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2007年11月 Archive

12月は『あらんだまおばサンタ』

2007年12月


あらんだまおばサンタ


11月も今日だけ。
ちまたは、お歳暮やクリスマスモードが本格化します。

年取ると、1年たつのが早いことよ。
きっとこのまま、どどどどどと正月になだれ込んでいくのでしょう。

今年最後を飾るあらんだまおばさんは、”ソロ出演”にしてちょうだい、とさーふぁーゆうちゃんにお願いしました。

「イラストではなく、ちょっと趣向をかえました」というので、毎度のことですが、どきどきしながら彼のモニターを振り返ると・・・写真をそのままもってきたサンタのわたし・・・。

ぼかしが入っているから、まっいっか。

皆さんのところに、すてきなサンタさんが来ますように・・・。

ps、いままでのあらんだまおばさんをご覧になりたい方は、メニューのギャラリーにストックしてあります。いずれも、さーふぁーゆうちゃんの力作ですから、とっとかんとね。

ガソリンが高くなった

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年11月29日 07:14
  • よのなか

お世話になるストーブ
昨日ガソリンを入れたとき、1リットル142円。1ヶ月3回給油して、およそ20000円/月。

定期検査で車やさんにもっていくと、「燃費いいですねえ」と誉められるけど、それにしても高くなった。
安い時期に比べると、8000/月違って・・・ということは1年で・・・96000円!も高くなったってことっ!!

寒くなってきたので、これからは灯油もいる。
事務所で使っている温風暖房機用に月18リットルが2缶。家のストーブも同じ2缶。エアコンはほとんど使わず、これで12月から3月の4ヶ月しのげるのは、南国のありがたさね。

ガソリンや灯油は帳簿や家計を直撃するけど、よのなかのものの値段が、そろり~そろり~と上がっている。

おばさんの自衛策・・・人からもらう、なしですませる・・・はちょっと無理だな・・・

乾燥青パパイアを食べました

乾燥青パパイア
ひとてま便店長が、ほいっと渡してくれたのが、乾燥青パパイアの袋。

あの青パパイアが、”いかんて(千切りだいこんの厚ぼったくきったの、イカの手がなまった?)”みたいになってる。

袋を開けてひとにぎり取り出し、あとは袋ごと、こしゃちょうママへお夕飯でどうぞ。

お吸い物おいしそうに写らなかった・・・
家に帰って台所。さてどうしよう。
味噌汁は飽きたし、ちぎりとうふも入れてお吸い物にしよう。畑にねぎ取りにいくの面倒だから、まっこれでいいっか。
だしはもちろん、ひとてま便店長の万能だし。

お味は、グー!

豚肉と炒めるっていう手もあるし、しょうゆとお酢につけて、鷹の爪も入れて、漬物もいいかなと思いました。

みなさん、おためしあれ。

おばさまがたは歌い踊る

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年11月27日 07:00
  • 仕事

おもてなしの合唱
入ってから、場違いだったと気づいた法人会女性部だが、入会10年を経て、最近あまり違和感を感じなくなってきたのは、おばさまの領域に達してきたということか。

先日、年1回県内各地域持ち回りで行われる連合会連絡協議会が、宮崎市内で開かれた。つまり今年の当番は、わたしたち宮崎近郊チーム。

実行委員ではなかったが、当日会場に入るや否や「あんた、写真係やってちょうだいっ!」
見渡したが、デジカメ扱えそうなメンバーはひとりもいない。”ぱしり”の身分は素直に「わっかりましたあ」

来賓の席に『宮崎県知事』とある。えっ東国原知事、見えるの!
「来るわけないでしょ。おいそがしいんだから」
代わりにいらした方は、おつむとおでこのあたりだけは、知事と似てました。

記念講演は宮崎学園の合唱指導をされている有川サチ子先生で『夢に向かって』
そう、あの宮崎学園高等学校を全日本合唱コンクールに何年も率いている、コンクールの常勝将軍。
3年で卒業していく学生の実力を、金賞クラスに着実に引き上げるというのは、音楽センスと同時に指導者として並々ならぬ力がないと、夢はかなわない。

ずんどこ節で踊る
その後の懇親会で、なんと!有川先生の前で、ホスト地域であるわたしたちが、恥ずかしながら合唱をお聞かせしたのだ。
先生は満面笑み、大拍手をおくってくださいましたが、冷や汗三斗でした・・・。

フラメンコあり、カラオケあり、もちろんおいしいお料理あり。

懇親会の最後を締めくくるのは、恒例の氷川きよしの『ずんどこ節』で踊る。
総勢180人の「えいえいお~」!の雄たけびは、いつにもまして迫力がありました。

皆さんおつかれさま。来年の日南串間大会を楽しみにしています。

23日の宮崎魔女の会、そのあと

魔女会議
23日夜7時から魔女会議。

なんて言うと怪しく聞こえるが、いつものファミレスで、「今日は何食べちゃおかなあ。人に作ってもらったのはおいしいよね」とおばさん魔女のいつもセリフから始まる。今日は1名欠席。

この一週間想定外の出来事が次々起こった。
ネットの世界の長所と怖さ。それから、人に言葉で伝える難しさ。
おのおの持っていた"事柄”をシェアし、すり合わせをし、そのあと新潟のサミットのことからブリーフィング。魔女の会は、ITリーダー塾の自主勉強会を立ち上げる準備委員会、かつ、いろいろなことをしょってがんばっている女性たち(男性もOKよ)の励ましあう会。自主勉強会は宮崎にあった進め方を検討していく、ということを再確認する。

自主勉強会の開催から、参加できない人への配慮まで、話が終わったのが11時。
今週中に自主勉強会『そのまんまDE委員会』の予定を報告することまでこぎつけた。

帰り運転しながら、棋士が投了後、初手からやり直すように、時間を7時に戻し頭の中で反復していた。

その夜、夢を見た。新潟で出会った人たち、宮崎ITリーダー塾の人たち、加藤先生、魔女仲間、kさん、うちのスタッフなどなど、次から次へと人が出てくる。うなされるようにして目が覚めたら、頭はずきずき、身体は節々が痛く、熱ぼったい。
起きて仕事行かなきゃと思ったが、気力だけがからまわり。

いつしかまた夢の中・・・。今度はwoody-momさんしろくまさんのところに行ってお話を聞き、また場面変わって、塗装やの女房どのやゆかさんのところで、一生懸命しゃべっている。

しゃべり疲れて目が覚めたら、昼をまわっていた。

少しお腹に入れて、休むことに覚悟を決めて再び眠りに落ちると、今度はタイムマシンが昨夜7時まで戻り、自分の反省点をおりこんだ魔女会議が行われている・・・。
皆にじゃあね、と言って分かれたところで目がさめた。夕方6時。

寝てただけなのに、どっと疲れている。
”調整”という普段やり慣れないことをしているからか・・・。

この文を読み直してみたが、果たして私がいいたいことが、うまく伝わったかなあ。
ほんと、言葉で伝えるって難しい。

何か質問ある人、遠慮なく言ってくださいね。
さて、仕事しよ。

鶴見の総持寺

総持寺参道
「お寺に行くよ」と子供のころ、祖父母から言われると嬉しかった。

神奈川県横浜市鶴見にある曹洞宗総本山総持寺に、ご先祖さまが眠るお墓がある。

参道の脇に、今でこそ鶴見大学が建ったが、幼い弟とかけっこした道は今もかわらない。
広大な境内には仏殿、大祖堂など、たぶん歴史的に重要な文化財が並んでいるであろうが、子供にとっては、いっくら駆けずり回っても叱られない、大好きな場所だった。

昔受付だった建物
古い建造物を江戸時代の風景に見立て、ときどきチャンバラの撮影が行われていた。もしかすると、テレビや映画に映るかもしれないとうろうろしたら、「はい、どいてどいて」と追い払われた。

朝早いと、静寂につつまれた薄暗い板の間で、座禅がくまれていた。
法要に、にぎにぎしい鳴り物もない。
でも、本堂に整然と何百人居並ぶ僧侶の読経のとどろきは、子供心にも感動した。


うちのお墓は、とある一筋の突き当たりから手前ひとつ。
あるとき、そのお墓の場所が、一番奥になっていた。またあるとき、反対側に移っていた。
母は、お墓はときどき動くのよ、と幼い弟と私に言った。
動いたのは2回・・・。そんなばかな・・・。あれは私の夢?

渡り廊下
「そんなことあるわけないじゃないの」
それから10年あまりして、祖母の墓参りのとき、雲つくような大男になった弟に母は言った。
弟はけげんそうな顔をして、私を見た。
「あれ、あんたも聞いてたの?」

弟も目撃していた。お墓は2度動いてた・・・。

さとちゃんパパ、ブルーリボン賞取る

受賞作!
さとちゃんパパは、仕事はもとより、寺子屋あらんだまの講師として様々な問合せに丁寧に接してくれるだけでなく、国際交流協会の幹事や、バードカービング協会のメンバーとしてもがんばっている。

その彼が、なんと!バードカービングのワザで、日本バードカービング協会主催のコンクールでブルーリボン賞を取った!

「すごいねえ!」は~い。
「作品は何?」かるがもの親子です。
「巨匠になる前に、作品買っておこうかな」うふふ。
「ところで、参加者は何人いたの?」ひとりです。
「・・・・・・・・・・・」

写真を撮りましたので、見てやってください・・・。

ムンクの目

ムンク展
友だちの子供が小学生のころ、口を立てに開け、目を見開き、手をほほにあてて、恐怖(?)の表情をして見せてくれた。
「なにそれ?」と聞いたら「ムンク!」

彼がムンクが人の名前なのか、恐怖の表情のことをいうのか理解しているかは別として、世間一般、ムンクといえば、欲望や不安や絶望や嫉妬など、マイナスの感情を絵で表現した画家をして有名だ。

東京上野の国立西洋美術館で開かれている「ムンク展」は、フェルメールのように、絶対見たかった訳ではない。怖がりの私は、ムンクがぐりぐりぐりと描く人の目が怖いのだ。絵の前に立てるかな・・・

想像通り、暗い。濃い緑黒色がたくさん目に飛び込んでくる。ノルウェーという地で描くとこうなるのかな。
眉をしかめながら、半分逃げ腰になって見ていくと、彼は、あるチョコレート工場の社員食堂やオスロ大学の講堂に、連作の大作を描いていることがわかった。
それらは希望や躍動感があふれ、色彩も明るい。

ようやく救われたような気持ちになって、出口にたどり着いた。
でも、展示会の土産を売っているところで、いつもは買うはがきは、やめた。
ムンクの絵は手元に置きたいと思わなかったから。だからこのパンフレットしかないの・・・。

今日はいい夫婦の日

今日一緒に過ごせないあなたへお花の写真のプレゼント!
姑あらんだまばーちゃんは、40歳のとき、あらんだま家に嫁に来た。

東京で優雅な独身生活を20年近く送っていたところ、幼馴染から「あんた、老後ひとりじゃ寂しいよ、宮崎に帰って見合いしなさい」と言われ、対面した相手が4人の子持ちの50男。
学校の先生と聞いていたのに、角刈りで体格がよく、厳つい顔立ちだったので、大工さんかと思ったというのが、彼女の第一印象だった。

初めて相手の家に訪問するとき、土産を銀座の三越で買っていった。
夫となる人にはネクタイ、成人している長男にはネクタイピン。長女と次女には花柄の刺繍のついたブラウス。そして剣道に明け暮れている中学生の次男には万年筆(この中学生、すぐに万年筆をなくした!ホント穂がない!!)

結婚したとたん、夫は単身赴任、子供たちは好き勝手やっていてばらんばらん。夫のところにしばらく行って帰ると次男がぶーたれる、しばらくして夫のところに行くと、なんか知らん機嫌が悪い。がっこの先生の給料は安いし、ま~えれこつやった(大変だった)、と聞かせてくれる彼女の顔はいつも笑っている。

結婚生活は25年。舅が無くなる少し前の結婚記念日、「あんたと一緒になれて幸せだった。(嫁に)きてくれてありがとう」と舅は彼女の手を握っていったそうだ。

謹厳居士で難しい性格の夫を、彼女はいつも笑顔とパワーで支えて、夫の不足している部分を陰でおぎなっていた。夫はそれを十分知って、いつも感謝していた・・・。

今日、11月22日は『いい夫婦の日』
仲良く、きちんと話のキャッチボールができて、お互い尊敬し合える夫婦でありたいと思っている。

タイトルバックを変えました

朝からばたばた飛び回っていて、気がついたら4時過ぎ!

「ねねねね、さとちゃんパパあ、タイトルバック変えてくれたあ?」
「終わってます」(沈着冷静な声)

見たら、お願いした写真を加工し、ちゃんとタイトルバックになっていました。
ありがとね!

これは先日の都於郡城跡祭の風景です。

ここで質問です。
夫と隣家のおじが写っています。はて、どこでしょう?

むかごご飯

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年11月20日 07:49
  • 田舎暮らし

むかご
11月、夫と散歩をするときは、いつも”むかご”を探します。

葉が黄色くなったつるの端々に、ころんとちいさい茶色い実がついています。
残念ながら、人の手の届くところは、ほとんど取り尽くされていました。

「なかったねえ」と家に帰ってきて、庭の椿にからまっている黄色の葉を見つけました。あったあった!
ころころと、”むかご”をつけていました。

塩茹でもおいしいけど、ごはんを炊くとき一緒にいれたら、ほくほくした”むかごご飯”の出来上がり。
秋の味覚を前にして、夫との会話もはずみます。
ちょっと水が多すぎた!炊きたてむかごご飯

都会人は歩く歩く

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年11月19日 07:30
  • まったく!

大丸デパート
普段、車でドアtoドアの生活をしているので、東京横浜に行くと、”歩く歩く”生活に、ほとほとうんざりする。

道を歩くだけではなく、駅から駅に歩く。ホームを歩く。階段を上る、降りる。建物のフロアを隅々まで歩く。

かつて通勤時間片道2時間半を何年もやっていたが、あの自分は、今の自分と絶対別人だと断言できる!

上京最後の日、羽田に向かう途中、夫が東京駅の大丸が新しくなったぞ、と言う。1階はぜ~んぶケーキ屋さん。2階はぜ~んぶ化粧品屋さんじゃげな。

私がにかっと笑ったのをみて、夫は仕方なく大荷物をかかえ、大丸方面に向きをかえた。

・・・しかし、着いてエスカレータの前で足止めくらっている人の行列やショーウインドの前に群がっている人の山を見て、ここは宮崎のデパートじゃなかったよね・・・。

ケーキの試食をシャンペンを飲みながらさせてくれるところを横目に、これまた掃いて捨てるほど人が居る地下に降り、上京して5日も経っているのに直らない宮崎弁で土産をしこたま買って、ほうほうの体でデパートを脱出。やっぱ、宮崎がいいわ・・・。

都於郡城跡

都於郡城跡
都於郡は”とのこおり”と読みます。

その昔、ここ一帯は伊東氏が治めていて、都於郡に城を築き、まわりには士族が住んでいたので士中。もう少し離れると、中間原という地名があり、身分による住み分けが想像できます。

天正遣欧少年使節団でヨーロッパに渡った少年伊東マンショは、伊東氏の一族。
郷土の誇りであり、地区の小学校では詳しく習うと聞きました。


さてその城のお祭りが、高台にあるこの城跡で11日にありました。

武者行列
メインイベントは恒例の都於郡小学校の子供たちの”武者行列”。
遠目には、とてもダンボールと紐で親が夜なべで作ったとは思えない鎧兜を、男の子も女の子も身につけ、「えいえい、お~!」と雄たけびを上げる様は、伊東氏の末裔にふさわしい(かな)

朝の9時から4時ぐらいまで、保育園の子供たちのお遊戯やカラオケ大会、四半的大会、出店、せんぐ撒き・・・。
天気がよかったことも幸いして、地区のたいせつな行事が無事、滞りなく終わりました。

この都於郡城の整備開発に、隣家のおじが作業員として携わったとき、不思議なことがおこりました。
土を掘り起こす作業をしていたおじの足だけが、勝手にばたばた動き出して、止まらなくなった!
踊るようにして家に戻ると、それを見たおばが、「こりゃぼくじゃ(たいへんだ)!」とお経を一心に唱えたら(医者に連れて行くのではなく)、ぴたっとやんだそうです。

この城は、実は、伊東氏がヒコホホデミノミコト(山幸彦)の陵墓を壊して造ったと謂れのあるところで、長い年月たっても、なんかがあっど、というのが、もっぱらの話。

伊東氏の墓は、この城から少し離れた木立に囲まれたところにあり、地区の班長が年2回お掃除に行きます。
夫と私が班長のときは、大きな台風が来た後で、大木が倒れたり、惨憺たるありさまでした。
いくつも墓石が並んでいるなか、ぽこっとなくなっているところがありました。
台風でころがったのかと思いきや、鹿児島に住む子孫が、トラックで持って行ったそうです。
残ったご先祖さまが寂しかろうに・・・。

50歳代、女の生き方

笹団子母さんと
29歳、39歳、49歳、と9がつく歳になると、私はいつも心が落ち着かなくなる。

次の30歳代、40歳代、50歳代をやっていけるのか、とひるんでしまうからだ。
容姿や体力だけが歳を重ね、自分は”歳相応のあり方”でないのではないかと・・・。

では、50歳代の歳相応とは何か?そして歳相応の対処の仕方とは何か?
ちらりと頭をかすめたのは”有閑マダム””週3日しか働かない””お家にいる”・・・

ところが50歳に足を踏み込むや、流れがいきなり速くなった。優雅な夢想は吹っ飛んだ。

ほとんど停滞していたのではないかと感じていた40歳代に学んでいたことが、知らず知らずに身についていて、恐れることなく毎日を歩んでいる。

1年後、笹団子母さんの小竹佳代子さん新潟朱鷺市の水野晶子さんと出合った。

彼女たちはお孫さんたちもいるので、”おばあちゃん”。ところが実にパワフルで、かっこいい女性たちなのだ。
秘訣は、陽転思考で、女性の繊細さプラス大局を見極めることが出来、絶えず学びそして行動している、からじゃないかなと。

子供のころ、祖母が言っていた。
「女も腹を据えて、でなきゃあ、いけないよ」

私は50歳代を力強く生きる彼女たちに、を見た・・・。

フェルメール『牛乳を注ぐ女』の前に立つ

オランダ風俗画展
先週上京したとき、是が非でも行かなくてはいけない場所がありました。
六本木の国立新美術館

そこには、アムステルダム国立美術館から海外に出たのは、今までたった5回という”350歳”になる、フェルメールの『牛乳を注ぐ女』が、ちんまりとおいてあります。

6月にこの美術館にモネを見に来たときは、ほとんど人の頭を見ておわった展示会、今回も覚悟していったのですが・・・4時過ぎという、ちょうど人が途切れる時間だったらしく、すすっと入っていけました。

同時に展示されているオランダ風俗画展はふんふんと飛ぶように見て、目指す絵は・・・会場中ほど、ライトの光に浮き上がっていました。

小さい絵でした。35センチX45センチぐらいかな・・・。
日常の静謐のなかから、牛乳をとととととと、と注ぐ音が聞こえてきそうな・・・。
小首をかしげた彼女は、これが終わったら洗濯をしなくちゃと考えているような・・・。
手前におかれている、パンのおいしそうな匂いが流れてきそうな・・・。

上質な絵を見るは、上質な短編小説を読むに値する、といいますが、そう、好きな絵を眺めているときは、私は本を読んでいるような気分なのです。

フェルメールといえば、黄金の値段にも匹敵するラピスラズリと亜麻仁油を混ぜた、ウルトラマリンブルーという青色を自在に駆使した画家として有名ですが、私は、彼の黄色も赤色の使い方も、とても好き。

目をこらしてすみずみまで見つめ、出口まで行ってまた戻ってきて、穴があくほど眺め、後ろ髪惹かれる思いで美術館を後にしました。

これで私が見た本物のフェルメールの絵は5枚目です。
彼が描いたのは30数点、あと何点見ることができるでしょうか・・・。

真夜中のレクチャー

弥彦温泉の朝
先週のポータルサイトサミットの2次会を抜け出し、湯あたりでくらっとなるほど入っていた温泉から、部屋に戻ってきたのは、時計の針が翌日にかかったころです。

晶子お母さんのところで3次会というので、おじゃま。

またそこで、ちーさん、お局さま、しろくまさんwoody-momさん、よしださん、こばやしさんなどなど、とその地域の勉強のあり方などを聞く聞く。
でも、私がうとうとしたのをきっかけに、「じゃ寝ましょか」と解散。

お部屋に帰ってしばらくしたら、小竹さん魔女のかいさん相模原の塗装屋の女房どの
とゆかさんがお風呂から戻ってきました。

小竹さんは真夜中にもかかわらず、ノートパソコンのスイッチを入れ、メールと受注状態をチェック。そして、キーワードの見分け方、マーケティングについてなど、弾丸のようなレクチャーが始まり・・・

半分寝ていた頭が次第に目覚め、「聞き逃しては、ぼくじゃ(たいへんだ)」とメモをとり、すみいち別荘での出来事はほんとうなのだなあとちらりと思い・・・

私はまだ、彼女の足元にも及ばないことを実感した、真夜中の真剣勝負でした。

すっぴんのつきあい

ポータルサミット懇親会
先週7日のポータルサイトサミットの2次会、3000円会費払って席についてまもなく、カラオケが始りました。
私の席に『風林火山ビジネスネット運営委員会』の、笑顔がとびきりステキなしろくまさんと、東京人田舎に嫁ぐのwoody-momさんが
「ねえねえ、あらんだまさん、お風呂入りにいかない?」「入ってから飲もうよ」

お風呂に入って、それからまたこの会場に登場するというのは、”すっぴん”・・・

ちょっと考えましたが、まいっか
「いこいこ」と、まだウーロン茶1杯の半分とみかん1個、しか食べていない会場を後にしました。

お部屋に戻って着替えをとり、最上階の温泉大浴場へ。
ちょうどおばーちゃんたちが、どやどや出てきたところでした。

湯船で、ううう~と手足をのばしたとき、遠くにきたもんだと、つくづく思いました。

「気っ持ちいいねえ」・・・それが語らい3時間の始まりでした。

住むところも年齢も職業も違う、ほんの少し前に出会ったばかりの3人の女性が、語る語る・・・。

そのうちシュークリームママさんや、晶子母さんら新潟チームが「や~だ、こんなところにいたのお」と入ってきて、じゃ今度は露天に行こうと、場所を移し、また語る語る・・・。

ようやくお風呂から上がったときは11時半過ぎていました。

2次会?とっくに終わっていました。
すっぴんで登場シーンがなくてよかった・・・。

宮崎魔女の会棟梁、語る

机の上も脇机の上も、書類が山積みになっているのを掻き分け、キーボードを打っています。

新潟朱鷺市ポータルサイトサミットから、早1週間が経とうとしています。
すでにそこでお会いした方たちが、ブログでそのときの様子を書いておられます。

きのうようやく、お知り合いになった方のブログをのぞきに行ったら、”あらんだまおばさん”の名前があちこち出ているではありませんか!

新潟に行って仰天してのは、日本の端っこで密かにおしゃべりしていた『宮崎魔女の会』の名が、なぜか轟いている!

パネルディスカッションのとき、加藤先生が話を私にふったことで、そのあとの懇親会で「あなたが魔女さんですかあ」とか「宮崎魔女の棟梁ですかあ」とか「魔女のあらまんださん(違うっていうのっ!)ですね」とか、にこにこして、次々に来られる。

けっして自分では目立っていたつもりはないのですが、加藤先生のブログを介在して、新潟も山梨も相模原もつながっていっている現実を実感しました。

ネットの作業は孤独ですが、こういう集まりを目の当たりにすると、今まで、もがきながらやってきたことが、少し報われたような気がしました。

ひとてま便店長、『魔女の会』って最初に名前つけてくださって、ありがとね。
いつのまにやら、山梨支部、相模原支部ができあがっていました。
続きはあした・・・。

今日から通常業務に復帰

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年11月12日 11:41
  • 仕事

先週は5日夕方の便で宮崎を発ち、新潟ポータルサイトサミット出席も含め、東京横浜であっちとびこっちとび。
宮崎に戻ってきたのが10日夜。
昨日は地元のお祭りやらでばたばたし、ようやく今日から通常業務に復帰です。

ブログを載せるにあたり、まずは訂正とおわびから。
不在になる間のブログは、指定日投稿の設定を何日分かしていたのですが、9日「ムラサキシキブ」は大失敗!
いとこから「9日付の花、あれはホトトギス草だよ。鳥のホトトギスの胸にある斑点に見立てて「時鳥草」と言われています。」
とご指摘。大間違いでした。
近所のおばさんたちがそういっていたので、よく調べもせず、載せてしまいました。
ごめんなさい。
「ホトトギス」なら、また別の切り口で書けたのに・・・。
きぬこねーちゃん、ご指摘ありがと!

コメント書いてくださった皆さん、ポータルサイトでお世話になった皆さん、遅ればせながら、ありがとうございます。
ポータルサイトサミットには行ってよかったと、心から思っています。

今週中かかって、新潟であったことを書いていきます。
ちょっと待っていてくださいね。

まずは手持ちの仕事を片付けてから・・・。

一ツ葉神社

一ツ葉神社
けっこう気に入ってる珈琲屋さんの「詩季」の隣にある、一ツ葉神社。すぐそばにイオンができて、道が込むので、どちらにも最近ご無沙汰だ。

先日、免許の更新に行った帰り、久しぶりでおまいりに行った。

一ツ葉神社はお稲荷さんである。ご祭神のおひとりがウカノミタマ(倉稲魂命)、つまり稲荷神さまだからかな?
稲荷神社は、商売繁盛の象徴である、たくさんの鳥居が献納されている。くぐれどもくぐれども、というわけではないが、宮崎では著名な企業の名を記した鳥居が連なっていた。

鳥居
くぐり終えると、銭洗いの社があるではないの。
札束出して、ざぶざぶ洗うのもみっともないので(というより持ち合わせがない)、小銭を2,3枚洗って増えますように増えますように・・・。

近くにある一ツ葉浜は、夫が子供のころ遠足の定番地だったという。
夏海水浴で、彼の亡き母や兄弟4人で仲良く写っている写真も、確かこの神社の奥だったはずだ。

コーヒー飲むついでに寄る神社でしかない私とは違う思い出が、地元で育った夫にはある。

ふたたび宮崎県庁

宮崎県庁
新潟に持っていくお土産は、そりゃもちろん、東国原知事のイラスト入りでしょ。
そしたら県庁すぐ近くの”そのまんま市場”にいかなきゃ。

・・・というので、こしゃちょうママと買出しに行きました。
地鶏、冷汁、マンゴーお菓子などなど、定番商品に知事のマークのついた土産が並びますが、うけをねらって、「そのまんまおみくじ飴」20個。
買ったはいいが、かさばる・・・。

出てきて、ひょいと見た県庁は、中に観光バスが2台も留まっている!
私たちの後ろを通った人が「5時になったら、出てくるって」

主語がなくとも、出てくるのは誰かわかる。副知事でないことだけは確か。
あと15分で5時。私は以前握手してもらって”本物"見たからいいけど、こしゃちょうママはまだ。ちょっと考えたが、帰って来ました。だってすごい人だったんだもん。
今だ人気衰えず。すごいね!

ムラサキシキブ

ムラサキシキブ
この花、カタカナでムラサキシキブと書く。
コスモスの時期に、玄関の脇に咲く。

名前は優雅だが、花の中心から出ているメシベかオシベは、エイリアンの舌のようで無粋。

漢字で書く紫式部は、ご存知「源氏物語」の作者。
高校時代、国語科の担任が「源氏物語」の大家だったので、放課後、補講で講義していただいたことがある。
源氏物語の原文は難しい。”誰が”という部分を抜かすことで、畏れ多さを出す、日本語特有の敬語の真骨頂があるからだ。
8年がかりで54帖英訳したロイヤル・タイラーさんが、「原文より英訳の方がわかるかも」と大学生から話しかけられたそうだが、それは理解できる。

光源氏にのめりこみ、円地文子や田辺聖子、船橋聖一を読みふけっていたある日、この色恋沙汰は、ただのフィクションじゃないか”と頭をよぎった。
そのとたん、光る君は色あせた。国文科への道は消えた・・・。

柏崎にいます

ひょんなことから小竹食品の小竹さんの職場を見せていただきました。まだ地震の傷後も痛々しい。街のなかもまだまだのところありました。詳しくは帰ってから。今日もケータイから投稿でした。

ポータルサイトサミットに出ています

今パネリストのあつい発言が続いています。今日は夜8時まであるらしい。詳しくは帰ってから。ケータイからの投稿でした。

読書の秋

読書の秋
本屋の友だちに注文をした。

「理科と社会の高校の教科書欲しいんだけど」
「なにするの?」
「私が読むの」
「どこのがいい?」
「一番難しいの。化学と物理と生物。世界史と日本史はあるから地理かな」

ということでいただきました写真の7冊。しめて6010円。

高校のときは、試験のために強制的に読まされていましたが、これほど系統だってかかれている本はありません。
読み物としておもしろく感じるようになったのは、もう試験とは関係ないということになったからでしょうな。

ショートカット

ショートカット
治らない腱鞘炎で、長い髪をまとめたり、洗ったり、ドライヤーで乾かしたりが、つらくなってきた。
かといって、短く切ると、宮崎太陽銀行のマークのように”太陽の炎”になってしまう・・・。

美容院に行って、どうしたらいい?と聞いたら、「短く切ってストレートパーマをかければ手入れは簡単ですよ」という。
プラス白髪も染めたら、髪がいたむでしょ、と言ったら「ぜーんぜん!かえってつややかなしあがりで、手入れが楽になりますし、若返りますっ!」

大昔、ストレートパーマは一日仕事の重労働だった。
髪に板をたくさん長時間ぶら下げ、出来あがると、首や肩がこるわ、金はかかるわ、時間はかかるわ・・・。それだけ手間ひまかけても、夫は気がつかない、ストレートは1ヶ月ももたなかった。

「このストレートパーマは半永久的に効きますよ」
ほんとっ?!っとすっかりその気になったが、よく考えると、髪は1ヶ月に1センチは伸びるのよね・・・。

でも美容師さん3人総がかり、4時間半かけて、おかげさまで写真のようになりました。
なんか、気分一新。

新潟で加藤先生に写真、前から撮ってもらってこよっと。

鵜戸神宮

鵜戸神社
日向灘を左手に南下していくと、日南市に入る。
断崖絶壁をくり貫いた洞窟に、鵜戸神社は、すっぽり入っている。

ここでヒコホホデミノミコト(山幸彦)の息子、ウガヤフキアエズノミコトが生まれたという。
お母さんはトヨタマヒメ。子を産む姿は見ないでね、と夫にお願いしたにもかかわらず覗いたら・・・
彼女は”ワニ”の姿で這いずり回って、子を生んでいた。
夫は仰天!妻は恥じ入り、実家に戻ってしまった。

この「見てはだめよ」と妻が言うにもかかわらず、夫が「ちょっとだけよ・・」と覗いて、夫婦生活がばーんと破綻という例は多い。イザナギイザナミしかり、『夕鶴』のつうとよひょうしかり・・・こらえ性がないんだから。

断崖絶壁
母においていかれた赤ちゃんは、母の妹タマヨリヒメに育てられ、長じて彼女と結婚をする。そして生まれたのが神武天皇ら4皇子。彼らは日向美々津から大和へ船出をする。

私の目に映っている壮大な海と空は、山幸彦もトヨタマヒメもタマヨリヒメも神武天皇も、同じものを見ていたのではないか。神武天皇4兄弟が東を目指した気持ち、解る。

新しい方向性

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年11月 3日 07:06
  • 仕事

単純なのだが手間がかかるばかりで、儲けならない地元の仕事でも、つながりがあってなかなか断れない。

しかし、ある図面屋の社長がブログで、『儲かる図面を描こう』と書いていたのを読んだ。

「お客に頭を下げた分だけ利益が下がる」
「思いっきり吹っかけると、安いのが好きな人は姿を消す」
「儲けることはいい仕事をすること」
「お客を選ぶのは自分」
「実力とはお客を選ぶ技術」
「実力はお客の質に応じて向上する」

けだし名言!

今期のうちの会社、方向性を変える。
客もスタッフも喜ぶ、儲かる図面を描こう。

バラがたいへん!

  • Posted by: あらんだまおばさん
  • 2007年11月 2日 07:32
  • 田舎暮らし

虫のごちそうになったバラ
5月に、かよちゃんちからいただいたバラ。(ブログ5月25日 『バラ風呂』)

ここ1週間ほど、真っ暗なうちに出勤して、真っ暗になって帰宅。
先日の日曜日の昼間、なんか様子が変だなと思って、近寄ってみたら・・・葉がないっ!

もっとよく目を凝らしてみたら、しゃくとり虫がいっぱい!

ひゃあ~!鳥肌がさあっと立ちました。
大切に虫がつかないようしてきたつもりだし、土も取り替えたし、肥料もやったのに・・・たった1週間で、虫たちのごちそうと化していました。

とげとげがこれだけついていても、防御にはならないのね。

すぱっと根元の方から切ったのですが、これでよかったのでしょうか?

かよちゃん、ごめん!

『ポータルサイトサミット新潟朱鷺市2007』に行きます

来週11月7日に、新潟県の弥彦温泉で行われる『ポータルサイトサミット新潟朱鷺市2007』に参加します。

遠路はるばる宮崎県からは、商工会議所のkさん、宮崎が誇るWEBマスターのトップリーダーのすみいちさん、魔女仲間のかいさんと私の4人。

私はサミットのためにわざわざいくのではなく、たまたま11月東京横浜に行かなくてはいけなかったので、それに新潟行きを1泊2日でからめました。

200人以上の参加者の中には、ブログ上でリンクも貼らせていただいていても、実際お目にかかるのは初めての方ばかり。
お顔も本名も社名も存じ上げず、わかるかしら?私あらんだまおばさんのこと、わかるかしら?お会いしても、お話できるかしら?
小心者の私は不安です・・・。

でも、宮崎のITリーダーの自主勉強会を軌道に乗せるためにも、皆さんのお話を伺いたい。そして、WEBで活躍されていらっしゃる方たちのお話を聞き、私の原動力にしたい。
・・・そんなふうに考えています。

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