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徘徊放尿はあたり前

認知症が進んで、家での介護が困難になった隣家のおじを、施設に入れたのが1ヶ月まえの6月15日。

介護チームのメンバーであるおじの妹たち、つまり”指揮官”姑あらんだまばーちゃんと4人のおばたちで、やれやれやっと開放された、とごちそうを食べに行ったのもつかの間、
預けたその日の夜9時半「徘徊がひどくて寝ないんですけど・・・」と電話がきた。

そのあとも
「ついてまわるので、仕事ができない」とか
「他の部屋のおばあちゃんの寝ているところに侵入して、ふとんを剥いで片付けた」とか
「夜"脱走”して、山の中に行った」とか
「愛用のこたつにおしっこをした」とか
次々と”武勇伝”の連絡が入り、そのたびに洗濯やら頭下げにいくことになる。

入所して2週間余りで、もうちょっと無理、ということになって、次の預かってもらえるところを、ケアマネージャに探してもらった。

そして、今日がお引越しの日。
今度は法人が運営する介護施設。

施設長さんが
「認知症になったら、徘徊放尿は当たり前でしょう。そのうち何もできなくなるのですから、できるうちは、好きなようにさせたらいいじゃないですか。うちは人手があるので、薬で動かなくするようなこともしません。」
とにこにこしながら、おっしゃった。

私は30数年前、徘徊のひどかった祖母を施設に入れたら、手足を拘束され、薬を飲まされ、うつろな目をして横たわっていた姿が忘れられない。

おじは、もう箸を食べる道具だということも認識できない。あんな達者に"脱走”を図った足も、歩くことすらおぼつかない。もちろん、誰も識別できない。
たった1ヶ月なのに、こんなにこんなに、認知症がすすんでしまっていた。

だから、残された時間を、まだ機能している脳みそをつかって、楽しく過ごしてもらいたい。記憶が薄れていく不安を、少しでも解消してあげたい。
それをかなえてあげられるところを探すこと、私はもうそれしかできないの・・・。


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コメント:8

小紋 2009年7月20日 16:30

 出来れば 慣れ親しんだ場所で 死ぬまで暮らしたいけれど 中々それが出来ない時代です。
 あっというまに 進むとか良く聞きます。
 どぞお大事に。

ウッディマム 2009年7月22日 13:22

進行が早くて周囲が大変ですね。
ご祖母様のことがあるから余計に、心痛む思いを再度思い出していらっしゃるのですね。
今度の介護施設長さんの言葉に救われる思いをしながら読みました。
受け入れてくれる場所が見つかってよかったですね。
少しでも楽しくお過ごしになられること祈念しています。

あらんだまおばさん 2009年7月22日 18:10

小紋さん
やはり初日は、朝の4時まで徘徊していたそうです。
よくそんな体力あるなあ、と思うのですが、家に帰りたい一心なのでしょうか?

あらんだまおばさん 2009年7月22日 18:14

ウッディマム さん
上京していたとき、いつ電話がかかってくるか、びくびくしていたのですが、なんにもありませんでした。
今日の帰り、寄ってみようかな、と思っています。

リボン 2009年7月26日 23:09

こんばんは

読んでいて涙が出てきます・・・・
認知症も、うわべしか知りませんでしたが、施設での扱い方、驚かされます。
なんだか淋しいですね。
近頃物忘れがひどいよな~と自分ながら情けなくなってしまい、先は私も認知症?と思うと怖いです。
できるだけまわりに迷惑をかけないようにいられたらいいですね。

でもいろんなところでいろんな世話をされているのを見ると、頭が下がります。
また明後日はよろしくお願いいたします。(もしかしたら、直前にキャンセルになるかもしれませんが、できるだけ参加できるようにしたいと思っているところです)


あらんだまおばさん 2009年7月27日 13:19

リボンさん
物忘れ、は、私の得意のわざです。
だから、あちこちにメモおいておいて、書きまくっています。
手にも、しょっちゅう書いています。
去年の暮れは、数字が覚えられないほど、脳みそが疲れていて、頭の中に消しゴムがはえてしまったかと思いました。でも正月休みで挽回。つまり、少しお休みしなさい、っていうことかもしれない、と思いました。
あすの勉強会は、ごってり内容を用意しています。
楽しみにしてきてね。

通りすがり 2011年12月 3日 08:21

家で大変な人は施設でも大変。
職員の身にもなって

あらんだまおばさん 2011年12月 3日 11:57

通りすがりさん、このおじは昨年5月病院でなくなりました。あずけていた施設のような考え方の受け入れ先は、まずないと言われました。ほんとうに幸せなことでした。わたくしども一族はおじを預ってもらったことに関して、心から心から感謝しております。葬儀にも、そこの職員の方がたくさん見えて、おじのこと、そういう考え方で働くことについて、勤務のこと、いろいろお話をいたしました。この何十行かの文ではいいつくせないこと、たくさんありますが、ひとつ言えるのは、人ごとだった介護が、おじのことで、目前の現実問題として提示されたことです。先月亡くなった父は、長患いはしないと、常々言っておりましたが、言った通りの最期をむかえることができました。でもそうそう死は、望み通りにはいきません。私の周りには、看取らなくてはいけない年寄りがたくさんおります。家族、施設、病院、行政のありかた、政府の政策、胃ろうを含めた延命処置、費用、蓄え、本人の望み、周りの意向、後見人などなど、すべての問題を加味し、腹をくくって、お任せするところはお任せして決断し、おじのときの経験を踏まえ、対処していかなくてはいけないと、覚悟しています。

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