Home > Archives > 2007年10月 Archive

2007年10月 Archive

ホームページの進化

うちの会社のホームページ、最近どんどん手を加えています。

来週、新潟県弥彦温泉で開かれるポータルサイトサミットに出席するので、そこを期限に、加藤先生に教えていただいた”技”を、仕事の合間に、皆で分担して、ホームページに押し込めています。

サミットで何か発表したりはないのですが、区切りになる”時”を決めないと、ずるずる先延ばしになってしまいますから、とてもいい機会でした。

ホームページをきちんと作っていくことで、うちの会社は何ができるのか、これから先どの方向に進んでいくのか、など皆でじっくり考えられたことが、思わぬ産物です。

ご覧いただき、ご意見を頂戴できたら、嬉しいです。

加藤先生と愉快な魔女たち

2007年11月
10月のあらんだまおばさんは、「お姫様にしてっ!」という私のたっての希望を、さーふぁーゆうちゃんがかなえてくれたのですが、実は別バージョンも、密かに作っていたのです。

それは・・・魔女たちのつどい・・・ヒヒヒヒ・・・。

「魔女の会のメンバーの方も入れて作ってみましたっ」というさーふぁーゆうちゃんの声に、彼のパソコン見たら・・・ヒカリねーさん魔女とふうちゃん魔女。
・・・それと、なんか魔女っぽくないのが、約一名・・・。

不安な気持ちをかかえて「・・・これ誰?」
「加藤先生にゃんこですっ!」
・・・わたくし、くらっとなりました・・・。誰でも”にゃんこ”にしないの・・・。

加藤先生、このようなお姿で誠に申し訳ありませんが、11月の1ヶ月間、わたくしとお付き合いくださいませ・・・。

ちび柿

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年10月29日 07:18
  • 田舎暮らし

ちび柿としぶ柿
隣家のおばが、「これ上げる」と差し出したのが、オレンジ色のころんとした実。

な~んだ、あの食べられない花ナスでしょ、と言ったら、「柿!」
こんな小さいのに柿?

「いいから食べてごらん」と言うので、手を切りそうになりながら皮をむいて食べたら、「柿!」
当たり前の大きさの柿と、味は何ら変わりがありませんでした。

田舎は、見たことないものが、今だによく出てきます。

筥崎宮

筥崎宮
先週、福岡に講習会を受けにいったのだが、早く着きすぎ、近くにあった筥崎宮に足を運んだ。

本殿正面は、まるでお寺の山門のようなどっしりとした構え。囲む塀の中をのぞくと、大名のお屋敷のようだ。
正式名称は筥崎八幡宮だから、ご祭神はもちろん応神天皇。それから母君の神功皇后、となぜかタマヨリヒメ。海が近いからかな。

楼門に掲げてある『敵国降伏』の勇ましい文言が書かれた額は、蒙古襲来この地で防いだからかと思ったら、平安中期にすでに醍醐天皇が下賜されたげな。200年ぐらいタイムラグがあるけど・・・。

湧出石
初めて行ったものだから、あちこち物珍しそうに見ていたら、『湧出石』という石が、地面からちょこっと出ている。この石に触れると運が湧き出る、うんぬんと書いてあったので、身体をふたつに折って、柵をこえ、えいやっと右手で石に触った。ちょっと足りないかもと、今度は左手でもべっとり触った。わき腹がつった・・・。

その横に『お潮井』という真砂がおいてある。身に振り掛けると災いから逃れられるというので、これもぱっぱとおもいっきり振りかけ、お持ち帰り用に少しいただいた。

お賽銭もはずんだし、これだけすれば、この1年、ばっちり運はもらったねっ!

西都原の秋

タイトルバックの写真を変えました。

ふうちゃんに撮っていただいた、西都原のコスモス。まだ満開には遠いですが、これを見ると、南国宮崎にも秋がきたな、と毎年思います。

先日福岡からの帰り、飛行機の高度が下がってきたら、雲が切れ、はるか彼方に見慣れた山の稜線・・・。
あ~高千穂の峰だ。ってことは、真下に見えているのは高千穂の山々。そこからはじまるうねりのきつい川は一ツ瀬川。
あ~、あのぽこぽこした緑のふくらみは西都原古墳群。大きいのは鬼の巌。近くに見える水溜りは稚児が池、ってことは、あそこらへんは守田フードセンター(ふうちゃんのお店)かな?
あっちの小さな水溜りはうちの近くの池の形だ、ってことは、おっ!あのあたりがうちだっ!

まるで、google earthを見ているようで、わくわくしました。

米を食べる

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年10月26日 07:30
  • よのなか

さーふぁーゆうちゃんちからいただいたお米
うちのスタッフさーふぁーゆうちゃんちから、たくさんお米をいただいたのと、NHKの番組『日本のこれから』というテーマで『お米』についてやっていたことから、一考察。

子供のころ、朝、パン食の友だちの家がうらやましかった。
うちはご飯、味噌汁、焼き魚、酢の物、ひじきの煮物、漬物、納豆、卵など、旅館の朝ごはんの定番みたいなのがぞろりと出てくる。今にして思えば、専業主婦の母がいたからこそ出来た、手間のかかる”究極のヘルシーメニュー”なのだ。そのころは、パンもスパゲティも学校給食以外、家ではめったにお目にかからなかった。
今の私のライフスタイルでは、忙しすぎて、ご飯のおかずをあれこれ作るのは、とうてい無理。パン、スパゲティ、ピザ、外食、こだわらない。
だから、お米の消費は、ずいぶん少なくなった。

宮崎の田舎に引っ越してきて12年、来たころは、何かしら田でも畑でも作っていて、整然としていたが、今は草ぼうぼうのところが本当に増えた。高齢化や後継者がいないから。

米の消費は減り、作り手はいなくなり、値段は下がり、国土の保全は不安がつのり・・・

この時期いただくことの多いお米。でも、白いつぶの向こう側には、たくさんたくさん、おいしくない問題がかくれているのよ。

要領書を作る

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年10月25日 07:00
  • 仕事

ここ半年ほど係わっている作図の仕事、最初に作図要領書を出してもらうのだが、客先から出てきたのは、大~昔の、手書きの時代の代物。
こりゃ使えない。

だから無視して、以前別の人がCADで描いたのを参考図としてもらい、そのセオリーにのっとって描いていった。

プラントや建屋やエリアが違えば、描きかたが違うのは仕方がない。
ところが、客先担当の”このみ”で、あれやこれやと描き直しをさせられるのは、なんとも納得しがたい。

ぶつくさ言っていたら、それじゃあ、おたくで全社的に使える要領書をゼロから作れ、ということになってしまった。

責任重大!でもよっしゃあ~と腕まくりをし、考えること1週間。大宰府天満宮の参道も、考えながら歩いていた。

データ作成は、いっきにやって2日間。Auto Cadで描いて、Wordに貼り付け、PDFで提出した。

さて、お客様はなんと言ってくるか・・・。

九州国立博物館はおもしろい!

博物館に連れて行くエスカレーター
女優の黒木瞳さんが九州国立博物館にわあ~っと走ってくるコマーシャルを見て、こりゃいかにゃ!とずーっと思っていた。
場所は大宰府天満宮の裏、というか横というか。
巨大なトンネルが山ひとつ抜けていて、歩かずとも、しばらくエスカレーターに乗っていたら、着いた。

九州国立博物館
目の前に現れた青く輝く、巨大な曲線の建物!うおお~と口をあんぐりあけて(たぶん)見回した。
山をぺらっと削って建てたのでしょうね。黒木瞳はどこを走ったんだろ・・・。

『本願寺展-親鸞と仏教伝来の道』と題した特別展、『The Bayon-迫真のアンコール遺跡 尊顔とバイヨン寺院展』ではシンポジウムが開催されていたが、4階の文化交流展示室は『海の道、アジアの路』、ここが一番おもしろかった。

広範囲にとらえたアジアなので、シルクロードをはるかに越え、中東の国々まで視野に入っている。
古代からの長い歴史の中で、他国と交流することで、互いの文化が成長してきたのだ。
今、あやしくなっているイランもミャンマーも朝鮮半島も、交易でみな切磋琢磨してきた。

時間だけはたくさんあった時代に作られた、手間隙・心のこもった工芸品は、どの国のもすばらしいの一言につきる。

でも、こんなにゆっくり見られるのは、ひとりで来たから。
夫と来ると、半分も見ないうちに「のどが渇いた」
えっ?「腹も減ってきた」
えっ!「足が痛くなってきた」
えっ!!「帰ろうよお~」

それから先は、母親と”5歳児”との会話となるので、以下省略・・・。

大宰府天満宮

鳥居をくぐって
先週、福岡に講習会で行って、ついでに九州国立博物館を見てみよ、は予定していたが、太宰府天満宮の奥にあるとは知らなかった。

大宰府天満宮
今日は、受験の神様として大もての福岡の太宰府天満宮の話。
祭られているのは、ご存知、学問の神様、藤原道真公。平安時代中期、この地に流刑となり、生涯を終えた。

ご利益に預かろうと、受験のご祈祷でさぞやごったがいしていると思いきや、人はたくさんいるものの、「ヨボセヨー」とか「ニーハオ」とか「チョゲヨー」とか「アランダマー」(はない)が飛び交っている。
そうか、海を隔てて近いから、ここはあちらからのお客様も、たくさん来るのよね。

ご祈祷
お賽銭をいれ、柏手うったところで、「かしこみかしこみ」が始まった。おっというように、あちらの言葉の観光客が集まり、一斉にカシャカシャカシャとシャッターの音がする。かわいらしい巫女さん、裾のしわなんかのばしちゃって、カメラを十分意識しているね・・・。

本殿の後ろにまわってみたら、そこは人影もなく、ひっそりとしている。巨大な老木の間に、ほこらがいくつも立っていた。
見ていくと、道真公の子供たち、親類、先祖、従者、そしてアマテラスオオミカミをはじめとする神々も祭られていた。
壮大な本殿を、手をつなぐように囲み、数え切れないお願い事を、もれなく皆で聞いているのかな・・・。

アップルアップル

アップルアップル
子供のころ、冬になると、東北の知人から大きな木箱が送られてくる。
新聞紙を広げた上に乗せ、祖父か父が上部の釘をえいやっと抜き、蓋をずらすと、籾殻がざざざざと溢れてくる。弟と宝探しのように、中に隠れているりんごを拾い出した。

昔のりんごは酸っぱかった。だから、母が蜂蜜や砂糖と煮たりんごを食べるのは、ほっぺたの落ちるようなおやつだった。

今でも”アップル”と名がつくものを見つけると、思わず買ってしまう。

先週、大宰府天満宮の参道を歩いていたら、「おいしいアップルパンあるよ」の声に、磁石のように引き寄せられ買ったのが写真のパン。隣は本物のりんご。あんまりよく出来ているので並べて写真を撮った。

誕生日のケーキのリクエストは、もちろんアップルパイ。そう、今日は私のアップルパイの日・・・。

青島神社

青島へ渡る
毎年巨人軍が、春のキャンプで来県したとき、"神頼み”にいくのが、青島神社。
今年は神頼みが、ちょっと利いたらしい。

貝の砂
干潮のときは、鬼の選択板の海を歩いて、貝取りやカサゴ釣りをしながら行ける青島。南国とおりすぎて、ハワイでもきたんじゃないかと思えるような、亜熱帯の植物がうっそうと茂っている。
島にわたると、砂が貝殻の細かく砕いたものに変わる。よく見ると踏むのがおしくなるくらい、かわいい貝がたくさんある。

青島神社
島に鎮座まします青島神社のご祭神は、ヒコホホデミノミコト(山幸彦)と奥方のトヨタマヒメ、とシオヅツノオオカミ。起源は1200年も昔にさかのぼるらしい。

ヒコホホデミノミコトは浦島太郎、トヨタマヒメは竜宮城の乙姫様と、いってもいいくらい二人が出会ういきさつは似ている。もっともヒコホホデミノミコトは、亀ではなく鰐に乗ってかえってきたらしいし、箱を開いておじいさんにもならなかった。

巨人軍の願掛け
来年の2月のプロ野球のキャンプ入りは、巨人と東国原知事で、さぞやここはごったがえすのだろうな・・・。

ほやと栗おこわごはん

ほやと栗おこわごはんなんの脈絡もない、とりあわせですが・・・

ほやは、母がよく食卓に出すしろもの。
酒飲みの家庭ではないので、朝っぱらから”ほや”が出てくる。私は、子供のころから朝ごはんのおかずと思っていた。
宮崎出身の夫は、学生時代、岩手の友人の家で出された珍品”ほや”を、口から出すことも飲み込むこともできず、困り果てたという。

栗おこわごはんは、姑の秋の定番。
「作ったから取りにおいで」の電話に、一も二もなく飛んでいった。
今年最後の栗かな。ほくほくしておいしかった。

いずれも、両母のかおりのする、私の好きな、おいしかもんということです。

自分の立ち位置はどこ?

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年10月19日 07:17
  • 仕事

私の立ち位置

経営者の勉強会の講師の皆さんは、あの人は、こんなことやって成功した。これをしていないと遅れをとるぞ。負け組みになりたくなかったら、今こう改革しなくてはいけない等々・・・次々に事例を挙げる。

それを聞くと、これもうちはやってないぞ、これもやんなきゃあれもやんなきゃ、ひえ~3年後うちの会社はあるのかあ、と恐怖心をかりたてること、おびただしい。

勉強会に行くよう心がけはじめた数年前は、ひえ~ひえ~の連続で、揺さぶられ、ただひたすらどうしたらいいのだ、と振り回されてしまった。

絶望のどん底に突き落とされる、のではなく、経営者として刻々と変化する情勢に安穏とするな、という自戒のために出席するのだ。
・・・そう考え、冷静に講師が言うことを受け止めていったら、やるべきことが取捨選択でき、優先順位をつけられるようになった。

経営は矛盾がいっぱい。あせりもいっぱい。でも、迷ったら毎日しなくてはいけないこと-つまり本業-を、きちんとやる。そうすれば、おのずと答えが見つかる。

自分の立ち居地はどこ?
自分を見失わないためにも、いつも問いかけていなくてはいけない。

ショッピングモール「がんば716ショップ柏崎」開店!

がんば716
加藤忠宏先生の門下生であり、新潟県柏崎市のWEBマスター、笹団子母さんゆかみにさんシュークリームママさんのブログに、ショッピングモール「がんば716」をオープン、と載っていました。

今年7月16日の中越沖地震から早3ヶ月。

未だ復興の半ばにある新潟柏崎商工会議所は
中越沖地震復興支援ショッピングサイト がんば716ショップ柏崎(インターネット上の仮想商店街)
を立ち上げたそうです。

よかったら覗いてみてください。

黄色い花

黄色い花
この時期、名も知らない黄色い花がたくさん咲く。
見るたびに、テレビドラマ『北の国から』のワンシーンを思い出す。

ひとりで子供を生んで育てる決心をした蛍に、幼馴染の正吉が、まるごと引き受けると結婚を申し込むが、断られる。

母親に相談したら、真っ赤なバラの花をせっせと贈るといいアドバイスされる。でもそんな金はない。
彼は毎日野に咲く黄色い花を摘み、宅配で贈った。蛍の部屋は花で埋め尽くされた。

子供のころ、どうしょうもない悪がきだった庄吉。
おだやかな瞳の底に、ゆるぎない男気を見たとき、きっと蛍は生涯の伴侶と決めたのだろうな。

”穂が無い”大学生活をしている甥っこ。君はいつになったら瞳の奥に確固たるものが宿るの・・・。

秋吉敏子 新富町でジャズ語を奏でる

新富町文化会館
なんでジャズピアニストの秋吉敏子さんが、新富なんて小さい町に来るの?

今年の6月、「10人のピアニスト」というリサイタルを宮崎県立劇場でひらいた時、新富町の係りの女性が二人で来て、うちのホールで弾いていただけませんかと誘ったそうだ。
「10人のピアニスト」では、ひとりの持ち時間は12分ぐらい。欲求不満がたまっていたので、ソロでひけるという新富町に喜んでくることにしたと、そんな話を「Good evening」と、英語の挨拶からはじめた。

10月17日号のニューズウイークの「世界が尊敬する日本人100人」の2番目に登場している秋吉さん、演奏中の出入りの扉の音や咳払いもまったく感知せず、演奏は実にパワフル。

ピアノソロだから、左手のバギングがベースやドラムの役割を果たす。それががっちりしているから、バンド用の曲を一人で弾きまくっても、大勢でのと遜色ない。
ピアノと、時々マイクが拾う彼女のハミングと、シルバーのハイヒールがパーンパーンと舞台をたたく野太い叫びが、彼女のジャズ語。
世界が絶賛する秋吉敏子が確かにいた。

演奏の合間に、曲の背景、旅のこと、自分の人生、友人たちのことなどを、とつとつと話してくれる。気取らなくて、おもしろい。
彼女の話に笑っている観客を眺めたら、年配の人たちが多かった。

最後の曲は広島原爆忌に作曲したレクイエムの一節。
悲惨な戦争をテーマにという依頼だったらしいが、原爆投下をのがれた若い女性の明るい表情の写真をみて、希望をもって耐えていけば、きっと戦争のない時代がくるということをイメージしてつくった、自分でも気に入っているという。

母と隣家のおばと同じ年の秋吉さん。終戦のとき3人は15歳。
道は違っても、戦争を潜り抜けた彼女たちの、日本人としての根っこは、一緒なんだと思った・・。

ドケルバン氏病

ドケルバン氏病
2週間ほど前から利き手の左手の親指付け根が痛い。
別に何したわけでもないのに、日に日に、車のハンドル握るのもつらくなってきた。

しかたがないので週末、整形外科に行った。

医者先生は、「ここ痛い?」と、そこは絶対押さないでというところを、指に力をこめた!
「い~たいたいたいっ!せんせっ!そこっ痛いのっ!」

「あ~わかった」にっこり笑いながら「ドケルバン氏病ね」

ぎょっとした。「手術ですか?」

「うんん、注射。平たく言うと、腱鞘炎。別に何したわけでもなくおこったんなら、更年期の時期だからね」
と、あっさりいわれ、思いっきり痛い注射を、ぶすっ!

い・・・と言うか言わないかのうちに、看護婦さんにむんずと手をつかまれ、厚紙をちょきちょき切った”添え木”をあて、包帯でぐるぐる巻きにされた。

「はい、おしまいっ!」

・・・・・・ありがとうございましたあ・・・・・・

立磐神社

立磐神社
日向に仕事に行った帰り、美々津にある立磐(たていわ)神社に寄ってみた。

先日さーやさんが、ブログに『おきよ祭り』のことを書いておられたが、そのお祭りの主役がここ。
旧暦8月1日「おきよ、おきよ」と声をかける、というのを「お清よ、お清よ」かと思っていたら、「起きよ、起きよ」でした・・・。

ヒコホホデノミコト、通称山幸彦の孫のカムヤマトイワレヒコノミコト、つまり神武天皇が東征の折、ここから船出をしたという。

日本海軍発祥の地
だから、日本海軍発祥の地、という大きな碑もそびえたっている。
日本の海軍の始めは、幕末、勝海舟が神戸に建てた海軍操練所だと思っていたので、ちょっとびっくりしたが、水軍を海軍と置き換えれば、成り立つわね。

御腰掛石
この神社は耳川の河口にあり、潮風にあたって、神社は少しくたびれている。
神社を背に海を向くと、はるか東方かなたを目指した神武天皇が、腰掛けて指揮をとられたという”御腰掛石”がある。

それやこれやを考えると、やっぱり”神々のふるさと”は、宮崎になるよね。

生産者の顔の見える、このはな市

このはな市で買いました
日本の食料自給率は40%と聞いた。
しかし、宮崎県に限って言えば、200%を軽く越すらしい。

私たちが宮崎に移って、よかったことはたくさんあるが、何があっても飢えることはないだろうということは、メインポイントのひとつ。そして、選べば、おいしく安全なものが口に入れられる。

ITリーダー塾の仲間の、このはな市の社長と奥様のおごじょさん。
お二人の『農産物特売所 このはな市』では、選ばれた農産物と加工品を、お正月期間しか休まず、販売されている。

場所はうちの事務所から、青島方面に車で15分ぐらい走ったところにあり、野菜、くだもの、生花、しょうゆ、みそ、はちみつ、お菓子、つけもの、にぼし、おすし・・・どれもこれも生産者の名前入り。

農作物は、ただ種や苗を植えれば実がなるのではない。そこには、多くの人の手が加わる。
そして、慈愛に満ちた自然の力は、時として刃となって襲い掛かる。
それをくぐりぬけた、作り手の愛情がこめられた農産物や加工品が、ここ「このはな市」には、ところ狭しと並べられている。

私が買ったのは、梨の新高・・甘かったあ、みかん・・こくがありました、ぶどう・・お~いし、豆の菓子パン・・おやつで食べた、ばらずし・・昼ごはん、清武のお茶・・事務所用、青島のしょうゆ・・お勧めとかいてあった!そして、写真を撮るのを忘れてた!

非日常のやすらぎ

姫あらんだま
最近、自分のモチベーションが落ちる要因のひとつが”白髪”

大宅映子女史のように、染めない頭で堂々と人前に出られるようになったら、どんなにいいかと思うが、白髪30%の現在、まだその域には達していない。

出方が多くなる週をひかえて、ようやく美容院に行った。

指名したのは以前やっていただいたことのある、いのうえさん。
若い美容師さんにしては、きをてらったところもなく、普通のお嬢さんなのだが、とても優れたところを持っている。

実に細かいところまで、神経が行き届くのだ。
別段そうしようと意識しているとも見えない。さりげなく、しかし、客の立場からすると、とてつもなく心地いい。
”細部に神は宿る”というが、いのうえさんのちりばめる神たちが、私を非日常のやすらぎにいざなう。

ひとに頭をまかせ、耳にはやさしいボサノバ。普段絶対手にしない雑誌に目をとおし、最新のファッションを知る。眠くなったらうとうとし、あ~極楽極楽・・・

経営革新塾での小竹さんのお話

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年10月11日 07:38
  • 仕事

きのうは、その前の日にITリーダー塾でお話された加藤忠宏先生小竹食品の小竹佳代子さんが、経営者の勉強会『経営革新塾』で講演された。

WEBマスター相手ではないので専門用語はでてこないが、中越沖地震もものともせず、"売り上げではなく、もうけ”を追求し続けている小竹さんの話は、出席の多くを占めた男性経営者の心を揺さぶったと思う。

女性経営者の視点は、明らかに男性と違う。痒いところに手が届くような、温かみのあるアイデアが出てくる。
しかし、シャボン玉のように、ぷーっとやる気が膨らむのだが、それを遂行する踏ん張りをなかなか持ち合わせない。"壁”を目の前にすると、おじけずき、そのままひきさがってしまう。

小竹さんは決して、経営革新をしようと思ってやってこられたのではないが、結果的に斬新な経営革新となったのだとおっしゃった。

WEBのことで力を得た人もいるだろう。経営のことで勇気を得た人もいるだろう。

私は懇親会のとき加藤先生、小竹さん、Kさんとお話して、2つ決めた。
11月7日新潟で行われる「ポータルサイトのサミット新潟朱鷺市2007」に行く。
宮崎ITリーダー塾での自主勉強会の方向と方法。

そして、うちの会社の第20期、小竹さんのパワーをいただいて、本道で”もうけ”を追求していく。

小竹さんのお話

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年10月10日 09:11
  • 仕事

昨日のITリーダー塾のゲストは、新潟県柏崎市からこられた、小竹食品の小竹佳代子さん。笹団子やさんのお母さんというほうが、とおりがいいだろうか。

7月16日の中越沖地震で、壊滅的打撃を受けられたにもかかわらず、「地震は自信」につながったと胸を張って、講演をされた。

ホームページをもっているかどうかが、被災後の商売の明暗を分けたそうだ。

店売り、つまり地元の人が買いにくるのはまったく期待できないが、WEBでの売り上げが、飛躍なんていうことばでは表しきれないほど殺到し、地震直後、もうこれで終わったと思った家業が、驚異的な伸びをみせているという。

売っている商品のおいしさや信頼性と、地道に努力されてきた小竹さんの行動力がベースにあるが、WEBという無機質に感じられる手段に、ひととしてのぬくもりを加えてきたことが、災害という究極のときに、たくさんのひとから暖かい手をさしのべてもらえた、ということ、と理解した。

先日、これまた商工会議所主催の経営革新塾で、講師の二条彪さんが,「閾値:いきち」を超えなければ何事も成し遂げられない。つまり、成功するかうまくいかないか,その違いは最後まで頑張るかで、経営の本質は,失神するまで頑張ること、と話された。

小竹さんのお話は、まさしく、それを実践したもので、これ以上の説得力のある話はない。
問題は、わが身が、どう実行するかだ・・・。

第20期が始まる

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年10月 9日 07:03
  • 仕事

この10月1日から、うちの会社は第20期に入った。

文学部卒業のふたりがそんな会社やっていけるか、と言われながらも、一緒に働いているスタッフやお客様方をはじめ、多くの人に助けていただいて、20年目に突入する。

今まで転機は2回あった。
仕事をパソコン化したとき。宮崎に引っ越したとき。

そして、3度目の転機を今期むかえる。
今年1月、その道に進めるかどうか不安を抱えていた。
でも毎日1歩ずつ進んできたら、不安よりやる気が勝ってきた。

神経を研ぎ澄まし、また毎日1歩ずつ進んでいくんだ。
私たちをとりまく皆がよくなれるように・・・。

介護難民

くも膜下出血で手術をした姉が、リハビリ病棟を移らなくてはいけなくなった。
ようやく手足が動かせるようになったとはいえ、まだ、自分で何することもできない。
半年のリハビリでも、”普段の生活”が営めるまでいたらなかった。だから出てください・・・ということらしい。

脳梗塞で倒れた女優の真野順子さんが、不自由な身体をおして、患者に対してこんな不当な扱いがあるかと、訴えておられたのを、ひとごとのように聞いていたが、身内におこってみて、まったく、こんなことがまかりとおっていいのかと、憤らざるをえない。

政府が医療費を抑えるために、患者を病院から介護施設や自宅に移そうとしている。
この制度になって、リハビリの期間は半年に限られる。あと半年、つまり1年リハビリさせてもらえたら、もっと結果がでるのに・・・。

元巨人監督の長島さんのように、お金持ちで有名人なら、影響はうけないのか。

介護施設、在宅介護、療養病床、核家族、超高齢化社会、医療費の抑制・・・

誰もが年をとり、いつ思いもかけない病気や怪我に見舞われるかもしれない。
戦闘機1機買うお金を福祉にまわせたら、生きていく根本の不安をとりのぞける、思いやりのある国になれると思うのだけど・・・。

宮崎八幡宮

宮崎八幡宮
今話題沸騰の宮崎県庁のすぐ近く、閑静な住宅街にある宮崎八幡宮。

以前カットしてもらっていた美容師さんから、商売の神様だから、行っておくといいよ、といわれたのがお参りの始まり。
それまで、源頼朝が鎌倉鶴岡八幡宮に八幡神を迎え、武神として敬拝していたとおそわっていたので、戦さの神様かと思っていた。
まあ、家内安全、商売繁盛、無病息災、日本の神様は寛大だから、なんでもいいのよ。

”八幡”と名がつく神社は”稲荷”と名のつくのの次に多いらしい。
八幡神社の主祭神はどこも、ホンダワケノミコト、つまり応神天皇。

社横から
神社に行っても、お賽銭をあげるぐらいで、たいてい、おみくじもひかないし、お守りも買わない。
でも、いつだったか、この神社で、かわいい猫が入っているおみくじを見つけた。
思わず引いた。大吉!愛猫くろすけくんそっくり!また来て引いた。大吉!!愛猫ちゃぼちんそっくり!またまた来て引いた。大吉!愛猫るんちんそっくり!!!

だから、この神社、私だ~い好きっ!

七福神、海老に乗ってやってくる

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年10月 6日 07:04
  • 仕事

入会してから、なんか間違っちゃったところに入ったかもと気がついた法人会女性部だが、最近は違和感もなくなり-ということは”おばさま”の領域に入ってきたということだが-そこそこ活動に参加している。

この会で興味深いのは、宮崎では名だたる企業の有閑マダムや経営者の方が入っていらっしゃるので、話にうんちくがある。

先日もお昼を食べながらの会合で、ある奥様、若いころ、赤い海老に乗って七福神がやってくる夢をみたそうだ。目がさめているときは、七福神の名前なんかいえないのに、「あー布袋様だ、あー大黒様だ、あー弁天様だ・・・」と全部名前が言えたそうだ。

目が覚めて、その日から、そこの家業は、ひきもきらずお客が来るようになった。
3ヵ月後、また夢をみて、その七福神の皆様は海の彼方にお帰りになったが、つちのこを置いていかれた。以来、今もなお商売繁盛が続いている、ということだった。

出席していたメンバー一同、う~ん、とうなった。
皆さん、きっと考えていたことは同じ。なんでうちに来なくて、ここんちに来たのか・・・。
なんで、つちのこ?

企業努力もさることながら、妻の付加価値!の部分も、会社の繁栄に影響するのだと、またひとつ、この女性部で知識を得ました。

青パパイアと格闘する

りんごと梨と青パパイア
ひとてま便店長が、あんまり宣伝するので、青パパイアを4個買いました。

事務所にいるスタッフに1個ずつ”ノルマ”と渡して、料理して、もしくはしてもらって、後で感想を聞かせるように、が宿題。
それぞれの家庭には、メタボリック症候群やら、授乳中やら、便秘中やら、青パパイアにおすがりしたい人がいて、持って帰るのを、今か今かと待っています。

ゆうちゃんちはママが料理上手!スパゲッティにからめ、ペペロンチーノのようにして、食べたそうです。グー!

さとちゃんパパんちは、さとちゃんママが細く切って、油でいため、塩こしょうで味を整えました。これまたグー!

こしゃちょうママんちは、学校のことで忙しくて、青パパイアにかまっている暇なかった・・・。

ふたつにカットすると白い汁が出る
うちはまず、真っ二つにカット。ずいぶん重かったので、ぎっちり入っているかと思いきや、中は五角形の空洞。まあるい白い種がぱらぱらとついていました。
それをスプーンでとって皮をむく。これがなぜか、するするいかない。青パパイアの汁自体が、手につくと、きしきしします。
皮をむいたら、カットはサラダ用に素麺状にしたのと、油いため用に2ミリぐらいの厚さのと、煮物用に、ごろっとしたタイプの3種類。切ったら水にさらす。

まず、煮物に挑戦。
ひとてま便店長のところで売っている、ティーバックの万能和風だし(これがものすごくおいしい!)を、600cc水を入れたなべに入れ、煮立たせたところで、角切りの青パパイアを入れる。私はお風呂に入る。出てきて、つついてみたら、軟らかくなっている。あっ!砂糖忘れた!と砂糖をちみっと入れ、弱火にして、片栗粉を水でといて、とろみをつける。
小ねぎはどこどこ?と探したけどなかったので、真っ暗な畑に行ってとってきて、微塵に切ってぱらり。

おいしそうでしょう
と写真の、てりのついた煮物ができました。
味?臭みもなく、口の中でとろけます。夢のようにおいしく出来上がりました。

隣家のおじおばに持っていったら、入れ歯をとったおじも、「うめじょ~」と食べていました。

明日はサラダと、豚肉との油味噌からめに挑戦ですっ!

宮崎ITリーダー塾の自主勉強会をはじめませんか

宮崎ITリーダー塾加藤忠宏先生が、宮崎でITリーダー塾の講師をされて、早3年。

後ろが見えないほど最先端を走っているメンバーもいるのですが、(たぶん)先生からすると、いらいらされるであろう"日向時間”の塾生たちも、ぼつぼつ動き出しました。

相変わらず講義のときはおとなしく、「お願い、あてないで」と内心願っている人が結構いるようですが、少しずつでも始めると、いろいろ分からないことが出てきます。

技術的な研修会は商工会議所Kさんがやってくださるので、仲間が集まって研鑽できる、自主勉強会をそろそろ始めたいね、と声を上げたのは、宮崎ITリーダー塾のおばさんたち、じゃなくて奥様方。
別名『魔女の会』の面々。だてに集まって、ご飯食べているわけじゃありません。

今のところ、ひどく漠然とした形しか見えていませんが、塾生皆さんの知恵やアイデアを出していただいて、宮崎チームのレベルアップを図りたい、と思っています。
また、他県のチームがどのように自主勉強会を開いているのかも、知りたいです。

東国原知事もがんばっている。私たちも、どげんかせんないかんっ!

そのまんまラーメンと株式会社びっきょ

びっきょとそのまんまラーメン
東国原知事が、その昔芸能人をされていたころ、初期にコンビを組んでいたのが、大森うたえもん氏。彼は、家族ごと宮崎に引っ越してきた。知事がかなわなかったことだ。

そして、会社を作った。株式会社びっきょ。
びっきょとは蛙のこと(らしい)。母の実家のある宮城県でも、蛙をびっきと呼ぶので、初めて聞いたとき、北も南もさほどかわらないのかと思った。

それはともかく、株式会社びっきょは、「そのまんま君キャラクター」を管理する会社じゃげな。
この前行った『そのまんま市場』も運営していた!会社の隣で、『そのまんまラーメン』も営業していた!
・・・知らなかったあ・・・

そのまんまラーメン
このラーメン屋を、姑あらんだまばーちゃんにさりげなく教えたら、好奇心の塊は、案の定「いこやっ!」
このパターンだと、いいだしっぺのおごりになるの。うふふ・・・。

店は20人も入れば満員。知事のイラストも満載。
ラーメンはぎとぎとでもなく、塩辛くもなく、あつあつで、量も多めで、メンマとチャーシューがのって660円。ついでに餃子5個もとって、プラス200円。

”そのまんま”がつかなくとも、「またこよね」とばーちゃんが言いました。

だいこん葉

だいこん葉
この時期、あちこちから、だいこん葉をもらう。

冬に向かってだいこんの種植え。りっぱなだいこんに育てるために、出てきた若い葉を間引く(のだと思う)。

若いだいこん葉は、塩で軽くもむと、ほどよい辛味も相まって、ちょうどいいころあいの漬物になる。それにしょうがを畑から掘ってきて、細かく切って混ぜる。

出回り始めた普通作の新米をほこほこ炊いて、このだいこん葉のつけものを乗せると、おそろしいほど、食がすすむ。
ううう~、食欲の秋はまだ始まったばかりだというのに、あやしげなお肉が、どっぷりお腹についてしまった・・・。

山下洋輔、宮崎でガーシュウィンを弾く

演奏が終わって
ピアノ講師を始めたころ、音大を出ていないのが引け目になってはいかんと、練習もかなりしたが、本も片っ端から読んだ。音楽理論から教育方法、果てはジャズピアニストの山下洋輔氏の著作まで。だから私の中では、彼はシャープな文を書く作家のイメージが強い。

その山下洋輔さん、ピアニストとして29日土曜日、県立芸術劇場で、大山平一郎指揮の大阪シンフォニカー交響楽団と競演した。
演目はガーシュウィン作『ラプソディー・イン・ブルー』

ソロで弾くところを、どう”料理して”聞かせてくれるのか、わくわくして席についた。
座ってみて、ちょっと席取り失敗と思った。ピアノ弾きの背中を斜め上から見えるポジションで取ったつもりが、真後ろ。オーケストラの様子はばっちり見えるから、まあいいか・・・。

この曲は、おもちゃ箱のような曲だ。次から次へと、おもしろいフレーズが飛び出す。
ジャズバンド用に作られた曲とはいえ、一応きっちりした楽譜はある。譜面に忠実にピアニストは弾くのだが、山下氏、興が乗ってきたら、どんどんどんどん自分の世界に入っていった。

かなり長く続くソロの部分、楽団の人たちは、嬉しそうな、どうなっちゃうんだろうと興味津々顔をして聞いている。リハーサルしても、そのときと即興部分が違うのだろう。
指揮者の大山さんはさすがに、まじめに譜をおっていたが、きっと「お願い!こっちに帰ってきてね」と心中祈っていたのではなかろうか。

演奏前のプレトークで、「ソロ演奏は一期一会、どこにいくのかは指に聞いて」とおっしゃっていたが、ほんと、その通り。山下洋輔の陶酔した世界に、会場中が浸っている。

曲はクライマックスに近づき、爆発するような演奏になってきて・・・出たっ!鍵盤のひじ打ちっ!出たっ!拳骨でごんっ!平手でばんっ!
会場は拍手が湧き上がった。

演奏が終わって拍手が鳴り止まない。楽団の人たちも舞台を足で踏み慣らし、すばらしい演奏をたたえた・・・。

アンコールは、しっとりと『サマータイム』、そして軽やかに『スイングしなけりゃ意味がない』

楽しい時間をありがとう!

Index of all entries

Home > Archives > 2007年10月 Archive

Feeds

Return to page top