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見てよし聞いてよし Archive

演奏会は素敵なディナー~アシュケナージ&辻井伸行

アシュケナージ&辻井伸行演奏会.jpg演奏会の日は、どんな曲目で構成されるのだろうと、わくわく朝からしている。

昨夜は、オーケストラ・アンサンブル金沢がアシュケナージ指揮、辻井伸行ピアノ。

前菜は、
メンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」

初めて聞く曲だけど、まずはオーケストラの完成された音色を確かめて。

メインディッシュの魚料理は、
グリーグのピアノコンチェルト

生の辻井さんのピアノの音色は、なんと多彩なのだろう。
ピアノなのにピアノでない音。
ピアニストは、ピアノとがっつり四つに組んでいる弾き方している人、多いけど、
辻井さんは、馬を颯爽と乗りこなしているような・・・
アンコール2曲目のシベリウス「もみの木」の最後のフレーズは、あまりの美しい音の粒に、思わず涙がこぼれた。

メインディッシュの肉料理は、
ベートーベンの交響曲7番

楽器のテルミンの奏者のように、マエストロの手が動く。
がっしりした骨格の曲は、指先からぐいぐい引っ張るように、オーケストラから音を出し、高みへと。

デザートは、アンコール曲
ラフマニノフのヴォルカリーズ

あの甘いささやきは、まるでなめらか溶けるジェラード。厚みのある低音は、濃厚なチョコ。

心の空腹を満たした、素晴らしい演奏会でした♪

影絵は踊る~藤城清治展

藤城清治影絵1.jpgスクリーンに映る黒一色の人の影が、とことこやってきて、くるっと振り返ると、厚みのない紙でできていることがわかって、ちょっとびっくり。

出てくるのは、目が大きくて、足をがっと開いて、サンタクロースのような帽子をかぶり、長靴をはき、笛を吹く小人さんや、にぎやかに回るメリーゴーランドの木馬たち。

子供の視線なので、伸びあがるようにみていた影絵のお芝居は、黒一色ではなく、実は極彩色だったのだろうか。

私のなかの深いところにある昭和の記憶が蘇った、宮崎県立美術館での『藤城清治 光と影のファンタジー』だった。

影絵作家の藤城清治画伯は89歳。
素手に薄い剃刀を持ち、紙をすーすーと切っていく姿は、とてもとてもお歳を感じさせない。

80歳のころ、広島の原爆ドームを見て、新たな目標が見つかったそうだ。
「時間をかけないと、本物は見えてこない」

スケッチブック片手に日本のあちこちに出かけ、精密なデッサンをもとに、影絵を制作される。
普通の絵画と見まがうばかりの作品は、東日本大震災の惨状をも残した。

でも、人気(ひとけ)のなくなった福島の一角や岩手の一本松には、あの小人さんがいる!
思うようにいかなかった子供時代に見た小人さんが、私にとって、漆黒の闇の中のかすかな“希望”であったように、震災の傷跡にも、希望がきらきらちらばっている影絵。

半世紀を経ても、私に、いや、生ける人々皆にささやく小人さんの声は、変わっていない・・・。

青い瞳の彼女

青い瞳の彼女.jpg目元がライトアップされているジャケットのCDが送られてきた。

青い瞳の彼女は、バーブラ・ストライサンド。
瞳の先は、何かをきりっと見据えている。

若いころ取った音源を再生してできたCDが、この『RELEASE ME』
くぐもった話し声から一転、空間のすみずみまで、のびやかな歌声によって満たされる。

決して美人とは言えないけど、映画や音楽のきらめく才能と溢れる闘志を、人生に生かし切ってきた女性だと思う。71歳になっても、凛々しさは変わらない。

The Way We Were、Evergreen、The Woman In The Moon、With One More Look At You、Way He Makes Me Feel、Till I Loved You、The Prince of Tides のテーマ・・・私の好きな曲

ソロもデュエットも、ずーっと聞いていたい・・・

武将の美学~羽田空港の美術館

武将の美学.jpg1か月もブログ更新してなかった!このところfacebookにはほとんど毎日上げているので、書いたような気になっているのよね。

でもじっくり文章を練るなら、ブログです。

さて、1週間ほど横浜に行っていました。
今度は、ふらふらあちこち”さるく”時間もなく、ずーっと客先で缶詰。
ホテルとの往復のなかで楽しみは、食べることと割り切っていたけど、外食ばかりだと飽きてきますね。

大好きな美術館巡りは今回あきらめていましたが、
思ったより早く着いた羽田空港を”さるい”ていたら、美術館を見つけました。

「羽田空港第2旅客ターミナル3階 ディスカバリーミュージアム」

展示してあったのは、武将が実に付けていた装飾品の数々。

見ていて思いだしたのは、歴史をひも解くと、日本の男性はおしゃれだったんだなあ、ということ。
いまは、せいぜいネクタイに凝るぐらいしか、男性が身に付けるものに色彩は見えませんが、
日本人の微に入り際に入りの美学が、さりげなく身につけているものを芸術品に変えてきた、ということ。
こんなすばらしい工芸品の技術を持っている国、どこにあるでしょう。

自信をなくしている日本。
ものづくりという基本を忘れている日本。
誇りをどこかにおいてきてしまった日本。

ささやかな美術館ですが、いろいろなことを考えさせられた時間でした。

フェルメールのときめき

フェルメールの絵.jpg今回の上京、ほんとうにタイミングがよかった。

新しくなった東京都美術館では「マウリッツハイツ美術館展」
大好きな国立西洋美術館では「ベルリン国立美術館展」

上京のメインイベントが済んだ翌日、上野に直行!

駅に近い西洋美術館から行こうかと思っていたら、チケット売り場のおばさん、
「都美術館は混むから、そっちから見た方がいいですよ」

9時過ぎの上野公園(まだ工事がおわっていなかった)を走り抜け、たどりつくと、
開館時間を繰り上げたのか、もうぞろぞろ入館している。

マウリッツハイツは、オランダの割と小さな美術館と聞くが、所蔵品は超1級。
レンブラント、ハルス、ブリューゲル、ルーベンス・・・そしてフェルメール

小ぶりなフレームの中から、あの青いターバンの少女が、こちらを見ていた。
湿った唇が、悩ましい・・・。

幻想の浸りから、現実に我を引き戻して、走って走って、今度は西洋美術館へ。

ベルリン国立美術館の所蔵品は、重量級。
絵画だけではなく、彫刻がなかなか興味深い。

そして、お目当ての、真珠の首飾りをつけた、優しげなおもざしの少女と出会う。
鏡が対面にあるのか。
おめかしして、よく似合うよ。

絵なのに、写真のように自然な光。
ときどきちかっと光る金や陶器や真珠が、長い年月の命を与えているような・・・。

うわさの若冲を見る

若冲の鶏.jpg8月も終わりに近づいてきた。
行こうと思って忘れているような、まだやり残したことがあるような、気になっていたことを思い出した。

伊藤若冲(じゃくちゅう)の絵が、宮崎に来ていたんだ!

若冲といえば、赤いトサカ、黒の尾の鶏を連想する。
あの赤と黒のコントラストは、あんまり好みではないのだけど、
京都細見美術館の所蔵品が『琳派・若冲と雅の世界』と題して、県立美術館にやってきたのを、やっぱり見ておかないと・・・。

平日夕方の館内は、閑散。足音だけが響く。
重量感のある、掛け軸や屏風を、さらさらと見ていって、
ぴたっと足が止まったのが、6曲1双の屏風。

なかで躍動している水墨画の鶏は、どれも眼光鋭く、みごとな羽と尾をもち、プライド高く、動きに威厳があり、とてもそんじょそこらのニワトリとは、格が違う。
つぶして食べたら、祟られそうだ。

「これがうわさの若冲の鶏か」
屏風に穴があくほど、見入った。

外国人も収集に走るはずだ。

これからは、”若冲”の二文字に、びびっとなる予感・・・。

ドビュッシー、音楽と美術と

ブリジストン美術館.jpgドビュッシー、音楽と美術.jpg昨夜、日曜日夜9時からNHK教育での音楽番組を見て、思い出した。

ドビュッシー、見てきたんだった。

彼の音楽は、たゆたゆとして、どちらに流れて行くかわからない。
ベートーベンやモーツアルト、マーラーのように、起承転結がない。
読譜はやっかい。
でも弾けるようになると、いつまでも浸っていたいし、さまざまな情景が思い浮かぶ。

「好きだなあ」がピアノを習っていた時の印象だけど、いまじゃ、なんで弾けたか、ほんと不思議。

東京京橋のブリジストン美術館で開催中の『ドビュッシー、音楽と美術』は、透き通るような彼のピアノ曲が流れる中、彼と親交の深かった芸術家たち~モネ、マネ、ルノワール、ルドン、ガレ、セザンヌetc~の作品が、数多く並んでいた。

曲のインスピレーションは、こんな分厚いお付き合いから生まれたのか。

10歳で、パリの音楽院に入学した天才少年は、テストは×ばっかりだったという。
「起承転結」からはみ出した音楽が、彼のおつむのなかから、絶え間なく出ていたから、らしい。

久しぶりで、「亜麻色の髪の乙女」でも弾いて、いや、譜面を見てみようか・・・

あしびな~で、やちむん

あしびな~.jpg食器は、もらうことが多くて、自分で買う、というのは、ほとんどなかった。
”あしびな~”を知るまでは。

あしびな~は、やちむんを売っている。
やちむんとは、沖縄の食器のこと(らしい)

沖縄には行ったことないけど、海と空と自然が、イメージ通りに表現されている美しい色合いの食器に、魅せられた。
お茶碗、煮物入れ、大小のお皿、湯のみ茶碗、醤油入れ、楊枝入れ・・・次々買いました。

それに料理を盛り付けると、元気がでる雰囲気になるのだ。
(料理も上手に見えるし)

住宅街にひっそりある、あしびな~。
店主自ら沖縄で買い付けてくるという。

よかったら足を運んでみてください。

宮崎市佐土原町上田島4990-2

紫禁城の”黄色”を見る

北京故宮博物院展.jpg台北の故宮博物館には、2回行ったことがある。

印象に残ったのは、”黄色”

高貴な衣装や食器に使われる、独特のあでやかな黄色を見てしまってからしばらくは、しらずしらずに、何を見るにつけても、あの”黄色”を探していたっけ。

今回宮崎に、なぜか、やってきた「北京・故宮博物院展」も、見る前から、私の心は”黄色””黄色”

テーマは「紫禁城を彩る后妃たち」
むさぼりさがすまでもなく、最高峰の女性たちのゴージャスな衣装・装飾品、食器に、あこがれてやまない”黄色”が、ふんだんに使われていた。

威厳のある面立ちが圧倒する、最高の位を表す黄色の絹に、見事な刺繍を刺した衣装をまとった西太后の絵の前では、しばし立ち尽くした。

おみやげは、”黄色”のものも売っていたが、いつか故宮に行くことがあったら、そこで買いましょう・・・

宮崎バードカービング作品展を見に行く

コウテイペンギンとアカショウビン.jpgコノハズク.jpgちょいと仕事を抜け出して、うちの女性スタッフ二人と、宮崎バードカービング作品展を見に行ってきました。

場所は宮崎駅前の宮崎科学技術館。だから車で3分ぐらいかな。

うちのスタッフさとちゃんパパが愛好会のメンバーで出品してることから、毎年この時期覗きに行っています。

羽のふわふわ感が、削りと色づけで、みごとに出ていて、どれもこれも本物の鳥と見まがうような、素晴らしい出来栄えばかり。
小学生のおともだちの作品も、かわいらしくて上手ね♪

私のへたな写真で見るより、一度いらしてくださいな。

9時から16時30分まで
20日日曜日までで、最終日は15時まで
入場は無料です!

諏訪内晶子さんのヴァイオリンを聞きにいく

諏訪内晶子スペシャルコンサート.jpg天は二物も三物も与えるんだなあ、と思える人がこの世には存在する。

ヴァイオリニスト諏訪内晶子さんも、その一人。
才能はあるし、知的で美しく、センスもいいし。

先日宮崎国際音楽祭「諏訪内晶子スペシャルコンサート」に行ってきた。

彼女の演奏がすばらしかったは、言うまでもないのだが、
実は、伴奏というか協演というか競炎というか、ピアノ演奏されたイタマール・ゴランさんのパフォーマンスに、目が釘付けになってしまったのだ。

最初の曲目ベートーベンのヴァイオリン・ソナタ「春」では、曲を揺らし、主役はどっち?と思わせ、
エネスコのヴァイオリン・ソナタ「ルーマニアの民族様式で」では、解釈もへったくれもない超難しい曲を、実に楽しそうにピアノと格闘していた。

舞台裏に去るつど、優雅にご挨拶される諏訪内さんの隣で、小柄でがっしりした体形のゴランさんは、足を広げ、まるでガンダムがお辞儀をしているかのよう。
写真を拝見したら、なかなかハンサムじゃないの。

宮崎国際音楽祭は、毎年ちょっと素敵な発見があるのが嬉しい。

この連休、旅行はしなかったけど、音楽のなかで、スペインやルーマニアへ、時空を超えた旅のできたね・・・

シャガールを見る

シャガールを見る.jpg先週末、ふらっとフェリーに乗って、足の向くまま気の向くまま、たどり着いたのが、京都河原町。
ちょうどお昼だったので、目の前にあったマクドナルドに入って、ビッグマックをほおばっていると、
隣に座った女性が、一枚のチラシを広げた。

「シャガール 愛をめぐる追想 日本未公開作品を中心に」 京都高島屋グランドホール7階

私の大好きな映画『ノッティングヒルの恋人』で、超売れっ子女優を地でいったジュリア・ロバーツが、恋したしがない古本屋の店主ヒュー・グラントに、プレゼントとして渡したのが、シャガールの作品。友人たちとこれは本物だろうか、彼女の真意はどこにあるんだ、と話すときの重要な小道具になっている。
うまい使い方だな、とますますこの映画のファンになったうえ、シャガールは気になる作家になった。

宮崎を離れると、神社仏閣と美術館を巡るのが楽しみだけど、デパートで開催するのは、なかなかネットでは探しきれない。

ほんと、マクドでビッグマック食べてよかった♪

シャガールと言えば、ひつじとにわとりとカップルとサーカス。
彼の作品のみ100枚ぐらいあったのだろうか。

展示会場終わり近くにかかげてあった、晩年のにこやかな写真。
思わず「たくさんの作品を、ありがとう!」と頭を下げた。
彼は、笑ってた・・・

ラブレターを書いていますか

フェルメールからのラブレター展.jpg最近は、メールで要件をちゃかっと済ませることがふえたが、
ここぞ、というときは、手紙やはがきを選ぶ。

今も、ケータイに電話がかかってきて、「はがきでなく電話でお話いただければ、すぐすんだのに」と言われた。
でも、あいまいを残さない点では、自分の字、自分の文が、一番かなと思うのだ。

それに、宮崎弁やひねりを入れて、すとんと相手の心に入っていくかな、なんて考えるのは楽しいもの。

渋谷bunkamuraでやっている『フェルメールからのラブレター展』の作品の時代は、
船乗りの恋人からの手紙を手にするのは、2年もの歳月がかかったらしい。
熱心に読んでいる青い服の女性の横顔に愁いがないのは、無事のしらせだろう。

手紙をテーマにしたこの絵画展、時がゆっくりながれ、相手をまっすぐに想うことができたひとの姿が、たくさんあった。

正月、姑が手紙を焼いていた。
今はもう天国にいる、最愛の夫からのだという。
「これを焼いて、やっとほっとした」

自分の胸だけに、永遠にしまっておきたかったのだろう。

夫は私からのラブレター、とってあるのかな・・・

広重・東海道五捨三次を見る

広重と清明.jpg上京した時は、諸々の用の合間をぬって、展覧会を見に行くのがなによりの楽しみ♪

今回狙っていたのが、渋谷bunkamuraの「フェルメールからのラブレター展」と
東京国立博物館の「北京故宮博物院200選」

でも・・・故宮は、なんと3時間半待ち!と言われ、泣く泣くあきらめた。
日本人の、というか東京人の向学心(好奇心か)の高さには、恐れ入る。(私もか)

そのかわり(でもないが)、たまたま通った地下鉄六本木でふらっとおりて、
サントリー美術館で「広重」を見た。

子供のころ、永谷園のお茶漬け海苔を買うと、ちいさなカードが入っていた。
歌川広重の東海道五捨三次、じゃないかな。
十辺舎一九の東海道中膝栗毛も思いだした。

原版で、解説付きで、じっくりみると・・・人物や動物や小物が、丁寧にかきこまれていて、実に楽しいのだ。安野光雅さんの絵のように、小さいのに、いきいき描かれている。
それに江戸の風物もよくわかる。
無駄のない生活が営まれていたことが、随所でわかる。

昔住んでいた平塚の風景は、山の形が同じで、懐かしい。

まわりを見渡すと、定年退職であろうおじさまがたが、熱心に見ている。
気持ち、わかるなあ。

中国が、世界に誇る至宝「清明上河図」は見れなかったが、
日本が、世界に誇る「広重」で、十分堪能したものね。

私の今年の一文字は

清水寺秘宝展.jpg清水寺は、外国にあるんじゃないんだから、いつでも行けそうな気がするのだが、なかなか行けない。

だから、宮崎県立美術館で開催してくれた
「清水寺秘宝展」はありがたかった。

会場に入ると、ずらっと居並ぶ仏様。
1200余年の歴史のある空間ではないので、ありがたみは若干薄れるが、
思わず手を合わせてしまう。

恐ろしい表情の風神雷神や毘沙門天も、
慈愛にみちた観世音菩薩や地蔵尊も、
前世でお会いしたことあるがごとく、なんか、好きだなあ・・・

仏像もさることながら、思わず見入ったのが、月照お上人の書かれた大日如来
あの西郷隆盛と入水をした人。清水寺の僧侶だったのね。
お姿は、金剛界のポーズをとり、表情は得も言われぬ美しさがある。
体は対照的ではないが、気にならない美しい線で書きこまれている。

もちろん絵葉書を買った。

会場を出ると、「今年の一文字」を書くコーナーがあった。
特別講演でこられた清水寺の森貫主は、宮崎の今年の一文字を『創』とされた。

私の今年の一文字は・・・『添』
あなたの隣にいてあげたい。

大人の夜を彩るトニー・ベネットの歌声

毎年12月は、クリスマスソングのCDを流しながら仕事をするのだけど、
今年は手に入ったばかりのトニー・ベネットの『デュエットⅡ』がお気に入り。

85歳になるトニー・ベネット御大は、今も変わらず張りのある艶のある声を聞かせてくれる。
彼にデュエットを申し込まれた歌手は「名誉」と思うそうだ。

今回の「名誉」に選ばれた人は、女性が多かった。
トップバッターは、レディー・ガガ。
歌いながらの笑い声も入っていて、ほんとうに楽しそう。
貫禄のクイーン・ラティファや、歌姫マライア・キャリー
愛を包むような声のノラ・ジョーンズ

男性は、いつ聞いてもうっとりとなる、テノール歌手のアンドレア・ボッチェリや
カントリーの大御所ウイリー・ネルソン
と、多彩な顔ぶれが、多彩な才能をミックスさせて、聞きごたえのあるCDに出来上がっている。


大人の夜を彩るってキャッチフレーズに書いてあったけど、仕事しながらじゃねえ・・・

「着衣のマハ」を見る

西洋美術館「着衣のマハ」.jpgゴヤ「着衣のマハ」.jpgゴヤの「着衣のマハ」は、大昔、同じ国立西洋美術館で見ている。

40年ぶりの“来日”と書いてあったから、中学生のころだったろうか。
そのときは、ペアである「裸のマハ」も来た。

階段の踊り場から、壁に並べて掲げられていた二つの絵を、穴のあくほど眺めていた・・・のに、
横長のとても大きな絵が、そんなでもなく、「マハ」を「マヤ」と思い込んでいたことも判明。
記憶とはあてにならないものだ。

ゴヤの絵は、恐ろしい、という固定概念がある。
40年前の印象を引きずっていて、今回も覆らなかった。
時代背景に革命や戦争があったから、
展示されている100点以上の小ぶりの絵の大半は、実におどろどろしい。

おどろおどろしさを、この「着衣のマハ」1枚で払しょくはできないが、
モナリザのような神秘的な笑みをこちらに向け、やわらかい絹地で豊満な裸体を神々しく包み、肩から腕にかけてのレースが、彼女の美しさを、更に引き立てている構図は、ながめても眺めても飽きない。

会場を出て、売店で買った絵ハガキは、
「着衣のマハ」
「裸のマハ」
美しい「アブランテス公爵夫人」
活き活きした目をもった「スペイン王子フランシスコ・デ・アントニオの肖像」
それと、ゴヤの自画像

怖がりの私としては、無難な選択だわ・・・

南蔵院林覚乗氏の「心ゆたかに生きる」

福岡にある南蔵院の住職林覚乗さん、ご存じのかた多いと思う。

平成7年、ジャンボ宝くじで1億3000万円当選。その10日跡には、ナンバーくじで560万円射止めた、というので、宝くじのあたるご利益のあるお寺の和尚さんとして有名だが、

実は、泣いたり笑ったり感動したりのお話がきける、名物住職なのだ。

ひっぱりだこなスケジュールの1日に、宮崎法人会臨時総会での講演を入れていただいた。
それが今日。テーマは「心ゆたかに生きる」

6、7年ぐらい前に、商工会議所主催の講演会にみえ、聞いた時は、ハンカチが絞れるくらい泣いた。
そのころの疲れていた心に、ことばがすっぽり入ったからだろう。
あたりまえのことなのに。

人との出会いのなかで、自分は育っていく。
損得や肩書やお金で人をみるな。
相手に求めるな。
自分の心のあり方をまず豊かにする。
人の心に寄りそう。
不運になっても、不幸になってはいけない。
どんなときも幸せと感じることができるか。
経営理念より社訓より、ありがとう、すみません、ごくろうさん、を自ら毎日言う。

そのときの和尚の言葉を、全部覚えていたわけではない。
でも無意識に、そうしようと、つとめてきたのかもしれない。
今日は泣かなかった。

忘れていたことを、補強した。


話を聞きながら、
関係ないけど、親友の、こだてゆたか、を思い出してた。
40歳目前で、心ならずも、階段から落ちて亡くなった。
彼女の分も濃厚な人生を生きるんだって、誓ったっけ。

もひとつ、
話を聞きながら、
宝くじ、買ったら当たるかも、と思った。

造形美と躍動美の祭典

毎晩夕飯を食べながら、夫と見入っているのが、世界陸上。

ふたりとも、陸上競技とは、およそご縁のない人生を歩んできたので、選手のみなさんの、美しいというより、完成された肉体には、ひたすら感動している。
それに、誰よりも早く、誰よりも遠く、誰よりも高く、が勝つ基準だから、この試合、素人でもわかりやすい。


昨夜は、女子の棒高跳び。
東洋系の女性が決勝に残っていない、というのは、やはり持って生まれた体型が、この手の競技には合わないということか。

それにしても、みなさん美しい。
作りこんだ体の造形美だけでなく、顔の造作も、きりっとして、おそばによるのも憚れる。

棒(ほんとはなんて言うんだろう)を担ぎ、たったったったっと、広いストライドで駆け抜け、ぐさりと地にさし、撓んだ棒に体をあずけ、しなりを利用し、盛り上がった肩や腕の筋肉を目いっぱい使って、バーを越えなんとする。

一年中練習にあけくれているのだろうに、いつもはうまく飛べているのだろうに、どうして本番は難しいのだろう。

体の部分が触れ、バーが外れるたびに、私たち夫婦は、無念の声をあげる。

しかし、無事バーを超えたときは、拍手喝さい。
背中から落ちてくるときは、どんなにか気持ちがいいだろう、と話しながら。


ときどき他の競技の表彰式が行われる。そのときは、選手は敬意を表す姿勢をとる。
「ちゃんとしてるな」と夫は言うが
自分が表彰台に上がるとき、みんなにそうしてもらいたいからよ。

さて、今夜は何の競技だ?

絹絵画家グェン・ファン・チャンの静寂

牛にのって川を渡る女.jpgその絵は、痛々しいほど、画面全体に傷が入っていた。
でも、見た瞬間、私の心を鷲掴みにしたのだ。

ベトナムの絹絵画家グェン・ファン・チャンが描いた『牛にのって川を渡る女』

水面から顔をもたげている牛の目も、こちらにおもざしを向けている女性の目も、実にやさしい。

風景や空気から、ゆったり時間が流れる農村をイメージしたが・・・


ベトナム戦争のころは、私は小学生から中学生。新聞テレビはその有様を連日伝え、安保闘争やベ平連やらの活動で、東京の大学は、荒れに荒れていた。
グェン・ファン・チャンが活躍した時代は、まさしくそのころだった。

胸が引き裂かれそうな出来事が、波のようにおしよせだだろうに、彼の現存する絵は、どれも静寂にみちている。描かれた人の目は、おだやか。

『牛にのって川を渡る女』は、修復のために、日本の絵画修復家の岩井久希子さんのものにやってきた。
岩井さんは、この絵の源流を知りたくて、ベトナムへ旅立った。
そのドキュメンタリーが、先日NHKで放映した「旅のチカラ」

岩井さんは、私と同じ歳と知ったとき、彼女の目が、私の目になった。

『牛にのって川を渡る女』は、10月22日から、石川県金沢21世紀美術館で展示されるという。
見てみたい・・・

恐竜博2011

恐竜博2011.jpg日南に住む友人の息子で、現在30歳半ば過ぎのいいおっさんになっているのが、5歳の時、ひとりで、飛行機乗って、東京の我が家に遊びにきた。

寒~い冬だった。
どこかに連れていってあげなきゃと思いついたのが、国立科学博物館と上野動物園。
南国宮崎の少年らしく、かなり薄着。
木枯らしの吹く上野公園を横切って、国立科学博物館の中に入ったときは、暖かくてほっとした。
くじらだか、大きな骨が、天井から吊ってあったけど、
記憶が鮮明でないのは、あんまり興味をひかれるのがなかったからだろう。

今回、それ以来の入館。
特別展は「恐竜博2011」
メインの”骨”のティラノサウルスとトリケラトプスとは、映画『ジュラシックパーク』に出てきた、どれだろかと思いつつ・・・

最近の恐竜研究の成果で、復元するごとに、尾や首のポジションが正確になっているそうだ。
こどものころ、なめるようにして読んでいた、生物進化の絵本が絶版になったのは、あまりに解明された事実と違うからだろう。


この日は、特に暑かった。

でも思い出したのは、あの寒い日のこと。
科学博物館のあと、上野動物園へ。私たちも寒かったけど、動物たちも縮こまっていて、本来のふてぶてしさが、なかった。

歩き疲れた5歳の坊やは、動物園を出るなり「タクシー呼んでくれ~」
田舎はね、すぐ車だけど、都会は歩いて電車乗ってかえるのよっ!とっとと歩きなさいっ!

「あんときのおばちゃんは怖かったなあ」と先日、ひげ面になっていた彼に会ったら、にやにやしながら言っていた。
私はほとんど覚えてないのに、彼はこんなの見た、あんなのあったと、実によく覚えているのだ。
おまけに、世話した私になんのお礼もできないので、うさぎ跳びを見せたそうだ。

そういえば、突然動物園前で、うさぎ跳びを始めた”やつ”は、体を温めるためかと・・・
30年以上も前のなぞが解明した瞬間だった。

いやはや、恐竜の話から、ずいぶんそれてしまったわ・・・

スージー・ダイアモンドとジャック・ベイカーのゆくえ

ニューイヤーズ・イヴ
一流ホテルのディナーショー。

スージー・ダイアモンドとジャック・ベイカーのゆくえ.jpgブロンドのミシェル・ファイファーが、赤いドレスをきて、グランドピアノの上で体をくねらしながら歌い、
やがて、ピンヒールで、優雅に降りてくる。
顎を上げ、ピアノを弾いているジェフ・ブリッジスに、もたれかかる。

息をのむような艶容さに、歌い終わると、拍手が鳴りやまない。
クラブやホテルで、客に音楽を聞かせることを生業とする彼らにとって、たぶん人生最高の時だっただろう。

『恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』(The Fabulous Baker Boys)

More Than You Knowからはじまり、Feelings、The Look Of Love・・・最後のMy Funny Valentineまで、スージー・ダイアモンドのアンニュイな歌声で料理されると、なんと艶めいた雰囲気になることか。
そして、その姿を追い続けるジャズピアノの名手ジャック・ベイカー。

22年前見たときは、彼らの恋の成就を願ったが、今は・・・
尖がった生き方をしているうちは、一時の情熱はあっても、無理のような気がした。

昨夜、思いがけず、この作品を見て、あのときの”もどかしさ”に、ようやく、けりをつけた・・・。

紫陽花を花瓶にさすには

ぐんにゃり紫陽花.jpg床の間の紫陽花.jpg紫陽花を花瓶にさすときは、切って数時間ほっておきます。

これでもか、というほど、ぐんにゃりなったら、花瓶にさす。
そうすると、いつのまにか、すみずみまで、水が行き渡り、すっきり花顔をもたげているのです。

さすが、夏のむしむししたころ美しく咲く花。
家の中が多少暑かろうと、きりっとした立ち姿を、保ち続けます。


姑あらんだまばーちゃんが、床の間に色花はいけない、と言っておりました。
神道の思想からでしょうか。

子供のころから、床の間には、掛け軸と季節の花と、花に添うた花瓶を目にしてきた私は、私流で愛でることにしています。

胡蝶蘭全開!

胡蝶蘭全開!.jpg気が付いたら、応接の胡蝶蘭のつぼみが、全部開いていました。

17つのお花、全開!

わが社のシンボル、看板うさじいと、記念撮影です。

2年目の胡蝶蘭咲く

2年目の胡蝶蘭.jpg事務所で、ほったらかしの胡蝶蘭。
というのも、手入れの仕方がわからない。

なのに、なぜかこの冬、ちみーちみーと、丸いものをつけ始めた。

3月あたりから、それが膨らみだし、桜が散り出したあたりから色づき、ゆったりとほころびだした。
品のいい、あでやかなマジェンダに、思わずうっとり。

けさ、12個目が開花。
1か月以上前に咲いたのも、まだ健在。

いつまで、楽しませてくれるかな・・・

ズーカーマンの夕べ~宮崎国際音楽祭

第16回宮崎国際音楽祭.jpg「音楽祭に来られないと、連絡が次々入っていまして・・・」
河野宮崎県知事が、ほんとうに困ったお顔で話された。
4月半ばのことだ。

来られないのは、観客ではなく、海外からおみえになる予定の演奏家の方々。

「宮城と宮崎と間違えていらっしゃるんじゃないですか?」とお聞きすると
「宮城も宮崎も一緒。日本自体が(放射能で)危ないと思っているらしいです」

そのとき初めて、海外から日本が、どう思われているかがわかって、愕然とした。


毎年大型連休に入るまえから、5月半ばまで、宮崎では、国際音楽祭が、にぎにぎしく開かれる。
今年は16回目。

初期のころ、この企画を、支えてくださっていたのが、バイオリニストのアイザック・スターンさん。
聞きにいこういこうと思っていて、なんとなく後回しにしていたら、なんと!逝去されてしまった!

だから思った。
著名な音楽家のみなさんが、宮崎に足を運んでくださるなんて、ありがたいことだ。
聞けるうちが、花。
なにがなんでも、いかにゃあ。


でも、今年は、音楽家も曲目も流動的なので、聞きに行く日を決められないでいた。

当初の予定にはなかった、ピンカス・ズーカーマンさんは、急遽来てくださることになった。
有名な音楽家は、何年も先のスケジュールが入っていて、多忙なのに。
師匠のアイザック・スターンさんが育てた音楽祭だということで、快諾されたのだろうか。


15日4時から始まった「ズーカーマンの夕べ」は、
哀悼の意を表してか、ヒンデミットの「ヴィオラと弦楽のための葬送音楽」、
続いてブルッフの「コル・ニドライ(神の日)」
モーツアルトは三曲。

指揮、バイオリン、ヴィオラとこなすズーカーマンさん。
一緒に来日された、プラチナブロンドの美しいチェリストのアマンダ・フォーサイスさん。
常連の徳永二男さんや漆原啓子さんら室内管弦楽団のみなさん。

こんな濃厚な調べの中に身をおけて、なんて私は幸せなんだろう。
もろもろの不安が、ふっと消えた時間でした・・・

海上自衛隊鹿屋基地史料館

海上自衛隊鹿屋基地.jpg「座ったままで、どこまでもいけちゃうなんて、すごいもん発明したもんだよなあ」
夫が、運転しながら言う。

”すごいもん”というのは、車のこと。

「雨も風も関係ないもんね」
突然、ばけつの底が抜けたような大雨になる中、ワイパーばんばん動かしながら、しきりと感心している。


もっとすごいと思ったのは、スマートフォン。

うちの車は、ナビ無。
人間の動物的勘に頼って方向を決めるため(特に私の場合)、時に”完全に”間違える。

助手席で暇にまかせて、スマートフォンをいじっていたら、「ナビ」っていうのがあるじゃないの!
試しに、現在地「志布志」&目的地「鹿屋」と入れてみたら、ちゃんと道を教えてくれている!


ゼロ戦.jpg飛行艇.jpgおかげさまで、海上自衛隊鹿屋基地史料館に無事着き、夫が見たいというゼロ戦とご対面。(私はスミソニアン博物館で見たけど)
子供のころ、プラモデルで戦闘機を作っては、壊していた少年の目で、飽きずに眺めてた。

野外には、昭和初期につくられた、大きな飛行艇。
こんな大きなのが、水面を滑走して、空に舞い上がるなんて・・・すごい!


韓国の布地

韓国の布地1.jpg韓国の布地.jpg実家で、本箱をごそごそしていたら、母が、本じゃなくて、洋服をあげる、という。

着るものに無頓着な私と違って、母が衣装持ち。
でも、80歳を過ぎて、もう着て行くところもなくなったのであろう。
”泣く泣く”娘に、手放すことにしたらしい。

くれたものを、ろくろく見ないで箱詰めして、宮崎で開けてみた。

布地が出てきた。

私が小学校のとき、大手印刷会社で営業をしていた父は、韓国に出張がきまった。
羽田から出る飛行機を、祖母と母と弟とで、とても誇らしく見送りにいったのを、覚えている。

そのときのおみやげが、この布地2枚。
チマチョゴリを作るのであろうこれは、分厚い正絹。

母は、どうやって保管していたのか、そのときの輝きと、なんら変わりがない。

スーツでも作りなさい、と母は言うが、なんせ家庭科2(5段階で)を通した私には、どうすることもできない。

考えて・・・ブルーはグランドピアノの肩章のように、おめでたい配色のは事務所玄関に配置した。

40年ぶりで、文字通り日の目を見た布地は、太陽の光をうけ、美しい光沢を放っている。


横浜市金沢区散策~金沢文庫

金沢文庫.jpg称名寺を背に、庭園右奥に、そんなに長くない切り通しがあります。
抜けると、そこには金沢文庫。

「金沢文庫ってなんだっけ?」
なにげなく言ったら、夫はびっくりしたような表情で
「史学科出ただろ?」

そうなんだけどね、鎌倉室町時代はあんまり得意じゃないのよ。

文献的にいうと、金沢文庫は、鎌倉時代北条実時が創設し、武家の書庫として、近代まで脈々と受け継がれてきた、といったところでしょうか。

現在の金沢文庫は、博物館になっていて、仏像や、涅槃図などの絵画、書、などが納められています。

歩き疲れたせいか、よっこらせと、ソファに腰掛けた途端、睡魔がおそってきて、気が付いたら40分ほど、いい気持ちで寝てました。

あわててざっくりと見学。
なぜって、宮崎に帰る飛行機の時間がせまっているのですもの。

三笠から始まって、楽しい夫との一日でした♪

横須賀散策~おりょうさんのお墓

「次はどこ行こうか?」
横須賀バーガーを、たらふく食べた夫が言った。

「そうねえ・・・」
ふと思い出した。
坂本龍馬の奥さんおりょうさんのお墓が、確か横須賀にあるはず。

スマートフォンで調べたら(ほんとスマートフォンって便利!)、京浜急行の「京急大津」駅。そこから徒歩5分。


おりょうさんの案内.jpg信楽寺.jpgおりょうさんのお墓.jpg30分後、私たちは信楽寺(しんぎょうじ)の前に立っていた。
龍馬が亡くなって、おりょうさんは、その時代の女性ならそうなってしまうであろう、波間にただよう小舟のような時期を経て、西村なにがしの妻になった。
そして名を西村つると変え、60数年の生涯を横須賀で終えた。

墓碑銘は、『贈正四位坂本龍馬之妻龍子之墓』

坂本と西村。
本当は、彼女は、どちらを刻んでほしかったのだろう・・・

横須賀散策~記念艦三笠

記念艦三笠.jpg「今日は横須賀に遊びにいこう。三笠見ようか?」
3カ月ぶりで再会した夫が言った。

三笠とは、日露戦争のとき、日本海海戦でロシアバルチック艦隊と戦った、日本海軍の旗艦。
卒論のテーマの材料で取材して以来、30ウン年経つ。

異論なし!

司馬遼太郎の『坂の上の雲』、今年末のNHKの放映では、この三笠が主人公の一翼を担う。
現代の空母からすれば、巡洋艦ぐらいの大きさだろうか。

大学生の時と同じ、甲板から遥か沖合を見て思うのは、幕末から難関を乗り越え、日本の進んできた道の危うさだ。
天が遣わしたような人物に救われ、まるで綱渡りのように。

またしても直面した困難に、今度はどういう知恵で乗り越えていくのだろうか・・・

フェルメール『地理学者』を胸に刻む

フェルメールの地理学者.jpg上京していた4日間、ほんとうに地震が多かった。
宮崎も、新燃岳の空振で、ぐらぐらするが、足元から上がってくるような揺れの地震とは、だいぶ感じ方が違う。

東京の実家にたどり着いた途端、震度4で、電車が止まったとニュースが入った。

いつもなら、無意識で電車に乗ってあちこちするが、今回は考えた。
地下鉄で地震になって、真っ暗になったら、まずい。
だから、どこにいくのも、すぐ外に出られるように、地上を這っている乗り物をチョイスした。
東京在住の友達に言わせると、地震になったら、みな一緒、だそうだけど・・・。

上京の楽しみのひとつは、美術館を訪ねること。
今回選んだのは、渋谷Bunkamuraのサ・ミュージアム「オランダ・フランドル絵画展」
会いたい絵画は、愛してやまないフェルメールの『地理学者』

いつもながらの、彼のラピスラズリブルーと抑えた赤、それに光。
思いのほか小さい絵のなかに、さまざまな”語り”がつめこまれている。

立ち止まって眺め、去ってはまた戻り。
もう会うことのないであろう”恋人”を胸に刻んだ・・・

綾の雛山

綾の雛山1.jpg「昔、女の子のお節句に、隣近所の人が木や石やお花やこけを持ち寄って、家の中に雛山をつくったの。一度すたれたんだけど、町おこしでもう一度始めたのよ」

と教えてくれたのは、宮崎県綾町で大きな材木やさんを営んでいる小野さん。法人会女性部でご一緒。
彼女の家は、100年からなる石川県金沢市に建っていた古民家を、解体して運んで組み立てたものだから、家自体が、それはそれはすばらしい。

綾の雛山2.jpgさらに、みごとな雛山が設えてあるのだから、一緒に見に行った姑あらんだまばーちゃんと私はため息しか出ない。

「ここは、ふだん何に使っていらっしゃるの?」という私の問いに
リビング
・・・普段使いかあ~

今日は、いい目の保養になりました。

中村紘子ピアノリサイタルに行く

中村紘子さんの生演奏を最後に聴いたのは、もう25年ぐらい前になる。
「女性のための女性による音楽会」と銘打ち、客は女性のみ、オーケストラ全員が女性、指揮者も松尾葉子さん、ピアノコンチェルトの奏者はもちろん中村さん、曲目は「シェーラザード」が入っていて、まさしく女性一色!

それからの年月、私にとって彼女は”作家の中村紘子”であり続けた。


12月26日のピアノリサイタルは、5月に口蹄疫で延期したののリベンジ。
一緒に行ったふうちゃんは、クリスマスケーキの製造販売で12月は激務をこなし、半徹夜が続いていたから、とろとろ寝ちゃうんじゃないかな、とちょっと心配だけど・・・。

席は正面やや右より。演奏する手は見えないけど、左隣が通路だから、まあまあ良く見える。
ふたりで、わくわくどきどきしながら座る。
見渡すと、年配の男性の多いことよ。”あこがれの紘子さん”だった世代か。

今日の9曲は、デビューした50年前!のプログラムと同じじゃげな。
ますます貫禄めした紘子さんが、さっそうと登場。

最初の曲のスカルラティは、よく知らない曲なので、すーと聞き流し、
2曲目のベートーベン悲愴・・・第2楽章は、甘ったるくないのだ。
そうだ!彼女は、さばけたというか、堂々とというか、凛という弾き方をする人だったけ。

普通のピアニストが弾く音の層の間に、さらに薄い音の層をいくつも作り、それがぱーっと飛び散って、大きな構成の曲と成す人だったわ。
シューマン謝肉祭あたりで、だんだん彼女の醍醐味を、思いだしてきた。

ショパンのバラード第1番にいたっては、まるでハリー・ポッターを全巻、早巻きして読んでいるかのよう。
心の奥深くの哀しみ、人をあこがれる気持ち、いじわる、大空を自分のものにしたような高揚感、時が止まったかのような不気味な静けさ・・・
心地よさに、身をゆだねていたとき、ふと思い出した。

「ふうちゃん、紘子さんの弾き方、ピアノ弾きのお手本だから、よ~くみて覚えるんだよ」
ふうちゃんは、今ピアノに、はまっている。

「わかった。ちょっと眠かったけど、ひとつ思いだしちゃったの」
「なに?」
「月末にひとつ支払いが残ってた」
「・・・・・・」

現実に引き戻されないよう、聞かなかったことにして、アンコール4曲!まで楽しめた、素敵なリサイタルでした。
アレンジお花.jpg

村上三絃道特別公演を聞きにいく

村上三絃道特別公演.jpg一時半から公演だと思い込んでいたから、チケット見て仰天。一時からじゃないの!
あわてて飛び出す。五分前の会場はすでに超満員。

やっと2階に席を見つけ、舞台に目を向けると、真正面を上から見下ろす場所。
ちょっとラッキーかも。

平成22年度県民芸術祭は、「ひとすじの道 2010 津軽三味線 ひむか神話街道を行く」と題し、村上三絃道一門のお披露目会。
津軽三味線には、とんとご縁がなかったのに、ついこの間、家元村上由哲(よしのり)さんとお知り合いになったので、ここにいるのだ。
周りを見回すと、着物姿の女性が多い。テレビカメラも入っている。普段着で着てしまったので、ちょっと居心地の悪さを感じるけど、私が映るわけじゃなし、まっいっか。

津軽三味線は、耐え忍ぶ、寒い、ごぜさん、貧しい、という負のイメージが強かったけど・・・とんでもない!
なんとパワフル!なんという爽快感!
80人以上いるであろう三味線のユニゾンは、彼女の人柄そのものの、おおらかさ、パワーがどーんと伝わって、ホールを充満している。

宮崎の民謡メドレーでは、「いもがらぼくと」はサンバに!安久節は16ビートに!
私の大好きな、しゃきしゃきした動きが美しい木剣踊りも。
圧巻は、宮崎西高校や宮崎大学の生徒さんが加わった、フィナーレを飾る阿波踊り、よさこいじょんがら、ソーラン節の演奏と踊り。
舞台と客席の区切りがなかったら、みんな踊りだしていたんじゃないだろうか。

音楽は、なんとでも形を変えられる。
音楽は、人を元気にする。
人は、ひとりでは何もできない。
家元のように、がんばれば、道は開ける。

そんなこと考えながら、舞台を見つめていた・・・。

『ドガ展』横浜美術館を見に行く

ドガ展.jpg上京する時は、いつも仕事がらみだが、時間を作って美術館を巡るのが、なによりの楽しみだ。

今回は、ちょっとの差で上村松園展が見られなかった。実に残念!
探したら、『ドガ展』をやっている。場所も横浜美術館なので、都合がよかった。


エドガー・ドガは、とても気難しい人だったという。
眼もよくなかったし、終生結婚もしなかった。でも長生きをした人だから、作品点数が多い。
踊り子たちはもちろん、野外の馬の絵、入浴する女性たち、肖像画、そして彫刻。

私はやはり「エトワール」が一番好き。
踊り子が着ているチュチュのふわふわ感が、パステルで絶妙に描かれている。
ふわりと着地した瞬間ののびやかな手足、そらせたあごや胸元、紅潮したほほ、衣装にちりばめた深紅の花が、えも言われず色っぽい。
それもそのはず、陰で見ているタキシードの男性は、彼女の今宵のパトロンだという。

そしてもうひとつのお気に入り、というか、気になる作品は「14歳の小さな踊り子」
高さ1メートルぐらいの、ぎすぎすにやせた実在の踊り子 Marie の像は、見た瞬間、はっと胸をつかれるような感じがする。
彫刻なのに、布のスカートを着せ、髪にはリボンを結んである。
とじた瞳から、一筋の涙が流れているのではないか、昔、観客のいないワシントンナショナルギャラリーで見たときと、同じことを思った。
彼女の消息は16歳ぐらいまでしか、たどれないそうだ。
でも、永遠に愛され続けているよ、Marie ・・・

『お金でなく、人のご縁ででっかく生きろ!」中村文昭氏の講演を聞く

『お金でなく、人のご縁ででっかく生きろ』.jpg演壇に、きんぎょやのおっちゃん風で登場したのが、西都商工会議所創立50周年記念講演会の講師、中村 文昭氏。有限会社クロフネカンパニーの代表取締役社長。

高校時代は、”がんたれ”で名を馳せ、卒業後上京し、土方のアルバイトをしていたとき、人生の師匠と会い、”どしょんこしょん”なかった青年が目覚めて行く話を、落語調で語る。

会場には、小林西高校の生徒たちが、くいいるように聞いていた。
その日の午前中は、西都商業高校と妻高校の3年生に、講演をしたそうだ。

「夢がないからと言って、卑下するな。今目の前にいる人を喜ばせることをこつこつしていったら、いつの間にか、役割を世の中から与えられる」

「人と比べて幸せなふりをするために、金を使うな。いくら使うかではなく、何のために使うかが大切」

「繰り返しの毎日ではなく、積み上げて行く毎日にする」

「何のために仕事をしているかがわかったとき、人は輝く」

「社長は誰でもなれる。必要なのは、人間力」

これらの言葉は、高校生の心に火をつけただろう。


私の心に火をつけたのは、
農業従事者の75%が70歳以上の高齢者。10年後の日本、彼らが引退したら、食べるもの全部輸入に頼らないといけなくなるのか。
だから今ひきこもりやニートと言われる子たちと、「耕せにっぽん!」を、北海道の大地でやっている。
という農業プロジェクト。

うちのまわりの荒廃した田畑と、職安であふれかえっている、自信をなくした目をした人たち。
なんとか、結びつけられないものだろうか・・・

近代日本画-美の系譜 宮崎県立美術館で

近代日本画の展示.jpg日本画は、いい。
不思議と、心にすーっと入っていく。

12日まで宮崎県立美術館でやっている、近代日本画-美の系譜は、
橋本雅邦、横山大観、川合玉堂、菱田春草、上村松園、下村観山、堅山南風、鏑木清方、伊東深水、加山又造、平山郁夫などなど
一度は見ておくべき”本物”がずらり。


掛け軸におさまっている風景は、絵にして絵にあらず。雄大な雅の世界にいざなう。

観山の親子の獅子は、金屏風のなかを動き回っているよう。

松園の美人画は、いつ見ても、ためいきが出るほど美しい。

南風の「朝の月」で使われている赤は、めでてもめでても足りない。


ひとつひとつ感想を書いていたら、きりがないから、やめよう。
静かな、あまり人気(ひとけ)のない美術館で、命の洗濯ができたひとときでした。
おぼろげながら.jpg

バーブラ・ストライサンドの「月に住む女」

休みの日に、事務所でひとり仕事をするときは、好きな音楽をかける。

きのうかけていたのは、映画「スター誕生」のCD。
主演のバーブラ・ストライサンドが歌った最優秀歌曲賞「EVERGREEN」が有名だけど、私は
「月に住む女(The Woman In The Moon)」が一番のお気に入り。

場末の酒場で歌っていたエスター(演じるのはバーブラ)が、恋人となる大物歌手に見出され、スター街道を驀進する話だけど、大衆デビューで歌うのが、この曲。

きまぐれの大物歌手が、何万人も集めた自分のコンサートで、もっといい歌聞かせてやる、といやがる彼女を舞台に引っ張り出す。

観客は、なんじゃこりゃとざわざわ。彼女はおずおず歌い出す。
「月に住む女」
8小節目ぐらいから、雰囲気が変わる。のびやかな声が聴衆の耳に入っていくのだ。
歌詞は、女性への応援歌。
力強く、凛として生きよ、と。
圧倒的な迫力と、自在に声を操つる魅力あふれるバーブラの声に引き込まれていく、お客の雰囲気が、CDからでも十分に伝わってくる。

この映画が封切になったとき、彼女は当時の恋人と来日し、テレビの「スター千一夜」に出演した。
インタビューの石坂浩二か関口宏が、ろうそくをたくさんたてたバスルームのシーンは、すてきでしたね、と水を向けると、ぱっと顔が輝き、撮影裏話を聞かせてくれた。

鉄の女、のようなイメージがあるが、私はあのときのやわらかな表情が忘れられない。


「スター誕生」のレコードは持っていたのだが、CDを数年前ゲット。
さっきアマゾンで調べてみたら、中古で9800円からだって!

最後に入っている「EVERGREEN」のスペイン語バージョンが、価値を引き上げたのかな・・・


赤いハイビスカスは元気の花

赤いハイビスカス.jpg別に格段の手入れしているわけでもないのに、次から次へと花を咲かせているハイビスカス。

一年前、都城で行われた法人会女性部会連合会でのおみやげ。
「赤は元気がでるね」と選んだ。

あのときと何ら変わりなく、大輪の花が美しい。

応接に「ひよどり」を置く

バードカービングのひよどり.jpg手先の器用な、うちのスタッフさとちゃんパパは、バードカービングの愛好会に入っている。

腕は・・・何年か前、一等賞をもらった(参加作品は1名)。
仕事が忙しいから、なかなか作品が完成しない(こき使ってごめん)。
でもその愛好会で、奥さんになったチャーミングな女性見つけた(ふふっ)。


つい1週間前、朝応接に行ったら「おおっ~!」
本物と見まがう”鳥”がおいてあるじゃないの!

「さとちゃんパパあ、これなんて鳥?」
「ひよどりです」
「値札つけておこうよ」
「いいですね」

なんて話をしていたら、しげちゃんこと粋の家の重面社長がやってきた。
「おおっ~!すごいっ!これ何日ぐらい作るのにかかったんでしょう?」
「ずいぶんかかってるよ」
「5日ぐらいでしょうか?」
「???」

しげちゃんは鳥の台の木のこと言っていた。さすが工務店の社長さん。
「ちがうっ!ぜ~んぶ作ったの。1年ぐらいかかってんじゃないのかな」
「すげっ!値段つけておきましょうよ」


自分の思いのこもった作品って、プライスレス。
ゼロをたくさんつけた値札、つけておこうかな・・・

お花ふたつ

応接に飾る.jpg「和むよ」とお花を持ってきてくれる、同年輩のお友だちや親戚がいるのは、ありがたいことです。

私だけで眺めるのはもったいないので、ひとつは事務所の応接、もうひとつは事務所の玄関に。

玄関に飾る.jpgスタッフはもとより、いらしたお客様が、みな感嘆の声をあげていました。ちょっと自慢!

もっとお披露目しちゃおう、とブログにも載せることにしました。
(いつ枯らすかわかりませんので)

介護福祉士の講習会にて

経営とはこうするんだ、とか、売上を増やすためにはこうやらんといかん、という経営者のための講習会は、頭の先端に角をつけて突進せんと、というとんがらかった気持ちで、会場をあとにする。


先日、縁あって聞きに行った、介護福祉士の講習会。
恥ずかしながら、そちらの方面の資格がどうなっているのか、さっぱりわからない。
ただ、この一年、隣家のおじおばの介護のことで奔走し、重要なお仕事を担っていることだけは、十分に承知している。

高齢化社会になったからこそ増えた認知症は、平成27年には、250万人を推定するという。
なのに、それを含め、高齢者や障害者の介護の仕事に携わる人の現状は、厳しい。

やりがいのある仕事の反面、忙しさやお給料の安さで、離職率の高い職業のひとつに挙げられる。

10時から6時間の講習会は、4人の施設長さんと、元介護に携わった今雑誌編集をしているかたの、時には涙がこみあげ言葉がとぎれる熱いお話で、長丁場であることも忘れた。

忘れられない言葉は
「介護の職場は3K。感動、感謝、共感のできる職場」

終わった後、私の気持ちにちょっとだけ、火が付いた・・・。

男子厨房ism

1日3食365日Xうん十年続いている食事のしたくは、年年歳歳いかに手を抜くか、にどんどん傾いている。

仕事のと主婦の割合が、今現在9対1になっている私にとって、なべはなべ。切れれば包丁。

なのに、魚をみごとにさばく夫は、”主婦のお道具”は気に食わないらしい。
愛用のお道具が、結婚式の引き出物とか、くじで当たったなべだもん。

「もうちょっといいもん揃えれば?」と言われる続け、探しに行くのが面倒で「そのうちね」


男子厨房ism.gif先日、おともだちのみちこさんから、うちの新しいサイト上げたから見て、と連絡があった。
男子厨房ism
1年ぐらいかけて、丁寧に作っているサイトがある、ってこれね。
凝り性のダーリンも興味を引きそうなくらいプロのお道具がずらり。

女の人は感覚で買っちゃうけど、男の人は説明書き隅々まで読むものね。

夫はともかく、
こういう調理器具使って、大胆な料理で、もてなして下さるすてきな男性、どこかにいませんかあ?
いても、おばさんは招待されないか・・・

私が刑事コロンボを好きな訳

うちのスタッフさとちゃんぱぱが、「刑事コロンボが好きなのは、最初に犯人がわかるからでしょう」

それもある。
怖がりの私、推理小説は、後ろから読む。
犯人はこいつか、とわかってから、安心して最初から読み始めるのだ。

さとちゃんぱぱ曰く、「そんなのがこの世にいるなんて信じられない。邪道です」
ということだが、ハリー・ポッターだって、殺される人を確認してから、読み始めました。だから推理小説にかぎらないの。


さて、刑事コロンボ、毎週木曜日9時からはじまるので、その日は何を差し置いても、帰る!

「ちゃんとしたのを着て行ってよ」”うちのかみさん”は言わないんだろうか、と若い時は思っていたが、いやいや、これは彼のユニフォーム。敵に油断させるためだね。
仕事はものすごく切れ者だけど、おうちに帰ったら、ほんわかしていて、夕飯の片付けなんかすすんでしちゃうんじゃないだろうか。
・・・と想像し・・・

ゲストとの丁丁発止のやりとりや、ストーリーが優れていること、”きちんとした日本語”でしゃべっている、のに加え、名優ピーター・フォークの絶妙の表情に、私は釘づけになる。

たぶん私の”タイプ”が、刑事コロンボなのでしょう・・・。

おけいはん、龍馬とゆく!

おけいはん.jpg「今こういうのやってるよ」と
新大阪駅新幹線ホームまで、迎えに来てくれたおばが見せたのが、京阪沿線をめぐるパンフ。

”主要事項”が終われば、1日デイオフがとれる。
司馬遼太郎記念館で、天井から見下ろしている龍馬のしみを見、そのあとのスケジュールは空白だったので、乗った。

3年ほど前もおばに案内してもらって、霊山護国神社や歴史館に行ったけど、どうやっていったか、さっぱりわからん。

切符じゃなくカードを持たされ、するする改札を入って、「はいはい、こっちよ」と電車に乗り継ぎ乗り継ぎしていくと、いつの間にか目的地についている。
ありがたいことだ。
だから、いつまでたっても覚えない。

伏見寺田屋.jpg今回選んだのは、龍馬ファンとしては外せない、京都伏見寺田屋。
案の定、ごったがえしている。

階段.jpg部屋.jpgお風呂.jpgいまだに旅籠として使っているから、部屋にはテレビやエアコン!
思いに浸ろうにも、人がわんさか。
入れ替わり立ち替わり写真を撮るので、押し流されるように出てきた。

庭では、お登勢さんが明神さまになっている。
その脇にぶらさがっている絵馬を読むと
「龍馬先生、お会いできなくて残念でした。今夜は泊りますので、出てきてください」

これって、ほんとに刀ぶっさし、ピストル持った血だらけの龍馬が、夜中に出てきたら、怖いでしょっ!

いやはや、『龍馬伝』が終わったら、またゆっくり来ることにいたしましょう。

ティディベアが事務所にやってきた

ティディベアたち.jpg「くまのぬいぐるみ」といったら、反射的に、クリストファー・ロビンが、二階からぱったんぱったんと、Winnie the Pooh こと、くまのプーさんを、ひきずっておりてくる様を思い出す。

プーさんは4歳ぐらいの男の子が、かかえるのがやっとぐらいの、ころころタイプ。

だから、レイさんがティディベアを4体連れて事務所にきてくれたとき、スタッフ一同、わりと小ぶりなのに、ちょっとびっくりした。


それに1体1体、みんな個性が違う。

裂き布糸、ヴィンテージファヴリック、ドイツモチーフ、木の枝ボタン、手紡ぎ糸などなど、
凝った材料で、ひとつひとつ丁寧につくりあげたところが、フランスの方も気に入ったのね

学生時代、家庭科が5段階で万年2だった私にとって、レイさんは、雲の上の人です。

”お嫁入り先”が決まっているので、嫁ぐ前に、ちょこっと見せてもらったのだけど、とっても特別なプレゼントになりそう・・・

ネコもテレビを見入る

ネコもテレビを見入る.jpgネコが家の中で興味をひくのは、広げた新聞紙とごはん。

& テレビ

その存在すらも気が付いていないと思いきや、そうでもなかった。

日曜午後7時半からNHK放映の『ダーウィンが来た!』
昨夜はアカショウビンが主人公。

台所からふと居間をみると、新聞紙の上で惰眠をむさぼっていたもこちゃんが、なんとテレビに見入っているじゃないの!

羽を広げ、アカショウビンが飛び回るシーンは特にお気に入りらしく、動くさまに頭が動いている。

飛び去って画面から消えると、その方向に顔をやるが、眼の先にあるのは押し入れ。
あれっ?へんだなあ、と小首をかしげるようなしぐさは、幼子のようで愛くるしい。

鳥を見ると反応する、という本能は、どんなずぼらなネコでも持ち合わせているらしい。

エンディングテーマが流れ、タイトルロールが始まると、また新聞紙の上でおねんね。

さて次は、私がテレビを見入る番。
『坂の上の雲』の秋山真之を・・・

ティディベアはいかが?

ここ数年、ぬいぐるみのようなやつが、毎晩歩いてやってくるので、とんと本物のぬいぐるみの類にはご縁がないのだが・・・

宮崎のふつーの知り合いレイさんが、ティディベアをこしらえていることが、わかった。

ただ、こしらえているだけではない。
あのフランスのパリで、10月展示販売をしたというのだ!

「孫の誕生祝いに買ってあげたのよ」
と友達がいうので、そのつもりでレイさんのホームページを見てみたら・・・

レイさんのティディベア.jpgなんてエレガントでデリケートなティディベアなの!
孫にやったら、ぶんぶん振りまわされて、よだれべろべろ、歯型つけられ、手足バラバラ事件にされちゃうでしょ!

私だったら、新築のお祝いとか、結婚のお祝いに、あげるかなあ・・・

憧れの戸田奈津子さんが語る『字幕の中の人生』

映画字幕の第一人者の戸田奈津子さん、子供のころから映画が好きで、そのおかげで英語が好きになって、好きな二つが一緒できる職業として選んだのが、字幕翻訳。
初志貫徹し、その第1歩を歩み始めたのは、40歳を過ぎてからだった、というお話。

私は彼女の本で知っていたが、まさか”本物”の話を、この宮崎で!じかに聞けるとは思いもよらなかった。

先週金曜日『字幕の中の人生』というタイトルの講演会、周りを見渡すと、老若男女で満席!

リチャード・ギアとお友だち、というエピソードも面白かったけど、
英語の学習の話、日本は識字率が高いから字幕翻訳という職業がある、職業を選ぶとき”好き”の力を信じる、映画はスクリーンで見てこそのつくりになっている、などなど、1時間半では、語りつくせない、盛りだくさんの内容だった。

50センチほど先でサインをしていただいた戸田さんは、お若いのなんのって!
お話しながらの手や腕の動かし方が、実に優雅で美しい。

最初の彼女のお仕事の「野生の少年」は、私は中学1年のとき、日比谷の映画館で見た。
・・・とすると、御歳・・・

やっぱ、スターと常に接している人は、輝きが違うわ・・・
憧れの戸田奈津子さん.jpg

人の心のざわざわを曲にすると

篤姫CD.jpgちょいとテレビをつけたら、鹿児島の桜島が映っていた。
眼鏡をかけた青年と武田鉄也。
バックミュージックは『篤姫のテーマ』
誰この人?

やがて、ホテルの一室におかれた電気ピアノで、この青年が弾きはじめた。

彼の名は、吉俣良。
昨年のNHK大河ドラマ『篤姫』の音楽担当。

ドラマの内容やせりふ・演出もさることながら、ちりばめられた、小さい宝石のような曲たちが忘れられなかった。
きっと人生を知り尽くしたような、初老の男性が作っているのだと思っていたのに。

彼は、篤姫だけではない、誰もが味わう心のざわざわ・・・身を引き裂くような悲しみ、ささやかな喜び、前が見えない苦しみ、手のひらで包まれるような暖かい嬉しさ、なぜなぜという怒り・・・を、つむげる人かあ。

あのたゆたゆした曲にひたってみたいと、2枚組みのCD買って、
曲たちに「守や守や(すやすや)」「野砂思砂(やさしさ)」「他意切(たいせつ)」「義苦捨九(ぎくしゃく)」「愉芽(ゆめ)」なんて、ステキな名前がつけられていることを知りました・・・

図工の教科書

小学校5年生ぐらいだったか、給食の時間、図工の教科書に、牛乳を思いっきりこぼした。
ランドセルで圧迫されたせいか、家に帰ったら、ページ同士がべっとりくっついて、使い物にならない状態になっていた。

いうまでもなく、母に叱られた。
で、彼女が何をしたかというと、べりべりっと破いたのだ!!

「なにすんのっ!」と飛び掛ったが、無残な教科書は、もう元には戻らない。

翌日の放課後、校門で下校を待っていた母は、「ほら、さっさと歩きなさいっ!」と昨夜の”しでかしたこと”なんかなかったかのように、とっとと歩き出した。

ふてくさってついていくと、図工の教科書の販売会社に到着。
ゴミ箱行きになっていると思っていた、例のべりべりの教科書を、手提げ袋の中から取り出し、
「娘がこんなにしてしまって・・・」
と言うじゃないの!

なにいってんの!私は牛乳をかけただけだ!と抗議しようと口を開きかけたのをぐっと睨まれ、応対に出たおじさんには、にこやかな表情で
「1冊、譲っていただけませんか?」


前置きが長くなったが、その教科書に出ていた絵の本物を、宮崎県立美術館で見た。

『こどもたちに残したい名画』と副題のついた展覧会。
福岡県久留米市にある石橋美術館に所蔵されている名画が、陳列されていた。

岸田劉生の麗子像
藤島武二の天平の面影
黒田清輝の針仕事
青木繁の海の幸、わだつみのいろこの宮
佐伯祐三の靴屋
藤田嗣治の人形を抱く子供
などなど

あ~これかあ~と懐かしく思ったが、突如鮮明によみがえったのが、冒頭の話。

母はきっと覚えていないだろうなあ・・・

図工の教科書.jpg

ストラディバリの音色

23日、名器ストラディバリウスを引っさげ来県した、ヴァイオリニストの五嶋龍くん。
どうしてジャパンツアー8箇所のなかに、宮崎を入れてくれたのかわからないけど、ほんとうに来てくれて、心からありがとう!

天才バイオリニスト五嶋みどりちゃん(もう、ちゃんじゃなくてさん、か)の、歳の離れた愛らしい弟くんだったのに、背も高くなって、今や腕前も、各国の著名なオーケストラと共演するまでに成長していた。

おまけにハーバード大学で物理を学び、空手も有段者。ときくと、親御さんは、いったいどうやって育てているんだろう、と不思議に思う。


数日前、NHK教育「美の壷」で偶然にも、バイオリンのことをやっていた。
普通のバイオリンと、10億円の値もつくストラディバリウスを弾き分けてくれた千住真理子さん、自分で弾いているのに、まるで楽器そのものが生き物のように勝手に奏でている、というようなことコメントしていたけど・・・


席は1階後ろから2番目。だから、肝心の顔もバイオリンも遠目でしか拝めない。

最初の演奏は、誰もが知っているベートーベンのヴァイオリン・ソナタの「春」。
息を潜めて待っていた最初の音は、イメージしていた、1本の線のような音とはまるで違って、骨組みのがっちりした構造物のような感じ。

バッハの無伴奏のソナタでは、室内楽のような深い味わいを、
パガニーニの変奏曲では、神業のような超スーパー妙技を、
最後のピアノとの競演では、怒涛と繊細さが彩をなし・・・

この一期一会は、本当に心躍る時でした。
ありがとう、龍くん!

ヴァイオリニスト五嶋龍くん.jpg

暗闇の美人

夜9時半過ぎ、玄関を開けると、鼻つままれても分からない真っ暗闇。

なのに鼻先には、エキゾチックな香りがただよう。

薫る方向に手探りですすんでいくと・・・月下美人がひとつ、ぽっかり。

水やるくらいで、なんにもお世話していないのに、弱弱しい葉をかいくぐり、なんと力強く咲いていることか。

この鉢を下さった方は、2年近く前に故人となった。
お盆に今年のお初の花が咲いたのは、霊がおりてきているからだろうか・・・

暗闇の美人.jpg

美人の横顔.jpg

皆既日食は黒雲のなか

みんなで皆既日食を見る.jpg

よりによって、みんなが待ちわびたこの日に、なんで雨なんでしょ。

10時半ごろになったら、みんなそわそわし出したので、テレビをつけたら、映し出された南洋の海上は、まあきれいに晴れ上がっていることよ。

宮崎は90数パーセントまで欠けるポジションにあるのに、事務所の窓の外は、と見ると、黒雲が空を覆っている。

それでもたまらず、実物見たさに外に出てみたら、意外なことに、闇にはほど遠い、普通の曇りの日の雰囲気。

「だいたい太陽はどこよ?」目を凝らしてみていたら、一瞬雲の切れ間から、下弦の月のような太陽がちらりと。

すわっと、カメラをかまえると、深窓の麗人のように、すーっと雲に消えた。

ハリー・ポッターで、魔物のへびの写真撮ったら、石になった子がいたけど、黒雲のなかから、なんかおどろおどろしいものが出てくるんじゃないか、と思いながら、何度もシャッターを切って・・・"偶然の傑作”が撮れていましたっ! いかがでしょ?

皆既日食は黒雲のなか

天を仰ぐ人々

セサミとcoとoperate

セサミストリート.jpg中学のときの英語の授業は、たいしておもしろいとも思わなかったが、英語が使えたら楽しいだろうな、とわくわくさせたのが、NHK教育でやっていた『セサミストリート』
今年で放映40年になるという。

中学生と言ったって、英語のレベルはアメリカの幼児以下だから、なんのこっちゃかわからないところ、たくさんあったけど、丁寧に丁寧に、ABCやら数やら、まねして言ってみた。

『セサミ』をみている子供は、文字や数字の認識力、語彙や初歩的な算数のテストの点が高く、読解力の向上をもたらした効果は、高校生になるまで持続するという結果がでた、とニューズウイークは書いていたが、さもありなん。

画面の左端から「co」と書かれた大きなカードを子供たちが持って現れ、右端から「operate」と書いた、同じく大きなカードを持った子供たちが、お互い徐々に近づいていき、最後は「cooperate!」~みんなで協力するだねっ!わーいわーい、やったあやったあ!!

なんてことを見れば、「cooperate」が「協力する」という言葉であること、びっとり脳みそにへばりつく。

そうやって覚えた単語や発音が、いくつあったことか・・・

宮崎に越してきて、とんと見なくなったが、今でも日本で放送されているのかな・・・


デュトワさんの実験的コンサート

宮崎国際音楽祭は5月の恒例行事。
税金も払っているし、会員にもなっているから、1日ぐらい都合つけていかんと、とやっとこさ時間がとれたのが、22日。

この曲を聴きたい、ではなく、この日しか行けない。

だから演目は、コンサート会場に転がり込んで、椅子に腰掛けてから初めて見て、
『ウェーベン、ワイル、ストラヴィンスキー』
うわっ!近現代音楽かあ・・・まいったな・・・。

背筋をすっくと伸ばしたデュトワさんの解説から始まった音楽会。やおら近現代音楽の演奏じゃあ、”ばんさい”しちゃうけど、そうやって一曲一曲裏話的な説明があると、落ち着かない、すわりの悪い曲が一転、夜空に星がぴかっぴかっと輝くイメージに変わる。

なんといってもこの日のメインイベントは、アメリカから来た男性5人ボーカルグループのハドソン・シャドじゃないかな。
デュトワさんも、演奏者の中に入って、にこにこしながら、彼らの歌をきいているのだから。

アカペラのすばらしいハーモニーを聞かせてくれただけじゃなく、コメディー的な演技もあって、それはそれは楽しませてもらった。
「ぼくたちのボスのマエストロ・デュトワが言うのよ、歌えって」と道化師のような表情で言うと、観客は大うけして、拍手がなりやまない。

思わぬ拾い物をした感のある「Experimental Concert」(入場料2400円!)でした。
宮崎国際音楽祭.jpg

日赤秘蔵名品展

日赤秘蔵名品展.jpg日本赤十字社、といったら、真っ先に"献血”が思い浮かぶ。(最近ご無沙汰ですが)

その日赤と美術作品とどういう関係なの?という疑問には、赤十字の理念と活動に共感していただいた画家や篤志家のかたに寄贈していただいた作品、という答えが、会場の「ご挨拶」のなかに書いてあった。

東郷青児や東山魁夷、小磯良平、梅原龍三郎、藤田嗣治といった、そうそうたる日本の巨匠の絵画が所蔵されている。
宮崎には、なかなか名画が来てくれないので、わくわくしながら、さっそく行きました。

病院やそれに関連した絵が中心かと思いきや、偏ったテーマではない。
オーソドックスな絵画や焼き物が、嗅ぎなれた宮崎県立美術館の匂いのなかで、こちらを見ている。

目と心は、いつもそのときの気分にあったもののところにひかれるのだが、
今回は、ヒロ・ヤマガタの「獣医さん」
純真な幼稚園の子供が描くような、楽しい色合いの前で足が止まった。
細かく描き込まれた町の絵には、小さいストーリーが満載しているかのよう。
でも肝心な「獣医さん」は・・・見当たらなかったのだけど・・・

さて、ブログを書くか、とパンフレットを取り出してみたら、この展示会、実は昨日まででした。
2週間ぐらいしか、やっていなかったのね。

壮年のサルバトーレ

1週間もたつのに、あの哀愁のメロディーが、まだ頭の中を往来している。

この映画を見るのは、何度目になるのだろう。
あるときは、子供時代の彼に寄り添い、あるときは、青年時代の初恋に一緒に胸をときめかせ、あるときは、母の苦しみや優しさに涙し・・・見るたび、私の視線が変わり、さらに味わい深く見ることができるのは、この作品がそれだけ優れているからか・・・

『ニュー・シネマ・パラダイス』

アカデミー外国語映画賞をとった短いバージョンのほうが、3時間ほどある完全版より好きだ。
終わったことに未練がましくしないのが人生って思っているからね。

でも今回、エレナと再開を果たす壮年のサルバトーレの心情が痛いほど感じたのは、歳が同じぐらいになっていたからだろうか。抱擁をかわすエレナの頬は桃色に上気していた。

このふたりのエンドは、このときじゃないな、とちょっと思った。50歳代から先も、というよりもっと歳をとっていったほうが、しがらみや瑣末なことが消えて、穏やかな愛がはぐくめるんじゃないかな・・・

じーちゃんばーちゃん勢ぞろい

高橋まゆみ創作人形展.jpgまたじじばばのことか、とお思いでしょうが、今日は、お人形さんのじーちゃん、ばーちゃんのこと。

『故郷からのおくりもの ふたたび』と題された、高橋まゆみさんの人形展は、宮崎で2回目の開催だそうです。姑あらんだまばーちゃんをはじめ私のまわりの年寄りは、ほとんど見に行っていて、
「ものすごくいいから、はよ行ってきないっ!」と、せかされました。

写真で見るお人形さんは、顔のしわや洋服のかげん、植物や小物がほんものそっくりで、どんなに大きいかと思っていたら、30センチもないくらい。

ですから、覗き込むようにして作品の表情を確かめ・・・すると、あちこちで歓声が上がります。

「ひゃ~、こんげなじーちゃん、おりよるっ!」
「こんばーちゃんは、あっこんばーちゃんにそっくりじゃがっ!」
「このじゃがいも、かっわいいけど、ほんものそっくりっ!」
「お~、こんばーちゃん、歯がありよるっ!」

作者の高橋さんは、ご自分がお住まいの、長野県飯山市のじーちゃんばーちゃんがモデルなのに、宮崎にも、こんなごっつくて、そしてやさしい顔したお年寄り、いるいる!

作風にどこか懐かしさを覚えるのは、私が高橋さんと同じ歳で、小学校のころ、祖母方の千葉の在で遊んだ記憶がよみがえったからでしょうか。

年月を重ねた夫婦の情愛、こどもにむけるまなざしのやさしさ、人形であることを忘れるような、いとおしさを感じます。

中でも一番気に入ったのは、「頑固ばーさんの家出  お世話さん 気合い一つで家を出る」
口をへの字にしたばーちゃんが、ぐっと前を睨み、なべをしょい、枕と位牌をもって、歩いています。
「あんな鬼嫁 話すもしゃくだ」だそうで、どういう結末になるか、見てみたいね・・・


ゲゲゲの鬼太郎の切手をゲット

まんがの切手シート.jpg郵便局でなにげなく切手売り場をみたら、なんか色がごちゃごちゃしたシートが置いてある。
引き寄せられるように見にいったら、懐かしいまんがの切手シートじゃないの!

8マンに、巨人の星、天才バカボンにまことちゃん、愛してやまなかったサイボーグ009も!
こどものころ、まんが本は買ってもらえなかったけど、まわし読みで、けっこう読みました。

ゲゲゲの鬼太郎にいたっては、びったり80円切手10枚のシート!

普通の80円切手5枚買う予定が、まんがの記念切手10枚シート3種類、想定外の2400円分も買ってしまった!

事務所に持って帰ったら「うわ~っ!すごいっ!これで手紙出したら、きっと喜ばれますねえ」

喜んでくれるより、使うのがもったいなくて、貼れないような気がする・・・


水もやらない植物に

水もやらない植物.jpg

去年のクリスマス前、殺風景な事務所にデコレーションがいるよね、と買ったのが、おおきなガラスの容器に入った植物。はでな色が、クリスマスっぽくて、ぴったり!

水はこうやってね、とか普通なら説明があるのに、何にも書いていない。

スタッフに「これは本物の植物ですか?」と聞かれたが、根っこらしきものもない。

水もやらず、うっせらかし(ほったらかし)状態で早3ヶ月。

最近、なんか、紅をさした色に、しゅっしゅとした葉が変わってきた。へーやっぱり生きていたんだ。と顔を近づけたら、なんと!小さい花が咲いているじゃありませんか!

柄の部分は上品な紫色。なんと美しいことよ。

これはブログに載せんといかん!

 

Congratulations!

今年のアカデミー賞、司会がヒュー・ジャックマンと聞いて、自分で歌ったり踊ったりしちゃうな、と思っていたら、やっぱり舞台狭しと、いや、客席までおりて、パフォーマンスしてた。それは横においておいて、

候補に上がった俳優女優さんたちの紹介は、心にしみた。

作品を映像で流し、候補者のちょっとフラッシュした表情を映すのが常。

今年は違った。

5人の候補者を紹介する、5人の過去の受賞者が舞台に登場。どこかどうすばらしい演技で、自分がどう感動したかを、カメラに向かってではなく、候補者に語りかけたのだ。

助演女優賞にノミネートされていた若手女優アン・ハサウェイを紹介したのが、かの”偉大なる”シャーリー・マクレーン。

あの皮肉屋の大女優がどういうか興味しんしんで聞いていたが、苦労をねぎらい、実にまっとうな的を得た賞賛のことばを、舞台の上から伝えていた。”話半分”にしても、誰のどんな評価より嬉しいんじゃないかな。アン・ハサウェイの印象的な大きな瞳がきらりをひかった。

「おくりびと」の受賞も、「つみきのいえ」の受賞も、Congratulations!

 

眉間の色気

何気なくテレビをつけたら、日本アカデミー賞の授賞式をやっていた。

あんなに足繁く映画館に通っていたのに、映画の雑誌を毎月買って、スターが何したかにしたと、いらんことがぎっしり頭に入っていたころもあったのに、今はただぼやーっとテレビで放映されるのを見るだけになってしまった。

受賞の候補に上がっている人たちは、どこか清々しさを感じる。映画1本作り上げる修羅の日々を、走馬灯のように思い起こしているんじゃないだろうか。

本木雅弘さん、「おくりびと」で候補になっていた。私は彼の眉間が大好きだ。

涼やかな面立ちがふっと変わる瞬間、彼の眉間は微妙に狭まり、眉が美しく動く。視線の先に私がいたら、どんなによかろうと思うのだが、それは夢ゆめ。

タキシードも似合うが、着物を着たときの所作も、目が離せない。

以前NHKの大河ドラマ「徳川慶喜」に主演していたとき、筆で字を書くシーンがあった。長年お習字をしている姑あらんだまばーちゃんが、彼の筆の”ねぶりかた”が、あれは素人じゃできない、と言っていた。字もみごと。

主演男優賞の発表・・・もっくんの眉間は、私が思い描いていた通りに動き、輝いた・・・。おめでとう!

 

 

 

 

お弁当のなかのトトロ

お弁当のなかのトトロ.jpg

うちの会社は、宮崎に居を構えていながら、宮崎のお客様はほとんどいない。

唯一といっていいお客様が、ある幼稚園。図面屋の商売とどんな関係があるのかというと、図面ではなく、広い意味でのデータの作成、平たくいうと”卒園DVD”を毎年てがけている。

今日はちょっと用があって、その幼稚園へ。おひるごはんは、おかあさんがたが手によりをかけた、愛妻ならぬ愛母弁当の日。雨だったので、ランチョンマットをお教室にしいて、みんなお行儀よく食べ始めた。

教員室で園長先生とお話をしていたら、どたどた先生がかけこんできた。

「園長先生っ、みてくださいっ!このお弁当、ほらっ!」

覗き込むと・・・うお~っ!すごいっ!トトロがいるっ!

ちいさいお弁当箱に、トトロがちんまり、ついでに、まっくろくろすけもいるじゃありませんか!

このお子さん、ひとりっこ?「いいえ、生まれたばかりのあかちゃんがいます」

すごいねえ。みごとだねえ。母は愛と気合だね。

子供からお弁当をとりあげ、見せに来た先生、まるで自分が作ったかのように自慢していたけど、その子きっとお腹すかしているよ、早く返してあげたら。でも、どっから食べるのかな・・・もったいないなあ・・・

 

 

 

 

竜馬が浸かった温泉

竜馬とおりょうさんの像.jpg

慶応2年3月、坂本竜馬は、新婚旅行で薩摩霧島地方に出かけた。

そのとき立ち寄ったのが、京都寺田屋でおった傷を癒すための、塩浸(しおびたし)温泉。

鹿児島市から行くと、霧島温泉にむかって走る223号線沿い、地名で言ったら牧園市にある。

昨年暮れの新聞に、この今は民営になっている温泉を閉鎖すると書いてあった。

「行かにゃあ」

司馬遼太郎氏が「竜馬がゆく」の取材におとずれた昭和30年代は、知っている人はまばら、タクシーの運転手さんもおそれをなすほど山奥だったとあるが、今は竜馬とおりょうさんの像(ぜんぜん似てない!)は建っているし、行った日曜の夕方は車は満杯状態。メジャーになったものだ。

地元の人らしい集団は、この建物の裏にある、小さな事務所のようなところに吸い込まれていく。傷を治すのには、こちら、と以前入湯しにきたとき、言われた。夫はゲンをかついでか、入ろうとしなかった。

「込んでるから、帰ろう」

温泉にわざわざ行って、入るのやめようもおかしなものだが、そのくらい出入り口はごったがえしていた。

不思議なことに、閉鎖になるとはどこにも書いていなかった。私は勘違いしていたのだろうか・・・。

塩浸温泉.jpg

 

 

 

サーカスがやってきた

木下大サーカス.jpg

宮崎に木下大サーカスが15年ぶりにやってきました。

子供のころからサーカスを”映画”で見てきたから、すっかり何度も行ったことあるような気になっていましたが、実は、本物は一回もありません。

空中ブランコや綱渡り、ピエロは想定内だけど、動物園の面々をつれてやってきたり、箱の中に入ったお人形が生きた美女になってでてくる、なんていうのもありとは、今時のサーカスのエンターテイメントは多岐に渡るの、知らなかった・・・。

一緒に行ったのは、もちろん、好奇心が服着てつんのめって歩いている姑あらんだまばーちゃんと、その行動力は、ばーちゃんに勝るとも劣らない妹おば、と私。

日曜日だったからか、会場は超満員。小さいこどもたちは、アクロバットなショーより、のそのそ歩くシマウマやキリンが出てくると、「がんばれーっ!」(なにをじゃ)と絶叫。

年寄りふたりは何がうけたかというと、とらやライオンやライガーが、お手やらころっとやらするショー。

ばーちゃん曰く「よだきもんじゃけんどん、しょうがねーかいよ、ちーっと芸でもしちみろかい(標準語でいいますと、退屈だけど、仕方が無いから、ちょっと芸でもしてみましょうか)ってなふうやね」

そんな宮崎弁でライオンが言うわけないでしょ、ですが、彼女の解説で見てみますと、そんな風に見えなくもない。彼らの足の運び方や体の動かし方は、うちにいた猫たちと同じ。ネコ科は、大きくとも小さくとも、のっそりのっそりは変わらないのね、と妙なところで感心しました。

もちろん、スリリングな何分かの演技にかけるプロの集団は見ごたえ充分、楽しい2時間でした。

宮崎でシャガールにお目にかかる

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東京は、あちこち美術館があっていいよね。いつでもどこでも、いいものが見にいけるもんね。

と宮崎でひねくれていたら、なんと、74作家86点もの”ほんもの”の絵や作品が、宮崎県立美術館に来たじゃありませんか。

『パリ ニューヨーク 20世紀絵画の流れ』と題した展示会。

オキーフ、マティス、シャガール、ピカソ、ウォーホル、ムンク、セザンヌ、コローなどなど、よくぞおいでくださいました、といいたくなるほど、勢ぞろいしていました。

なかでも、愛くるしい羊とカップルが定番のシャガールと、ご自分のお顔の造作ぐらい大胆なお花の絵のオキーフは、圧巻!

その日の美術館は、なぜか、小さい子供たちがちょろちょろしていて、とてもピカソやムンクを見にきた、という雰囲気ではないのです。

その子達が行くほうにつられて行ったら、小学校から高校までのお習字が張り出されていました。

どれもこれも見事なできばえで、日本の文化も、まだまだ大丈夫かな。

名画と子供のお習字、おもしろいコンビネーションの宮崎県立美術館の一日でした。

 

 

山梨 活木工舎からクリスマス

山梨 活木工舎のマガジンラック.jpg

「荷物が届きました」と、うちのスタッフちかこさんが運んできた、ひとかかえの厚紙の包み。

そう、私がずーっと楽しみに待っていたものです。

山梨の活木工舎さんに注文していた、オーダーのマガジンラック

一年がんばった自分たちへのプレゼントにしたいので、居間に合うような色の木で、形はおまかせ。クリスマスめがけて作ってください、とざっくりなお願いしていました。

包みを開けると、えもいわれぬいい香り!無垢のウォールナットの木というのは、こんなさわやかな香りがするの、初めて知りました。

落ち着いた色合いは、きっと飽きがこないでしょう。

木工好きで、うちの事務所の棚とか作ってしまうさとちゃんパパは、じっくり点検。「ものすごく丁寧に、よくできていますねえ。やっぱりプロは違うわ」

一緒に入っていたレターに、チジミ杢がよく出ている貴重な材をサイドに使ったとありました。そういえば、すべすべした木目が、すごくきれいです。

家に持って帰るつもりが、「事務所で使いましょうよ」ということになり、急遽、雑誌や新聞を入れ替え。絨毯のブルーとも合って、部屋のすみずみまで、いい香りがただよっています。

手作り家具というのを、生まれてはじめて注文しましたが、あんなざっくりなお願いにもかかわらず、木を活かす職人さんの力量で、予想を遥かに越えた、すばらしい一品が届き、嬉しさより感動しています。

 

 

 

 

歌で食べていく

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高校時代は、井上陽水、吉田拓郎、小室等、みなみこうせつらが大御所で、かれらの音楽に、はまった者たちは、部活や文化祭で、熱狂的に歌い弾いていた。

でも、進学校だったからか、受験を過ぎたら、その道に進んだのはただひとり。

彼もあれから30年以上年月がたった今は、普通のサラリーマンらしい。

・・・なんてこと思い浮かべながら聞いていたのが、先日、ジュエリー八木の加藤さんからお招きをうけた「クリスマスパーティー」で演奏した、『生粋』というデュオ

生粋.jpg

こんな近い距離で、若者の熱い歌を聞いたのは久しぶりだったので、昔の気分にタイムスリップしたのだろう。

何曲かのなかに、親御さんに感謝をこめて、という歌があった。

私の同世代の友人ふたりは、歌手志願の息子を持っている。

どちらもいまだメジャーになれず。でも暖かく我が子の歌う姿を見守っている。

母心とはそういうものか、と他人事に思っていたが、このふたりが一生懸命歌っている姿を見ていたら、なんかとても応援したくなった。

先の見えない道を歩いているのは、みんな一緒だものね・・・

 

大きな目で見つめられ

映画「プリティーウーマン」で、ビビアンがイブニングドレスを着て、オペラに連れて行かれるシーンがある。

オペラなんか全然わからないという彼女に、リチャード・ギアふんするエドワードは「オペラは、最初に好きになるか嫌いになるかで決まるんだ」という。

芸術は、小難しいこと言わないで、まっさらな心に響くか、というのでいいんじゃないかな、と改めて思ったのが、サントリー美術館と国立新美術館で開催されている『巨匠ピカソ展』

ピカソ=わけがわからん

が見事にくつがえった。

実に力強く、色鮮やか、おおらかな男と女の愛の形、どれにも書き込まれた大きな目たち・・・なんて楽しい絵だろう!

彼の人生にからむ女性たちの身にしてみれば、修羅の厚みをもった絵かもしれないが、そういう知識一切なしに、”プリティーウーマンのオペラ鑑賞方式”でいくと・・・大好きになった!

やっぱり本物の迫力は違うね!

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うしろ姿のあなた

うしろ姿のあなた.jpg

「バスの時間大丈夫?お腹すいた?」

「大丈夫です。隣の西洋美術館で、絵を見て、ごはん食べましょうか」

ひとの頭ばかり見た『フェルメール展』の東京都美術館をあとにし、woodymomさんと、国立西洋美術館へ。デンマークの画家ヴィルヘルム・ハンマースホイの絵に会える。

ハンマースホイはまったく知らない画家だったが、6月の日経新聞に紹介されたのは、なんとなく雰囲気がフェルメールに似ていた。比べて見てみたい、と思った。

会場は、ぜんぜん混んでいないの。ゆったり、ここちよく、これぞ絵画鑑賞よ、というセオリーどおりに、遠くで近くで眺めまわす。

女性が静寂のなかにおかれている構成は、フェルメール的だが、黒衣のうしろ姿の女性は、匂いや生活感のない白い部屋で、沈黙している。

フェルメールは一瞬を切り取っているが、ハンマースホイは大きな時間の流れを止めて、描いている。それは黒と白が基調だからそう見えるのだろうか・・・。

と考えていたら、昼食の時間はとっくに過ぎ、woodymomさんが、山梨へ帰るバスの時間がせまっていた。

優雅に美術館のレストランでランチとっている場合じゃない!大荷物をかかえ、上野駅の構内に飛び込み、うどんやをみつけ、ががががっと、てんぷらうどんを掻き込み、弾丸のようにしゃべりまくって、じゃまたねっ!!

つかの間の、働く主婦の憩いの時間が終わりました・・・。

 

 

フェルメールは人の頭と共に

フェルメール展.jpg

たまの上京でスケジュールに必ず入れていくのは、美術館めぐりです。

東京にいれば、毎日曜日、ひとつづつ堪能することができるけど、今は”はしごして、駆け抜ける”が基本。

今回の”はしご”の1館目は、上野の東京都美術館。そう、言わずと知れた『フェルメール展』

なんと7点もの作品が一同に会して、展示されるという。お正月から楽しみにしていたのを、やっと実現させることができました。

それも、一緒に見ましょう、と言ってくださったのが、ブログ仲間の山梨の活木工舎woody-momさん。働く主婦は、時には、夫も子供も仕事も横にやって、自分の時間を作らないと、リフレッシュできないからね。わざわざ時間を合わせて、山梨からバスで、わたわたやってこられました。

・・・で、40分も待ってようやく入れましたが、静寂の絵を、落ち着いて見るには、あまりにも人が多い!

背伸びしたり、人をかいくぐったり、人の隙間になんとか体をさしれて前に出て、でも押されて、足を踏まれて・・・その頭どかしてちょうだいっ!!

7作品のうち、一番見たかったのが「小路」

左から光がさし、左側の顔を向けている絵が大半を占める、右効きの画家が、正面から大きな構図で描いたこの作品は、見ても見ても飽きがこない(だろうに)。風景の中に溶け込んでいる3人の女性が、日常に生きている。絵に隠されている寓意を詮索することもなく、向き合える作品は、暖かい。

・・・と感じた時は、もう出口でした。

いやはやなんとも、人の頭を鑑賞したような、だったよね、woody-momさん!

 

 

 

 

 

 

撮影会とやらに、くっついていく

ポータルサイトサミットin静岡があった翌日、三保の松原で、日の出と富士山の撮影会をするから、おいで~と誘われた。

宮崎に引っ越して14年、富士山とめったにお目にかかる機会のない私は、よろっとした。

しかし、いただいた案内状を見て、むむむむ・・・JR静岡駅 5時6分発に乗って清水駅まで着てね、とある。

ということは、4時起き。今日も5時起きで、飛行機に乗ってきた。

起きられるかな、やめよかな、見たいな、寒いだろうな、ばかちょんデジカメじゃあ恥ずかしいな、どうしようか、と複雑な気持ちがせめぎあった末・・・6時前、三保の松原の浜辺に立ってた。

二十数人の参加者ほとんどが、カシャカシャカシャと音のでるデジイチと三脚持参。

私は、シャッターしか触るところを知らないデジカメのみ!

それでも、日の出前ののどかな海をながめ、雪のかぶっていない雄大な富士山を仰ぎ、心の中は満足でいっぱいでした。

では、私の力作を3枚、ご覧あれ。

日の出.jpg

 

 

 

カメラマンたち.jpg

ケイトウびっちり

ケイトウびっちり.jpg

宮崎日日新聞に、地区の住民が力を合わせて育てているケイトウの群生地があると載っていた。

場所は、と見たら、うちの近く。新聞に掲載された写真は、まっかっか。でも・・・

「夏に、まっ黄色のひまわりの群生地って新聞にあったから行ってみたら、しぼんじょったがね。」と夫は疑心暗鬼。・・・まあ、いってみよや~

と探し当てたら、隙間はあったものの、見事な紅色が、高い青い空に映えていた。

うちのスタッフちあきさんの舅姑さんは、わざわざ福岡から!このケイトウを見に、足を運ばれたそうだ。

車でうろうろしていたら、軽トラのおじさんが、先導して連れて行ってくれた。

「宮崎の人は、皆やさしい」と、ケイトウの花もさることながら、感激されたげな。

だって、”おもてなしの宮崎”ですもの!

ちいさい秋を、はがきにしたためる

ちいさい秋.jpg

私、けっこう筆まめ(でした)。プリントゴッコが出るまでは。

年賀状や暑中見舞いは、1枚1枚絵を描き、字を書き、宛名を書き・・・今じゃ、暑中見舞い一切無し、年賀状のみスタッフにパソコンでがっがと作ってもらっておしまい。

味もそっけもなくなりましたが、日頃いただきものをしたときや、お世話になったときは、せめて自分で字をかかねばいかんと、はがきは常備しています。

官製はがきじゃ、「クイズに応募」の雰囲気ですので、美術館に行ったときや、おみやげ物やさんなどで調達。

台風一過でも秋めかない宮崎、でも先様には、気分だけでも”秋”を味わっていただきたいので、何かいいのはないかと探していましたら、なんと”身近な”『大瑠璃工房』に絵葉書が売っていました。

アマチュア写真家でもある加藤忠宏先生の撮られた写真をはがきにしたもの。

先生が行かれた全国各地の”ちいさい秋”が、写真のなかでゆったりと流れています。

何枚か礼状で投函しましたが、残りは額に入れて、書類棚の上に飾りました。

殺風景な事務所にも、秋がきました・・・。

 

人生の応援歌

今から30年以上前、青山学院大学に通っていた高校の同級生が、「一学年上だけど、学園祭ですごい盛り上がっちゃうグループがいるのよ。聞きにこない?」

それがサザンオールスターズの始まりだった。

昔からだけど、何歌っているんだかよく聞き取れない。でも桑田さんの飽きのこない声と、心地のいいほうに流れていくメロディーラインは、ずーっと夫と私の人生の応援歌だったような気がする。

『いとしのエリー』は20歳代、先は見えないけど、お互いいるだけで十分幸せなときのBGM。

『真夏の果実』は30歳代、怖いもの知らずでつっぱしっていたころ、湘南の海から波音に乗って聞こえてた。

『TSUNAMI』は40歳代、真っ暗闇でもがいていたとき、かすかに流れていた。

そんなことぼんやり考えながら、昨夜のサザンの”真夏の大感謝祭”30周年記念LIVE見ていました。

それにしても30年たっても、よく歌詞が聞き取れないのは、私の耳が悪いのか、それとも頭が悪いのか、はたまた誰かさんの発音が悪いのか。

8月リリースの『I AM YOUR SINGER』は、50歳代の応援歌となりますでしょうか・・・。

 

 

 

フェルメールがやってくる

フェルメール展の記事.JPGいつもメールでお手紙している幼馴なじみから、めずらしく封書が来た。

あけたら
「親愛なるあらんだまちゃん、新聞にフェルメール展の特集記事がありました。送るねっ!」

認定・現存している30数点のうち、世界各国から集められた7点も、
それも、国立西洋美術館や東京国立博物館ではなく、なんでか東京都美術館に、
8月から3ヶ月以上展示される。

海外で見ることなどかなわぬフェルメールファンにとって、垂涎の的が、間近で拝める。

ぜーったい絶対行かなきゃ!


ふと気がついた。

2週間日曜日の日経新聞に掲載されていた、デンマークの画家ハンマースホイの絵。
配色は黒やグレーが主だが、構図や雰囲気が、なんとなくフェルメールに似ている。

こちらは国立西洋美術館に、9月末から約2ヶ月間。


11月に上京したら、"見比べの美術館はしご"、まず日程にいれましょう。
ハンマースホイの記事.JPG

鳥・鳥・鳥・・・

宮崎バードカービング展.jpg連休が明けると、恒例の『宮崎バードカービング展』が、宮崎科学技術館で始まる。

今年のテーマは「里山の自然と野鳥たち」

鳥たち.jpg鳥には別段興味はなかったのだけれど、うちのスタッフさとちゃんパパが愛好会に入っていて、誘われるままに、見に行ったのがはじまり。

鳴き声をたてないだけで、ほんもと見まがうばかりの鳥が、ぞろりと並んでいる。

鳥だけ、ぼんっと置いてあるのではなく、鳥のいる状況-木にとまっていたり、虫をついばんでいたり、魚を射止めようとねらっていたり、仲良ししていたり-周りの様子も、微にいり細にいり造っているから、見ていて楽しい。
観察力が皆すごいのね。

西都市の小学生たちも出展している。
小刀で彫った鳥たち200点は、ほんとに愛らしくて上手!

さとちゃんパパの作品は、あるコンクールで一等賞をとったものです。
さて、どこでしょう?

ふくろう?違います。
まんなかの"かるがも親子"

色も塗ってないのに、一等賞もらえるわけ?
小学生の方が上手だと思うけどな・・・。
さとちゃんパパの作品.jpg

活木工舎のコースター

コースター3.jpgコースター2.jpgコースター1.jpg10枚のコースター.jpg事務所の模様替えをして、やれやれと見回したら、各自の机においてあるコルクのコースターが、やけにくたびれてる。

そうだ、これもとりかえちゃお!

一日中、パソコンの前で、ものも言わずもくもくと作業をしているスタッフの、癒しになるようなのだったら、なおよろし。

でも、お店屋さんを覗いて歩く時間がありません。
そういうときは、ネットショップにかぎります。

「コースター」の文字を入れて検索しようと思って、
ふと、山梨の活木工舎を思い出しました。

活木工舎は、ブログ仲間であり、ITリーダー塾の加藤先生の同じ門下生である、赤石さんご夫婦がされてる、無垢の木を使った手づくりの家具木工房です。

さっそくホームページを見てみたら・・・ありました。
それも、いろいろな木でつくってあるコースターが10種類も!

迷ったあげく、1枚ずつ、10種類全部買うことにしました。

・・・そして今日・・・届きました。

箱を開けて・・・取り出したら・・・うお~、なんてすてきなのっ!


10種類の木は、すべて同じ大きさ厚さなのに、10種類の味わいがあります。

メープルは、光の当たり具合で色がかわります。
センは、不思議な木目と、老けた色合いで、これは人と違ったことが好きなゆうちゃん用かな。
カツラは、とっても軽い。
ブビンガは、反対にとても重い。色は落ち着いた茶で、ちかこさんがゲット。
カバは、かっちりして、流れるような木目です。しょうへいくん用かな。
フィンランドパインは、焼きたてのクッキーのような色合いでおいしそう。
米マツは、一番男性的な感じがしました。さとちゃんパパ用かな。
ウオールナットのチョコレート色は、おいしそう。こしゃちょうママがさっそくカップをのせました。
落ち着いた感じのケヤキは、ちあきさんがはじめから目をつけていて、ぱっととりました。
私が選んだのは、シダー。匂いもいいし、きちんと木目が同じ幅で流れているのが、気に入りました。
社長はみんなが選んだ残りをとってちょうだいっ!

木って、匂いも色も重さも、たたいたときの音もみんな違うのね。
初めて知りました。

家具職人の赤石さんが、丹精込めて作った作品、
大切に使いますね。

4月のカレンダーの絵

4月のカレンダー.jpg去年スペインを旅した友だちが、「おみやげよ」と送ってきたのが、2008年ピカソの画集の小さなカレンダー。

正直、ピカソの絵は、得意ではない。
こよなく愛すフェルメールとは、対照的なポジションにあると思っている。

だから、ひっそり台所の片隅に飾った。
にもかかわらず、存在感がある。

4月1日、カレンダーをめくると、やわらかい色合いが目に飛び込んできた。
首をかしげ、目を閉じた若い女性。
題名は"夢" モデルはマリー・テレーズ

ピカソを彩る女性たちは、生を全うしても、絵の中に生きている。

最初の妻オルガは、ありのままに書いてもらうことを望んだ。
写真家のドラ・マールはデフォルメされ、ものすごい形相になっている。
唯一ピカソを振ったフランソワーズ・ジローも、またしかり。

今日で28日間、この絵をながめううちに、どんどん好きになっていった。

やさしさ、あたたかさ、あくの強いピカソが、かくもマリー・テレーズをいとおしく思っていた証の絵。
4月が終わっても、切り取って額にいれて飾ろう・・・。

ボサ・ノヴァ・ギターの音色

バーデン・パウエルのCD.jpgボサ・ノヴァは、可もなく不可もなく、という感じで、繰り返し繰り返しBGMとして聴いても、全然厭きない。

特に、朝スタートするときにかけると、すーっと仕事に入っていけるので、アントニオ・カルロス・ジョビン、ジョアン・ジルベルト・・・

最近仲間入りしたのが、バーデン・パウエル。
なにかの本に、この人のすごくいいよ、と書いてあったので、まずアマゾンから1枚CDを買って・・・
わおっ!いいねえ、これ!
たんたんとしているけど、悩ましい情熱が秘められている。
ギターって、音が綾をなしている感じが不思議。

と思っていたら、アマゾンから、バーデン・パウエル買った人に、お知らせ
2枚組 2500円がでるよお、とメールが・・・

アマゾンも商売上手。思わずクリックしました・・・

のはら5丁目3番地

家庭科の授業は、とてつもなく苦手だった。
料理裁縫家事一切、すべてきっちりこなす母親がそばにいると、娘の成長期において、そこらあたりが全く欠落する。

小学校のころはまだよかった。
中学のとき、刺繍の宿題を、夜泣く泣くやっていたが、さっぱりはかどらない。翌日学校に持っていくのすら忘れたら、午後、完璧にしあがったみごとな作品を持って母が学校に現れた。
仕方がないので、「母が作りました」と提出した。

高校のとき、ワンピースを誰よりも早く仕上げたら、袖を前身ごろと後身ごろを間違えてつけていた。どおりで縫うのも、試着も変だった。ほどいてやり直したら、びりになった。

てなことで、裁縫系ができる人は、私にとってはあこがれの的となる。


今月行われた『東京国際キルトフェスティバル』は、どうやって造形していくのだろうと、想像力をかきたてるすばらしい作品が、毎年ずらりと並ぶ。

今年は、大賞を受賞した関田陽子さんの作品「のはら5丁目3番地」が圧巻。

シンメトリーなキルトが多い中、安野光雅さんの画風を連想させる、絵本から抜け出てきたようなストーリー性のある図柄は、見ていて飽きない。

基調となっている赤と黄の暖色、先日オーラソーマをしてもらったら、その色を選んだ。
きっと、今の私の心の色になっていたから、この作品を見たとたん、ストンと入ってきたんだな・・・。

耳元でささやく

ソフィア・コッポラ監督の『Lost in Translation』は、東京を舞台に、中年のハリウッド俳優とアメリカ人の若い妻が出会った話。
浮いた話・・・ではない。

彼は高額のギャラのつまらない仕事で東京までやってくる。妻とは、結婚25年もたてば・・・まあこんなもんでしょ。

彼女は結婚2年目。夫の仕事にくっついて東京にやってきた。ニューヨーク出身、大学は哲学科を出ているが、性格は、かさ高くない。
ただ、夫のキスも、I love youも形だけのことで、彼女の心の満たされなさはぬぐえない。
そんなふたりが、非日常のなかの日常を過ごす。

外国人が日本人の中で浮いちゃって、なんかやだなあ、本国に帰りたいなあという場面は、見ていて落ち着かないので、私は席をはずす。
だから、とぎれとぎれしか見ていないことになるのだが・・・

ラストシーン、仕事を終え、大勢に丁重に見送られ車に乗り込み、ホテルをあとにする彼。うまくお別れをいえなかった彼女を、偶然人ごみで見つける。
車を降り走って彼女のところに行き、耳元で何かをささやく・・・そのことばは聞こえないが、彼女は泣き出す・・・

そのシーンを布団の中にもぐりこんでからも、反復していた。
なんて言ったんだろう・・・君のことを愛してるじゃないよな・・・アメリカに帰ったらまた会おう・・・じゃ泣かないよね・・・

たぶん・・・きっと・・・君は人生をしっかり歩いていけるよ。大丈夫、自信を持って・・・違うかな・・・

ミュージック・アカデミー・ファイナル・コンサート

会員になっている宮崎県立芸術劇場から、チラシが届いた。

そうそうたる演奏者が名を連ねているコンサートが、たった2000円!それもクリスマスの夜! 場所はシーガイヤのワールドコンベンションセンター。 ということは、コンサートホールではなく、サロンコンサートなのね、というので行きました。

こんなりっぱなもんつくっちゃって、人がぱらっとしかいないじゃないの、なんて思いながら、エスカレータに乗って4階の会場へ。 意外なことに、お客様は年配のカップルが多い。それに男の人が多いのにはちょっとびっくり。

6時の開演とともに、ヴァイオリニストの徳永二男さんが出てこられました。 毎年5月にやっている宮崎国際音楽祭のアカデミー部門(教育的プログラム)を独立させ、全国から集まった30人ほどの受講生が、すばらしい先生方にレッスンを10日間受け、そのファイナルとして、先生方の演奏が聞けるというのだそうです。

最優秀の生徒さん4人の発表がありました。 「おめでとう!今日は何もプレゼントありませんが、来年5月の宮崎国際音楽祭で弾いていただきます」と徳永さん。 こんな素晴らしい先生方のレッスンを受けられただけではなく、なんてすごいご褒美でしょう!今まで死に物狂いでつらい練習してきた結果よね。よかったね!と心から拍手拍手。

さて出演は言うと、ヴァイオリンは情熱的なチョーリャン・リンさん、いつも沈着冷静な漆原朝子さん、川崎雅夫さん、チェロは毛利伯郎さん、ピアノはステキなドレスの伊藤恵さんと大ファンである横山幸雄さん、フルートは美人の高木綾子さん。

別にクリスマスの曲というわけでもなかったが、6時から8時20分ぐらいまで、こんなに聞かせていただいていいのというくらい十分、クラッシックにひたることができました。

このミュージックアカデミーは、たしか宮崎県がたくさん補助金だか出しているんじゃなかったかしら。 400人入れるところを、今年初めてだからか、半分ぐらいしかお客が居ません。 それに受講生には宮崎の生徒さんは居なかったとか、ほんと、もったいないね・・・。

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クリスマスソング

クリスマスのCD
普段CDをかけながら仕事をしているが、クリスマス前の1ヶ月のみ、1日1回はかける曲集がある。

セリーヌ・ディオンの『These Are Special Times』とジャズのシリーズの中の1枚『Candles』

なかでもセリーヌがアンドレア・ボチェリと、英語とイタリア語でデュエットしている「The Prayey」は、私のとびきりのお気に入り。
確か何年か前のアカデミー賞の音楽部門でノミネートしていたはずで、使われていた映画は、たいしたことなかったけど、彼女が"神の声”と称したオペラ歌手のボチェリとの深みのある絡みは、何回聞いても飽きることがない。

クリスマス時期らしい飾りもなんにもない殺風景な事務所だけど、音楽だけは、クリスマスカラーの緑と赤に染まっているの。

ムンクの目

ムンク展
友だちの子供が小学生のころ、口を立てに開け、目を見開き、手をほほにあてて、恐怖(?)の表情をして見せてくれた。
「なにそれ?」と聞いたら「ムンク!」

彼がムンクが人の名前なのか、恐怖の表情のことをいうのか理解しているかは別として、世間一般、ムンクといえば、欲望や不安や絶望や嫉妬など、マイナスの感情を絵で表現した画家をして有名だ。

東京上野の国立西洋美術館で開かれている「ムンク展」は、フェルメールのように、絶対見たかった訳ではない。怖がりの私は、ムンクがぐりぐりぐりと描く人の目が怖いのだ。絵の前に立てるかな・・・

想像通り、暗い。濃い緑黒色がたくさん目に飛び込んでくる。ノルウェーという地で描くとこうなるのかな。
眉をしかめながら、半分逃げ腰になって見ていくと、彼は、あるチョコレート工場の社員食堂やオスロ大学の講堂に、連作の大作を描いていることがわかった。
それらは希望や躍動感があふれ、色彩も明るい。

ようやく救われたような気持ちになって、出口にたどり着いた。
でも、展示会の土産を売っているところで、いつもは買うはがきは、やめた。
ムンクの絵は手元に置きたいと思わなかったから。だからこのパンフレットしかないの・・・。

フェルメール『牛乳を注ぐ女』の前に立つ

オランダ風俗画展
先週上京したとき、是が非でも行かなくてはいけない場所がありました。
六本木の国立新美術館

そこには、アムステルダム国立美術館から海外に出たのは、今までたった5回という”350歳”になる、フェルメールの『牛乳を注ぐ女』が、ちんまりとおいてあります。

6月にこの美術館にモネを見に来たときは、ほとんど人の頭を見ておわった展示会、今回も覚悟していったのですが・・・4時過ぎという、ちょうど人が途切れる時間だったらしく、すすっと入っていけました。

同時に展示されているオランダ風俗画展はふんふんと飛ぶように見て、目指す絵は・・・会場中ほど、ライトの光に浮き上がっていました。

小さい絵でした。35センチX45センチぐらいかな・・・。
日常の静謐のなかから、牛乳をとととととと、と注ぐ音が聞こえてきそうな・・・。
小首をかしげた彼女は、これが終わったら洗濯をしなくちゃと考えているような・・・。
手前におかれている、パンのおいしそうな匂いが流れてきそうな・・・。

上質な絵を見るは、上質な短編小説を読むに値する、といいますが、そう、好きな絵を眺めているときは、私は本を読んでいるような気分なのです。

フェルメールといえば、黄金の値段にも匹敵するラピスラズリと亜麻仁油を混ぜた、ウルトラマリンブルーという青色を自在に駆使した画家として有名ですが、私は、彼の黄色も赤色の使い方も、とても好き。

目をこらしてすみずみまで見つめ、出口まで行ってまた戻ってきて、穴があくほど眺め、後ろ髪惹かれる思いで美術館を後にしました。

これで私が見た本物のフェルメールの絵は5枚目です。
彼が描いたのは30数点、あと何点見ることができるでしょうか・・・。

九州国立博物館はおもしろい!

博物館に連れて行くエスカレーター
女優の黒木瞳さんが九州国立博物館にわあ~っと走ってくるコマーシャルを見て、こりゃいかにゃ!とずーっと思っていた。
場所は大宰府天満宮の裏、というか横というか。
巨大なトンネルが山ひとつ抜けていて、歩かずとも、しばらくエスカレーターに乗っていたら、着いた。

九州国立博物館
目の前に現れた青く輝く、巨大な曲線の建物!うおお~と口をあんぐりあけて(たぶん)見回した。
山をぺらっと削って建てたのでしょうね。黒木瞳はどこを走ったんだろ・・・。

『本願寺展-親鸞と仏教伝来の道』と題した特別展、『The Bayon-迫真のアンコール遺跡 尊顔とバイヨン寺院展』ではシンポジウムが開催されていたが、4階の文化交流展示室は『海の道、アジアの路』、ここが一番おもしろかった。

広範囲にとらえたアジアなので、シルクロードをはるかに越え、中東の国々まで視野に入っている。
古代からの長い歴史の中で、他国と交流することで、互いの文化が成長してきたのだ。
今、あやしくなっているイランもミャンマーも朝鮮半島も、交易でみな切磋琢磨してきた。

時間だけはたくさんあった時代に作られた、手間隙・心のこもった工芸品は、どの国のもすばらしいの一言につきる。

でも、こんなにゆっくり見られるのは、ひとりで来たから。
夫と来ると、半分も見ないうちに「のどが渇いた」
えっ?「腹も減ってきた」
えっ!「足が痛くなってきた」
えっ!!「帰ろうよお~」

それから先は、母親と”5歳児”との会話となるので、以下省略・・・。

秋吉敏子 新富町でジャズ語を奏でる

新富町文化会館
なんでジャズピアニストの秋吉敏子さんが、新富なんて小さい町に来るの?

今年の6月、「10人のピアニスト」というリサイタルを宮崎県立劇場でひらいた時、新富町の係りの女性が二人で来て、うちのホールで弾いていただけませんかと誘ったそうだ。
「10人のピアニスト」では、ひとりの持ち時間は12分ぐらい。欲求不満がたまっていたので、ソロでひけるという新富町に喜んでくることにしたと、そんな話を「Good evening」と、英語の挨拶からはじめた。

10月17日号のニューズウイークの「世界が尊敬する日本人100人」の2番目に登場している秋吉さん、演奏中の出入りの扉の音や咳払いもまったく感知せず、演奏は実にパワフル。

ピアノソロだから、左手のバギングがベースやドラムの役割を果たす。それががっちりしているから、バンド用の曲を一人で弾きまくっても、大勢でのと遜色ない。
ピアノと、時々マイクが拾う彼女のハミングと、シルバーのハイヒールがパーンパーンと舞台をたたく野太い叫びが、彼女のジャズ語。
世界が絶賛する秋吉敏子が確かにいた。

演奏の合間に、曲の背景、旅のこと、自分の人生、友人たちのことなどを、とつとつと話してくれる。気取らなくて、おもしろい。
彼女の話に笑っている観客を眺めたら、年配の人たちが多かった。

最後の曲は広島原爆忌に作曲したレクイエムの一節。
悲惨な戦争をテーマにという依頼だったらしいが、原爆投下をのがれた若い女性の明るい表情の写真をみて、希望をもって耐えていけば、きっと戦争のない時代がくるということをイメージしてつくった、自分でも気に入っているという。

母と隣家のおばと同じ年の秋吉さん。終戦のとき3人は15歳。
道は違っても、戦争を潜り抜けた彼女たちの、日本人としての根っこは、一緒なんだと思った・・。

山下洋輔、宮崎でガーシュウィンを弾く

演奏が終わって
ピアノ講師を始めたころ、音大を出ていないのが引け目になってはいかんと、練習もかなりしたが、本も片っ端から読んだ。音楽理論から教育方法、果てはジャズピアニストの山下洋輔氏の著作まで。だから私の中では、彼はシャープな文を書く作家のイメージが強い。

その山下洋輔さん、ピアニストとして29日土曜日、県立芸術劇場で、大山平一郎指揮の大阪シンフォニカー交響楽団と競演した。
演目はガーシュウィン作『ラプソディー・イン・ブルー』

ソロで弾くところを、どう”料理して”聞かせてくれるのか、わくわくして席についた。
座ってみて、ちょっと席取り失敗と思った。ピアノ弾きの背中を斜め上から見えるポジションで取ったつもりが、真後ろ。オーケストラの様子はばっちり見えるから、まあいいか・・・。

この曲は、おもちゃ箱のような曲だ。次から次へと、おもしろいフレーズが飛び出す。
ジャズバンド用に作られた曲とはいえ、一応きっちりした楽譜はある。譜面に忠実にピアニストは弾くのだが、山下氏、興が乗ってきたら、どんどんどんどん自分の世界に入っていった。

かなり長く続くソロの部分、楽団の人たちは、嬉しそうな、どうなっちゃうんだろうと興味津々顔をして聞いている。リハーサルしても、そのときと即興部分が違うのだろう。
指揮者の大山さんはさすがに、まじめに譜をおっていたが、きっと「お願い!こっちに帰ってきてね」と心中祈っていたのではなかろうか。

演奏前のプレトークで、「ソロ演奏は一期一会、どこにいくのかは指に聞いて」とおっしゃっていたが、ほんと、その通り。山下洋輔の陶酔した世界に、会場中が浸っている。

曲はクライマックスに近づき、爆発するような演奏になってきて・・・出たっ!鍵盤のひじ打ちっ!出たっ!拳骨でごんっ!平手でばんっ!
会場は拍手が湧き上がった。

演奏が終わって拍手が鳴り止まない。楽団の人たちも舞台を足で踏み慣らし、すばらしい演奏をたたえた・・・。

アンコールは、しっとりと『サマータイム』、そして軽やかに『スイングしなけりゃ意味がない』

楽しい時間をありがとう!

シュールな美

宮崎県立美術館
映画『ノッティングヒルの恋人』で、主人公である書店主ウイリアムを演じるヒュー・グラントの目の表情は秀逸だ。
突然、目の前に現れたハリウッド女優アナの存在にとまどいながらも、惹かれていく、冴えない男を実にユーモラスに、かつリアルに演じている。

彼はアナを「君はシュールだ」と誉めたつもりで言ってしまってから、後悔する。
シュール=超現実的 自分のありきたりのアパートに、なりいきで、こんな超現実的に美しい女性がいること自体が、超現実的だといいたかったのだろう。

・・・と、先日宮崎県立美術館で開催していた『シュルレアリズム展』に行って、思い出した。

しかし、このダリやミロ、マグリット、デルヴォーらの作品は、美しさより、不気味さを漂わせている。
1930年から50年あたりの、革新的な芸術運動をわかりやすく案内するとあったが、正直、よくわからない。
ただ、いろいろな制約から開放された魂の叫びが、聞こえるような気は、した、かな・・・。

上野の絵たち

国立博物館
日本初来日『モナリザの微笑み』を上野の国立博物館に見に行ったのは、高校3年の生徒総会の日。”ふける”と欠席にするぞの先生の言葉もものともせず、友だち3人と、トイレにいってきま~すと学校を後にした。
平日の午前中はすいているだろうと思ったのに、国立博物館のまわりは何重もとぐろを巻いていて、行列2時間。見たのは3分。感想は「なんだ、こんな小さいのか・・・じめじめした感じの絵だな」

それから30ウン年後の先週、それと同じ場所に、同じダ・ヴィンチ作『受胎告知』が鎮座していた。行列10分。
能面のような天使とマリアの顔。体はなんとなくアンバランス。ふたりの衣装のドレープの描き方はすばらしい。絵の遠近構成はまるで3DCAD!さすが比率にこだわった天才科学者だな。遠方に見える木々は無機質的で不気味。天使の羽の部分のお洋服は穴があいているのかな?
・・・なんてことを考えているうちに、とおりすぎてしまった。見た時間5分か・・・。

東京都美術館
次に行ったのは東京都美術館でやっている初公開の『国立ロシア美術展』。リアルで素朴な農民の生活の絵は、深読みすることもなく、素直に楽しめた。

西洋美術館
ついでに西洋美術館でやっている『パルマ~イタリア美術、もうひとつの都』にも、足を引きずるようにしていった。宮崎にくるまでは、身近にあるのが当たり前のように思っていた各種美術館。なかなか見られないから、上京すると”はしご”することになるのだ。1ヶ月もしたら、どこで見た絵かも分からなくなってしまうだろうな・・・。

疲れて椅子にでんと腰掛けたら、案の定眠気に襲われ・・・「お客様、お具合いでもお悪いのですか」の声に、はっと目が覚めたら、20分も熟睡。
人気(ひとけ)少なく、心地よいかげんの空調の館内、静寂のなか、ゆったりソファに座って、名画の前での昼寝は、あ~よきかなよきかな・・・。

モネ大回顧展

国立新美術館
六本木にできた国立新美術館で、モネの作品を世界中から集め、大回顧展を4月からやっている。もう2ヶ月もたったからすいているだろうと思ったのだが・・・宮崎県民がみんな来たのかというほどの人で、ごった返していた。せっかくきたんだから、仕方がない、並びました・・・。

見上げると、吹き抜けの中ほどにラピュタのようなラウンジがふたつある。昼時のせいもあって、こちらも並んでいることよ。東京人は並ぶのよね。すっかり忘れていました・・・。

光に揺らめく霧や風を、あわあわとしたタッチで描く風景や、ジャパネスク風、代表的な睡蓮の連作、チケットにも印刷された『日傘の女性』など、100点近くあっただろうか。歳を追って画風が変わっていくさまは、モネの人生と相まって興味深い。

でも、一番見たのは、人の頭、頭、頭。ぶつかったり、足を踏まれたり、絵の傍にも寄れず、遠目老眼にはト書きも見えず、休みたくとも空いている椅子なし。
西洋美術館の常設展で、ゆったり味わった極上のひとときとは、雲泥の差でした・・・。

小曽根真、宮崎でクラシックを弾く

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小曽根真 ジャズピアニスト

私の覚えている彼は、少年と青年の間の時期、ほそっとしていてちょっと神経質そう。でも勝気そうな目は、鍵盤の前に座ると、楽しくて楽しくてならないといったふうに輝いていた。

我が家のピアノの調律師さんがなにげなく「去年、宮崎国際音楽祭に小曽根さんが見えてモーツアルトを弾いたら、終盤はクラシックがジャズになっていました」というではないの!これは聞きにいかにゃ!

宮崎では、毎年GWあたりから音楽祭が開かれ、今年で12回目となる。かのバイオリンの巨匠アイザック・スターン氏をお招きして、室内楽を中心に演奏会を始めたのがきっかけだったが、スターン氏没後も、”進化した”演奏会を披露し続けている。

この地で開かれる音楽会や演劇のメリットの第一番は、ホールのよさもさることながら、チケットが安い。頭に1か2が抜けてやしませんか?といいたくなるほど、すばらしい演奏や芸能が格安で味わえる。もっとも、たまにしか来ないが・・・。

『新たなる境地へ~世界の小曽根真、室内楽に挑む!』と称した演目はベートーベンのピアノ三重奏とモーツアルトのピアノ四重奏。ごくごく普通のクラシックのコンサートが始まった。
・・・しばらくすると、楽譜には”絶対”ありえない不協和音やパッセージや崩れたリズムが、ちらっちらっと顔をのぞかせはじめた。それにヴァイオリンの徳永二男さんやアン・アキコ・マイヤースさんが楽しそうに音を重ねていく。

・・・そのうち、曲の流れが堂々と時空を越えて18世紀のヨーロッパと現代のニューヨークとを行き来しだす・・・。

天国のベートーベンやモーツアルトがどう聞いたかわからないが、拍手は鳴り止まなかった。

アンコールは小曽根さんとマイヤースさん演奏の『スマイル』。クラシックとはうって変わった甘く切ない調べに思わず涙がこぼれた・・・。

ステキな演奏を心からありがとう。また来年も宮崎にいらしてください。

鳥だらけ

宮崎バードカービング作品展
愛鳥週間が始まるのにあわせて、恒例の『宮崎バードカービング作品展』が宮崎駅東口 宮崎科学技術館 で開催される。

会場風景
”なんの変哲もない木”を削って、色を塗って、まるで本物の鳥のように仕上げてしまう技は、私は逆立ちしても持ち合わせていない。わが社のスタッフ、さとちゃんパパがサークルに入ってるご縁で、毎年楽しませてもらっているのだ。
もちろん彼の作品も登場するが、実は・・・数年前にも登場している”かるがも親子”。それって、ずるいんじゃないの?と言ったら、「少し手を加えてますから」と、すまして言っていた。

フクロウ
会場に入ったら、ホント鳥だらけ。右を向いても左を向いても、本物と見まがうばかりの鳥鳥鳥鳥・・・。オオコノハズク
羽一枚一枚の質感には恐れ入る。鳥のみならず、環境的条件物-つまりとまっている木の枝や虫など-も含めた、実に見事な作品が並んでいた。猛禽類

知事ニワトリ
第15回となる今年の作品展、きわめつけは渡辺耕作先生作『知事ニワトリ』と聞いていたが、昨日テレビ局から取材がきて、持っていってしまったそうだ。
知事とニワトリと”どげんかせんといかん!!”・・・う~ん、今の宮崎の象徴よね。

西都市妻北・南小学校の生徒さん作の、かわいらしい作品もある。小学生の鳥たち


開催は5/10(木)~5/20(日)、5/14は休館日。観覧料無料。詳しくは宮崎バードカービング愛好会

懐かしい曲

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家に帰ってテレビをつけて夕飯の支度を始めた。なべがことことたてる音や水の音にまじって、なんとなく聞き覚えのある曲が流れてきた。手を止めてテレビに近寄ってみると、映画の中からだった。

『小説家をみつけたら』ガス・ヴァン・サント監督ショーン・コネリー主演。文学の才能を秘めたスラムで育った黒人少年が、隠遁生活を送る伝説的作家に出会い、小説を介して二人は新たな人生を踏み出していくという私好みの映画だ。

BGMは木琴かビブラフォン。C→F→C→G7→Cの単純なコード進行だが・・・とても懐かしい・・・この曲・・・それは・・・それは・・・

小学校のとき、音楽のほしの先生が力を入れて私たちに演奏を教え込んだ曲・・・木琴、鉄琴、笛、アルトの笛、ウッドスティック、ティンパニー、太鼓、皆それぞれ楽器を担当し、必死になって練習した曲・・・ぴったり演奏が決まったときの皆のうれしそうな顔・・・文京区の小学校の演奏会で大きな拍手をもらった曲・・・
何十年もたって、こんなところで出会えるなんて!!

映画の最後のタイトルロールで曲名を探したが、わからなかった。でもいつか小学校のクラス会があったら、言ってみよう。皆あの曲覚えてる?

Bocelliのアモーレ

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CDをかけながらいつも仕事をしていますが、最近のお気に入りは、テノール歌手Andrea Bocelliの”AMORE”。
嫌味のない伸びやかな歌声を、以前セリーヌ・ディオンは「神の声が聞けるなら、彼の声のようではないかしら」と話していました。
16曲目にある夏川りみとのデュエット”SOMOS NOVIOS”は聞きほれてしまいます。彼女の”涙そうそう”と違った、なにか突き抜けたような自信が感じられて、聞き終わると幸せな気分になります。
CDの写真を撮ったのですが、載せてよかったのかな?

”トンマッコルへようこそ”へようこそ

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”トンマッコルへようこそ”を見てきました。見えざる恐怖を作り出し、人心を煽り立てる・・・古今東西、人が決して学ぼうとしない事柄のひとつです。

映画が始まる前、拉致被害者横田めぐみさんの映画”めぐみ”の予告を1分ぐらいしましたが、それだけで、あちこちからすすり泣きでした。世界中のいろいろな人に見てもらいたいけど、私はきっと真っ暗な映画館では見られないだろうなあ。

トンマッコル村への道には夜、明かりが灯されます。こんな場所どっかにあったなと思い出したのが、横浜市磯子駅前にある韓料理の店”夢回廊”。夜明かりに導かれて入っていくと、心のこもったお料理で、もてなしていただけます。

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