平たく言うと、ジャム!っていってのけたらだめかな、ヨーコさん?

でも、ジャムよりゆるい。アイスクリームやヨーグルトにかけるといいかな。
と、思っても、どうしてもパンにつけて食べたくて、自分で焼いたパンを事務所に持ってきて、切り分け、皆に「はい、食べて食べて!」

南風みかんのコンフィチュールは、さらっとしてて、パンにのせると、しみこむように生地に吸い込まれ、薄く切ったみかんが、パンの上に品よくのっかっている。甘~くやさしい香り。

目で見て、匂いをかいで、舌で味わって、おいしい幸せをかみしめる。
ああ、甘露甘露・・・。

「あらんだまさん、おいしいものやさんのおともだち、たくさん出来て、ITリーダー塾に入った甲斐がありますねえ」・・・まことにっ!

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