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オリンピックイヤー

  • 投稿者: あらんだまおばさん
  • 2008年7月23日 17:46
  • 思い出

北京でのオリンピックが近づいている。

真夏の太陽が照りつける、ちょっと動くだけで倒れてしまいそうな時期に、選手も観客も真剣勝負をして大丈夫だろうか。


市川崑監督の『東京オリンピック』を見たら、昔の記憶がよみがえった。

東京オリンピックの開催は10月10日。
世界の"大運動会"にふさわしい、秋の風も爽やかな頃。
日本選手団赤のブレザーの、堂々の行進は、小学校低学年の私も誇らしかった。

競技が始まると、教室におかれたテレビで応援観戦が日課。
どの競技を見たかは忘れたが、テレビが"扉をうやうやしく開けて、ありがたく拝見"するタイプだったのだけは覚えている。

体操の練習を、学校から30分ほどの代々木体育館(かな)に、友だちとそのお母さんたちと見に行きたいと担任に申し出たら、
授業があるにもかかわらず、あっさりとOKとなった。
体育館ぐるりの観客座席から見下ろすと、
平均台やら、マットやら、あん馬やらの道具で、各国の選手が時間を決めて練習をしている。

金メダルをとったベラ・チャスラフスカさんも、しなやかな肉体を躍らせていたのだろうが、
私たちには、なんら関係なし。
国旗をあてっこし、ぺちゃくちゃ4,5人でおしゃべりが楽しかった。

今のオリンピック選手は、なにかサイボーグをイメージさせるが、あの当時は、手の届きそうな人たちだったような気がする。

女子バレーがソ連を破って優勝したとき、父の涙を初めて見た。
「あんなつらい戦争から、もう二度と立ち直れないんじゃないかと思っていたのに、日本が金メダルを取れるまでになれた。
お前たち(私と弟)はいい時代にうまれてよかった」と・・・。


熱狂につつまれた2週間が終わり、
私たちのクラスには、短距離走のスタートについた選手たち横顔の写真入の下敷きだけが残った。


北京オリンピック
小学校の頃と同じ、テレビ応援ですが、
選手の皆さんが日頃の成果を存分に発揮でき、すばらしいドラマを見せてくれること、心から期待しています。

がんばれっ!日本選手っ!

コメント:4

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名前yuuko 2008年7月24日 09:13

エ~ッ そうだったんですか、東京オリンピック観戦されたんですね。
私、中学3年生でした。 テレビを見ながら興奮していた事を思い出します。
今度は、40数年ぶりに串間からバレーの選手が生まれたことに
皆大喜びです。 開催楽しみですね。

あらんだまおばさん 2008年7月24日 18:12

名前yuuko さん
観戦したというか、本物は、たまたま体操の”練習”だけちょこっと見ました。はい。

串間から選手?えっだれだれ?応援せんと!

名前yuuko 2008年7月25日 08:57

あらんだまさん、男子バレーボール・リベロの津曲勝利選手で~す。
串間市では後援会もでき、先日津曲選手に串間市より
「スポーツ市民栄誉賞」が授与されました。
8月10日からのイタリアとの予選対戦が始まります。
応援宜しくお願いしま~す。

あらんだまおばさん 2008年7月25日 18:25

津曲勝利選手!
いかにも宮崎の人で、勝てるような名前ですね。
教えてくださってありがとうございます。
応援します!

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