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私と家族と友だちと Archive

「あらんだまおばさん」のお引っ越し

「あらんだまおばさんの元気日記」のお引っ越しのお知らせです。

ますます元気に
「あらんだまおばさんの生前整理日記」をつづります。

梅雨明けは、まだか

2013梅雨1.jpg梅雨2.jpgこれぞ梅雨、という日々が続いている。

今朝の一ッ葉有料道路から臨んだ景色は、どんより。
洗濯物は乾かず、やむを得ずコインランドリーの乾燥機へ。

でも、
梅雨が明けたら、押し入れのカビ臭さを、なくす!

梅雨が明けたら、畑をきれいに耕して、大豆をまく準備をする!!

梅雨が明けたら、家の手直しがはじまる!!!


梅雨が明けたら・・・めちゃくちゃ暑い日が続きだす・・・
それはやだなあ・・・

お洋服

お洋服.jpg若いころ、あんなに好きだった「お洋服のお買いもの」が、こんなにおっくうになるなんて!
好みの服が、なかなか探せないのもあるかも。

でも最近きちんとした格好をして、行かなくてはいけないところが増えてきたし。

考えあぐねた結果、”たんすの肥やし”になっている服を、リフォームすることにした。

肥やしになっているのは、30歳代に買ったいかにも当時のはやりらしく、
アルマーニばりのいかつい肩の上着や、地につかんばかりのロングスカート。

いずれもデザインは大好きだけど、ちょっと流行から外れている。
ありがたいことに、生地がいいからか、いたみがない。

おばちゃんひとりでリフォームをやっている小さなお店をみつけて、相談に乗ってもらった。

上着は、肩パットをとってもらう。
ロングスカートは、ワンピースに。
そでぐりがきついワンピースは、袖をとってもらって。
そして、なぜか”肥やし”になっている生地は、オーダーで仕立ててもらった。

この夏着られそうな服が、ぐっと増えた。
暑い時期、ちょっとだけ、元気でお出かけできそうな気がする・・・


思い通りにいかないから人生は面白い

思い通りにいかないから人生は面白い.jpg夫と起業して、しばらくして、仲の良かった友人たちと中華を食べに行った。
会社を始めたことを告げると
「中小企業なんてだめよ!やっぱり大きい会社にお勤めしなきゃ」
と、ばっさり言われた。
友人の夫は大手商社マン。
歳も30歳前半で、まだみんな人生とんがっていたころ。
悪気はなかったのだろうが、そのあと何を食べたか、何をしゃべったか覚えていない。

あれから25年、
専業主婦なら、とうていお会いできない人と会い、お話をきちんとし、
サラリーマンの奥さんなら、想定内で収まっていただろうことも、
パートのおばさんしてたら・・・いや、それはたぶん性分上、できないわ。

『思い通りにいかないから人生は面白い』
これは、本のタイトル。書いたのは曽野綾子さん。
我が意を得たり、がたくさん詰まっていた。

夫も、会社にお勤め、なんて到底無理だっただろうから、神様は、私たちにむいた人生を与えてくださったのだろう。

「中小企業の経営は、やりがいがあって、楽しいんだよ」
今なら、胸を張って言える。

米寿を祝うことは、ならぬ

姑あらんだまばーちゃんは、昔から口やかましく、
先日も、「薬を飲むから、ぬるま湯ちょうだい」といわれ
湯のみに、水をいれ、お湯を注いだら、どか~ん!と叱られた。
「湯のみには、お湯から入れるもんだっ!」

50を半ば過ぎても、まだまだ叱られることの多い嫁だけど、ばーちゃんが元気でいてくれることは、ほんとうに嬉しい。

彼女は、8月に88歳になる。

先日、年寄りばかりの親戚連中が集まった席で、今年88歳、つまり米寿になる人が何人かいることがわかった。

夫が「じゃあ、皆さんのめでたい米寿のお祝いをしましょう」と提案したら、
ばーちゃんは、「冗談じゃない!」と強硬に反対する。

理由は、お祝いをすると、早死に!するそうだ。

元気で長生きしてもらいたいので、米寿のお祝いは、即取りやめ。
そのかわり、近々くるばーちゃんの兄の祥月命日に、高屋温泉で鯉料理を食べることにした。

これには、皆さん大賛成。
温泉に入って、おいしいものを食べ、わいわい楽しくおしゃべりをする。
これが何よりのお祝いになるかもしれない。

指輪2題

しゃれけ”がないと自覚しているので、アクセサリー類は、苦手。
特に指輪は、手が”ごつい”ので、好きじゃない。

元結婚指輪.jpg結婚指輪は、30数年、みごとに”たんすのこやし”となっていた。
”たんすのこやし”は大嫌い。
かといって、”捨て魔”の私も、こればかりは人にも上げられない。

お友達の川添朋子さんの宝石店ブライダル&ジュエリーカーラで加工してもらうことにした。
「これ溶かして、ひとつにしてもらえないかな?」
「???」
「ふたりは永遠にひとつ、だもんね」と私。

溶かしてひとつにしてもらった元結婚指輪は、今、玄関先のオブジェとして鎮座している。


母の金の指輪.jpgもうひとつ、母からもらった金の、細工を施した指輪。
つい、1カ月ほど前、たんすの奥からでてきた。
ごっつくて、重くて・・・
やっぱり溶かしてもらおう!
「これ溶かして、イヤリングにしてもらえないかな?」
「・・・・・・」
「金の細工を生かした形でカットして、イヤリングにしたら素敵よ」と朋ちゃん。

溶かさずイヤリングとしてよみがえった母の金の指輪は、今、私の耳で輝いている。

2013年度の誓い

ついこのあいだ、お正月だったなあ、と感慨に浸る間もなく、今日はもう4月!
今年は、早々、桜も散ってしまった。

NHK語学テキスト.jpg新年の誓いは、3か月でどこかにふっ飛んでしまったので、
あらたに、新年度の誓いを。

NHKラジオの「ビジネス英語」(杉田敏講師)は、始まった当初から、聞いている。
ものすごくまじめに勉強していたのは、初めの10年ぐらい。
週6日、電波状態がよくないのに、テープに採って何度も聞いたり、ノートに書きとったり・・・
タイムリーな内容を提供してくれるので、英語を勉強、というより、教養や経営の知識も、どれだけ仕入れることができたことか。

今では、週3回に放送時間が減り、インターネットでも聞けるようになった。
楽になって便利になったのに、熱意が後退している。

でも・・・
このテキスト、3月まで380円だったのに、420円に値上げしてるじゃないの!

40円もあがっちゃったんだもん、勉強しなきゃ、損!
スマホにイヤホンつないで、毎日15分、きちんと聞くことにしよう。

そして1年後、父との約束をかなえるべく、海外に出なくっちゃ。

胃ろうをしない

胃ろうの手術をする朝、鼻から栄養チューブの抜いたおばは、実に晴々した笑顔を見せていた。

元気な時、「胃ろうはしないで」と言っていたため、半身不随、しゃべることもたべることも、何をすることもできなくなっても、周りの者は、そのことばを忠実に守ろうとした。

でも、この笑顔はなんだ・・・

胃ろうをつけて、施設に戻ったおばは、声こそ出さないものの、嬉しい、悲しい、いやじゃなどの表情が、わかりやすくなった。

おばは、これでよかったのか・・・。
おばは、この先ずーっと、口から物を食べられず、人から世話をうけ、幸せなのか・・・。

100歳のお医者様、日野原先生のブログに、
「患者の意識がはっきりしている時に、当人が日本尊厳死協会に入会しておれば、家人は医師と相談して、補液の中止を行っても、これは倫理的に認められることで、栄養補液をすこしずつ減らしていけば、結果として尊厳死となるのです。そこで、以上のような重症な病気にならない前に、前もって日本尊厳死協会に登録すればよい」

でも、面倒を見てくれる人がいずに、施設で御厄介になるとき、施設では、なるべく楽にお世話ができるように、胃ろうや導尿の設置を要求する。

リヴィング・ウイルを貫けるかどうかは、自分の意思だけではなく、環境に大きく左右されるような気がするのだ。

難しい問題だけど、ひとまず、おばのことで、私の奔走も終結、だな。

今日は、何を捨てよう

つばき.jpg2月から、夫と家の中を一新している。

もともと”捨て魔”だけど、それに拍車がかかった。
頭も気持ちもすっきりできる。
冬のはじめから起こった、さまざまな出来事に、負けてたまるか、という気持ちもある。

夫婦二人の田舎暮らしでは、お気に入りの、わずかなものだけで、日々十分楽しめるものだ。

いつも前へ前へ進む自分であり続けるために、
今日は、何を捨てよう・・・


胃ろうをする

私が成年後見人をしているおばは、介護認定2で施設にいた昨年10月に脳梗塞で倒れ、病院で一命をとりとめたものの、歩くことも食事をとることもできなくなった。

元気なうちから、「私は胃ろうだけはしたくないからね」と話していたので、退院後入所した施設でその旨を伝え、鼻からチューブで栄養を入れていたが、引き抜いたり、熱が出たり、と症状が安定せず、また病院に逆もどり。

それから50余日後の今日、退院。
施設に戻る条件として、胃ろうをすること、になってしまった。

意識レベルは、ものすごく低い。
両足の指も、壊死がはじまっている。

昔だったら、座敷に寝かせて、家の人の物音や匂いに包まれて、よけいなこともされず、
おだやかに、最後の時間を過ごせることができただろう。

おばの姑も、そうやって、座敷で家人に看取られながら、息をひきとったと、最後の世話を懸命にした、このおばが言っていた。

紅梅.jpgどうやってあげたらいいのだ、ということと、私たち身内ができることの間で、ひとつひとつの決断が、苦しい。

満開の梅の花、もう彼女は見ることができない・・・

ちゃかちゃか動けなくなった自分を楽しむ

2013年新年に.jpg怒涛の年末年始を乗り越え、気がついたら、1月も10日。
こどものころは、あんなにゆったり時間が流れていたのに、なんでしょ、過ぎゆく時の早さは。

それに反比例するかのように、行動に年々時間がかかるようになってきた。

「どっこいしょ」だの「あいたたた」だの掛け声は増えたな。

ど忘れもある。
「何しにここにきたんだっけ」と考え、思い浮かばないと、もとのところに戻ったり。

昔、あんなにぱきぱき動いていた祖母や母や叔母たちが、蓄音器のねじが緩んできたようになってきた姿が、今のわが身と重なる。

でも、いいじゃないの。
そんな自分をいつくしみ、毎日を楽しめば。
半世紀もかけて、ここまで来たんだものね。

今年も、またどんなわくわくすることが起こるのかしら。

みなさまにとって、福に包まれた巳年でありますよう、お祈りいたします。


心の声

30歳代のある時期、寝ても覚めても、ケヴィン・コスナー
あらぬ妄想をいだき、もしお話することがあって、「I love you」だけじゃ間が持たない、と真面目に英語の勉強まで始めた。(挫折したけど)

彼の離婚とともに、急速に熱はさめたが、先日久しぶりで見た『フィールド・オブ・ドリームス』のGパン姿は、やっぱり胸をときめかせるには十分、いい男!

主人公レイ・キンセラを駆けずり回らせる“心の声”は、いろいろ言ってくるのだが、

「go the distance」(職務を遂行せよ)は、レイだけではなく、あーでもない、こーでもないと迷える日々を送る私に、喝をいれたように感じた。

あーだこーだ悩まず言わず、毎日すべきことを、ちゃんとやれ、と。

その先には「If you build it, he will come」

生前、父と約束したものを建てたら、とうもろこし畑(うちなら大豆畑か)の向こうから、ハンサムな青年がにこにこしながらやってくるのか。

忘れちゃいないだろうな、と、父の一周忌を前に、私にも聞かせたかったのだろうか・・・

心を洗う

家の花.jpg「じーちゃんは、怒ると何日も口をきかなくなるんだけど、なんで腹を立てたのかは忘れても、怒っているのよ」
軽くうけながしていたであろう賢い姑あらんだまばーちゃんは、そう自分の亭主の思い出を語っていた。

30数年、彼女を見てきて、この人の中に“怒り”は溜まらないのだろうか、と思うのだ。

私のなかで、なんとなく淀んで渦をまいているものが、ずーっとある。
この1年ぐらい、気晴らしをするにも、心がはずまないので、ずるずる・・・爆発させないようにごまかしごまかし・・・

先日ふと、ある言葉に出会った。
「心を洗う」

心療内科医の海原純子さんが紹介していたこの言葉、
怒りのもとの出来事を書きつづると、理解や洞察力が深まり、怒りが鎮まるそうだ。

書いてみた。だらだらと。怒りに決着をつけるため。

・・・私の淀みの根源は、ある”不安”、らしい。

心を洗う、とは、自分を真っ向から見つめるという作業に、ほかならない。

ばーちゃんは、それが自然体でできるのだろうか。
それとも、さっさと忘れてしまうのだろうか。
いずれにせよ、私はまだその域には達していないことだけは、確かだ・・・。

ラジオ体操が体にいいとは、

いまさら何よ、といいたい記事や本が目につくようになった。

朝のラジオ体操を、うん十年続けている姑あらんだまばーちゃんは、(最近はちょっとよれよれしてきたけど)元気!誰が近くで寝てようと、めいっぱい体を動かしてやっている。

エステやっている友だちも言っていた。
あさ10分のラジオ体操を、指先まできちんと伸ばして、まじめにすると、血行がよくなり、1日体が動かしやすくなるよ、と。

私は、テレビで朝6時25分から始まる体操を週5日。
出てくるレオタード姿のおねえさんたちの美しさをうらやましく思いつつ、
幼稚園のころ、夏山中湖で林間学校につきそった祖母が、着物姿で体操している写真を思い出しつつ、
柔軟性がなくなりつつある体に檄を飛ばしながら、一日の始まりとしているのだ。

サンデル教授「白熱教室」参加できず

サンデル教授の白熱教室.jpgハーバード大学教授のマイケル・J・サンデル教授といえば、白熱教室。

主催する正義の概念を徹底的に論議する「白熱教室」は、テレビで見るたびに、胸がわくわくも、目からうろこも、知るは楽しみも、感じることができて、大のお気に入り。

そのサンデル先生が、福岡西南学院創立100周年記念で、5月末にお見えになるという。
「マイケル・サンデル教授の白熱教室in福岡」

ぜひぜひ、文字通り白熱したお教室の雰囲気を味わいたいと、参加申し込みをした。

バスでいこうかな、飛行機にしようかな、と期待に胸をふくらませていたのに、参加費払込の期日を過ぎても、いっこうに連絡がこない。

つまり、参加できず・・・

がっかりしてたら、手紙がきた。
応募総数7572件!(定員は確か200ぐらいかな)
参加できない方が多数でたけど、西南学院大学の教室で同時中継をするので、来てください、と。

ちょっと考えたけど、やっぱり行くのは断念。

テーマは「若者の希望と幸せの創造」
熱い討議がなされることを、お祈りしています。

母の日のプレゼントをもらう

母の日のプレゼント.jpg結婚生活31年中、ネコの母は28年しているが、人間の母は、したことない。
だから、母の日のプレゼントなんか、無縁の人生を送ってきた。

ところが、頂いたのだ!プレゼントを!カーネーションも!

送り主のお名前は、ひろみちゃん。
ひろみちゃんのお父さんと、うちの夫との、1週間ほど前からの、ひょんな、でもすてきなご縁から、私まで、幸せのおこぼれを頂戴した次第。

「おばちゃん(私のこと)に渡して、と預ってきました」とひろみちゃんのお父さんから渡された時、私の心は激震したの。

去年七五三をしたひろみちゃんは、超未熟児で生まれてきたそうだ。
でも、お父さんとお母さんの愛情をたっぷり受けて、すくすくすくすく育って、
写真でしかお会いしたことないけど、ほんとうに元気でかわいいお嬢さん。

プレゼントをブログに載せようと写真をとったら、関係ないやつの足が、みゆーんと伸びてきて、写ってしまった。

ひろみちゃん、この足の主を、こんど見にきて♪


船旅を楽しむ

フェリー.jpgもう1週間たってしまった。

先週の日曜日は、久しぶりの船旅をするので、朝からわくわくしていたっけ。

出勤時に、日向灘を優雅に航海するフェリーを横目で見つつ、乗ってみたいような、みたくないような。学生時代、川崎から日向港までの23時間の揺れは、けっこうつらいものがあったからね。

意を決し、京都に遊びにいくのに、使ってみることにした。
宮崎港からの行きは、大阪南港までのフェリー代金と港からバスで梅田駅までついて、9600円!
女性のところにチェックマークを入れたので、てっきり寝台だと思ったら、雑魚寝。まいっか。

詰めて寝るほど客はおらず。堂々3人分を陣どり、お弁当を食べたら気分が悪くならないかと、ちょっと躊躇したけど、お腹がすいたのには勝てず、平らげた。

大声でしゃべっていた女の子たちの団体、10時の消灯で、ぴたりと話声がしなくなった。えらい!

月曜日の朝7時半、定刻通り着岸。
昼間、迎えにきてもらったおばと、京都まで行って遊んで・・・

夜7時、おばに大阪デパ地下で買ってもらった、りっぱな弁当とアップルパイを持って乗船。
帰りは、フェリー2等寝台代金と朝食代がついて、9850円!

雑魚寝のところより1階高かったせいか、出港したのも気がつかなかったほど、揺れない。
お弁当とアップルパイをしっかり食べて、展望お風呂へ。
大きな窓から、遠くに陸の明かりが見える。

だ~れもいない。
ゆったり湯船に浸かって気がついた。
お風呂の水面が傾いているのに、風呂の縁はまっすぐ。
いやいや、風呂が傾いて作ってあるんだろうな。

10時消灯。爆睡。

朝7時半、朝食食べに食堂へ。500円の定食らしい。
もりもり食べて、部屋に帰って支度をして、
8時半、定刻通り宮崎港着。事務所に直行。

3月11日をはさみ、気持ちをリセットできた船旅でした。

今年一年お世話になりました

今年も残すところ、あと3日となりました。

日本中の誰もが、立ち止まって真剣に、いろいろなことを考えざるを得ない年だったと思います。

「負けてたまるか」
この言葉を胸に、来年も歩んでいきたい。

ブログは目標をしていた1200回を、40ぐらい下回りました。
ぼちぼち来年も、思ったこと感じたこと、綴っていきましょう。

今年一年お世話になりました。
また来年・・・ね・・・

お正月の支度~もち米を洗う

もち米を洗う.jpgクリスマスが終わったら、次はお正月の支度です。

お餅は、姑あらんだまばーちゃんの家で毎年5軒分を、ついてもらうことになっています。
助っ人の嫁たちや孫たちもいますが、姑も86歳。

最小限、と言いましても15キロのもち米を洗って、水にひたし、餅つき機に入れて、できたらまる餅に成形する~という作業は、老いた身にはかなり重労働です。

餅つきの当日28日は、あいにく私が所用で来られなくなりましたので、今日行って、お米15キロを洗って、鍋やら桶やらに水で浸すまで、やってきました。

あらんだま一族も、年々正月の風景が、さびしくなってきました。
嫁としては楽になりましたが、子供も大人も20人から30人集まって、何日もかけて作ったおせちでお祝いしたのが、懐かしく思い出されます。


ラジオ体操ならぬテレビ体操を毎日する

今日はクリスマスイブ。毎年このあたりになると、なんとなく疲れがたまっているのを感じつつも、あと少しがんばらんと、と動き回っているのですが・・・

今年はなんとなく、体が軽いのです。

思い当たるのは、毎朝6時25分から、NHK教育テレビでやってるテレビ体操を続けていること。

エステやっている友達から、毎朝10分がっちりラジオ体操、もしくはテレビ体操するだけでも、一日の好スタートがきれ、頭の働きもすっきりし、長寿の元になるよ、と教わりましたが、あたっているかもしれません。

86歳の姑あらんだまばーちゃんが、今だ頭脳明晰、元気いっぱい、好奇心全開、前向き、嫁を叱咤激励できるのは、うん10年続けているこの体操おかげかと思います。
指先までしっかりのばし、メリハリの利いた動きをすると、たかが10分でも、汗がでてきますもの。

いろいろなことがあった一年でしたが、体が健康でありさえすれば、気持ちのありかたがちがってきます。
頑張って続けていきましょう・・・

父逝く

「パパが10日から具合が急に悪くなって、いろいろ手を尽くしているんだけど、よくないのよ」
と東京の母から電話が来たのが、17日木曜日の午後3時ごろ。

とりあえず、片付けられることを済ませて、なんとか翌金曜日の昼ごろの便に乗る手筈を整えた。

なのに、
せっかちが服着て、つんのめって歩いているような父は、私の到着も待たずに逝ってしまった。

”人事を尽くして天命を待つ”って言葉知ってるか?
おまえは人事を尽くしたのか?

と、子供のころから事あるごとに言われてきた私に、心残りは、ない。
不肖の娘じゃないもの。

強いて言えば、「11月はふたり(夫と私)で上京して来い。ママと4人で銀座のフランス料理屋に飯を食いに行こう」というのができなかったこと、ぐらいだ。

大正13年生まれの父は、出征したが、外地に送られる前に終戦で命拾いをした。
がつがつ働いたサラリーマン時代は、ほとんど家にいなかった。

葬儀に来てくださったかつての部下の人たちは、今は父の遊び仲間で、退職してから具合が悪くなる直前まで、お参りに行ったり、うなぎ食べに行ったり、デパート廻りをしていたそうだ。楽しい話が聞けて、泣き笑いの葬式になってしまった。

盡誠院道光成覚居士
義絶するほど高い戒名だったけど、曲がったことが大嫌い、家族思いの父らしい名前だと思う。

またひとり、ほんものの東京っ子が消えた・・・

HAPPY BIRTHDAY

お誕生日おめでとう.jpg先週土曜日、夫は出張中。
朝起きて、なにげなく、スマホでfacebookを開いて・・・仰天した。

「お誕生日おめでとう!」メッセージが、ずらずらずらずら。

プレゼントを持ってきてくださる、というメッセージもある。

昼過ぎ、予定外の出社。
プレゼントは、温泉や食事、エステなどが割引で使える「誕生日プレミアムカード」!


facebookの誕生日おめでとうメッセージは、夜になってもやまず、
結局、お友達200人弱の約半数からいただいた。

前日金曜日の夜の会合では、facebookで私の誕生日を知って、ケーキを用意していてくれて、HAPPY BIRTHDAYの大合唱!

夫のいないさみしい日になるかと思いきや、想定外の喜びに包まれた日を過ごしました。

facebookは凄いね!


とりあえず、ひきうける

所属している法人会でも同友会でも商工会議所でも、めだたないように、おとな~しくしている(つもり)

でもなんでか、さまざまな方面からお声がかかる。

先週は、「旅行のお知らせ」作ってもらえない?
はいはいと、ざっくりを書いて、部下に清書してもらって、1時間もあれば完成。
いいのができたね、と誉めてもらった。

今日は、懇親会の司会の依頼と、世話役のおかしら役。

なんで私に目をつけたの?と聞いたら、面倒と思わないでしょ、という。

よくひとのこと見ているもんだ、と感心した。

仕事が忙しかろうと、忙しくなかろうと、時間に組み込んでいけばいいことだし、
社内では、なぜ私がひきうけたかわかっているから、部下にふることもできる。

とりあえず、ひきうける。
段取りつけて、調べて、仲間と調整して、あとは出たとこ勝負。
最後は”度胸のよさ”が、決め手かな・・・


還暦のお祝いです

今月のあらんだまおばさん(右サイド)、「還暦のお祝いです」の主人公は、私でなく、我がダーリンうさじい社長。

気が付いたら、笑いガスがはじけてしまった結婚式から、30年もたっていました。

会社が子供と、”子育て”で奮闘してきて23年。スタッフたちが成長して、大きな力となってきてくれたのが、何より嬉しいです。

60歳になったら、みんなにまかせて、少しずつ楽できるようにしようね、と言っていましたが、仕事だけでなく、年寄りたちのことやら、頭痛がするほど広い庭や畑のお勤めがまだまだ。

どうやら私が60歳になるまで、お預けですね・・・。


”ちくっ”とする

先日、facebookで、お友達のみなさんに
うちの会社のfacebookページに、いいね!を”ちくっと”してください」とお願いのメッセージを書いて出した。

「ぽちっとですね」とか「クリックですね」と
念押しのメッセージが入ってきて、初めて気がついた。

ちくっと”は、日本全国共通語かと思っていたら、
うちの事務所しか通用しない、私が広めた”あたし語”だったようだ。

基本的に親や夫、スタッフしか通じない”あたし語”は、形容詞、特に擬音語が多いらしい。

あらんだま流しゃべくりは、父から譲り受けた東京べらんめえ(な~にいっちゃってんの、このすっとこどっこいが。おとといおいでっ!)と、姑から教えられた宮崎田舎ことば(あらんだまっ!むじーがね~)、それに、母から聞きおぼえた東北地方単語(いづい)、プラス”あたし語”(ちくっと、ちみちみ)から形成されている。

それを、鮮やかにあやつりながら、今日もあちこちで、しゃべくってるのよ。

雨の日も、自宅で快適に過ごす

雨の日も自宅で快適に過ごす.jpg大雨になってきた。
事務所は、”しかなたく”ドライをかけている。

でも我が家は、雨の日も、除湿もせず、快適に過ごせるのだ。
それは、数年前した、リフォームのおかげ。

床や壁を、樅の木にした。
高かったけど・・・

うわぐすりを塗っていないから、裸足で歩いても気持ちがいい。
リフォーム前の床は、雨が降ると、湿り気で、足跡がつくような感じだった。

そういえば、3軒先の谷口さんちのネコが、お泊りしだしたのも、リフォームしてから。

日頃は忘れているんだけど、雨が降ると、樅の木を勧めてくれた、粋の家のしげちゃんに感謝感謝!

指宿温泉へ

雲にかくれた桜島.jpg宮崎から鹿児島県指宿温泉に行くには、いくつかルートがある。

一番早くて快適なのは、高速道路に乗る。
だけど、あっち寄り、こっち寄りはできない。

今回は、日南海岸を下って、猿のいる幸島を見ながらお昼ごはん。

それからさらに南下し、都井から串間、志布志、鹿屋、垂水と大隅半島を横切り、フェリーで薩摩半島の鹿児島市に渡り、1時間20分かけて、指宿温泉へ、のルートをとった。

鹿児島のシンボル桜島は、台風の影響か、頂上付近が雲がくれ。
時折、大雨の降る、あいにくの天気のなか、フェリーはかなり早いスピードで走る。

晴れていたら、日没前の美しい景色が見えただろうに・・・


我が家のやちむんたち

あらんだまやちむん衆.jpgやちむん、それは沖縄の焼き物のこと。

数年前、うちのスタッフさとちゃんパパの紹介で尋ねた、佐土原の『あしびな~』で、やちむんに出会った。

宮崎よりもっと南の太陽と、サンゴ礁の海と、おおらかな風土を、みんな集めて、固めて焼いたような食器は、一目見るなり、とりこになってしまった。

うちの食卓は、器を小さめにして、品数を多くしている。
ラッキョウ1個うめぼし1個でも、すてきなお皿や器に載せると、極上の一品になる、という”手抜き主婦”の知恵。

おまけに、やちむんに盛ると、食べ物にパワーが注ぎ込まれるような気がして、笑顔が自然と出てくるの。

この前の日曜日、新しく我が家のやちむんに加わった仲間も含めて、あらんだまやちむん衆の勢ぞろい~

ふたりの結婚指輪を溶かして、ひとつぶにする

「できましたよ~」
宝飾店をしているひかりねーさんから電話がきた。
”断捨離魔”の私の究極のお願いで、ふたりの結婚指輪を溶かして、ひとつぶにしてもらった。結婚指輪.jpg

プラチナだから、小さい割には、けっこう重い。

玄関に飾ることにしました。溶かしてひとつ.jpg
今月22日は結婚30周年。
ダーリン、私たちの愛は永遠に、ひとつぶよ、ふふ・・・

断捨離なんて、子供のときからやってる

「だんしゃり?」
初めて聞いた時、新しい寿司ネタかな、と思った。

ものを断ち、がらくたを捨てれば、執着も離れていく。
片付け術のことをいうらしい。

久しぶりに本屋に足を運んだら、この手の本が出ていることよ。

いまさら何よ、と思う私こそ、子供のときから断捨離
基本的に、ものは貯めない。
入れ物を決めて、入らなくなったら、いらないものから処分していく。
執着心がないから、すぐ人にあげちゃう。
カテゴリー分けしてあるから、自宅も事務所もパソコンの中もすっきり。

その点は、親に似なかった。
実家は、玄関先から、足の踏み場もないほど、ものが溢れかえっている。
元気なうちに、少しずつ片付けておいてね、と父母に言ってあるが、やる気配もない。それどころが、なぜか、ものは際限なく増え続けている。

ものがすっきりしていたら、頭もすっきりするのに、と娘は思うのだ。


昨日久しぶりで行った宮崎商工会議所。
ここもまた、ものが溢れている。
もう少しで、きれいなビルにお引越しになるが、その時片付けにきてあげる、と部長に申し出たら、「あらんだまさんじゃ、かたっぱしから捨てられる」と丁重に断られた。


しまいこんでいた、結婚指輪が出てきた。
夫は結婚式の次の日、ゴルフやって、ひんまげて、使っていない。
私も、まじめに指輪をしていたのは、1年ぐらい。
”たんすのこやし”状態は、断捨離としては、許せない。

考えた。

結婚指輪.jpg宝飾店を営むヒカリねーさん
「これあげてもいいよ、使わないから」
「いらないっ!」すぐ反応された。
断捨離もここに極まれりか。

「じゃさ、この結婚指輪、溶かしてひとつにして、”うさじい”にしてよ」
結婚指輪を売るのが商売の彼女、この前代未聞の提案に、見積書を考えあぐねているという。

4月22日の結婚記念日に、うさじいダーリンにお披露目したいんだけど・・・

正月、テレビを見ながら、あーだのこーだの

テレビを見入るタイプの夫には、正月番組、とくに民放が2局しかない宮崎の番組構成は、おもしろくないらしい。

「時代劇チャンネル入れようよ」というが、刑事コロンボとイ・サンぐらいしかまじめに見ない私は、どうでもいい。

そんな二人が、真剣に見た番組があった。
芸能人に、各分野の『てっぺん』を目指して競わせる、ってやつ。
ピアノ、剣道、アームレスリングなどがあったが、もちろん剣道!(ピアノは、音大受験の課題曲をもってきた子が『てっぺん』。そりゃないよね)

名前も、なんの芸でご飯を食べている人物かもわからないけど、おなさけ2段を持っている私は、剣道の構えや太刀筋は、一応わかる。

この人は、段位は高いけど、おっさん剣道。
この人は、試合巧者ではない。
この人は、高校時代ものすごい練習して、試合を勝ち上がった経験をしてきた人。
などなど

実家に、さまざまな剣道大会でのトロフィーやら賞状がならんでいる夫の評価は、もっと辛辣。
あそこは、こう切り返して、引き胴にするんだ。
ちょっと引いて、まっすぐ伸ばせば、つきで一本取れる!
なにやってんだ、出小手がとれるだろっ!!

だんだん熱を帯びてくる。
頭の中では、自分が試合をしているらしい。

彼の心残りは、高校最後の一番大切な試合の決勝戦で負けたこと。
あれで、真剣勝負の剣道人生から遠のいた。

でも、もしそのとき勝っていたら、私とは出会わなかったでしょ。
よかったね、負けて。

ふたりの剣道話は、回り回って、結局いつもそこに落ち着くのだ。
よかったね、負けて・・・

ファミリー餅つき

「うちの餅つきに、来ないよ」
姑あらんだまばーちゃんからのお誘い。というより、ご命令。

施設に入っている隣家のおばが、体調不良で正月帰れないことをいいことに、餅はおろか、すべて”手抜きの正月”を決め込んでいたのに・・・。

炊きあがった餅米.jpgつき上がった餅.jpgファミリー餅つき.jpgねりくりこねこね.jpgよく考えてみたら、頼りのもう一人の嫁(私からすると義姉)が大手術のあとで動くのが難儀。息子たち(夫も含む)はあてにならない。孫たちは、車いすの母親(ばーちゃんの娘)や子を連れてきて、手伝いどころじゃない。

ご指名とあらば仕方ない。
エプロンと、ご所望のうちの畑の大根持って、いざ出陣。


ばーちゃんちの餅つき機は、一度に2升の米を炊いて、つき上げる。所要時間1時間。
それを4回する。
宮崎は、つきあがった餅をまるめる。それは人力。
4歳のひ孫の出番となるが、小さい手でこねくり回したお餅は、形も様々、鼻汁やよだれや”あやしげな栄養素”が含まれ、食すには少々勇気がいる。

まるめるのもたいへんなので、途中からはビニール袋に入れたのしもちに仕様を変える。
あんこもちも作った。
さつまいもを2キロふかして、少量のもちと合わせ、こねこねして、ねりくり(これはうまいっ!)
肝心のお供え餅は、元旦にはカビることを理由に、なし!

大勢で、わいわいがやがや。
途中お昼ご飯の支度や、三時のおやつなども含め、終了時間は午後4時半。
「ばーちゃん、今日は楽しかったねえ」と、しみじみひ孫が言ったそうだ。

「二日かかるかと思っていたけど、あんたのおかげで、はや~く終わったが」
とお誉めの言葉と、本日の日当であるお餅の数々を頂戴した。

庭にあった千両ももらって、ちょっとだけ、”手抜きしない正月”ができそうになってきた。
本日の日当お餅のかずかず.jpg千両.jpg

肌飢餓美容法で、ぷりぷりの素肌をめざす

いままで、どれだけ化粧品に大枚つぎこんできたことか。

その割には、成果がみこめなかったのは、化粧品のせいではなく、せっかちな私の性格と、使い方のせいではないかと、やっと気がついた。

美容の大家佐伯ちずさんは、「高い化粧品じゃなくていいのです。つけている適正時間が大切」とおっしゃっているし。

素直にそれを信じることにして、彼女の推奨する”安上がりなローションパック”なることを始めてみた。
お風呂で化粧を落して、
へちまコロンをコットンにとり、顔全体に貼っていく。
我が家の引き出しに長いこと眠っていた、ちっこいコットンでは、貼った途端はがれていって、とても心おだやかに「エステ IN MY BATHROOM」とはならないことがわかった。

コットンからフェイスマスクに変更。
ちょいと水にひたしてからへちまコロンをふりかけると、少量ですむ。
それをお顔に貼って、その上からお湯をしぼったあつあつタオルを顔にのせ、数えること180。
美顔器もいらん。

数え終わったら、なんの未練もなく、ひっぺがし、ばたばた風呂からあがって、国産美容液を塗る。
数えること180。

その上から韓国保湿ジェルクリームを塗ったら、完了。

金曜日の夜は、化粧を落としたら、スクラブ入り石鹸で丁寧に洗う。
そのあとは、なんにもしないで寝る。
週に1度、肌飢餓状態にすると、いつも化粧品に頼りきっている、我が肌の潜在能力がむくむくめざめ、ターンオーバーが機能的におこなわれるようになるそうだ。


真面目に1か月やってみた。
すると・・・美容師さんもみとめる、肌ぴかぴか!ふふふ
しみ、たるみの改善は・・・まだ。ううう

よしっ!この調子!と気合を入れたら、
松田聖子の化粧品広告.jpg松田聖子がほっぺたに”いくら”を載せている、新聞一面広告を見てしまった。
よく見ると、”いくら”ではなく、化粧品を1しずく。
500円で”お試し”がとれるげな。

私の思いとは別に、勝手に指が動き電話をかけ、勝手に口が動き注文。
「これは、ローションの前につけていただくものです。当社のローションも、おつけいたしますので、あわせてお使いくださいませ」

あ~、この女心を惑わす禁断のささやき。

誘い水の500円が、ウン万円にならないよう、意志を強く持って、へちまコロンローションパックと肌飢餓美容を続けないと・・・

スマートフォンを買いました

スマートフォン.jpgどうしても欲しくて買ったわけではないの。

だって電話、メール、写真機能しか使わないし、機種変えて、扱いを覚えるまでが、おばさんのおつむではたいへん。

ただ、今のケータイ、写真がぜんぜん鮮明に写らない。

たまたま会社で使っている4台ケータイの料金体系見直しに行ったら、幸いなことにどーんと減らすことができて、
それに若干プラスすることで、スマートフォンに乗り換えられるってんで、やっちゃいました。

ただ・・・指が、うまくタッチしたいところにいかない。
だから、メールの文章が、うまく書けない。

ちょっとブラウザいじって、ハリーポッターの予告を見たら、まあきれいでスムーズなことよ!

しつじのひつじ.jpg近くにあった”しつじのひつじ”を写真撮ったら、2.69メガ!ひゃあ!
デジカメより、はっきり写っている!


たいして使いこなせもしないおばさんが、こんな高機能のケータイ持ってていいものか、と自分でも思うのですが、私のまわり、教えたがりがいっぱい。
docomoだとどうだ、ソフトバンクがいいぞ、ソニーはなんじゃい、3Dはこりゃ、といろいろ言われそうですが、ともかくがんばって使ってみます。

Manhattaner’sに、はまる

私のManhattaner’s.jpgお気に入りの猫グッズが、Manhattaner’sというブランドであることは、最近知ったのだが、

ニューヨーク在住のアーティスト・久下 貴史さんという方が描くネコたちは、猫を愛する人しか描けない表情をみせている。

はじめ買ったのは、おさいふ。
金運を呼ぶ黄色がベースで、うちにいた猫たちそっくり!
お金がたまりますように、と買ったが、ちっともたまらん。

次は、キーケース。
毎晩お泊り猫のもっちんにそっくりさんまで登場!リラックスもっちん.jpg
夫が、まるで我が家の猫たちをのぞいているかのようだと感心していた。

その次は、ペン。
県立美術館で、絵葉書を買った時、取りだしたさいふに、店員さんが
「あら~Manhattaner’sじゃありませんか!これはお持ちですか?」
と取りだしたのが、このペン。
全然予想外の大出費をしてしまった・・・

そしてメガネケース。
2940円。メガネを買えばただでついてくるメガネケース。
でも私を呼んでいた・・・


私が普段持ち歩くバックは、なんの変哲もない黒の布製。
その中には、いつもうじゃうじゃ、猫が入っているのよ・・・

語学の上達は、妄想こそ原動力

宮崎県の人材育成事業を当社が引き受けたことで、うちの会社に入った新人こむちゃん。
こむちゃんには、当社の本業をきちっとできるようになるほか、大切な任務がある。

CAD検定試験と工業英検4級と英検準2級を受験させる、と明記したのだ(合格させますは書かなかった)

CADは得意だから、志願してCAD検定は3Dで受験するげな。偉い!
試験会場福岡だそうだけど、予算組んでいた。大丈夫!
「飛行機と、バスと、歩きと、電車とどれで行く?」と聞いたら、おずおず飛行機で・・・。OK!

問題は、英語。
中学で、ぷつっとしたらしい。

語学の上達は、妄想こそ原動力。
私は、その昔、ケヴィン・コスナーに胸をときめかせ、彼とデートすることになって「アイラブユー」だけじゃ話がもたない、から真面目に勉強をはじめた。

お茶飲みにいって、バラ色の将来のことを語りあったら、未来形。
ホテルに誘われて、私の過去はこうだったの、と涙ながらに話すには、過去完了形。
ふたりの関係がマスコミにばれたらどうしよう、とおたおたするときは、仮定法。
とかね。

「こむちゃん、学校のときの成績なんか、関係ないよ。私もひどかったもん。この人とお話できたらうれしいなあ、っていろいろなシチュエーションを妄想するのよ。ところで、こむちゃんは誰が好きなの?」

「松田聖子ちゃんです」

「・・・・・・」
日本語で、事足りるわなあ・・・

姑あらんだまばーちゃん、敬老の日を前に避難する

姑あらんだまばーちゃん.jpg「今度の日曜日、地区の敬老会があるのよ」と、85歳になった姑あらんだまばーちゃんから電話。

「楽しみね」と私。

「ぜったいいやなのっ」
「???」
「あんなばーさんやじーさんの集まる所なんか、行きたくないから」
「!!!」
「今日からそっちに泊まりにいくわっ」

そっちというのは、わたくしの家の隣の家。今は誰も住んでいないご自分の実家。

おかあさま、敬老会では十分融けこめるほどのお歳ですが、とは言えず
「どうぞどうぞ、いらしてくださいませ」

敬老弁当のかわりに、うなぎでも食べにいきますか・・・

イ・サン あなたは本当にすてき!

何年か前、韓国ドラマ「チャングム」を撮影した場所に行ったが、そこで「イ・サン」も撮影しているんだろうか?

世孫のころは、つっぱしって失敗もしたけど、文武両道、威厳があり、聡明さ・やさしさを身に付けているあなたは、本当に王にふさわしい。

ついてこない部下たちの中に入り、自ら率先し汗を流し、同じ苦労をし、ともに笑う。
組織は、コンパクトで機能的に動くようにすることこそ、民のためになると信じ、
改革を恐れず、能力のあるものを登用する。
自分に直言できる部下を持つことを怖がらないが、意見をうのみにするのではなく、自ら勉強を怠らない。
民を幸せにするには、どうしたらいいか、それが彼の判断の基準。

王としてあるべき姿は、すべての長たるものの、あるべき姿でもある。


でも愛するソンヨンと目を合わせると、普通の若者の一途な思いだけが際立つ。

「いいなあ、ソンヨンは。こんなに愛されて。私一生なかった・・・」
と思わずつぶやいたら
「そんなこと、ないぞ」
イ・サンと私の、ラブタイムに割り込んできた、うさじい。

そんなこと、ある。態度で示さにゃ、わからんやろ・・・

つなぎ紐を跨いではいけません

隣家の玄関先、紐が、ながながころがっていた。

なんだろ?じゃまだな、と思いつつ、跨いで通ると
「紐を跨いではだめっ!」
姑あらんだまばーちゃんが、目を三角にして怒っている。

「???」

「犬がつないである紐は、跨いではだめっ!」

いぬ・・・おもむろに紐の端に目をやると、犬のまるこが寝ていた。


「牛や馬を繋いでいるのもだめっ!子供のころ、親に教わんなかったの?」

おかあさま、おことばですが、東京文京区の実家には、子供のころから、犬どころか、牛や馬も飼っておりません。
うちだけではなく、牛や馬を飼っている家は、実家のまわりにも、まったくございません。
50数年生きておりますが、はじめておそわったことで、ございます。
なんででございましょう?

「犬や牛や馬のつなぎ紐を跨ぐと、”安産”できなくなるのよっ!」

おかあさま、おことばですが、わたくし、もう”安産”とは、ご縁のない歳になっております。
多少跨いでも、差支えないと存じますが・・・

「古民家鑑定士」受かりました

古民家鑑定士受かりました.jpgおともだちの、粋の家の重面社長が”熱く”「古民家鑑定士」という資格のおもしろさについて、語ってくれた。

ふむふむ、と聞くうち、なんとなく乗せられて、6月27日の試験、受けることになってしまった。
頭のどこかに、明治元年に建てられた、うちの隣家の天井の梁が、あったのだろう。


古民家鑑定士というのは、
残せるべく築60年以上の伝統工法で建てられた古民家を実際に、あらゆる角度から鑑定し、文化的価値、耐久性などの総合的な判断基準に基づき、古民家鑑定書を発行し、古民家に対して新たな価値の創造を行い、ユーザーに提案していくことを業とする。
のだそうだ。

つまり、りっぱにつかえる資源は、ゴミにしないで、使いましょうってこと。


幼いころ、遊びに行った田舎の親戚の家々は、第2次大戦の戦火にまみれていない限り、がっしりした作りが、数多くあった。
今のように、輝きのある明かりがない時代。
昼間でも薄暗い空間に浮かびあがる、黒々した梁や、その名のとおりの大黒柱。みごとな漆喰や、欄間の彫刻。
子供の目線でとらえる家のしつらいは、まるでちょんまげのお侍さんが出てきそうな雰囲気だったっけ。


なんてことを思い出しながら、回答を書いていった。
結果は合格!

これから、たくさんの古いおうちを見て、味わいながらお勉強できたら、嬉しいな。

ゲルマニウムのビューティーローラーを買いました

ゲルマニウムのビューティーローラー.jpg髪染めにいった美容院で、「チェ・ジウにして」とお願いして、髪型だけチェ・ジウにしてもらったんだけど(夫はどこがチェ・ジウだかよくわからんと)、
大きな鏡で、我が顔をまじまじ見たら、なんか口元がたる~んって感じ。

我が事より人の事、で日夜奔走していて、自分のことなんか、あんまりかまってなかった”つけ”が来たか。

ぴかっと思いついた。
女優の高畑淳子さんが宣伝している、ほほのあたりをころころするやつ。
あれやってみよ、と遠回りして、14800円!も大枚買って帰った。


電池が入っているわけでも、なんでもない、ただのちょっと重みのある、ころころする棒。

1日3分と書いてあるのに、真剣に30分ぐらいやったの。
明日になったら、別人のように、ほほがあがっているかなあ、と思って。


翌日・・・何ら変わりはありません。
それどころか、普段舌なんかかんだこともないのに、2回もかんで、口のなか血だらけ。
なんかしゃべるのが、重い感じ。
これはこのころころのせいか・・・。
やっぱりただの棒じゃないのか・・・。
14800円もしたもんね。

恐ろしくなって、事務所にもってきて、女性スタッフにさせた。
おもしろがってきゃーきゃーいいながら、みんな試したけど、舌かんだのは誰もいない。

1日3分を守って、やってみるのがいいのかも。
結果はまた後日・・・。

大殿人生

大殿人生に添えるつつじ.jpg隣家のおじが、1週間前の今ごろ、眠るように息を引き取った。

几帳面できれい好き。
雪柳も坊主刈りにするほど、剪定もびしっ!とするし、
広い敷地内を、木の葉一枚落ちていないほど、きっちり掃く。
女房や妹たちが手伝ったあとは、気に食わないから、いつも自分でやり直し。
掃いた箒のあとが直角で、京都の有名な寺院のお庭のようだった。

お寺さんの数え方でいくと、88歳。
「子供のころに大病して、長くは生きられないといわれていたのに、ご先祖さまの誰よりも長生きした」と看取った、2つ違いの妹あらんだまばーちゃんが、ほっとしていた。

北支に出征し、終戦でようよう帰ってきたときは、家族が泣いて喜んだという。
農家の長男として家を守り、他に格別なことをした人生ではなかったけど、
お天道様に恥じるようなことは、ひとつもしてこなかったんじゃないかな。
たばこは女房がやかましいので、隠れて吸っていたけど・・・。

施設に入ってからは、職員のみなさんに大切にしてもらって、病院では主治医の女医さんや看護師さんたちに丁寧にみていただいて、ほんとによかった。

我が子はいないのに、子供と焼酎をこよなく愛し、大殿人生をまっとうした定利おじちゃん。
旅立ちは、大好きなつつじの季節だったね・・・。

後見事務報告書を作る

後見事務報告書の資料.jpg
隣家のおじおばの成年後見人になって、約1年。
そろそろ家庭裁判所に、報告をする時期になった。

おいの後見人を15年もやらされていたので、慣れているといったら慣れているけど・・・
書類はがさがさファイル、現金出納は手書きをしておくだけだから、1年分きちんと整理となると、時間がかかる。

仕事の合間に、ファイリングと、おかねの出入り&経過事項の記載し、後見事務報告書を作り始めた。

スケジュール帳をおばが倒れた1月22日からめくってみると・・・
多岐にわたる事柄を、なんとか卒なくこなせたのは、困ったときに、いろいろな人が、必ず手を差し伸べてくれて、助けられたから。

それから、私が私的なことでばたばたしている間、うちのスタッフは大きく成長をしていた。
これも、とてもありがたいこと。

普段はとても振り返る余裕はないけど、今日はちょっと感傷的になりました。


ふと、県庁へ提出の書類も書かなくてはいけないこと、思い出した。
もうメールでフォームが届いているはずなのに・・・もしやもしや・・・

やっぱり、”迷惑メール”のカテゴリーに格納!まったく!

明日は、この書類と勝負勝負だわ・・・

春は片付けの季節

新聞切り抜きをファイリング.jpg暮れの大掃除は、大の苦手。
寒くてつらいので、いつも年末ぎりぎりまでの仕事にかこつけて、手を抜く。

でも春になると、“捨て魔と整理魔”の虫がうずうず。
ざっと見まわし、この1年使わなかったなあ、と思うものを、思い切りよくポイっ!人にポイっ!


この春は、新聞の切り抜きが、たまりにたまっていた。

それを、台紙に貼って、カテゴリー別にファイル。

年々、自分の興味が変わっていくのがわかって、おもしろい。
30代のころは、英語や映画の切り抜きがメイン。
でも、とっておくほどでもなくなったので、思い切りよくポイっ!ケビン・コスナーの記事もポイっ!
今は健康や介護について、に目が行く。

仕事関係は、ツイッターやクラウドコンピューターが多かった。

時代も私も、流れて行く・・・。

ニャンニャンニャンの日

ニャンニャンニャンはこのひとの日.jpg「今日は、ただのニャンニャンニャンの日じゃないぞ!知ってるか?」
と、夜夫が出張先から、いきおいこんで電話をしてきた。

「頭にあとふたつ、ニャンニャンがつくぞ」
と嬉しそうに言う。

ネコのことになると、夫婦げんかも忘れる私たち、ニャンニャンだけで、話が大いに盛り上がる。

「これが夜の10時22分だったら、あと四つ、ニャンがつくね!」
「お~っ!」と夫

「証拠写真撮っとけ!」
「がってんっ!」

平成22年2月22日22時22分22秒室温23度.jpgということで、平成22年2月22日22時22分22秒、室温22度で、シャッターをぱちりっ!

あとでみたら、シャッターチャンスの直前に、室温23度になっていました・・・。残念~

高校生へ、図面屋のおばさんから

年末、父親を亡くした高校生がいる。
その悲しみ、いかばかりか。

しかし彼は、振り切るように、未来に視線を移した。
機械科に通う高校1年生として、これから何をすべきか。

聞かれた彼のおばは、私に答えを求めた。

「成績は、なるべく上位であること。
片っぱしから、取れる資格を取る。
パソコンは、使えて当たり前。
少なくともワード、エクセル、AUTOCADが、さくさくできるようにしておく。
3DCADに興味をもつ。
英語は必須。英検2級・工業英検3級目指す。

不確実な時代、どんな年取っても、どんな業種でも、勉強をしないといけない。
でも社会人になって、仕事しながら勉強は、とてもたいへん。

高校生は、その点家族が助けてくれる部分が大きいから、勉強に集中できるでしょ。
できるだけのことをしてごらん。
もちろん、部活もがんばれ。
友達も、たくさん作ること。

君が、社会人になって、世に出てくるのを、おばさんは楽しみに待ってるよ」

インナーマッスルを鍛える

実は、このブログ、昨日で800回。
書きも書いたり、ですな。


さて、この前の1週間ほどの上京。
さほどハードスケジュールでもないのに、体力的にきつかった。
車が頼りの宮崎では、1日の歩数300なんて、ざらにあるからね。

去年7月に上京した時は、地下鉄の駅の階段でへたって、「だれか~私をおぶってえ~」状態。
それに懲りて、多少は腹筋背筋を動かし、柔軟体操はしていた、けれど・・・。

大間のまぐろ.jpg上京3日目。寿司屋の座敷で、お客と会食。
トイレに立つのに、ついうっかりいつもの口癖で「あいたたたた」
すかさずお客が「あらんだまさん、ずいぶんきてるね。いくつになった?」

「大きなお世話よ」とは言えなかったが、30代のばりばりあらんだまさんを知っている彼には、お見せしたくない姿でしたね。

ところが、難行苦行の日々を終えて宮崎に戻ったら、体がかるい!
体に溜まっていた”おろ”が流れ落ちたのか、快調な日々を送っています。

一日15000歩ぐらい歩いたことで、知らず知らずのうちに、インナーマッスルが鍛えられたのかもしれない。

気をよくして、それ以来、毎日2、30分は歩くよう心がけてる。
今年は少し若がえろっと。
そして、「あいたたたた」は封印!

あけましておめでとうございます

きょうが仕事はじめです。

年末、やりきれなかった仕事を家に持って帰りましたが、掃除だ買い物だと、やるどこではありませんでした。
手つかずのまま本日出社。

急遽決まった客先へのあいさつで、あすから上京。
白髪を染めないと、客と話もできないと、ダメもとで美容院に電話をしたら、成人式のキャンセルが入ったから、二日の朝6時半からならOKとのこと。あさっぱらから、振袖のお嬢さん方と頭並べてきました。

新年のご挨拶は、さーふぁーゆうちゃんが、”あらんだまおばさんをクリック”に書いてございます。
どうぞ、ご覧あれ。

今年もなにとぞ よろしくお願いいたします。

年餅

年餅.jpg今年もお世話になりました。

仕事以外のことで翻弄された一年でしたが、いろいろなかたのお力や、コメントやメールでの励ましなどなどで、なんとか乗り切ることができました。

年末になって、はたと困ったのが、お餅。
毎年、隣家のおじおばが作ってくれていましたが、今年はそうはいきません。

買えばいいか、とおもっていましたら、姑あらんだまばーちゃんが
「もち米3キロ買っておいで。作ってあげるから」
とありがたいお言葉。

「お願いします!」と返事をしたら
「ついでに、しょうゆ2本と、お砂糖2袋と、大根2本、買ってきてちょうだいっ」

やっていただくのですから、やだ、とは言えません。

「ははー。おかあさまの仰せのとおりにいたしまする」


で、できあがったのが、写真の年餅と丸餅。
お飾りと正月用の花を揃えれば、準備万端(でもない。年賀状出していないし、掃除はどうしよ)。

まあ、あと二日ありますし、なんとかなりますでしょ。

では、みなさま、よいお年を。


そのまんまDE委員会の忘年会

横浜に行っていることの多い夫は、その“断れない性格”もあって、連日忘年会が入っている(らしい)。

人見知りで(誰も信じないけど)、お酒の飲めない私は、せいぜいみっつ。

今年はひとつめが、ジャンケン後出しの同友会
ふたつめが、勉強会のそのまんまDE委員会。

ほそぼそながら毎月1回続けてきた勉強会は、そもそもホームページ作成から始まったけど、今はマーケティングの根本的な話をしている。

発足して2年。
右往左往していた2年前、目指す方向を模索し出した1年前。
頑張り続けた仲間たちは、着実に地固めをしている。

3年目はさらに飛躍しみんなでよくなることを誓いあって、かんぱ~い!

そのあとは、毎度のことで、賑やかの3乗ぐらいの会になりました。
おかげで、肝心の証拠写真、だ~れも撮っていないの・・・

ウオーキングステッキ

ウオーキングステッキ.jpg具合が悪くなって入院した隣家のおじ。
たまたま病院が、彼の妹である姑あらんだまばーちゃんの家の近くでした。

「ときどき見てくるわ~」
は、ありがたかったのですが・・・

私は見てしまった!
84歳のばーちゃんが、ぐらぐらと、自転車をこいでいる姿を・・・

洗濯したものを自転車の荷台に乗せて、おしていくだけよ、と言っていたのに、
まったくあぶないったらありゃしない!

代替え品を早急に調達せんと。

「お年寄りの乳母車、どこにありますか?」
ホームセンターに買いにいったら、お店の人は笑いながら
「ウオーキングステッキですね」

・・・知りませんでした。
なんというモダンなネーミングでしょう。

「車輪も大きいので動きが楽だし、椅子代わりにもなります。重たいお野菜もたくさん入りますよ」

早速”上等”を購入。ばーちゃん、喜ぶだろうなあ、と持っていったら
「わたしゃ、そんなばーさんじゃないっ!」

いや、おかあさま、あなたは十分ばーさんです(とは言えなかったが)

今まだウオーキングステッキは、ばーちゃんちの応接間に鎮座しています。
まあそのうち、お役に立つ日がくることでしょう・・・

今日は刑事コロンボがあるので

そろそろ仕事を切り上げて、帰ろっと。

この一年、うちのテレビは3分の1しか映らなくって、面長、とおりこして馬面がぞろり。

映りにくくなると、テレビをぽんっ!
ふっと目覚めて見えるようになっていましたが、だんだんその手もきかなくなってきました。

テレビっ子の夫は、許せなくなってきたようで(私はどうでもいいのですが)、今時のテレビをようやく買いました。

地デジから、アナログに変えると、よくこんなぼやけた画面を何十年見てきたと、びっくりするやら、
宮崎はNHK2局の民放2局ですが、突然チャンネルがどやつと増えるやら、
デジタルテレビは、真正面から見るときれいだけど、横から見たり、遠目で見ると暗く映ったり、
エコポイントやら電気屋のポイントで3万円分ぐらい得したり・・・

たかがテレビ、されどテレビ。
おばさんはここ数日で、たくさん学習しました。

つまんないこと言っていないで、コロンボ、コロンボ・・・

かかりつけの工務店

姑あらんだまばーちゃんから譲ってもらった我が家を含め、近所の間取りはどれもこれも似通っている。

町内会のお葬式のお手伝いにいくたびに、どこかで見たことある、とおもっていたが、建てた大工さんが同じ人だもの。そうなるか・・・

デザインもへったくれもない。でも腕はものすごくいい大工さんなので、造りだけはたしか。
地震も台風もなんのその。
バブルの頃、平塚で買った新築一戸建てなんか、当初からゴルフボールを床におくと、片隅にころがっていった。

その大工さん、腕はよかったが、経営はまずかったようで、ある日夜逃げした。
以来、かかりつけの工務店、なしっ!
ちょっとの修理すら、ダーリンじゃ頼りにならないし・・・。

そんなとき、颯爽と、じゃなくて、なんとなく現れた、というか、おった、というのが
株式会社粋の家の重面社長
彼は、家作りのいろいろな分野の28人衆とつながっているので、蛇口のことでも、ひさしのことでも、お風呂のことでも、虫除けのことでも、庭のことでも、なんでも気軽に相談できる。
そして、手際よく完了。

友だちだからそうなのかなあ、って思っていたら、、この人ほんとうにそういう人なんだ、ということがわかったのが、今月号の宮崎のフリーペーパーの「Palm’s」の太陽放談で。

おまけに「二世帯住宅建て替え応援プロジェクト」という、解体費用を原則ゼロにする制度を試験導入するプランも推進しているらしい。


しげちゃん、うちの物置の屋根のタキロン、穴開いちゃって、鳥が入ってくるのよ。
なんとかできる?

たかしの米

たかしの米.jpgようやく涼しくなってきて、我が家の庭や畑の雑草の伸び具合も、ずいぶんと鈍化してきた。

夏はマンションに住みたいと、本気で思ったけど、秋になると風情がでてきて、やっぱり田舎暮らしは味がある。

庭や畑や田んぼは、仕事片手間では無理!
休日にお手入れ、なんて甘かった。
夫と私がじっくり腰をおちつけ、土いじりができるのは、いつのことやら。

さて、隠居して、腰をすえて農業をはじめられ、今年の収穫は米100俵!という方の非売品のお米を、今日頂戴した。
その名も「たかしの米」

その一族は”養いかた”がぞろぞろですから、作りがいもあるでしょう。
貴重な何よりのプレゼント、ありがとう!ひとてま便店長birthday cake.jpg


サボテンから”気”を取り込む

セレウス・サボテン.jpg「サボテンに手をかざして、温かいなあ、って思ったの買うといいよ。”気”が出てるから」

そう教えてくれた彼女に手をかざしてもらうと、体がわっと温かくなるのだ。不思議。

興味はあったので、ハンズマンに寄って、ぞろっと並んでいるサボテンくんたちに、火鉢にあたるように、手をかざしてみた。
そしたら、一つだけ、あれっ?温かい!
それが写真のこれ。

おまけにこのセレウス・サボテンくん、電磁波と戦うって書いてあるじゃないの!
能書きに「パソコンをやっていると頭がくらくら。そこにセレウスをおいたら、あ~ら不思議、頭がすっきり!あなたも体験してください」とある。

一石二鳥じゃない!いいねいいね!と買って帰った。


手をかざす”お作法”は、
右手をサボテンにかざし、”気”を取り込み、左の手のひらを上にむけ、たまってる"気”を指先から出す、じゃげな。

事務所の植物は、水やりすぎて枯らすことが多いけれど、このセレウスくんは、皆で手をかざして遊んでいるし、電磁波と四六時中戦っているから、疲労のあまり枯らすことになりそう・・・

江坂商会 ESAKAのE工具E値Eフェア

江坂商会 ESAKAのEフェア.jpg昨夜のお食事会で、工具やの娘さんがぽろっと
「明朝は6時までに出社なの」
という。

なんで?

「フェアするの」

そっかあ、たいへんだねえ~

でそのときはそれで終わったんだけど、けさ、さとちゃんぱぱが、
「ブログで紹介してあげたらいいじゃないですか。あそこは、業者さんしか買えないって思っている人けっこういるから」

そっかあ、そうだねえ~


伝統のある会社を切り盛りする社長業と子育てが忙しくて、ブログで「来てね」と書こうにも、なぜかカーソルが本文のところにいかない!という工具やの娘さんに替わって、私あらんだまおばさんがご紹介します。

合資会社江坂商会
は、『地元で一番在庫が豊富な工事資材小売・卸売業』とうたっているので、業者さん専門の会社と思われているかもしれませんが、ふつうにお家で使う工具も、ホームセンター以上にいいものが、お手ごろ価格で取り揃えてあります。

私も、マスクや耕運機、買いました。

今日は夕方6時まで、明日は8時から4時まで開催しているESAKAのE工具E値Eフェア 電動工具・手工具の一流メーカーさん出店で、このメンバーの出店は九州ではないそうです。
お時間のある方、ぜひ覗いてみてください。
場所は宮崎市柳丸52 です。


銀座の虹

銀座の虹.jpg19日の日曜日、東京銀座は風も無く、湿度100%じゃないか、というくらい、空気が重かった。

高校の同級生たちと、昼ごはんを囲みながら、さんざんおしゃべり。ようやく腰を上げて銀ブラ。

三越の交差点までくると、多くの人が空を見上げたり、カメラを構えている。

視線の先を見てみると・・・虹!それも2重の虹!

この半年間やってきたことが、ぱらぱら漫画のように頭をよぎっていた。
自分でやってきたこと、いつも、これでよかったのか、もっといい方法があったのではないか、と葛藤してきたけど、この虹を見て、ふっきれた。

虹は神様からの「よくがんばったね」というメッセージというでしょ。
私がやってきたことは、間違っていない。
だって、2重丸の虹もらえたもん!

ちょっと気分転換

食べごろおくら.jpgきょうも早朝、畑を見て回ると、おくらが「食べてえ~」と言わんばかりに、大きくなっていた。

今日の夕方の便で、久々に上京。
手帳を見ると、火曜日の帰宮まで、スケジュールがびっちり入っているけど、どこか、開放される気分があるかな。

"宮崎のもろもろ”は、空港の駐車場において、都会の空気を楽しんできましょ。


徘徊放尿はあたり前

認知症が進んで、家での介護が困難になった隣家のおじを、施設に入れたのが1ヶ月まえの6月15日。

介護チームのメンバーであるおじの妹たち、つまり”指揮官”姑あらんだまばーちゃんと4人のおばたちで、やれやれやっと開放された、とごちそうを食べに行ったのもつかの間、
預けたその日の夜9時半「徘徊がひどくて寝ないんですけど・・・」と電話がきた。

そのあとも
「ついてまわるので、仕事ができない」とか
「他の部屋のおばあちゃんの寝ているところに侵入して、ふとんを剥いで片付けた」とか
「夜"脱走”して、山の中に行った」とか
「愛用のこたつにおしっこをした」とか
次々と”武勇伝”の連絡が入り、そのたびに洗濯やら頭下げにいくことになる。

入所して2週間余りで、もうちょっと無理、ということになって、次の預かってもらえるところを、ケアマネージャに探してもらった。

そして、今日がお引越しの日。
今度は法人が運営する介護施設。

施設長さんが
「認知症になったら、徘徊放尿は当たり前でしょう。そのうち何もできなくなるのですから、できるうちは、好きなようにさせたらいいじゃないですか。うちは人手があるので、薬で動かなくするようなこともしません。」
とにこにこしながら、おっしゃった。

私は30数年前、徘徊のひどかった祖母を施設に入れたら、手足を拘束され、薬を飲まされ、うつろな目をして横たわっていた姿が忘れられない。

おじは、もう箸を食べる道具だということも認識できない。あんな達者に"脱走”を図った足も、歩くことすらおぼつかない。もちろん、誰も識別できない。
たった1ヶ月なのに、こんなにこんなに、認知症がすすんでしまっていた。

だから、残された時間を、まだ機能している脳みそをつかって、楽しく過ごしてもらいたい。記憶が薄れていく不安を、少しでも解消してあげたい。
それをかなえてあげられるところを探すこと、私はもうそれしかできないの・・・。


雨の日曜日

休みの日、晴れていると、畑や庭の手入れをしなくちゃと、強迫観念にかられる。

昨日の日曜日、明け方目を覚ますと、雨音が・・・やったあ!

今日は休み、外は雨、夫は出張、テレビはつまんない、尋ねてくる人もいない。
家事すべて放り出し、終日、本を読んで暮らした。


こんな気持ちが穏やかなの、何ヶ月ぶりだろう。

夕方、畑にトマトを取りにいくとき、かたつむりを見っけ。
雨が気持ちがよくて、ずるずる出てきたのかな。

来週の日曜日は、朝っぱらから、地区の大掃除でしごかれる。
のんびりしたつけがまわってきそうだ・・・。

ずるずるかたつむり.jpg

そして誰もいなくなった

住宅型老人ホームのおじの部屋.jpg昨夜帰宅して、隣家を見ると真っ暗。

1月23日から始まった、隣家のおじの”介護チーム”が、昨日解散した。
グループホームに入所させたおばに続き、おじも週頭に施設に入り、隣の家は誰もいなくなった。


ここ1ヶ月認知症が、とみにひどくなってきた感じなのに、施設に入る、ということを、なんとなくわかっていたのか、「これが最後の焼酎になるな」と言ったり、近くの弟の家に「もう帰ってこないから」と納屋の鍵を預けに行ったり。

しかし、懸念していた通り、入所した夜は一晩中ハイ状態で、家に帰ると施設の中を徘徊し、他の部屋を片っ端からあけ、休んでいるおばあちゃんたちを寝させなかった。

「なにか愛用の品あったら持ってきていただけませんか?」
困り果てた職員から夜遅く電話があったが、無趣味な人なので、思い当たらない。

なんにもないよねえ、なにか落ち着くものってなんだろう・・・介護チームの姑あらんだまばーちゃんや、おばたちと頭をひねった。

・・・そうだっ!


翌朝、持って行った『精神安定最強グッズ』は、こたつ
知る限り、おじは、このこたつで寝起きしていたから、においが、どっぷりしみこんでる。

アンド、テレビ
スイッチの入れ方もわからないし、最近ほとんど見てもわからなくなっているけど、家にあるのと同じのを据えた。

それと、ぬいぐるみ
いつも誰かが一緒にこたつに入っていたから、その代わりとして新規購入。
「おじちゃんをなぐさめるんだぞ」と"任務”をよ~く言い聞かせ、セッティングした。

今日で5日目。

居宅型老人ホームは、居宅を家から施設に移し、生活援助が受けながら、家にいたときと同じように、昼間は隣接しているデイケアにかよう。
お風呂あり、おいしいごはんあり、楽しいゲームありのデイケアと、こたつとテレビとぬいぐるみが効を奏し、少しずつ落ち着いてきたと言う。


いつか誰もいなくなった隣の家を眺める日がやってくる、と覚悟していたけど、寂しさがこみあげてくるのは、もっと先になりそう。

彼らの畑や庭の手入れ、お金の管理、次から次へとくる書類の処理・・・まだまだやらなくてはならないこと満載だもんね・・・


同級生は、乳がんの名医になっていた

2年に一度、マンモグラフィ健診では痛い目にあっているが、幸いにも、乳がんには、ご縁がない。

だから、同級生が乳腺外科医の権威になっていると、うわさでは聞いていても「あらそ」と、さほど関心もなかった。

先週の火曜日、NHKの番組『プロフェッショナル』の最後の予告をなにげなく聞いていたら、
「乳がん・・・外科医・・・中村清吾・・・」
思わず画面を見ると、ちらりと目にした顔は、ただのおっさ・・、もとい、普通の中年男性。

ほんとに彼かな?黒ぶちの眼鏡かけてたよね、と中学生のときの記憶をたどってみたが、どうも一致しない。40年近くたつもんね。


さて昨夜、家事を早めに片付け、テレビの前に陣取る。
テーマソングと共に映し出された今日の主人公は・・・まぎれもなく同級生の中村清吾君
ハンサムで、温厚で、頭がよく、てれやの彼を、みんな親しみを込めて”せーご”と呼んでいた。

同じ歳月、どうやってここまできたんだろう。
いえるのは、持ち味をそのまんま、まっすぐ成長させ、患者によりそい、患者と同じ視線で考えることのできるお医者様になったってこと。

番組終了後、同級生からメールが来た。
「素敵だね」
ほんとそうね。

体に気をつけて、これからもたくさんの人を救ってあげて。
私は、同期会以外お世話にならないよう、気をつけるから・・・。


気持ちがざわざわ

自宅で、デイケアに行きながら介護を続けてきた隣家のおじ。
この1ヶ月で、めきめき認知症がすすんだ。

介護する側の疲れはピークとなり、エンドが見えない不安も、なおいっそういらいらを加速させる。

おじのすぐ下の妹である、姑あらんだまばーちゃんから「施設を探してくれないか」と打診があったのは、2週間前。
奥ゆかしく、人様に身内のお世話を頼むのは、かなり抵抗を感じている彼女が、初めて私に言った。

介護認定に相当する適当な施設は、満杯。
いつでも入れるところは、費用がものすごく高い。

頭をかかえていたら、「居宅型有料老人ホーム」を紹介された。
今の状態、つまり自宅からデイケアの通っているのを、アパートみたいなところに居をうつし、そこから、介護の点数をめいっぱいつかって、建物の隣にあるデイケアにかよう。

その方法が、もう待てない介護する側にとっては、ベストチョイスになると思われる。
しかし、なにもわからないはずのおじは、その話がすすんでいるこの2,3日、雰囲気がわかるのか、ものすごく行動が不安定になっている。

入居したら、「うちに帰る」がはじまるだろう。それがかなわないことがわかったら、あきらめ、デイケアにも行かず、ベッドで寝ていることが、多くなるだろう。そして・・・

介護にたずわさっている人たちは、いつも、この選択でよかったのか、と、後ろめたさと、安堵感の狭間で、気持ちがざわざわしている・・・。

万歩計

2日前、万歩計をもらった。

今朝7時にズボンに挟み、夕方6時過ぎ現在、2163歩

今日は一日事務所の中をうろうろしただけ。
一日180歩ぐらいしか歩いていないんじゃないか、と思っていたから、それから比べれば多いけど、とても健康にいい数とは思えない。

ちなみにきのうは、朝5時半から30分ほどウオーキング。昼間外出もしたので、帰宅した時点で8000歩。

田舎に住んでいると、意外に歩かない。
車でドアtoドアの生活、ゴミ出しも買い物も車。

毎日一万歩あるきましょう、というけど、いったいどうやったらできるのよ・・・

PANDA SHOPでお買い物

基本的に、自慢じゃないが、自慢しちゃうが、どんな枕でも、どんなところでも、すぐ眠れる。
頭を枕につけました。電気消しました。zzz・・・・・・

使っている枕は、タオルを5~6枚重ねて、ぐるぐるぐるときつく巻いて、ゴムで止めたもの。
そんなのでよく寝られるね、と言われるが、昔の箱枕のような感じだから、理論的にはおかしくない(はず)。

先日来たWWF(World Wild Found)のPANDA SHOPのカタログ。
発展途上の国々の貧困を改善し、自然破壊や始原の乱開発のない社会を目指すなど、商品の選択が明確で、なおかつ購入することで、人にも自然にも還元できるようなものが載っている。

出産お祝いには、赤ちゃんと新米ママへのプレゼントを、PANDA SHOPから選ぶと、間違いなく喜ばれる。素朴なものだけど、品質に対する安心感があるからじゃないかな。

特に買いたいものはなかったけど、ひらひらページをめくっていると、
あらっ?『もみの木香りのピロー』ですってっ!

リフォームして、もみの木の魅力にとりつかれているので、目を引かないわけがない。
間伐などで出る葉っぱを陰干しして、枕にしたげな。

買いました!3675円。
香りがなくなったら、交換用もあるそうで、2100円。

送られてきたダンボール箱。もみの木のいい香りがもれています。

待望の就寝の時間。
頭を枕につけました。電気消しました。zzz・・・・・・

今までの、タオル枕と変わりがないなあ・・・
もみの木香りのピロー.jpg

しもやけができなかった冬

パソコン何台もつけてるうちの事務所の日中の室温は28度!にもなる昨今、連日3時のおやつは、アイスクリームです。

それはさておき、もう遠い記憶のかなたになってしまった今年の冬。
よーく考えたら、一日もしもやけにならずに終えていました。

これは、私にとって奇跡に近いのです。
高校大学と剣道をやっていた数年をのぞいて、足の指やらかかとが、しもやけができなかったことがない。

どうしてしもやけにならなかったか・・・条件は毎年同じなのに・・・更年期で体温が上がった・・・は、ない・・・

ひとつ思い当たることがありました。
去年夏、リフォームして、自宅の居間や台所の床を"無垢のもみの木”にしました。

手がけた粋(こだわり)の家の重面社長、通称しげちゃんが
「冬は、もみの木の床の上にホットカーペットや絨毯は敷かないで、このままで過ごしてください。小さいストーブひとつで大丈夫ですから」と。

そんなの無理!絶対しもやけになるし、田舎は街中よりずーっと寒いんだから、というと、
「大丈夫、きっと快適に過ごせますから」ときっぱり。

この冬終わってみたら、その言葉どおり、小さいストーブひとつで十分、暖かく、そして心地よく過ごせました。

なによりの証拠が、夜な夜な遊びにくる、ご近所たにぐっさんちのもこちゃん。
夕飯を食べに来て、「さよなら~」だったのが、写真のごとく、床に寝そべりリラックス、あげくは爆睡。ご帰還は明け方と、大いに彼女の生活が変わりました。
これも"もみの木”のおかげでしょうか・・・。
もみの木の床でリラックス.jpg

うさじい

うさじい.jpg先日出張から帰ってきた夫が、包みを机に放り出した。

「???」
おまえにというので、明けてみたら・・・ころっと出てきたのが、うさじい

「欲しがってただろ。どっこにも売ってなくて、探すのたいへんだったんだぞ。東京駅にやっと売ってた」
と恩着せがましくいう。
私はこの前、ゴルフセット買ってあげたでしょ!

スタッフに見せたら、「社長にそっくりじゃありませんか」
(うちの会社のhpトップにある写真と見比べてくださいませ)

考えたら、彼も兎歳だし、ダーリン自体がうさじいうさじいうさじいを買ってきた。

普段社長は不在なことが多ございますので、社長室のほうに、このうさじい、うやうやしく奉ることといたしました。

デイサービスは楽しくてたまらん

認知症がものの1ヶ月ぐらいで、かなりすすんでしまった隣家の85歳のおじ。
一日中家にいたときは、日に何回も粗相をして、不機嫌で、無気力にこたつのなかで、ちいさくなっていた。

それが、2週間前から一日おきにデイサービスに行き出して、びっくりするほど変わったのだ!

「お風呂は気持ちいいど~。ひげも剃ってもらった!」
家では、がんとしてお風呂に入らなかったのに・・・

「ゲームをして、3等になったど!」
おじちゃんが、ゲームした?!

「歌も歌った!」
夕飯終わってごちそうさん、というなり、いきなり歌い出した!まるで押さえていたふたが、ぽんっ!と取れてしまったように、こぶしの利いた歌が出てくる出てくる。

「メシもうめど~(おいしいよ)」
ぺろっと全部食べたらしい。

「運動もするど!」
と、戦時中の教練みたいなのを、やってみせてくれた。

楽しいね、と聞くと
「ん!たのし!まなぶさんやさとしさんは、なんで、あんげ、楽しいところ、いかんちゃろかなあ。あたれ(もったいない)が」
おじちゃんご指名のおふたりさん、まだしっかりしていらっしゃるので、行きたくとも行けないのよ。

おじちゃんは行ってもいいって、市長さんが選んでくださったのよ、というと
「そうかあ」
と嬉しそうに、全身で笑っていた。

こんなに喜んでいただけるなんて、なんでもっと早く手続きしなかったんでしょうね。
来月からは、お泊り保育、じゃなくて、ショートステイに挑戦してみようね。


デイサービスデビュー

隣家の85歳のおじの介護認定がおりた。『要介護

先週グループホームに入所したおばは『要介護

それより、誰が見てもずーっと認知症がすすんでいるから、4ぐらいかな、と皆で話していたのに、!なんでよ?よくわからんなあ・・・。

でも認定されたことで、居宅介護支援のサービスが、晴れて受けられることになった。

金銭的な兼ね合いやおじの日常を鑑みて、まず通所介護(デイサービス)を使ってみることにした。デイサービスセンターで、食事・入浴・機能訓練がうけられる。

なにが問題って、おじがそこに行くか?ってこと。

だいたい敷地内からほとんど出たことないし、風呂に入るのは嫌いだし、人と交わるのも得意じゃなさそうだし、人の言うことは理解なかなかできないし、表情もあんまりないし・・・多々あるマイナス要因をかかえつつ、昨朝9時、迎えのバスに乗せた。

そして、4時過ぎ・・・上機嫌で戻ってきた!

「た~のしかったど!」だそうだ。

風呂も入った。鬚もそってもらった。つめも切ってもらった。めしもうまかった。ゲームもした。毎日行ってもいいど。

声をあげて笑い、表情が、高砂の翁のように柔和になっていた。

おまけに「同級生もおったが、ありゃよぼよぼでだめじゃわい」・・・そのひと、おじちゃんには言われたくないと思うよ・・・

 

 

 

 

 

 

 

一方通行

いつものとおりセルフのガソリンスタンドで給油し終えて、いつもの道に出て、いつものとおり左にウインカーをつけたら、

「一方通行だろ。右しかいけないぞ」と助手席の夫が言う。

え~っそんなばかな!と顔を上げると、目の前に、大きな右向きの矢印の標識。

「なんでえ?いつのまにこんなの立ってたの?知る限り見たことないよ」と言ったら

「おれは知る限り、この標識がここに立ってた」

考えたら、もう何年もの間、なんのさしつかえもなく(私はだけど)、左に出て、大通りにつきあたり、信号待ちして行列している車の間を「はいはい、ごめんなさいよ」と堂々と割り込んで、我が家に戻る道をひた走ってきた。

だ~れも、教えてくれなかったし、おまわりさんにも出くわしたことなかった。ラッキーというか、知らぬが仏というか・・・

かなり遠回りになりますが、今度から右に出て、お家に帰ります・・・。

 

 

グループホーム

ようやく介護の認定がおりた隣家のおば。結果は・・・『要介護

思ったより、痴呆が進んでいると評価をいただいた。ありがたいやら、なんやら・・・

で、次の段階は、施設をどこにするか、である。

選んだのは、「グループホーム」

痴呆は進んでいるが、普段の生活は、介助があれば、なんとかやっていける人たちを、家族のような形で、見守っていく施設。お料理をしたり、お洗濯ものをたたんだり、近くの保育園や小学校のお子さんたちと遊んだり・・・お世話好きで、すぐお友だちができて、お料理上手なおばにぴったりだと思ったからだ。

たまたま昨夜のNHKの番組『プロフェッショナル』を見たら、認知症介護のプロフェッショナルとして、グループホームの代表をされている大谷るみ子さんがお話をしていた。

認知症になっても人はおだやかに暮らせる。お年寄りの皆さんは、歩んできた人生をリュックサックにつめこんで、グループホームにこられる。その荷物を少しずつ取り出してあげる。ひとりひとりの心と向き合うのが大切。介助が仕事ではない。心をかけることが大事な仕事。認知症になると、とても不安なもの。行動障害は、その不安を必死で何とかしようとしている表れ。認知症がすすんだ人でも、向き合えば手ごたえはある。

それを聞きながら、私は30年前のことを思い出していた。

祖母は痴呆が顕著になり、家で見ていた母は疲れ果て、施設に入れないとどうにもならなくなっていた。ようやく見つけた病院は、都心の家から3時間以上かかる八王子。費用は月20万円。サラリーマンの父は「お金がいつまで持つかわからないが、しかたがない」と祖母を送り出した。

しばらくして、病院に見舞いにいった。

家では歩いたり、しゃべったりしていたのに、そこには、ベッドにつながれ横たわり、ことばも忘れ、うつろな目を天井にむけている祖母がいた。

それから2ヶ月後、祖母は家族に看取られることも無く、息をひきとった。

あの時もっと祖母の心とむきあっていれば、あの時グループホームがあれば、あの時介護保険があれば・・・

今認知症が進んだ隣家のおじおばのことで奔走している私は、彼らの残された日々を、人としての尊厳を保ち、少しでも心地よく過ごせるようにするにはどうしたらいいか、を常に判断の基準にしている。

祖母がそうしてあげなさいと言っている気がして・・・

 

 

 

 

 

 

家に帰らせていただきます

介護の認定を待っている隣家のおじ。申請から1ヶ月たとうとしているが、まだ結果がこない。

私たちが住んでいる市は、年寄りがどやつといて、毎週水曜日の審査会には、30件とか40件とかの認定をくだすのだそうだ。

待つっきゃないもんね。

おじの痴呆は、この1ヶ月こくこく進んでいるような気がする。

あんなにきれい好きで、朝起きたら、まず敷地の内外を問わず、道を掃く(宮崎弁だと、はわく)。一通り終わったら、新聞を取って来て、神様や仏様にあげるお茶やご飯のしたくをする。それから自分の朝食。

天気のいい昼間は、庭の剪定や草むしり、畑の世話で日がな暮らす。冬といえども、宮崎は緑は豊か。

・・・という一日のルーティーンが、まったくなくなった。ただ、無気力にこたつに入っているか、もの探しをしているか。

1週間ほど前から、おかしな行動がはじまった。

「家に帰らせていただきます」と、帽子をかぶり、靴をはいて、とことこ家を出て行ってしまう。隣(といっても田舎なのでけっこう距離があるが)の家のあたりまできて、たぶん自分がどこにいるのだか、わからなくなるのだろう。ぼーっとたっている。たまたま通り掛かった人がいると、連れて帰ってきてくれる。

それが、毎日。

「なんで自分ちってわからんごつ、なったっちゃろ?」と実の妹あらんだまばーちゃんはじめおばたちは、首をかしげる。

「おとっさんやおっかさんの写真見せても、自分ちって納得せんよ」

といいつつも、嫁に行って以来、農業を働きづめに働いてきて、実家に帰ることもできなかったおばも泊りにきて、兄弟そろって、仲良く食卓をかこんでいる。

「こんなときがくるなんて、夢にも思わなかったね」

おじの介護が、思わぬ幸せな副産物を生んだようだ。でも、肝心のおじは、ばーちゃん以外の3人の妹たちが誰だかわからない。

「妹はおるが、そんげばーさんはおらんど」・・・やれやれ・・・

 

母指伸筋腱鞘炎

またもやなってしまった腱鞘炎。

今度は右手。いつも悪くなるのは冬なのよね。

そんな手を酷使したつもりも(してるか)なかったのだけど、先週がっつり図面と格闘して、週末、隣の年寄りの家の片付けが効いたのかもしれない。ごみ袋が15こ!粗大ゴミが車で2往復分!重かったものね。

今回の治療には、姑あらんだまばーちゃんのかかりつけ、鍼灸院に行きました。

1、2本針をさしてもらったら、この痛みが消える、ぐらいの簡単な気持ちで行ったら・・・

まあ、痛かったことよ!

1本2本どころか、右の人差し指の先から、首筋まで50本ぐらい使ったでしょうか。細い針なのに、どうやって刺すのだか、まるで釘を挿すようにぶすっ!、そのあと、かなづちでごんっ!と打ち込むが如く・・・そこは痛いんだってばっ、というところに、思い切りよく、間髪入れずに、刺し込まれていきます。

針刺し終えたら、赤外線で暖められながら30分ほどお休み。”拷問”のあとで声も出ません。腕を少しでも動かすと、つぼにあたるのか、再びずーんと忘れていた痛みが・・・。

今日で3回目。なんにもしないでいたら、すぐ直るのかもしれませんが、パソコンは使うし、鉛筆は持つし、ハンドルは握るし、明日は週末なのに出社せんと。直る予定もたちません。

ばーちゃんは、この痛みに毎週耐えているから、元気におつりがくるんだということ、深く理解しました。

恐るべし、姑あらんだまばーちゃん!嫁はとうに負けた!

 

 

 

 

世界にひとつ

私の香り.jpg

若い頃は、海外旅行に出ると、免税店で化粧品、バッグ、パフュームが定番のお買い物。

年をとるにつれて、その元気もなくなり、というか、特にパフュームが、純日本人の私には合わないことが、よーくわかってきた。

何年か前、お誕生日のプレゼントと、ルームフレグランスをいただいたのだが、それが意外にいい香り。じゃかじゃか事務所でも自宅でも使っていたら、あっという間になくなった。

同じのを欲しいと思っていた頃、アロマをやっているほのかさんと出合った。残り香しかないビンをくんくん嗅いでもらったら、「これ人工的な匂いね」「・・・・・・」

「あらんだまさんの体調にあった匂いつくってあげるっ!」

一瓶ウン万円だかするアロマの小瓶を次々取り出し、Oリングで私に合った香りを選んでいく。そのなかから何種類かを選び出し、ちいさな容器に、てちってちっとたらす。

出来上がったのは、京都のお寺のお庭をイメージさせる香り(と勝手に私が思った)

先日、また作っていただいたら配合が違って、今度は、九十九里浜から太平洋を望んでいる香り・・・

ってどんなんだって?くんくんにし、いらしてください。

 

 

認知症と介護と老人ホーム

先週の木曜日、脳梗塞で救急病院に運ばれた78歳の隣家のおば。

集中治療室で「年な方は、入院中に認知症になることがあります」といわれたが、まっさかあ、このしっかりしたおばちゃんに限ってあるわけないじゃん、とたかをくくっていた。

そしたら、だんだんだんだん・・・あれよあれよと・・・ほんとうに言動がおかしくなって、夜は一晩中”ハイ状態”。つきそいが必要になってしまったのだ!

詳しく書くのは彼女の尊厳にかかわるのでやめますが、つれあいのおじのまだら○○なんて、かわいいもの。お見舞いに来てくださるお友達や親戚も、首をかしげるようになった。

脳梗塞のほうは完治したから退院はできるのだが、もう普通の生活は無理。ましてまだら○○のおじちゃんの世話なんて!

彼らにお金はいくらあるのか、年金はいくらあるのか、今の介護保険のシステムはどうなっているのか、介護つきの老人ホームはあいているのか、入れさせてもらえるのか、いくらかかるのか、介護の認定はおりるのか、だれが彼らの財産を管理するのか、彼らのお金を出入れすることに親戚連中はどう反応するのか、なんと言って老人ホームに入ることを彼女に説得するのか、などなど・・・1週間前は予想だにしなかった現実を、いきなりつきつけられました。

彼ら同様子供のいない私たち夫婦、今から準備していかんと・・・老後は目の前・・・

 

 

 

役を引き受けるか

毎年この時期、来年度の役員決めの水面下の動きが始まる。

「ねねねね、あらんだまさん、お願いできないかなあ~」と言われたのが、ふたつ。

役を引き受ける、というのは、ほんとうのところ面倒くさい。

「ふたつきに1回出席すればいいのよ」と言われるが、会のひとたちへの連絡やスケジュール調整、に時間をとられ、皆さんの意見(というより勝手な言い分)の取りまとめ、に下げんでもいい頭をさげることになる。

でも、そういうなかから、自分の調停能力を見出したり、思わぬ人脈とつながることもある。

引き受けるか否か、と思い悩んだけど、ふたつとも、まっいっか。

仕事もめいっぱい、おじおばの介護も入り、お役もふたつ。じゃどこで手を抜くか、といったら・・・とーぜん家事!

ダーリンっ!頼むねっ!

魚屋さんの矜持

魚ヘンの字の読みが、幼いときから得意だっためいっこ。

彼女が学んだ場所は、文字通り、魚屋さんの店先。墨黒あざやかな、それはそれはみごとな字で書かれた、お魚の値段の札で覚えたそうだ。

書いたのは、そこの店主、まつうらさん。みごとなのは字だけでなく、夫婦ふたりの店先には、絶品の魚しか並ばなかった。

先日、ある会食で久しぶりにお会いした。82歳になられ、歯はだいぶもげたが、色艶のいい、丹精なお顔は、昔と変わらない。ぐびぐびと焼酎を流し込み、出されたおさしみをつまみ「まあまあだな」

舅あらんだまじーちゃんは、生前まつうらさんの鯵かしびのさしみしか食べなかった。あるとき、店休で別のところからばーちゃんが調達し、まつうらさん風にアレンジして、食卓に出したら「ん?まつうらさんも、こげな魚を仕入れることがあるのか」と一切れしか食べなかったそうだ。

「包丁を研ぐところから、仕事は始まる」ん~なるほど。

「さしみはな、つまの大根も食べんといかん。魚だけでなく、大根も心を込めて切っているからな」切れない包丁は許せなかったらしく、ばーちゃんをはじめ、ひとの包丁も砥いでやっていた。

酔っても乱れず、うんちくは、魚にとどまらない。宮崎の歴史、神話の話、文学の話、植物の話・・・

宮崎の片隅で、小さなお魚屋さんを長年営んできた、ごくごく普通のご隠居さんなのに、一本筋のとおった、粋な生き方を見せていただいた。

まつうらさん、どうかお元気で・・・

21歳の別れ

おとといの夕方、21歳の青年が交通事故で亡くなったと連絡が来た。

彼の名前は、児嶋森次郎くん。福祉の大学に通う3年生。

彼のお父さん児嶋草次郎氏は、息子の大学進学が決まったとき、ほんとうに嬉しそうにお話をしてくださった。

児童福祉施設「石井記念友愛社」の園長であり、日本初の孤児院を創設された石井十次氏の血縁として、我が子が、自分と同じ道を歩こうとしているのを、頼もしく、また誇りに思っていらっしゃるのが、言葉の端端からわかった。

あと1年で、お父さんの片腕となっただろうに・・・。

 

初めて森次郎君と会ったのは、彼が小学生5年生のとき。温厚で利発、とても読書家で、友愛社に預けられていた同じ歳の甥とは、比べ物にならないくらい、大人だった。甥が彼のいい影響を受けることを期待したが、世の中、小説のように運ばないものだ。

甥はいま、大学もやめ、神奈川県のうすよごれたアパートで、方向を見失っている。

今日の御通夜に帰ってくるというが、森次郎くんや草先生の無念を、君はどう受け止めるのだ・・・。

成人の日のお嬢さん

今日は成人の日。

私の成人式は、まだ1月15日!と決まっていたころなので、毎年日が"動く"成人の日”は、なんだかお尻が座っていないようで、どうもいかん。

とは言っても、20才になったみなさんには、心からおめでとう!

成人式から30年以上たつとわかるのですが、両親、祖父母、兄弟、親戚、先生方、友人、多くのひとたちのおかげで、20才になれたのよ。自分ひとりで大きくなってと思い込んでいる年頃ですけど。私もそうでした。

 

成人式には着物なんかいらない、いつも袴はいているし(剣道やっていたから)、と言っていたのに、付き合いだした彼(今の夫)に見せたくて、直前に母と銀座のデパートや呉服屋さんを駆けずり回って、総絞りの着物と錦糸の帯を買ってもらった。

当日、朝早くから美容院、成人式は赤坂日枝神社、そこでお祝いのお餅たらふく食べて、彼に迎えに来てもらって、寿司屋でにぎりをばくばく食べて、日本酒飲んでご帰還。

父に叱られたこと叱られたこと。家で写した着物姿は、あまりにもぶすーっとしているので、処分しました。

今考えると、両親の思いを台無しにしてしまった申し訳なさでいっぱいですが、当時は「デートしてきてどこが悪い!」ってなところでした。しょうもない娘で・・・

 

成人式のお嬢さん.jpg

ここに写っているお嬢さんは、私と違って、心のやさしい家族思い。ブログ仲間のほのかさんのお嬢さん。おかあさんのほのかさんが着せた着物だというじゃありませんか。お写真とられていただきました。

きれいにお化粧した目のふちを、何度もハンカチでぬぐっているので「泣いているの?」と聞いたら「笑ったら涙がでてきて」

「いいよねえ、若いと。笑ってもしわができないもんね」

一緒に居合わせたヒカリねーさんも、我が子を眺めるほのかさんも、妙なところに感心しているおばさん連中でした・・・。

 

 

ピラティスでナイス!

ピラティス.jpg

私の日常生活。ごみ出しは車で。買い物も車で。回覧板も車で。歩くといったら、狭い事務所と家の中。一日の総歩数180歩ぐらいじゃないか、なんてことも往々にしてある。

ウオーキングに出るとしても、土曜か日曜。体力の衰えが気になる昨今、そんなもんじゃ追いつかないこと、ひしひし感じていたときに出会ったのが、NHKの「まる得マガジン」のピラティスレッスン。

仕事帰りにスポーツクラブで運動は、自慢じゃないが、絶対続かない。だって着替えるのが面倒なんだもの。

ピラティスは、家ででき、難しくもなく、動きがゆっくりで短時間ですむのに、効果を実感できるげな。

・・・というので、早速DVDを購入しました。

講師のプロテニスプレーヤー伊達公子さんのやっているとおり(をまねて)体を動かすこと40分・・・あいたただの、足がつっただの、そんなに何回もできるか!だの、ひとりで大騒ぎしたけど・・・翌朝、なんか体が軽いじゃありませんか。

スムーズに連続した動きができるようになると、わずか10分で終わります。これを毎日寝る前にやって・・・365日後が楽しみ!

 

 

 

光の輪に包まれて

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「今年はボランティア的活動をするとき。周囲の人たちと声をかけ合いながら進むと、大きな光の輪に包まれるように不思議な加護を受けられます」

これが、今年の私の運勢と、出ていた。

迷ったときは、ひとりで考えて行動しないで、このことばに従って、周りの仲間たちと考えて、進んできた。

昨夜は、宮崎の自主勉強会『そのまんまDE委員会』の忘年会。

それぞれの先約の行事と重なって、来られないひと多かったけど、それでも半数ほどの13人が参加。

すてきな会場を、仲間のきらりんこさんに貸していただき、シェフのおいしいお料理で、グレードの高い忘年会となった。そして、みんなが大きな光の輪に包まれているのを、感じた。

来年また 『みんなでよくなる』 ように、がんばっていきましょうね!

イルミネーション撮影は難しい

だいたい、デジカメのシャッター押すしか脳がないのだから、無謀といったら無謀なのですが、

ITリーダー仲間のりたまごのりこさんのご自宅が、おもいっきりピカピカというので、撮影にお邪魔しました。

ご自宅で結婚相談所をやっていらっしゃるだけあって、きれいに飾りつけがされています。

おもむろにデジカメを取り出し、ベストショットを夜景を撮るにあわせて、シャッターをきるきる。

画面を覗くと、なんかあやし~。ぶれていそう・・・。まっいっかと、また数枚シャッターをきるきる。

「上手に撮れてたら、このブログのトップにするねっ!」とお約束しましたが・・・ご覧のとおり、残念ながらトップにはできかねる作品ばかりでした。

こんな写真載せるのもどうかと思いましたが、撮ったよ、という一応証拠ということで・・・

イルミネーション.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お粗末でした・・・。

招福の男が造る門松

宮崎で販売の門松.JPG

今年も残り少なくなりました。

振り返ってみると、毎年のごとく怒涛の1年だったには違いありませんが、ものすごく”つき”のある日々を送っていたように思うのです。

どこらへんから、そうなったかと考えてみますと、家をリフォームしたあたりから、確実にそう感じるようになりました。

磨いても磨いてもとれないカビや水漏れに悩まされたお風呂を直し、寒いキッチンや、ごろごろ大好き夫の居場所を直したら、仕事から疲れて帰ってきても、ふたりの気持ちがとても安らぐようになりました。そうなると、陽転思考できるようになり、それがよかったのかもしれません。

コーディネイトしてくださったのが、有限会社粋(こだわり)の家の重面さん。通称しげちゃん。

彼は実にポジティブ・パーソンで、スカッとした好青年。そういう人間には自然と福が寄ってくるんじゃないか、と夫が申します。ふたりで密かに「招福の男」と呼んでいます。

先日、「粋の家」の前を通ったら、早々大きくてりっぱな門松がおいてあるじゃありませんか!なんか早くない?と思ったけど、この事務所には、クリスマスツリーより似合うの。

それにどこかなつかしいのは、子供の頃、祖父が職人さんにお願いして造っていただいたのと、感じが似ているからでしょうか。

「どしたの?これ」「造りました」

「誰が?」「僕です」

「どうやって?」「日南から孟宗竹切ってきて」

「どうすんの?」「撤去まで一式で売ります!

造園畑出身の彼は、こんな粋でセンスのある門松も造ってしまうらしい。

彼の造った門松、お店の前に置いたら、きっと来年は、大きな福を呼ぶと思うな。

 

遠くへ行けば行くほど、お金を出せば出したほど

私が大ファンのメールマガジン【二代目社長の掟!-今日の教訓-】の発信者 二条彪さんが、よく言われているのが

「遠くへ行けば行くほど、自腹を切ってお金を出せば出したほど、得るものは大きい」

”しぶちん”ではないけど、歳とともにどんどん”出不精”になっていく私、そうかもなあ、とずーっと考えていた。

宮崎で自宅と事務所の往復ばかりでは、井戸の中のかわず、になってしまうからね。普段会えないいろいろな人と会って話をしてみようかな、と思ったのが、先日上京した、みっつめの理由。(ひとつめ仕事、ふたつめ美術館)

ポータルサイトサミットin静岡で、いろいろなところから来ていた方たちと、話ができたのは、目的を同じゅうしている同士意識で、勉強になった。

15年ぶりで会った、東京を拠点にマーケティングの仕事をしている幼馴染との会話は、ものすごく刺激になった。

高校の同級生たちと、銀座のホテルでのお食事は、背筋がしゃんとなる。

ビルの谷間を早足で歩くことも、電車を乗り降りをすることも、どこまでも続く地下道で人にもまれることも、デパートのウインドショッピングをすることも、”宮崎県人”の私には、今や新鮮な感覚となっていた。

二条さんの言われたとおり、得たものは大きかったね!

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誕生日と笹団子といずれのんびり暮らしましょう

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22日は私の誕生日。いくつになったかは聞かない。

毎度のことで、夫は居たためしがないし、いまさらプレゼントくれる人もいないので、自分で笹団子かあさんから、笹団子の詰め合わせを買った。当日着でお願いします!

11時過ぎ、待望の冷蔵の箱が来た。ごそごそ開けてると、「何買ったんですかあ?」

誕生日プレゼント!みんなに分けてあげるね、と言ったら、スタッフ一同「ひゃあ~!」

今回のパックは、栗の笹団子、柿の笹団子(発音が悪くて「牡蠣」に聞こえて、どんな味なのと不安がらせたけど)、ちまきもミックスされていて、宮崎県ではめったにお目にかからない、新潟のお取りよせで、ランチタイムは盛り上がった。

笹団子かあさんからは、おめでとうの真心を頂戴した。彼女もそうだが、この1年、ブログやネットを通じて知り合いが一気に増えた。県外の方は、お会いできるのはまれ。でも暖かい言葉で、みなさん、日々、私を支えてくださっている。本当にありがたいことだ。

夫からもメールメッセージが届いた。「あまり無理をしないようにして、いずれのんびり暮らしましょう」

そうねえ、いずれね。でも、また怒涛の一年が続くのは、想像に難くありません・・・。

読書の秋

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12月から、商工会議所主催で、新たな勉強『こみやま塾』が始まる。

込山民子さんが講師。全国的に大人気で、お願いしてもなかなかきていただけない(らしい)

先日プレセミナーがあって、受講するには、それまでに本を読んでおいてね、と12冊!示された。

受講するしないは別として、とりあえずアマゾンから買って、昨日で全部そろった。今まだ、積んで眺めているところ。

なぜ、この本を彼女は指定したのか、中身もさることながら、そこも探りながら、秋の夜長、今夜から読み始めないと、終わらない・・・

他にも積み上げてる”読書の秋の山”が、ふたつもあるし・・・おつむが、もうひとつ欲しい・・・時間も、もうひとり分欲しい・・・

帯状疱疹には、吹く

姑あらんだまばーちゃんと夫と3人で、昼ごはんを食べにいったとき

「脇の下やら痛くなって、サロンパス貼ってみたんだけど、直らないから病院に行ったのよ。そのときは原因がわからなかったんだけど、うちに帰って、もう一度痛いところをよくみたら、2センチぐらいに紅くなってたの。あっは~んってわかったの。帯状疱疹よ。ふふ」

「ふふって、それでどうなったの」と私

「もう一度病院に行って、薬をもらって、今飲みよるよ」

「いーなってきた?」と夫

「まだ。40年ぐらい前、同じのが首の下あたりにできたとき、じーちゃん(彼女の連れ合い)が、焼いて作ったちゃんとした包丁持ってこいっていうの。」

「ん?なんで?」と私

「出刃包丁があったので渡したら、刃を帯状疱疹のところにあてて、ごにょごにょおまじないを言って、最後にふっふって、吹いたの」とじーちゃんがしたであろう、動作をしてみせた。

「帯状疱疹には、吹くとよ」と、おもおもしくばーちゃんは言う。

「で、どうなったの?」と半信半疑の夫

「二日たったら治った」

「あ~ん?ほんとかしらん?」夫と私

「ほんとよ!あとで、なんといいなさったとですか、とじーちゃんに聞いたら、てきとーよって」

「てきとーっ!?」

小学校の校長まで勤め上げ、謹厳居士を絵に描いたような舅あらんだまじーちゃんが、妻の帯状疱疹をおまじないで治した・・・

「今は、じーちゃん、おらんからね。病院に行くしかないわね」

「ん~、まあね~」力なく夫と私

なんとも、げしがたい話でした・・・。

粋(こだわり)の家のこだわりのトイレ

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ホームページ作成の勉強会をしている『そのまんまDE委員会』特訓コース。

先日会場は重面さんの会社、粋(こだわり)の家

入ると、木のいい香りがする。手ごろな会議室で、持ってきたノートパソコンをひろげて、先生の長友さん、受講生のみなさん、アシスタントのひとたち、授業開始。

うちの事務所を使わなかったので、みなさんがやっているところから、少し離れて、隠れて会話を聞いていた。

すると、次はどうしたらいいか、何が足りないか、誰がどうわからないか、がわかってくる。

「今日お休みの○○さんは、ここがわかっていなかったから、次回アシスタントする人、教えてあげててね」なんて話もしている。

いつの間にか、お互い助け合える、成長した勉強会になっていた。嬉しいっ!

さて2時間ばっちりお勉強が終わって、会社の主しげちゃんが、コーヒーを入れてくれた。美味美味!

だれかが「ここのトイレ、すごいよお」

の声に、女性陣、どれどれと大挙して見に行った。

う~ん、さすがもみの木を推奨し、バリアフリーの住宅を提唱する粋の家。

車椅子でも入れる床の高さとドアの開けたて。

壁はもみの木なので、とてもさわやかに感じられる。

インテリアは、奥様のアイデアかしら。明かりの使い方がすごくすてき。

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トイレの前で、あーでもないこーでもない、と話が弾むなんてことは、あんまりないよね。

 

 

おうちに帰りたくない

昨夜「あっ忘れてた」と買いに行ったのは、ねこのごはん。

1袋80グラム59円が、いつの間にやら69円!夜な夜な尋ねてくる、」2軒先のたにぐっさんちのにゃんこ、モコちゃんの夜食用。別にたにぐっさんに頼まれたわけでもないけど、当たり前の顔してくるからね。用意しとかんと。

本家でも、もちろんちゃんとごはんを食べているだろうに、"別宅”の我が家でも80グラム完食!

ご飯を食べるだけでなく、最近は帰るのをいやがるようになった。

なぜなら・・・リフォームしたもみの木の床が、ことのほか、お気に入りになってしまったから。

あっちでころり~、こっちでころり~、毛つくろいが始まって、気持ちよく身もだえして、いつの間にやらすやすや・・・私たちが食事をしようと、お風呂に入ろうと、歩き回ろうと、全く自分の世界に入っている。

「モコちゃん、もう寝る時間だからおうちに帰ってよ」というと、片目だけちらっとあけて、知らん顔。

「モコちゃん、こっちにおいでえ~」とおこして玄関までせかすと、そこでまたくるっと振り返り、かくれんぼ。

先日は、夫が、ほっておけ、というのでそのまましていたら、夜中の2時半に、やっぱりおうちに帰るが始まったけど・・・。

お彼岸に来た姑あらんだまばーちゃんも、「明るいし、足ざわりがいいねえ。今日は泊っていこうかなあ」

人間だって気持ちいいもの、ねこはもっとよさがわかるよね。

おうちに帰りたくない.jpg

 

 

台風13号来る

事務所のなかで、一番遠くから通っている私は、昼過ぎたあたりから、

「大丈夫かな、帰れるかなあ」

と話をふっていたのに、みんな知らん顔して仕事に没頭。

親分の私がみんなをうっせて(捨てて)帰るわけにもいかず・・・ようやく待望の5時半!退社時間!

「ほれほれ早く帰りなさい」と女性スタッフや研修生を追い出し、もっと残るといっている連中をほったらかして、私は帰ります。

無事つくかな・・・家は無事かな・・・あす出社できるかな・・・

 

新築にへんし~ん!

粋の家の重面さんお勧めのもみの木を使って 「癒しの家にしようよ」と、お盆明けから我が家のリフォームが再び始まった。

総括の重面さんが連れてくる大工さんも、配管やさんも、建具やさんも、電気屋さんも、防虫やさんも、みんなまじめで信頼がおける。

と、特に感じるのは、田舎にすんでいると、怪しい業者さんが「ちわ~」と怪しく来て、目玉が飛び出すような値段を年寄りにふっかけるの、目の当たりにしてきたからね。

今回のリフォームの主役”もみの木”を扱うのは、大工の棟梁の息子さんのたけちゃん。この人がまた丁寧な仕事をしてくださったので、築28年の中古住宅は、みごとに新築にへんし~ん!

やさしい香りといい、踏みしめた足の裏のやわらかさといい、気持ちも体も癒されます。

8月31日に我が家で開いた、もみの木製材所の社長さんの展示説明会、見えたご夫婦は、身を乗り出し、いいないいなを連発してた。

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「風呂も洗面も直したから、家でのんびり、もうどこの温泉にも行かなくていいなあ」と夫は大満足。

そうねえ、毎月ふたりで黒川温泉に1泊で行ったとして、3年分は払ったもんね・・・

 

 

 

月下美人

なんのへんてつもない月下美人。ついなん日か前、今年初めてひとつ咲きました。

事務所の隣家のおくさん、としえさんからいただいた鉢植え。今年は特別な思いがあります。

 

お隣とはお菓子やくだものなどを持っていったり、いただいたり。立ち話に時間をついやし。ふくよかな彼女は、冬でも暑いわと、ムームー姿で、寒がりの私はいつもびっくり仰天でした。

窓から聞こえてくる彼女の透き通った笑い声は、ほんとうにくったくがなく、それに救われた人、どんなに多かったことか。

なのに春先、76歳で急逝。火の消えたような寂しさになりました。

 

それを知ってか、月下美人は去年のように、次々に花をつけません。

やっと咲いたひとつ。

月下美人.jpg

としえさん、天から見える?いい香りよ・・・

 

 

 

お勧めの本はありますか?

「お勧めの本はありますか?」と小竹さんに尋ねたら

にこにこしながら「この本読みました?」と取り出したのが『金持ち父さん 貧乏父さん』(ロバート・キヨサキ&シャロン・レクター著)

小竹さん、笹団子母さんこと小竹佳代子さん(新潟県柏崎市 株式会社小竹食品)は、自社のネット販売を飛躍させただけでなく、その経験をおしげもなく、日本国中で講演している。震災で大きな被害にあっても、負けなかった。

彼女と話をして、その熱き心や、カッコつけず自分の流儀を貫く姿勢に、気持ちを動かされた人は、きっと数え切れないだろう。

その小竹さんが、「あらんだまさん、まだ読んでいないなら、ぜひ読んでみて」と勧めてくださったのに、あれから何ヶ月たつだろう。私はせっかく自分で聞いておきながら、買うこともしていなかった。

うちの会社の第20期が来月で終わる。期末を目の前にして、本業もさることながら、私が細かく気を配り、考えなくてはいけないことが山ほどある。

考えるのに疲れて仕事帰り、ふと本屋に寄った。

なにげなく視線を移した先に『金持ち父さん 貧乏父さん』があった。小竹さんが笑顔で「読んでみて」と言われた気がした。

 

押しても引いても蹴飛ばしても開かない扉の前で、長年たちつくしていたのが、突然ぎーっと静かに開いた・・・そうか、そう考えればよかったのか、と。

小竹さん、今度お会いしたとき、どう考えながらお読みになったのか、聞かせてください。そしてまた「お勧めの本はありますか?」とお聞きしますね。それから・・・あんまりがんばりすぎないで・・・。

 

 

 

再びリフォーム

もこちゃんの好きなもみの木の床.jpg

5月に自宅の風呂場と洗面所のリフォームをしたとき粋の家の重面さんは、余ったもみの木をちょいと使って、台所の床に点検口を作ってくれた。

毎日、夜食を食べにはるばる遠征してくる、2軒隣のでぶねこもこちゃん。なぜかこのわずか40センチ角のスペースが大好きで、(ころっとすると、はみでるのだが)ここで2時間ほど休んでから、おうちに帰っていく。

ねこでも気持ちいいと感じるもみの木、いっそのこと台所の床と壁もそうしちゃおか。大っ嫌いなゴキブリも出なくなるって言うし。だいたいこの1角だけ”異質”なのは、なんか落ち着かないし。

それならついでに、居間ももみの木の床にしたら、空気が清浄化され、一日の疲れを癒す空間となるだろうし。

もっとついでに、庭に面した2間の廊下に置いてあるグランドピアノ。床やピアノを取り巻く壁をもみの木にしたら、庭からの湿度が調整され、ダメージが少なくなるだろうし。

・・・いいかもっ!

「ねねねねっ、リフォームしていいよね、ダーリン!」

と有無を言わさず、うなずかせたら動きはすばやい。

重面さんに「8月中にお願いっ!やってっ!」

かくして再びリフォーム、昨日から始まりました。

さて夏休み

客先も盆休みに入ったことだし、明日から、うちの会社は夏休み。

やることいっぱいあるけど、とりあえず仕事から離れよう。

で、何をするか。

読書だな。

『PRESIDENT』 が山のように積み上げられてる。いつのからかな。読まんと。

とりあえず、その"束"をやっつけて、次は

『ハリーポッター』

それも、先日発行された最終第7巻『ハリーポッターと死の秘宝』

ではなく、その前の第6巻『ハリーポッターと謎のプリンス』

正月に読む予定が、まだなの。

この本、登場人物が異様に多くて、脇に本についてる人物表をおいてじゃないと、おばさんの頭はこんがらがってくるのよ。

 

あっ、読書の前に墓参りがあった!姑あらんだまばーちゃんに叱られる・・・。

 

寝苦しい夜は

安眠グッズ.jpg梅雨のあけた宮崎、暑さとしてはまだちょろい。

でもこれからは、うなぎのぼりでヒートアップしていきます。

昼間は、事務所でどっぷりクーラーに浸っていますが、
家に帰ると、哀しい主婦の習性で、なるべくクーラーはつけたくない。

ましてや寝ながらクーラーは、翌朝の体調もかんばしくないし、どこか罪悪感があります。(親の教えか)

寝苦しい夜を解消できるものはないか、と探したら・・・
ありました!

『安眠グッズ』

お店の人に、このあと入荷の予定は当分ありません、と言われ即購入。
いい値段しました。2人分だし・・・。

その1 ジェルパッド
冷却ジェルの入った薄い敷物を、敷布団のうえにのせて、シーツを敷く。
けっこう重い。
どっこいさ、とおいて、ひろげて、ちょっとためしで寝てみたら・・・
あ~ら不思議。
涼しくて、てふてふしていて、心地いい。

その2 ジェルまくら
タオル地のまくらカバーに、ジェルのシートみたいになっているのが入っていて、そのまま枕に取り付け。
冷蔵庫で冷やしてもいいらしいが、このままでも十分涼しい。


我が家は田舎にあるので、床につくころはものすごく暑くても、明け方寒いくらいになります。

初日、『安眠グッズ』は、その役割を十分果たす以上に、冷やしてくれました。
冷え性の私、冷蔵庫で寝ているのか、というくらい寒かった・・・

道に迷う

初めて尋ねていくところは、自信がないが、2度3度行ったところだったら、なんとかたどり着く。

けさ、久しぶりで隣町の高鍋合同庁舎まで行った。
土曜日、ネットで調べて、プリントアウトした地図持って。

舞鶴城跡を左に曲がるところまでは、ばっちり。

その先は、ちょっと行って、細い道をちょこちょこと入ったら町役場があってそのあたり・・・と
ほそぼそとした記憶をたどって車を走らせるが、なんか違う。

そうだ、地図があった、とごそごそ取り出し、
ぐるぐるまわして、我が位置を確認するが、どうも違う。

家の前を掃除していたおばーちゃんに、
「すみまっせ~ん」と声をかけると、もっとあっちじゃが、と教えてくれた。

えー、そんな遠かったかな、と思いながら、ふとハンドル左に目をやると、なんか動いている映像が目に入った。
カーナビ!

そうよ、追突されて代車に乗ってたんだ!
よく見たら、高鍋町役場って書いてあるじゃないの!!
あらんだまっ!!!

いつも声がするなあと思っていたのは、カーナビがしゃべっていたのでした。
気が散るからカーナビいりません、って愛車につけなかったけど、
こういうときに役に立つのね・・・。

アメリカが来る

アメリカが来る.jpg黒船来航ではなく・・・

あらんだま一族の中で「アメリカが来る」と言うと、姑あらんだまばーちゃんの、アメリカにいる妹一家の誰かが来ることを意味する。

今回は一番下の息子ひでた夫婦が2人の子供とやってきた。
あちらは、学校がもう夏休みだそうだ。

2人の結婚前にアメリカに私たちが遊びに行ったのは何年前?」と聞いたら
「16年!」
それ以来だから、写真で見ていた赤ちゃんは、180センチもあろうかという青年に育つわな。
9月から中学生!ですって!
今夜は10歳の妹と、写真のジャパニーズハウスに泊まることを、とてもとても楽しみにしていた。

物好きにも、彼らは鉄道で旅行をしている。
フラットな土地のオハイオ州とは大違いの、山も海も、同時に車窓から見える景色に見せられているそうだ。

だから、宮崎入りも空港ではなく、宮崎駅。
迎えに行った親戚一同、「ひさしぶり~」とか「はろー」とか「げんきい~」とか、わいわいやっていたら、
見知らぬよっぱらいのおじちゃんが、奥さんのれあちゃんの太い腕に吸い寄せられるようにやってきて、両手でむんずと掴んだ。
きゃあ~っ!」(この叫び声は日米共通らしい)

なんだなんだ、このおっちゃんは?
いったいどこから出てきたの?
なんで、れあちゃんの腕をつかんでいるのよ?(触ってみたい気持ちはわかるが)

と、蜂の巣つついたような大騒ぎになったらしい。

夫のひでたに、そのときどうしたのって聞いたら
「Nothing・・・」

アートメイク

『アートメイク』
先日初めて聞きました。

眉毛のうすい友達と、"目力"のない私は、しきりと営業の女性から薦められました。

「眉毛や目張りを毎日書くのはたいへんでしょう。
だったら3年は取れない『アートメイク』をしてみませんか?
お化粧が楽になりますし、すっぴんのときも、"アクセントのない顔"にはなりませんよ」

平たく言うと、眉毛とまぶたに、タットーをいれるってこと。

なんか痛そう・・・
と言ったら
「子供を生むより痛くありません」

それって比較の対象が違うでしょ!


50歳を目前にしたころ、同級生がタットーを入れてみたいと言いました。
でも、目立つところだと、温泉に入れさせてもらえない。

大学生の息子がいる歳して、何いってるのと言ったものの、
どこか入れてもわからないところはないか・・・
居合わせた友人たちと、深~く考えました。

・・・哀しいかな、おばさんになると、ありました。
3段腹の一番下、皮がかぶさっているところ
もしくは
下がった胸の下・・・
そこなら、背筋を伸ばして立っても、誰も気がつかない・・・。

彼女は、3段腹の下も、胸の下もやめて、ぐいっと眉毛と目張りを入れました。
今から思えば、それが『アートメイク』

私は「夫の許可がいりますので(うそです)」
と断りました・・・。

魔女勢ぞろい

魔女の食事会.jpg大雨の降るおととい、
久しぶりで、宮崎ITリーダー塾の「魔女の会」仲間が全員集合しました。

工具やの娘さんが産休から復活。
ふうちゃんも、「家族団らんセット」の発送が終わってほっと一息。

お勉強会のお話で沸いたかと思いきや、主婦たちが"ファミレス"ではなく、久しぶりに"イタリアン・レストラン"に集うのです。

まして個室・・・。

子育て終了した女王蜂まちゃさんジャムやのヨーコさん、今子育て真っ最中のふうちゃんから、鋭いアドバイスが、工具やの娘さん(もうおかあさんでしょ)に、ぱしぱし飛びました。

特に女王蜂まちゃさんの、微に入り細に入り、身振り手振りもあざやかな子育て奮闘記には、大爆笑!

父親たる男性にも半分子育て義務があるのに、働く女性は、仕事、家事、育児と結局男性より多くを背負うことになるようで、まさしく体力勝負。

つまり、結婚するとき、この男はちゃんと子供の面倒をみるか、それとも"鉄砲玉"になるか、見極めないといけないってことね。
うちのダーリン、きっと"鉄砲玉"だったね・・・。

髪を切りました

髪を切りました.jpgこのタイトルのブログは何度目でしょうか。

一回切りますと、くせになります。

いらいら、もやもやが、1センチぐらい切るだけで、すっきりします。
このペースで切っていくと、夏のころは、刈り上げかな。

若いステキな男性美容師さんに、丁寧に洗っていただいたり、やさしくヘッドスパをしていただいたり、心をこめて肩をもんでいただいたり・・・
それはもっと気分がよくなります。

先日、あまり肩がこるので、「ちょっともんで」とテレビを見ていた夫に申しましたら、
目はテレビから離れず、片足がにゅーと出てきて、かかとで肩をとんとん、頭をとんとんしてくれました。

まったく、この罰当たりがっ!

「粋(こだわり)の家」のこだわり

もみの木1.jpg5月8日のブログ『もうひとつのビフォーアフター』でも書いたけど、
あやしかったお風呂と洗面所のリフォーム、めでたく完了!

(株)粋(こだわり)の家の重面さんのこだわった"もみの木"はどうかというと・・・

天井壁床を、正目ののみの木で囲まれた洗面所に、なぜか足がむいてしまうの。
リフォームするまで、家のなかで一番好きじゃない空間だったのに、
今は一番居たい場所。

昨夜、そのまんまDE委員会でお勉強にきていた重面さんに、
「ねねねね、も一度、もみの木の効果って教えて」
といったら、今日、効果をきちっとつづったメールを頂戴した。

以下抜粋


1. 室内空気
室内の空気がきれいになる。半永久的に放散されるフィトンチッドの中の香り成分(テルペン)により空気が浄化される。
室内汚染の代表的な化学物質であるホルムアルデヒド等はテルペンにより科学分解される。
透明感のある空気環境になり深呼吸のできる部屋が実現できる。

2. 感触 肌触り
直接肌で床や、壁に触れても違和感がなく快適である。
床には適度の弾力があり、歩行時や衝突時のショックを和らげてくれる。

3. 香り 消臭
もみの木は微香性で、特別な匂い意識のない空間がえられる。
室内の生活臭や台所の臭い,タバコの臭い等消臭されて気にならない。
(押入れ、台所、下駄箱やトイレに使用すると効果がわかりやすい)

4. 光 見た目
植物塗装仕上げの床や壁は光の反射量が適当で瞳孔の開きが一定し、 ストレスを感じない。
表情のやさしい床や壁は安心感を得られ、壁に絵やポスターを貼ったり、観葉植物を床に置いても安定したバランスが保てる。
もみの木の壁や天井は経年変化してその色合いは美しい板になる。
もみの木2.jpg


5. 音響
自然界にある音は人にとって大切なものであり、必要なものです。
視界に入るもの、臭いとして感じるもの、肌で感じるものや、耳で判断することが人間力を高める。
楽器演奏の部屋やオーディオルームでの音響に効果的。

6. 湿度
針葉樹は一般的に調湿量が多い。木材の細胞が大きく、成長時に多くの水分を必要とするためだが、いったん乾燥してしまうと大きな狂いも少なく、室内の水分を調湿してくれる。
もみ内装材を使用した部屋の室内湿度は50~60%程度を維持している。

7. 温熱断熱
適度な湿度環境は温度の伝導速度が早い。
一旦床や壁が温められたり、冷やされたりすると蓄熱性能の効果で、床、壁は温度変化が少ない。
空気の入れ替えのため窓を開けた後も元の温度に復帰する時間が早く、省エネルギー効果が高い。

8. ダニ、ゴキブリ、カビ
室内湿度が適当で放散されるフィトンチッドの忌避効果により虫が住み着きにくく、外部より侵入するダニやゴキブリ・菌類が発生しにくい。

9.植物
植物の緑は目に優しく安心感が生まれるが、植物の病気や室内の空気汚染のために枯れたり傷つきやすく、人の身代わりになっているケースが多い。
空気がきれいだと観葉植物が元気!植物は安全空間のガードマンと言える。


・・・てことはですよ、
我が家は、あと台所、居間、ピアノをおいてあるところを、もみの木にしたほうがいってことよね・・・。

ダーリンっ!もみの木の面積が広くなるように、がんばって稼いでちょうだいねっ!

歯医者さん

疲れてくると、最初にまいっちゃう部分はひとそれぞれだが、私は歯。

先月上の右が浮く感じがして、これはまずい、と薬を飲んでとりあえず沈静。

でもけさ、今度は右のあごあたりが傷む。
覚悟を決めて、歯医者さんに行った。

「めずらしくご無沙汰でしたね。調子よかったですか?」
とやさしい目をした先生が、口の中を覗き込んだ。
宮崎にきてからの主治医なのに、先生のお顔は、いつもマスクしているので、未だに知らない。

そういえば、前回の治療は1年以上も前だった。
けっこうハードスケジュールが続いたにもかかわらず、歯の調子が悪くならなかったのは、
はみがきを、おもいっきり高い値段のに変えた、からだと信じている。

「かみあわせでしょうね」
先生は、印をつけたところを削り出した。

終わってから「お掃除しておきましょう」
と看護士さんが、すみからすみまで、文字通り磨き上げ。

終わって椅子からおりたときは、歯のエステにいったような感じで、舌触りはつるつる。
あごの痛みはあるものの、気分はるんるん。

お会計は・・・抗生物質を2回分もらって、4320円っ!
あごのあたりが、ずんと痛くなった・・・。

もうひとつのビフォーアフター

お風呂のビフォー.jpg事務所の模様替えは、機器は宮崎リコー、机椅子などはアスクルから購入し、配置換えはスタッフで、セッティング配線はさとちゃんパパがしたので、"うちわ"で終わりました。

この時期、もうひとつ計画していたのが、自宅の風呂と洗面所のリフォーム。
冬、寒~くて入るのを躊躇するようなお風呂が、そればかりか、あやしく水漏れも始まり・・・
でも、誰にお願いしたらいいか、ずーっと迷っていたのです。

リフォームをする会社の社長や社長夫人の知り合いは多いですが、その人たちが直接手を下すわけではありません。
何が肝心かというと、ちゃんと素人の話を根気よく聞いてくれて、最後まで責任持ってお願いしたとおりやってくれるか。
安い買い物ではないからね。

そうしたら・・・いたの。
身近に、ちゃんと相談にのって、きちんとやってくれそうな人が!

粋(こだわり)の家の重面(しげつら)さん。
ITリーダー塾仲間であり、経営研究塾で机を並べたこともある3児のパパ。

彼は、風呂はゆったりユニット、洗面所を、もみの木で作ることを提案しました。
宮崎でログハウスを作ることを夢みていた夫は、その話、身を乗り出して聞いていて・・・
「決めたっ!ここでやってもらうっ!」

もみの木は、正直安くありません。
でも、50歳を過ぎ、子供もいない私たちにとって、洗面所であり脱衣所が、一日の疲れを癒してくれる効果のあるもみの木で作ってあるって、なんかわくわくします。

昨日から工事が始まり、土曜日には完成!

わくわく、どきどき、ふふふ、へへへ・・・

でも、今夜の風呂、どこに入りにいこうか・・・

黒の輝き

黒のタイル.jpg来月、お風呂と洗面所をリフォームする。
怪しげになってきた水回りをなんとかしたい、というのがメインの理由で、サブの理由は"色"をなんとかしたい。

風呂場につかっている黒のタイル。
舅姑からもらった家だから文句はいえないのだが、一日の疲れを癒す風呂場に黒は、どうしてもなじめなかった。

この家を建てた30年ほど前、黒が大流行した。
黒のタイルは一番値段が高く、黒一色敷き詰めた風呂場のタイルに、我が姿をながめる、がステータス!ということだったらしい。

そういえば、そのころ建てた、もしくはリフォームした親戚の家の風呂場は、どれも真っ黒!

姑あらんだまばーちゃんは、高級じゃなくていいから、と反対したが、大工さんはちょっとは使いたかったらしい。床に柄として、黒のタイルを張った。
だから、我が家の風呂場は、わが身をうっとりながめる、ほどはない。

昨夜、NHK教育でやっていた『美の壷』はお蔵の話。
江戸時代、日本橋にあるお蔵は、江戸っ子の粋を、"江戸黒"という、黒漆喰で表現した。
黒漆喰は、非常に手間がかかるたいへん高価なものだが、それで作られた壁は、陶器を思わせる質感や光沢があり、信じられないだろうが、鏡のように姿が映るのだ。

やっとわかったような気がした。

黒漆喰は無理でも、黒タイルなら、だったのね。
でも、両方に共通する"黒の輝き"はお手入れしないと、出てこないのよ・・・。

献血ルームはどこへいった

献血のおみやげ.jpgけさ、ぱっちり目が覚めて、まっさきに頭に浮かんだこと。
「献血にいこ!」

ばたばた掃除をして、もりもり朝ごはんを食べ、9時半に到着するように、さあ出発。

いつもの道を走り、いつもの駐車場に入れ、とことこ歩いて、献血ルーム・・・
のはずが、ないっ!
どこいっちゃったの?

ひらひらと端が風に舞っている張り紙を見たら、カリーノに移転、ですって。
え~聞いてないよ~

カリーノは10時開店のはず。
横断歩道を渡って、とことこ歩いて・・・
案の定、コーヒーやさんのタリーズ以外はひらいていない。
いやはや、なんとも面倒なことになった、と思っても、ここまできたんだから、まあちょっと本読んで時間つぶして・・・

さて10時、3階の献血ルームに向かったら、私を追い越して駆けていく人たちが何人も居る。
なにか抽選でもあるのかな、とのんきに見ていたら、皆さん、献血ルームに突進している!

なんなのこれ?
今日が移転の初日なのかな?
早いもん勝ちで、何かもらえるとか(おばさんはただでもらえることしか考えていない)

受付に行ったら、もうすでにごったがえしている。
「予約していらっしゃいますか?」
まさか、朝目が覚めて献血にいこうと思ったとはいえないから
「いいえ、でも成分献血したいのですが・・・」

"成分献血"の一言が効いたのか、30分も待たずに献血をはじめられた。

新しいし、前のところより、ずーっと広々している。
きれいだし、待合室も雰囲気がよくなった。
3月21日から移転したそうだが、新聞やニュースを見ているようで見ていない私は、知らなかった・・・。

土日は結構混んでいるが、平日は相変わらず、閑散としているらしい。
お買い物のついでや、エステやエクササイズの帰りにでも、寄る人がふえたらいいのにね。

1時間後終えていただいたおみやげは、移転記念品、コーヒー、パン、そしてコイン。コインはここで売っている自販機のアイスが1個、いただける。
次回のお楽しみにしました。

花見弁当

花見弁当.jpg昨日、日曜日、なのに、なのに、宮崎は大雨でした。

なのに、なのに、となぜこだわるかというと、西都原にお花見に行くつもりでした。
20日、西都原に行ったら、菜の花は満開、桜はあと1週間かなという感じでしたので。

土曜日、あすは雨かも、と思いつつも、もしかすると大丈夫かも、と花見弁当のしたくをしました。
でも、心のどこかに、隙があったのかも。
メインディッシュにするつもりの牛肉、買い忘れた・・・。

毎年花見は、隣家のおじとおば、近所のばーちゃんたちが楽しみにしています。
雨で行けなくとも、せめてお弁当だけは、というので作りました。

ど?おいしそ?

ジュエリーのリフォーム

ジュエリー私が持っているジュエリーは、もともと宝石に興味がないからといおうか、すぐ無くすから買ってもらえないといおうか(結婚指輪もどっか行った!)、この歳にしては極端に少ない。

祖母からの形見の真珠。母から猫目石。夫から唯一!珊瑚(ダイヤモンドはもらえなかった!)

ところがどれもこれも、背丈の高い指輪なので、扱いづらいばかり。何十年と箪笥の"肥やし"でした。

魔女仲間のヒカリねーさんになにげなくちらりと言ったら、「それリフォームしたらいいのに」

ん?リフォーム?

「指輪をペンダントにしたり、指輪の台座を変えて使えるようにするの」

そんなのできるの?!

というので早速、お店に行って、恥ずかしながらの全財産、ならぬ全ジュエリーをご披露。
真珠の指輪は台座をかえ、猫目石と珊瑚はペンダント用に加工していただくことにしました。

「できましたよお~。ものすごくよくなったから」
の知らせに、ふっとんで行きました。

それが写真の品々です。

私の大切な人たちからのプレゼントが、よみがえりました。
今は毎日、"ひのもと"で輝いています。

ジャムやのヨーコさんのホワイトデー企画

ヨーコさんのギフト1.jpg先月のバレンタインデー、愛するダーリンにもチョコを上げなかったので、ホワイトデーにどこぞからのお返しを期待すべくもない。

でもジャムやのヨーコさんがホワイトデーの企画をするというので、ちょっと彼女のhpを覗いてみた。

あらっ!なんか、いいじゃないの!

彼女は、本当に、まじめに、毎日毎日こつこつ努力をする人だ。
毎日毎日進化していくhpを見るのも楽しい。
そして、こんなかわいい、詰め合わせもらえたらうれしいなあ。

出張からダーリンが帰ってきたら、「ねえねえ、買ってえ買ってえー」っていってみよ。
きっと、「自分で買えっ!」ってなことになるだろうけど・・・。
ヨーコさんギフト2.jpg

ほのかさんを尋ねる

ほのかさん作製の香り.jpgときどき私のブログに遊びに来てくださっている、ほのかさん。

ヒカリねーさんのおともだちで、アロマセラピーで、宮城県仙台市で高校時代を送っていて・・・ぐらいしか知らないのだが彼女のブログは、話が多岐に渡っていておもしろい。

どんなひとなんだろう、と思っていたら、たまたま"香り"の話をヒカリねーさんとしていて、「ほのかさんのところに連れて行ってあげる」といわれた。

手ぶらでいくのもなんなので、夫が出張先である仙台駅で買ったおみやげを持って、先週ふたりで出かけた。

行った先は、私も知っている企業さん。
そこの社長夫人でした。
玄関先で「はじめまして」と言ったら、ほのかさん、「あらんだまさん、何度もお会いしてますよ」

・・・・・・よーっく彼女を顔を見たら、夏のころ、ヒカリねーさんのところで紅茶の講義でお会いしていた。
「女性創業塾でもご一緒でした」って・・・私は覚えていないけど・・・宮崎はほんとうに狭いのよね。

さて、香りの話。
好みの香りや、体調などを聞きながら、彼女が調合していった、私の香りは、ローズ、ローズウッド、グレープフルーツ、ラベンダーのミックス。
お部屋にシュッシュして、気持ちをリラックスさせるのに作っていただいたのは、ラベンダー、ベルガモット、サンダルウッド、ローズオットー入り。

先日の魔女の会のとき、みんなが来る前にシュッシュしておいたんだけど、気がついたかな?

タバコやさまざまな異様なにおいが入り混じった営業の人が帰った後も、シュッシュしましたっ!
これ、いいかもっ!

はなむけ

今日は、おいの20歳の誕生日。
母親があっという間に天国に旅立ち、彼は5歳にして天涯孤独になった。

今日まで、たくさんの人たちに、君は育ててもらってきた。
ほんとうに、この15年、長かった。

これからは、がっぷり、人生四つに組んで、まっとうに、生きていきなさい。
失敗を恐れるな。
人様に迷惑をかけるな。
ありがとうの気持ちを忘れるな。
天国でお母さんやじーちゃんがいつも見ているよ。

君にとって”宮崎”は、室生犀星の『小景異情』のふるさとではなく、五木ひろしの唄『ふるさと』のふるさとだ。
つらくなったら、いつでも帰っておいで・・・。

木の精霊

木の精霊.jpg友達から、”ほんもの”の木の精霊という写真が送られてきた。
「この写真を見ると、幸せが訪れる」と書いてあって、見てみたらほんとうにかわいいの。

子供のころ、水木しげるのマンガに『テレビくん』(だと思うんだけど)というのがあった。
昔のブラウン管のテレビは、スイッチを切ると、写っていた部分が中央に向かってみゅーんと小さくなって、ぷちっとなくなる。
その”ぷちっと”から、かわいらしい人というか、妖精というか、妖怪というかが、ぽろっと出てくる。

この木の精霊たちは、その”ぽろっと”に似ていると思った。
ま、幸せが訪れると言うなら、毎日眺めるパソコンのデスクトップに貼り付けちゃえ、とぺっとり貼った。

それから1時間後、送ってきた友達から
「ごめ~ん、それ新種のチェーンメールできた合成写真かもしれな~い。捨てて~」

あのねえ、もう貼っちゃったし、別にたたりがありそうもないし、捨てたほうが撥があたりそうなので、このままにしておく。それよりここで公開するほうが問題かな・・・

つめのお手入れ

つめのお手入れ.jpgヒカリねーさんに「つめのお手入れに来ない?」と誘われた。

30歳代はマニュキュアもちゃんとして、ハンドクリームもちゃんとつけて、と気合入れてお手入れしていたけど、ここ10年あまり、自分の手をまじまじ見たこともない。

気分転換にいいかと思って行ってみた。

「マニュキュアしますか?」と聞かれたけど、家に帰ってお米といで、ぴかぴかしたものがぷか~と浮くのもいやなので、つめをきれいにしていただくだけにした。

つめの甘皮を薬を塗って、お湯に指をひたし、丁寧にとっていく。ささくれも、はさみでちょっきん。
ハンドクリームもつけていないですね、とズバリ言われた。そのとおりっ!

父の手そっくりだ。ごつごつして血管がうかびあがって・・・ピアノをがんがん弾いていたときは、節くれだっていて、関節が異常に太かった。細くなったものだ。

しあげは、つめの付け根にオイルを塗ってマッサージ。においもいいし、手のお手入れって、気持ちがいい・・・。
そうだっ!入院している姉にしてあげようと、かわいいお花入りのオイルを買った。

キューティクルオイル.jpg車椅子に座っていた姉のやわらかい手のつめにオイルを塗ってマッサージ。「いや?」と聞いたら、首を横にふった。よかった。
介護でがんばっている、めいっこふたりにもしてあげた。

ほんのちょっとのことだけど、いつも酷使している手をいたわってもらえるって、女の人にとって嬉しいのよね。
ヒカリねーさん、誘ってくれてありがとね!

お餅が減らない

のし餅.jpg暮れにお供え餅3組とビニールにおしこめたのし餅3枚を隣家からもらった。

いつもはのし餅ではなく、ちいさくまるめた丸餅なのだが、年寄り二人で何軒か分の、正月用の餅を一日で作り上げなくてはならなくて、今年は”丸がのし”になったという。

”丸がのし”になったとて分量は同じ。食べでが、ずーんとあるのだ。

七草がゆの日に、お供え餅をさげ、かびを削って水餅にした。
それから来る日も来る日も、3食お餅。事務所で食べる弁当もお餅を持ってきて焼いていた。

ご飯炊けばいいことでしょうとお思いでしょうが、もったいないというか、焼けばすむお餅のほうが手軽で、飽きた飽きたといいつつ、不精が頭をもたげ、夫が出張中だと、3食お餅になってしまう。

あと夕食で食べたら水餅完了という夕方、おばから電話があって、「お寿司作ったからとりにおいでえ」
行きました!食べました!お米はやっぱりおいしい。

次の朝、最後の水餅を焼いて、朝っぱらからおしるこにしてお腹におさめ、「おわったあ」と感慨にふけ入ろうとした時、はっと思い出した。
冷凍庫をおそるおそる開けたら・・・白く平たい物体がふたつ・・・まだあった・・・

完食するのは、2月第2週目あたりか・・・

母べえ

この字を新聞で見つけたとき、夫はなんと読むかわかるか、と尋ねた。

「かあべえ?」

山田洋次監督の新作「母べえ」の特集では、主演の吉永小百合さんが白い割烹着を着て、子供らを穏やかに見つめていた。
60歳を過ぎても若々しく、相変わらず清楚な美しさが輝いている吉永さんが、お母さんを演じる。

夫は小学校3年で死別した母を、「かあちゃん」と呼んでいた。
しかし、かあちゃんに叱られたとき、すねていうのは「かあべえ」
落書きで「かあべえのばか」とふすまに書いて、消すのがたいへんだったという。

吉永さん演じる「母べえ」のように、白い割烹着を着ていたのは覚えているが、顔はもう思い出せないと、彼の視線が遠くなった・・・。

『よかおごじょ』をぺっとり

まったりさんのお茶袋.jpgお茶を買ったら中身は茶筒にいれて、袋はぽいっ!がいつものことだが、ITリーダー塾仲間のまったりさんから買ったお茶の袋は、あんまり愛くるしくて、捨てがたくなってしまった。

う~んう~んと考え、部屋をながめまわし・・・そうだっ!
と思いついたのが、電話の下に、切り抜いて貼る。

なんでここかというと、愛嬌があるこの絵を見ながら電話をしたら、たとえ深刻な話でも、どこか気持ちに救いがあるかな、と思ったから。

『捨て魔』の異名がある私だけど、考えて捨ててます。

ねこたち.jpgついでに、こんなのもソファーの脇に張ってあるの・・・。

書くということ

書くことは、まったく苦にならない。

文や語がふっふとでてくるのは、子供のころから活字中毒だったからと、半世紀生きて、怖いものがなくなってきた(?)からかな。

ただ、1年間ブログ書いていて、もっとぴったり表現したいことばがあったはずだと、生煮え状態がたえずある。
それを充足するのは、読むことが多くなったビジネス書ではなく、例えば枕草子とか、夏目漱石とか、向田邦子とか、司馬遼太郎とか、奥行きのある日本語にもっと触れること、じゃないかなと思うのだ。

今年の目標の一つは、日本文学を再読しよう・・・。

見守る目

子供のころ、飽きずになんどもなんども読んだ本に『さようなら松葉杖』(リトン作)がある。

アメリカのお話。小児麻痺で施設に入っていた女の子が、小学校高学年になって家に戻ってくる。
それまでは、同じような障害を持った子供たちや、お世話を焼いて下さる人のもとで、わいわい楽しい日々を送っていた。

家に帰ってきた初日、自分のベッドの上にあった着替えの服をみて、呆然とする。
自分ひとりで着替えなんて無理よ。お母さんはどっかにいっちゃうし、どうしたらいいの・・・。
涙にくれていたら、お母さんが部屋に入ってきた。
「よく見てみたの?」
不自由な手で服を広げてみたら、お母さんは、彼女が着易いようにぼたんもない、すてきなのを作ってくれていた。

そして、彼女が着替えるのを、ただだまって手伝うこともなく、そばでみていてた・・・。

そのシーンの挿絵があったわけではないのに、小首をかしげ、手をかしてやりたい気持ちをぐっとこらえ、辛抱強く、しかし温かく見守っている母親のイメージが、今でも脳裏に焼きついている。

1年前、くも膜下出血で手術し入院している姉は、マンツーマンのリハビリのおかげで、介助があれば、歩行器を使って歩くことが、少しずつできるようになってきた。

彼女のリハビリはそろそろ新しい段階に入ってきたらしい。
「やらせるのではなく、本人のやる気で、身体能力を回復させる」

まわりにいる私たちは、それを辛抱強く、しかし温かく見守っていくのが務めだ・・・。

心機一転

あなたの福の神.jpg昨年11月、新潟に行く前に美容院にいったっきりで、自分の頭の面倒を見なかったら、年末、首から上がすごいことになっていた。

腱鞘炎でゴムでしばるのがたいへんだから切ってね、と短くしたはずが、ぼうぼうで、結局ゴムでしばってる。
頭髪の根元は真っ白でおばーさん状態。

ようやく昨日美容院へ。
いつも”美しく”してくれるいのうえさんに「みじ~かくして、わか~わかくしてちょうだいっ!」と言って、あとは椅子に沈み込んで爆睡。

4時間後、メガネをかけてみてみたら、・・・あ~ら!
左右がアンバランスなところが、いまどきのカットだそうだ。

にかっと笑った写真を夫のケータイに『若くなったあなたの福の神よ~ん。壁紙にしてちょうだいっ!』と送っておいた。

心機一転して、今日から当社は新年のスタートです。

あけましておめでとうございます

宮崎はあざやかな青空のお正月を迎えました。
いかがお過ごしでしょう。

ねずみ年ということで、さーふぁーゆうちゃんに、あらんだまおばさんをお願いしたら、思ったとおり、ねずみの着ぐるみを着せられていました。やっぱりねえ・・・。

今年も元気でにこにこ、がんばるあらんだまおばさんでありたい。

みなさま よろしくお願いいたします!

今年もお世話になりました

みなさん、2007年はどんな年でしたか?

いいことがあった人はもちろん、あんまりいいことがなかった人も、
2008年は、健康で幸せな年でありますように・・・。

今年の運勢

一年前、2007年を運勢をみてみたら
「張り切って向こう岸に橋をかけている力強い女性。
誰かを通して素晴らしい気づきを得て、それを広く伝えていく指名を担う。
新しい世界を切り拓く一年」とあった。

ふ~ん、なんのこっちゃろ、ぐらいにしか思わなかったが、今、この一年を振り返ると、知らず知らずのうちに、なんかそうなって来たような気がする。

あれよあれよという間に、想像もしなかったような展開になり、信じられないくらい知り合いの範囲が広がった。
陽転思考で毎日前進していると、たくさんの人が手をさしのべてくれる。

そして、来年は・・・さらに広がりをみせるらしい。
健康に注意をし、勇気を持って、一歩一歩と踏み出していきたい。

でもですね、まだ今年の”宿題”が終わっていませんの。
さて、仕事しよっと。

化粧品のサンプル

化粧品のサンプル
乳液がなくなった。

買いにいけばいいのだけど・・・乳液だけの予定が、おばさんの弱みをがっちりにぎられ、薦められるがままに、あれもこれもと買ってしまいそうな気がする。

そうだ、待てよ、と化粧台の下をごそごそしたら、出てきた出てきた!化粧品のサンプルの山。
箱や包みから出し、ひとまとめにしたら、う~ん、1月末までは何にも買わなくてもちそう。

やったね、とにんまりしていたら「お~い、おれのトニック買ってくれたあ?」
うわっ、すっかり忘れていた。
確かドラッグストアのちらしに、特売出てたな。
「ごめん、今日買っとく!」

シネマの閉館

同世代が子育てに没頭している30代半ば、仕事以外の時間、私は映画にのめりこんでいた。
毎週金曜日の夜は、横浜か港南台か平塚の映画館。読む本は映画の本。

どちらかというと大作より、きらりと光る"珠玉の一作”が好きで、となると、必然小さめのシネマに足を運ぶようになる。
眺め回す必要がないぶん、役者のふりやせりふが無理なく拾っていけて、心にしっかりとどまる。

『ニュー・シネマ・パラダイス』もそんな大きくない映画館で見たような気がする。
宮崎ピカデリーが21日をもって閉館となる。
ラスト上映はそう、『ニュー・シネマ・パラダイス』

ラストの、キスシーンのフイルムを集めたところは万感迫り来る思いがあるが、トトが高校生の、ある年が明けた深夜、彼女が訪ねてくるシーンが、私はいとおしい。
そして、2度と会うことがなかったというバージョンが好き。思い出は思い出だから。

いい映画をたくさん見せてもらって、消えていった映画館たちに、心からありがとう。生涯忘れない・・・。

ビタミン不足

10日に『整骨院に行きました』とブログを書いたら、こうしたらいいよ、あーしたらいいよ、とアドバイスをコメントでいただきました。みなさん、ありがとうございます!

ほのかさんから
「ホット飲み物用の小さいペットボトルにポットのお湯を入れ
タオルハンカチなどでくるんでから
胸の谷間を暖めると肩の血行がよくなり少しは楽ですよ」
今、胸は”平野”しかありませんが、家でやってみました。これ、なかなかぐー!

ひとてま便店長は畑仕事で忙しく、”骨満タン”の売り込みにこられなかったので、woody-mom さんの「アリナミンなど肉体疲労時のビタミン補給」を採用!

近くのドラッグストアに、なんかとりついているような腰と手首を引きつれ、買いに行って、すぐ3錠飲み・・・30分後・・・あらんだまっ!腰の痛みがぺらって取れたっ!(手首はやっぱり整骨院のようです)

こしゃちょうママに「見て見て、ぜ~んぜん痛くないよ」と踊って見せたら、「大丈夫なんですかあ、その薬・・・」


20代のころピアノの出張レッスンに、大企業の偉いかたのお宅に行っていたことがあります。
りっぱなマンションで、調度品もすばらしい。彫刻の入った棚には、本やら置物やら・・・そしてずらりと並ぶサプリメント。まるで薬屋さんのようです。

生徒のお嬢さんに「これ何するの?」と聞いたら「ママはお料理が下手なの。今日のお夕飯はおうどんだけ。だからこのお薬がたくさん出てくるの」

レッスン終わって、夕飯のすうどんが用意されている脇に、一抱えもあるほどのサプリメントの錠剤が用意されていました・・・。


毎日30品目は食していると自負していましたので、栄養は足りていると思っていましたが、やはり無理が利かなくなってくる年頃、ビタミンや栄養素の補給が必要なのかも・・・。

整骨院に行きました

10月にドケルバン氏病と整形外科で診断された、左手の手首の痛みが全く治らない。

10月11月は重いかばん持って、飛行機乗ってあちこち行っていたからしかたがないか、と思っていたが、それにしても治らない。

注射も薬もお灸もお風呂も効かない・・・。

そうこうしているうちに、腰痛まで加わった。
こりゃたまらん。本気でなんとかせんとと、満を持して、事務所近くの整骨院なるところに行った。

待つこと1時間。
腰と手首です、と言ったら、まず腰に電気をあてて、びりびり。終わったら、先生がこれでもかというくらい押したりしごいたり。
「痛かったらがまんしないでね」って言われたって、痛いの、とうに通りこして、悶絶しそうになってる。

やっと解放していただいて、今度は手首。
「あれっ!ずれてるね」と手首を持つなりおっしゃる。
うっそー!と言ったか言わぬかで、ごきっとひねった!

ひじから肩をさわっていったら、「ひどいね、こりゃ」
そりゃそうでしょ、一日10時間もパソコンの前にはりついているんだもん。

「手首の痛みは、首から肩から背中からぜ~んぶ来てる」とこれまた、押したりしごいたり。身もだえして痛いのをこらえて、ようやく解放してもらったら、あ~ら不思議!握力が戻ってる!

「しばらく通院してね。しびれが出てきたら完治しなくなるよ」もちろん通います!

20分ほどの治療で初診料820円。あ~痛かった・・・。

さとちゃんパパ、ブルーリボン賞取る

受賞作!
さとちゃんパパは、仕事はもとより、寺子屋あらんだまの講師として様々な問合せに丁寧に接してくれるだけでなく、国際交流協会の幹事や、バードカービング協会のメンバーとしてもがんばっている。

その彼が、なんと!バードカービングのワザで、日本バードカービング協会主催のコンクールでブルーリボン賞を取った!

「すごいねえ!」は~い。
「作品は何?」かるがもの親子です。
「巨匠になる前に、作品買っておこうかな」うふふ。
「ところで、参加者は何人いたの?」ひとりです。
「・・・・・・・・・・・」

写真を撮りましたので、見てやってください・・・。

今日はいい夫婦の日

今日一緒に過ごせないあなたへお花の写真のプレゼント!
姑あらんだまばーちゃんは、40歳のとき、あらんだま家に嫁に来た。

東京で優雅な独身生活を20年近く送っていたところ、幼馴染から「あんた、老後ひとりじゃ寂しいよ、宮崎に帰って見合いしなさい」と言われ、対面した相手が4人の子持ちの50男。
学校の先生と聞いていたのに、角刈りで体格がよく、厳つい顔立ちだったので、大工さんかと思ったというのが、彼女の第一印象だった。

初めて相手の家に訪問するとき、土産を銀座の三越で買っていった。
夫となる人にはネクタイ、成人している長男にはネクタイピン。長女と次女には花柄の刺繍のついたブラウス。そして剣道に明け暮れている中学生の次男には万年筆(この中学生、すぐに万年筆をなくした!ホント穂がない!!)

結婚したとたん、夫は単身赴任、子供たちは好き勝手やっていてばらんばらん。夫のところにしばらく行って帰ると次男がぶーたれる、しばらくして夫のところに行くと、なんか知らん機嫌が悪い。がっこの先生の給料は安いし、ま~えれこつやった(大変だった)、と聞かせてくれる彼女の顔はいつも笑っている。

結婚生活は25年。舅が無くなる少し前の結婚記念日、「あんたと一緒になれて幸せだった。(嫁に)きてくれてありがとう」と舅は彼女の手を握っていったそうだ。

謹厳居士で難しい性格の夫を、彼女はいつも笑顔とパワーで支えて、夫の不足している部分を陰でおぎなっていた。夫はそれを十分知って、いつも感謝していた・・・。

今日、11月22日は『いい夫婦の日』
仲良く、きちんと話のキャッチボールができて、お互い尊敬し合える夫婦でありたいと思っている。

50歳代、女の生き方

笹団子母さんと
29歳、39歳、49歳、と9がつく歳になると、私はいつも心が落ち着かなくなる。

次の30歳代、40歳代、50歳代をやっていけるのか、とひるんでしまうからだ。
容姿や体力だけが歳を重ね、自分は”歳相応のあり方”でないのではないかと・・・。

では、50歳代の歳相応とは何か?そして歳相応の対処の仕方とは何か?
ちらりと頭をかすめたのは”有閑マダム””週3日しか働かない””お家にいる”・・・

ところが50歳に足を踏み込むや、流れがいきなり速くなった。優雅な夢想は吹っ飛んだ。

ほとんど停滞していたのではないかと感じていた40歳代に学んでいたことが、知らず知らずに身についていて、恐れることなく毎日を歩んでいる。

1年後、笹団子母さんの小竹佳代子さん新潟朱鷺市の水野晶子さんと出合った。

彼女たちはお孫さんたちもいるので、”おばあちゃん”。ところが実にパワフルで、かっこいい女性たちなのだ。
秘訣は、陽転思考で、女性の繊細さプラス大局を見極めることが出来、絶えず学びそして行動している、からじゃないかなと。

子供のころ、祖母が言っていた。
「女も腹を据えて、でなきゃあ、いけないよ」

私は50歳代を力強く生きる彼女たちに、を見た・・・。

ムラサキシキブ

ムラサキシキブ
この花、カタカナでムラサキシキブと書く。
コスモスの時期に、玄関の脇に咲く。

名前は優雅だが、花の中心から出ているメシベかオシベは、エイリアンの舌のようで無粋。

漢字で書く紫式部は、ご存知「源氏物語」の作者。
高校時代、国語科の担任が「源氏物語」の大家だったので、放課後、補講で講義していただいたことがある。
源氏物語の原文は難しい。”誰が”という部分を抜かすことで、畏れ多さを出す、日本語特有の敬語の真骨頂があるからだ。
8年がかりで54帖英訳したロイヤル・タイラーさんが、「原文より英訳の方がわかるかも」と大学生から話しかけられたそうだが、それは理解できる。

光源氏にのめりこみ、円地文子や田辺聖子、船橋聖一を読みふけっていたある日、この色恋沙汰は、ただのフィクションじゃないか”と頭をよぎった。
そのとたん、光る君は色あせた。国文科への道は消えた・・・。

柏崎にいます

ひょんなことから小竹食品の小竹さんの職場を見せていただきました。まだ地震の傷後も痛々しい。街のなかもまだまだのところありました。詳しくは帰ってから。今日もケータイから投稿でした。

読書の秋

読書の秋
本屋の友だちに注文をした。

「理科と社会の高校の教科書欲しいんだけど」
「なにするの?」
「私が読むの」
「どこのがいい?」
「一番難しいの。化学と物理と生物。世界史と日本史はあるから地理かな」

ということでいただきました写真の7冊。しめて6010円。

高校のときは、試験のために強制的に読まされていましたが、これほど系統だってかかれている本はありません。
読み物としておもしろく感じるようになったのは、もう試験とは関係ないということになったからでしょうな。

ショートカット

ショートカット
治らない腱鞘炎で、長い髪をまとめたり、洗ったり、ドライヤーで乾かしたりが、つらくなってきた。
かといって、短く切ると、宮崎太陽銀行のマークのように”太陽の炎”になってしまう・・・。

美容院に行って、どうしたらいい?と聞いたら、「短く切ってストレートパーマをかければ手入れは簡単ですよ」という。
プラス白髪も染めたら、髪がいたむでしょ、と言ったら「ぜーんぜん!かえってつややかなしあがりで、手入れが楽になりますし、若返りますっ!」

大昔、ストレートパーマは一日仕事の重労働だった。
髪に板をたくさん長時間ぶら下げ、出来あがると、首や肩がこるわ、金はかかるわ、時間はかかるわ・・・。それだけ手間ひまかけても、夫は気がつかない、ストレートは1ヶ月ももたなかった。

「このストレートパーマは半永久的に効きますよ」
ほんとっ?!っとすっかりその気になったが、よく考えると、髪は1ヶ月に1センチは伸びるのよね・・・。

でも美容師さん3人総がかり、4時間半かけて、おかげさまで写真のようになりました。
なんか、気分一新。

新潟で加藤先生に写真、前から撮ってもらってこよっと。

黄色い花

黄色い花
この時期、名も知らない黄色い花がたくさん咲く。
見るたびに、テレビドラマ『北の国から』のワンシーンを思い出す。

ひとりで子供を生んで育てる決心をした蛍に、幼馴染の正吉が、まるごと引き受けると結婚を申し込むが、断られる。

母親に相談したら、真っ赤なバラの花をせっせと贈るといいアドバイスされる。でもそんな金はない。
彼は毎日野に咲く黄色い花を摘み、宅配で贈った。蛍の部屋は花で埋め尽くされた。

子供のころ、どうしょうもない悪がきだった庄吉。
おだやかな瞳の底に、ゆるぎない男気を見たとき、きっと蛍は生涯の伴侶と決めたのだろうな。

”穂が無い”大学生活をしている甥っこ。君はいつになったら瞳の奥に確固たるものが宿るの・・・。

ドケルバン氏病

ドケルバン氏病
2週間ほど前から利き手の左手の親指付け根が痛い。
別に何したわけでもないのに、日に日に、車のハンドル握るのもつらくなってきた。

しかたがないので週末、整形外科に行った。

医者先生は、「ここ痛い?」と、そこは絶対押さないでというところを、指に力をこめた!
「い~たいたいたいっ!せんせっ!そこっ痛いのっ!」

「あ~わかった」にっこり笑いながら「ドケルバン氏病ね」

ぎょっとした。「手術ですか?」

「うんん、注射。平たく言うと、腱鞘炎。別に何したわけでもなくおこったんなら、更年期の時期だからね」
と、あっさりいわれ、思いっきり痛い注射を、ぶすっ!

い・・・と言うか言わないかのうちに、看護婦さんにむんずと手をつかまれ、厚紙をちょきちょき切った”添え木”をあて、包帯でぐるぐる巻きにされた。

「はい、おしまいっ!」

・・・・・・ありがとうございましたあ・・・・・・

非日常のやすらぎ

姫あらんだま
最近、自分のモチベーションが落ちる要因のひとつが”白髪”

大宅映子女史のように、染めない頭で堂々と人前に出られるようになったら、どんなにいいかと思うが、白髪30%の現在、まだその域には達していない。

出方が多くなる週をひかえて、ようやく美容院に行った。

指名したのは以前やっていただいたことのある、いのうえさん。
若い美容師さんにしては、きをてらったところもなく、普通のお嬢さんなのだが、とても優れたところを持っている。

実に細かいところまで、神経が行き届くのだ。
別段そうしようと意識しているとも見えない。さりげなく、しかし、客の立場からすると、とてつもなく心地いい。
”細部に神は宿る”というが、いのうえさんのちりばめる神たちが、私を非日常のやすらぎにいざなう。

ひとに頭をまかせ、耳にはやさしいボサノバ。普段絶対手にしない雑誌に目をとおし、最新のファッションを知る。眠くなったらうとうとし、あ~極楽極楽・・・

介護難民

くも膜下出血で手術をした姉が、リハビリ病棟を移らなくてはいけなくなった。
ようやく手足が動かせるようになったとはいえ、まだ、自分で何することもできない。
半年のリハビリでも、”普段の生活”が営めるまでいたらなかった。だから出てください・・・ということらしい。

脳梗塞で倒れた女優の真野順子さんが、不自由な身体をおして、患者に対してこんな不当な扱いがあるかと、訴えておられたのを、ひとごとのように聞いていたが、身内におこってみて、まったく、こんなことがまかりとおっていいのかと、憤らざるをえない。

政府が医療費を抑えるために、患者を病院から介護施設や自宅に移そうとしている。
この制度になって、リハビリの期間は半年に限られる。あと半年、つまり1年リハビリさせてもらえたら、もっと結果がでるのに・・・。

元巨人監督の長島さんのように、お金持ちで有名人なら、影響はうけないのか。

介護施設、在宅介護、療養病床、核家族、超高齢化社会、医療費の抑制・・・

誰もが年をとり、いつ思いもかけない病気や怪我に見舞われるかもしれない。
戦闘機1機買うお金を福祉にまわせたら、生きていく根本の不安をとりのぞける、思いやりのある国になれると思うのだけど・・・。

本屋で立ち読みして泣く

西原理恵子さんの漫画
仕事帰りふらりと立ち寄った本屋。入ってすぐのところに、平積みされている新刊本にざっと目をやる。

開けば活字だらけであろう本の中に、開けばカラフルな漫画であろう本がまざっていた。

西原理恵子著『毎日かあさん4 出戻り編』(毎日新聞社 880円)

もう長いこと、毎日新聞に週1回、彼女の漫画が掲載されている。
彼女と息子、娘、元夫と、とりまく人々や出来事を、抱腹絶倒と胸きゅん入り乱れて描いている”西原理恵子ワールド”は必見!

今度の単行本はどんなかなと、新しいページをぺりぺりめくりながら見ていった。
最後の方のページにきたとき、見開きいっぱいに描かれた絵-病室で死がせまっている元夫と彼女の対話、次のページのおどけた二人の子供たちの絵をみたら、本をもったまま、ぼろぼろ涙が止まらなくなってしまった。
まわりに人がいるしとか、まだ買っていないのにとか、自分に言い聞かせても、涙があふれてくる。

西原さんの子供たちの父親、鴨志田穣氏は戦場カメラマン。この3月、42歳の若さでガンで亡くなった。
たぶん壮絶な結婚生活だったであろうことは、彼女の漫画から想像はついていたが、それはいつも笑いの渦の中においやっていた。

ひとしきり泣いて、どうしようかな、と思ったが、買わずに本屋を出ました・・・。売り上げに貢献できなくて、ごめん!

毎夜の来訪者

モコちゃん
宮崎に引っ越してきたとき連れて来た7匹の猫たちを、全部看取ってから久しい。
22年間の子育てならぬ猫育てが終了したとき、もう飼うまいと、ぼろぼろになった畳やふすま、障子を全部とりかえた。

何回か猫との"ニアミス”もあったが、心を鬼にして、バイバイ。

しかし、最近また猫のえさを買い出した。
おなかがいっぱいになって、べろ~んと身を投げ出している写真の主のモコちゃん用。

私の足でも12,3分かかる、自宅ご近所のたにぐっさんちのでぶにゃんこ。
おうちのごはんがおいしくないのか、はたまた遠征してくるからおなかが減るのか、私たちが玄関前に車をつけると、どこからともなく登場。当たり前のように、一緒に玄関から入って、えさの入っている台所の棚の前に、ちゃかっと座る。

80グラム59円を毎日1袋ずつ完食!新発売かにかま入りを食べさせたら、かにかまだけ、ぺと出した。
食べてから30分ぐらい、このように休憩して帰っていく。
たにぐっさ~ん、この事実知ってる?

中学生の筆箱

みょーなシャーペン
私が中学生のとき、けっこうスリムな筆箱に、シャーペン、シャーペンの芯、消しゴム、赤鉛筆、赤ボールペン、定規、コンパス・・・と必要最小限しか入れていなかったと思う。

パンダ付
私の小さい知り合い、中学生のまいちゃんとえりちゃんの筆箱の中身を見せてもらったら、みょうーなものが出てきた。

シュレックの子供とドンキーの子供がシャーペンの先についていて、書くたびに、みょんみょん動く。はっきり言って、じゃまっ!

こんな大きなパンダ付の筆箱、なくすこともないだろうけど、なんでこんないろいろ入った重いの、学校に持っていくのよ。

成績まで”みょー”じゃ困るよっ!

結婚式におよばれ

披露宴
久しく結婚式におよばれがなかった。が、最近また招待状がしばしば届くようになった。
新郎新婦は、夫や私の友人の子供。

別にご招待していただかなくともいいけど、と子供のない私たちは思うのだが、小さいころから見知っている子達の晴れの姿を見ると、来てよかったなあと、不覚にもうるうるする。

先日、友人の長男の結婚式に、夫の代理で出席した。
彼はお父さんの仕事を継いだ。私たちの世代は、後継者をどうするかで、誰もが頭を悩ましている。子供が居ても、自分で興した家業をたたむ、も選択肢のひとつとして、頭の片隅にある。

この結婚式は、仕事の得意先やお世話になっている方たちが、多数よばれ、事実上、”息子のお披露目”だった。
父は最後の挨拶で、ひとかたひとかた、お名前をあげ、お礼をいい、深々頭をさげた。
息子は、美しい花嫁を隣に、書いたものも持たず、酒の酔いも見せず、実にみごとに、今日の旅立ちの日のお礼を述べた。

いい結婚式だった。親の背中をみて育ってきたんだね。上手に子育てしたね。

おめでとう!りゅうたろうくん、いくえちゃん、末永くお幸せに・・・。


それにしても、私の周りに座った夫の友人のおじさんたち、もちょっとなんとかならないのっ!
飲み屋で宴会してんじゃないのよっ!新郎新婦見て、初心に帰ろうって気はないのっ!
しゃんとせんかいっ!しゃんとっ!

お手々つないでお買い物

兄
先日、めでたく82歳の誕生日を迎えた姑あらんだまばーちゃんと、隣家に住むおじは、ふたつ違いの兄妹。9人兄弟の長兄、長女だ。

小学校に上がる前、つまり今から80年近く前、町にお砂糖を買いに、二人で行かされました。
ぞうりをはいて、着物着て、なかよく手をつないで、子供の足だと30分ぐらいのところにある乾物屋さんに買いにいきました。

帰り道、お砂糖をかかえたおにいちゃんに、妹は言いました。
「ちょっと、疲れたから休んでいかない?」
やさしいおにいちゃんは、近くにあった倒れた木に、ハンカチをしいて、妹を座らせました。

「ちょっとだけ、味見をしてみようか」
という妹を、だめだめ家に帰ってから、と引き止めることもせず、
「そうだね」と、ふたりで、ちょみっとだけ、お砂糖をなめました。

おいしかったので、もうちょみっとだけ、なめました。疲れていたので、もうちょみっとだけ、なめました。
・・・気がついたら、もう少ししか残っていません。

妹
「帰ろ」と、妹は勢いよく立ち上がりました。
おにいちゃんは、なんと言い訳しようと家まで、ずーっと考えながら歩いていました。

「ただいまあ」妹が元気よく家に入りました。
「おかえりい」お母さんが出迎え、お砂糖の包みを見てびっくり!
「食べたね!」怖い顔してにらむおかあさんに、妹は
「あんちゃんが、ちょっとだけ味見しようかっていったの!」

おにいちゃんは、たいそうおかあさんに怒られました。でも、妹が食べよといいだしたとは、決していわなかったそうです。

妹は小学校にあがって、親戚の家に養女に出されましたが、今も仲のいい、働き者の兄妹です。

やちむん

やちむんたち
この人のブログはおもしろいなあと、毎日楽しみにしているのが、ひとてま店長のブログ。
奥様は沖縄の美人!コメントに「私は沖縄とは無縁の人生うんぬん・・・」と書いたが、家に帰ってよ~く周りを見渡したら、”私の大好きな沖縄”がすぐ手元にあった。

やいちん、じゃなくて、やちむん。
沖縄のことばで焼き物-陶芸-のことを言うらしい。

写真の食器、佐土原にある、ご主人は庭師、奥様はご自宅で沖縄の食器を売っていらっしゃるお店『あしびな』(遊ぶ庭という意味)から購入した。

工房も陶芸家のお名前も知らないが、沖縄の自然や心を連想させる、あきない色使い、温かみのある持ちごたえが大いに気に入り、毎日食卓に登場する。

ほんの少しの、お気に入りのものだけに囲まれて生活するのが、ひどく心地よく感じられるようになった今、この”沖縄の子たち”は、私たちにとって、なくてはならない存在である。

熱中症とダイエット

中学生になるというとき、部屋を作ってもらった。ベッドはロフトの作りで、いたく気に入っていたのだが、夏になってわかったのが、暑くて寝てられないということ。
当時はクーラーなんて気の利いたものはない。あっても扇風機がせいぜい。

祖母が座敷に寝ていたので、寝るときだけ、そっちに行っていい?と聞いたら、私はそのベッドで寝たいから、交代しようと言う。

夜、私の部屋を覗いてみたら、戸も窓も締め切って、布団をかけて祖母は寝ていた!
翌朝、「暑くないの?」と聞いたら、「ぜんぜん」と、さらりと言われた。

先日、隣家に行ってみたら、仰天するような暑~い、締め切った部屋のなかで、83歳になるおじが横になっている。
・・・息してるよね、と顔を近づけてみたら、すやすや、汗もかかずに寝ていた。
こりゃいかんと、クーラーをつけたが、祖母にしても、おじにしても、年取ると気温がわかりにくくなるらしい。

剣道部.jpg
高校時代の夏休み、部活で、防具をつけ、締め切った体育館で、竹刀を振り回していた。
水を飲むと疲れると言うので、終わるまで飲ましてもらえない。今から思えば、よくまあ、あんなあつくるしいもんつけて、暴れていたことよ。”根性、根性、ど根性!”
けっこう体格がよかったので、「ダイエットだ!」と、汗でぐじゅぐじゅになった面とコテをつけて、懸命にがまんしていた。

・・・でも、ダイエット効果は全然ありませんでした。
部活終わったら、ラーメン、菓子パン、コーラ1リットル、ソフトクリームを学校帰りに食べ、家に帰ってどんぶりご飯2杯!熱中症で倒れるわけないか・・・。

宮崎弁

初めて宮崎にきたとき、買い物に行ったスーパーで張り紙に
『標準語の話せる人、募集』

このときは、宮崎に来ても”就職口”あるぞと思った。
・・・が、今は、だめ・・・。

こっちに引っ越してきて、しばらくは上京しても、標準語(東京弁)に2時間ぐらいで戻った。
そのうち、1日ぐらいたたないと、宮崎弁が抜けなくなった。というより、イントネーションが戻らない。
今は、4日間、仕事でお客と話をしても、ずーっと宮崎弁。時には、打ち合わせ中なのに「あらんだまっ!」なんて出ちゃう!

ところが、先日、姉の入院している病院の看護士さんに「宮崎の方ではありませんよね。ことばが違いますもの」と言われた。自分では、もう”ばりばりの”宮崎弁をしゃべっていると思っていたので、ちょっと意外だった。

でも・・・いつぞやの日本茶屋の旦那さまの紅茶の講義のあと、こしゃちょうママが「あらんだまさんより、きれ~な標準語でしゃべっておられますよねっ!」
・・・ほら、ね・・・。

一筋の光明

くも膜下出血で手術をした姉の入院期限が切れようとしている。
手術は成功したものの、まだ自分で何一つできない。頭を固定させていたり、手足を動かせるようにはなったが、今の医療保険制度では、引き続き病院で治療を継続してもらうラインには至っていないので、このままだと、来月退院になってしまう。

回復の見込みがないのは、切り捨てる。思いやりのない国になったものだ。

姉の娘めぐは、母親を回復させたい一心で、インターネットで調べまくり、図書館でありとあらゆる本を読み漁った。

すると、七夕のころ宮城県仙台市で、脳障害学会が開催され、一般の人も聞くことができることを知った。

彼女は躊躇せずとんで行った。2日間、講演や報告を聴いた。交流会のとき、勇気を出して医者や家族会のひとたちに声をかけた・・・。

宮崎空港に迎えに行った私に、「行って、ほんとうによかったよ!」同じ悩みを抱えている人と話が出来たことや、宮崎にも相談にのってくださりそうな先生がいらしたこと、弾丸のように話した。

家族の思いが”岩のとびら”に小さな穴をあけ、光が射してきた・・・。

君は虹を見たか

ブログを書き出してから、とりあえずバッグにデジカメを入れておくようになった。パシャリと撮っておけば、使うこともあるだろう、ということだ。

先日、つくづくデジカメ持っていてよかったと思った。
虹が出ていたのだ。
虹
去年4月、指宿のホテルから金港湾の中ほどに、ちょみっとだけ見えた虹以来だった。

虹は”神様からのがんばれ”メッセージと聞いたことがある。「今まで、よくがんばりました。これからも、この調子でがんばれっ!」

しっかり地面から地面まで形のある七色の虹を見ていたら、無性に泣けてきた。
涙の目でやみくもにシャッターを押した。ちゃんと写っていた・・・。

やるだけやったら、天におまかせ

どっちに転ぶかなあと思っていたことが、”NO”の返事が来た。

つらつら思うに、”YES”であってほしくとも、内心、”何かが足りない”がわかっていることは、NOのランプが案の定、点滅する。
”自信”という壷に、まだ水が満たされてなかったもんね、と思った。まだまだ頭をたれて、ただひたすら努力をしなさいということだろうな。

ぜったい大丈夫と思ったことも、”NO”のサインが出ることがある。何度挑戦しても行く手を阻まれる。そういうときは、「別の道にすすみなさいね」って言われているんだと思うようになった。

中3のまいちゃん、あなたの壷には、まだ水が満タンではないから、あっちころげたり、こっちころげたりするのよ。この夏休みで、がんばって安定させてごらん。

中1のえりちゃん、あなたはまだ、壷も用意していない。甘えずに自分とむきあい、夏休みの宿題のペンを走らせることで、どの壷にするのか、よく考えてごらん。

そして、あなたたちも私も、やるだけやったら、天におまかせ・・・。

早起きは3文の得

後光が射してる
週末、天気さえよければ、たいてい朝5時過ぎに起きて、1時間ほどウオーキングに出る。

平日は同じ時間に起きても、ばたばた仕度におわれ、そのまま車で出勤。着いたら一日事務所から出ることもなく過ごすことが多いので、運動不足を解消するために始めた。

日中は煮えたぎるような暑さでも、朝だけは放射冷却現象からか、寒いくらい温度が下がり、すがすがしい。すっぴんで、タオルを首にまき、よれよれの帽子をかぶったあやしい姿でも、誰にも会わないから大丈夫。

すたすた歩いてきて、シャワーを浴び、ふと外を眺めると、木漏れ日が後光のように射していた。
焼酎飲みのおじさ~ん!寝てる場合じゃないよ!起きてっ!

暑中お見舞い申し上げます

小学校にあがったら、正月には年賀状、夏は暑中見舞いを書くのが礼儀と、親から教わった。

まだコピー機もないころだから、白地のはがきに一枚一枚、文を考え、絵を色鉛筆で描き、表の宛名は丁寧な楷書で書く。
書きあがったら母親がチェック。やれ漢字の跳ね方が違うだの、書き順が違うからへんな字になるだの、文章として成り立っていないだの、敬語の使い方が間違っているだの、絵が変だの、宛名の字配りがおかしいだの、まあやかましかった。

長じると、親の教えもどこへやら・・・年賀状こそパソコンで作るが、暑中見舞いは一切書かなくなった。
郵便局がはがきが売れなくなったといっているが、さもありなん。

この夏は、せっかくだからブログを利用して、皆さんにご挨拶。

暑中お見舞い申し上げます。

もしもし亀よ・・・

昨夜、姉を見舞って、近道して帰ろうと、平和台下、矢口池の端を回る暗い道を運転していた。

夕飯何にしようと考えていたとき、ふと前方に石があった。
誰よっ!道の真ん中に石なんておいてっ!厚みはないにしても、フットボールほどの大きさほどある。避けずにその上を走り抜けようとしたとき、その石の右と左から、なんかにゅーっと出た!

ひゃあ~!悲鳴を上げながら通り抜け、車を止めた。亀だっ!

車から降りて、まじまじ見てみると、また”石”になっている。こんな暗い道、のこのこ歩いていたら、車にひかれちゃうでしょ!

今までの人生で、亀とは係わり合いになったことがないので、いったいどう扱ったらいいかわからない。とりあえず、蹴飛ばしてみた。・・・動かん・・・思ったより重いのか・・・。
もう一度、もちょっと力を入れて蹴飛ばしてみた。からからと音を立てて池のふちまで滑っていったが、止まる前になぜかひっくり返った。だめじゃん・・・。
まったくといいつつ、ガードレールを跨ぎ、もうひと蹴り。ぽちゃんと池に落ちた。

さてとと車に戻ってから、あれっ?亀って泳げたっけ?・・・竜宮城にうらしまたろうを連れて行ったから大丈夫だよね・・・。蹴りどころが悪くて気絶しておぼれないよね・・・。池に行きたかったんだよね・・・。

ものすごく心配で、帰る道々、夕飯何にするかどころではなくなった・・・。

月下美人咲く

月下美人
満月の夜、月下美人の花が5つ咲いた。

帰宅して車から降りたとたん、暗闇のなか、ほのかな甘い高貴な匂いがただよっていた。

つぼみの月下美人
台所の窓の下に、バランスが悪いためプロパンガスの配管に縛りつけている待遇の悪さもものともせず、見事な咲きっぷりだった。

花5輪
この夏、あといくつ花をつけるだろう。
願わくば、毎晩1つづつ咲いてくれれば・・・。

心の羅針盤

伊勢原から西を望む
タイトルバックにもなっている写真は神奈川県伊勢原市で撮ったもの。小田急線伊勢原駅から、夫とてくてくJR平塚駅に向かって歩いていたとき写した。中央かすかに富士山が写っている。

富士山は小さいときは東京文京区の自宅からも、幼稚園から大学の窓からはいつでも、当たり前に西にあった。それが知らず知らずのうちに、私の羅針盤になっていた。

宮崎に引っ越してきて、富士山を無意識に探している自分に気がついた。そしてもう見えないのだと理解したときから、私は”心の迷路”に深く入り込んでしまった・・・。
平塚湘南平

『私が宮崎に来たのは正しい選択だったのか?』・・・この問いに対する答えを出すまで、何年も何年もかかった・・・。そしてその答えを見つけたとき、富士山は”心の羅針盤”になった。

大山
久しぶりの富士山との再会。夕方で、うっすらしか見えなかったが、「お~、久しぶりだな。元気そうじゃないか。わたしはいつでもここから見守っているよ。」と言っていた・・・。

快眠するには

グッスミン
かなり寝つきはいいほうだと自認している。枕に頭をつけ電気を消すと、眠りの深海に落ちていき、海底でバウンドして緩やかに浮上、そして元気よく「おはよう!」

しかし暑くなってくると寝苦しくなって、そううまい具合にいかなくなる。冷房は得意じゃない。扇風機もいまいち。かといって半そでのパジャマは腕がひえひえして好きではない。

快眠誘う、ひんやり感のある新機能の寝具が発売されたと聞いたので、ためしに買ってみようかと思っていた矢先、登録している『サンプル百貨店』から、薬じゃなくて飲むとよく寝られる清涼飲料水『グッスミン』のモニターを募集していた。抽選だったから、どうせ当たらないだろうと思っていたら、当たった。
当たったら、飲んで試して、その結果をブログに書いてねというお約束。今日がその締め切りの日。

先月のNHKラジオの『ビジネス英会話』でも、今週号の『ニューズウイーク』でも”不眠”について取り上げられていたが、一大産業になるほど、現代の深刻な問題になってきつつあるらしい。要するに現代病なのね。

さてライオン株式会社発売の『グッスミン』 原料はトマト酢+GABAとある。トマトかと、いつも食べている味を想像して飲んだら、かなりすっぱかった。・・・で寝ました・・・。
結構暑くて寝苦しい夜連続3日間・・・トマトがころころ出てくる夢を見続けました・・・。
で、効果はというと・・・う~ん・・・暑かった夜を寝ききって、翌日の仕事に差し支えなかったことを考えると、まあこんなもんじゃないでしょうか。

よかったら皆さん、お試しあれ。

おそうじ風水

田舎暮らし、最初2年間で近所の葬式が5件あった。
自宅で執り行うので、班の奥さん連中が朝早くから夜遅くまで借り出される。はじめにするのは家の片付け。どの家も外からだときちんとしているように見えるが、家の中はすさまじい。だから、葬式が終わるとすっきりして、別の意味で感謝される。

それで”学習”したというわけではないが、夫が買い込んできた、私からすれば必要とは思わない”くだらんお道具”のたぐいも、はじめからなかったように、密かに抹殺する。普段からちゃんとしてれば、いざというとき憂いなし。

”おそうじ風水”の本を読んだら、トイレをきれいにすると金運が舞い込むげな。
ずーっと気になっていた事務所のトイレ。拭いてもよごれがとれないのは古いからと決め付けていたが、パイプを金たわしで擦ったらぴっかぴかになった!床のタイルもいろんな洗剤のたぐいを撒いて擦ったら白くなった!

なんか嬉しくなって、あっちこっち磨いていたら、夫が「ばたばたしてやかましっ!いいかげん茶でも飲んでろっ!」・・・宝くじの当たり、万年300円から抜け出せるかもよ・・・。

・・・はたと思い出したことがある。
昔、専業主婦が節約し、家をきれいにし、マンションを手にいれた人がいた。それを本にして、コメンテーターもやって、一軒家をゲット。でも、重婚罪でつかまった・・・。

そうじより、まずわが身の身辺整理でしょうな・・・。

めいっ子まいの成長

しっかりものの二人の姉たちから少し離れて生まれたまいは、小さいときから、すぐ口をとんがらかしてぶーぶー文句を言っていた。

幼稚園のとき、映画『魔女の宅急便』をめいっ子たち5人連れていったら、一番年下のまいは、デッキブラシで主人公キキが飛ぶシーンだけ身を乗り出して見ていたが、あとは暗い廊下にしゃがみこんでひとりで遊んでいた。
小学校低学年のとき、東京に初めて遊びにきて、あまりの人の多さに、サンシャインのど真ん中で、もう帰るとひっくりかえって大騒ぎをした。

中学3年のとき、部活で大怪我をして、しばらく松葉杖で通学していた。
高校1年のとき、いじめにあって、真剣に転校することを考えていた。
大学は希望した映像関係の学部に入学、京都で一人暮らしが始まった。
大学4年のときアルバイトした撮影の会社にそのまま就職。海外勤務を希望し、この3月、はれてカメラマンとしてグアムに飛び立った。

数日帰国した先日、どんな職場?と聞くと、アメリカ人の既婚の男の人ばかり、と言う。
おばちゃんとしてはちょっと不安になって、大丈夫なの?
すると、希望した職場だし、英語の勉強も出来るし、やりたい仕事が出来る環境だし、別に余計なことしゃべらなくていいし、レディーファーストの国の人たちだから皆親切だよ、とあっさり言ってのけた。

ちょっと拍子抜けしたが、それなりに責任感も自覚も備えて、いつのまにか大人になっていた。

見送りの宮崎空港で「アメリカの食べ物ばかり食べてると、あらんだまばーちゃんのような恐怖の3段腹になるぞ」といったら、「いや~ん」と、にやっと笑って、人ごみに吸い込まれていった。

自分のまだ知らない能力、発掘しておいで!おばちゃんはいっつも応援しているよ!

私は元気よ

映画にもなった『マディソン郡の橋』、主人公ロバート・キンケイドはクリント・イーストウッドより、知性と穏やかな野性を兼ね備えたサム・シェパードをイメージしていたので、ちょっぴりがっかりした。

映画のクライマックスは、(私が思うに)大雨のなか、去っていく彼にすがりたいフランチェスカの心うち。演じるメリル・ストリープのうまさが光る。

本で私の気に入っているくだりは、花柄のワンピースを着て彼の前に現れるシーンでもなく、橋にピンでメッセージを貼り付けるシーンでもなく、カメラマンである彼が、ナショナルジオグラフィックに掲載される写真で、自分の存在をさりげなく知らせているところだ。
「今、僕は、ここにいて、こんなもの見て、仕事している。元気だよ」と。
ふたりは2度と会うことはなかったが、そうやって、自然の営みを広く世間に伝える雑誌の中で、自分の変わることのない思いを伝えていた。

このブログは、遠く離れた友だちや、なかなか会えない仲間たち、もしかすると、もう会えないかもしれない人たちに、「私は元気よ。宮崎でがんばってやってるよ」と伝えているの・・・。

グランドピアノ

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5月のある土曜日、新品のグランドピアノがうちに来た。

ピアノ講師をしているめいに「グランド買った」と言ったら、「その歳でなんで今更?」とまじで言われた。いきさつをしゃべるとややこしいから「老後のボケ防止」と答えておいた。

設置してから1週間後の調律まで弾きまくってくださいと言われたが、家に帰ってくるとへとへとで指が動かない。まあちょろちょろと触って、次の土曜日がきた。

アップライトのピアノの時から来ていただいている調律師のふじさきさん。私はもっと安いのでよかったのだが、このグランドは彼のお勧め。「これにしてよかったときっと思いますよ。6月からかなりな値上げが予定されていますし・・・」夫もこれにすればと決めた。支払いは私だしね。

浜松の工場を出るとき、音の最終チェックする人が上手でしたとのこと。私にはわからないけど、丁寧に扱われ、はるばる宮崎に”養子に来た”のかと思うとなんか嬉しくなってしまう。

調律時間は2時間。ラの音から始まって和音での響きを確認していく・・・。
別の部屋で静かに聞いていたが、さすがグランドは響きが重厚でやわらかい。

置き場所は南東の廊下の隅。ガラス戸が近く、冷房がききにくい。照明が遠い。また天袋があるため、グランドのふたを全開にすることは、手前にずらさないとできない。まあ、そんなことはなんとかなるわ。

人生にたった1回の新品のグランドのお弾きぞめは・・・一点の曇りもない、なんて気持ちのいい音だろう。そして自在に出したい音が出る!ピアノを弾く楽しさというのはこういうことだったのね!新品のピアノの匂いに包まれて、なんとも言えないこの幸せ!

最初にピアノを買ってくれた祖父母、習わせてくれた両親、丁寧に教えてくださった先生方、こんな大きなもの置ける家に住めて、私が弾くのをうるさがらない夫、調律のふじさきさん、そしてグランドを買うきっかけを作ってくれたまいちゃんとえりちゃんに、心からありがとう・・・。

当たった!

10人でソウル旅行
韓国観光公社から手紙が来ていた。開けると・・・『ご当選おめでとうございます』

同公社がやっていたキャンペーンに作文を書いたら、『ソウルロッテホテルツインルームペア宿泊券』が当たった!

何年か前、宮崎県からソウルにアシアナ航空が就航した。10人の団体でまとまると補助金5万円いただけるというので、社員&その家族&友人の10人で行った。うちの家族は、もちろん姑あらんだまばーちゃん。しかし太平洋戦争を経験している彼女は珍しく行くのを躊躇した。

インチョン空港で出迎えたのが、現地ガイドのちょんさん。
ありきたりの観光コースをはずれ、漢江をはさんで北朝鮮がみえる建物に連れて行ってもらったり、大学街の喫茶店で韓国お茶を楽しんだり、おかゆの朝食や宮廷料理を食べたり・・・。2泊3日はそれはそれは楽しい旅行だった。
行くのを迷ったばーちゃんも、ちょんさんの心のこもったおもてなしのおかげて、今や韓国大好き!チャングムや冬のソナタの大ファン!

ちょんさんと満面笑みの夫
その時のお礼の気持ちを『ちょんさん、ありがとう』と題して書いたのが当選したのだ。

でも、宿泊券はもらったものの、航空券付ではない。・・・ううう~ん、嬉しいけど、困っちゃうのよね・・・。
このまえ『東国原知事と行く!!ソウルチャーター 知事との懇親夕食会付』は即日完売になったが、2泊3日で69800円。セットで行ったほうがずーっと安い・・・。
この宿泊券どうしたもんかな・・・。ばーちゃんに知らせたら、きっといこいこっていうだろうし・・・。額に入れて飾っておこうかな・・・。ううう~ん・・・。

本を買う

最近本を買うのは、もっぱらアマゾン。どの本にするか決めておいてクリックするだけ。
でも、きのう外出した帰り、たまたまある本屋さんに入ってみた。

久しぶりに本棚を隅から見ていくと、新聞や雑誌の広告にはない本が(当然だが)たくさん並んでる。なんか嬉しくなって、興味があるのを手にとり、レジに出したのは5冊。

『おせい&カモカの昭和愛惜』 もちろん田辺聖子著 
カモカのおっちゃんシリーズは高校生のころから読み、母にそんなもん読んでと叱られていたが、今になってみれば、教科書より身になってる。

『フェルメール全点踏破の旅』 朽木ゆり子著
フェルメールをこよなく愛す私は、この秋、六本木の国立新美術館にやってくる「牛乳を注ぐ女」を心待ちにしている。この著者は37点全部見たってことか・・・すごいな。

『この死に方は、迷惑です』 本田桂子著
副題に-遺言書と生前三点契約書-とあるように、この歳になれば必読かと。新聞広告に載っていて欲しいと思っていた本。迷わず手にとった。

『白洲次郎の日本国憲法』 鶴見紘著
若いときの写真は惚れ惚れするほどのダンディ。しかし中身は日本人であることに矜持を持ち続け、戦後GHQと堂々と渉りあった、これこそ正真正銘の日本男児。彼の生き様を一度読んでみたかった。

『なぜ、社長のベンツは4ドアなのか?』小堺桂悦郎著
これは夫のリクエスト。ベンツなんか無縁の人生なのに・・・。

さて、買ったはいいが、遅読で時間がとれない私がいつ読めるか・・・それが問題なのよ・・・。

上記の本をご覧になりたい方は、アマゾンに入れるよう設定しました。右のメニューをずいーっとスクロールしてみてください。

パンを焼く

フランスパン
パンを焼くと言っても、手の込んだことをするわけではない。
パン焼き器に、小麦粉と砂糖と塩とバターと水をほおりこみ、ドライイーストをセットすれば、勝手にこねこねしてつくってくれるのだ。実に便利!

これを買ったころは面白くて、にんじんパン、かぼちゃパン、抹茶パン、紅茶パン、ほうれんそうパン、レーズンパンなどなど作りまくって、近所や友達、親戚に配った。

夏の死ぬほど暑い時期、何も食べられなくなっていた近所のおばあちゃんに、にんじんパンを持っていったら、焼きたてのおいしいにおいにつられて、ぱくぱく食べた。お嫁さんがびっくりしていた。

この写真、形は普通の食パンだが、強力粉と薄力粉と塩とちょみっとのバターしか使っていない、正真正銘のフランスパン。これに、チーズと生ハム、宮崎牛をちょこっと焼いて、サラダ、スープ、ワイン、コーヒーをつけると、ちょっとしたランチ。
家中開け放って、目に飛び込む緑と小鳥のささやきに包まれて、時間を忘れて語らいが続く・・・。

バラ風呂

アルベルティーヌ
ご近所から見事なバラの鉢植えをいただいた。
バラの名は『アルベルティーヌ』 淡いピンク色で、上品な香りがとても美しい。

日が経つにつれて、これでもかこれでもかと、毎日咲き乱れ状態。ありがたいような、もったいないような、もう少し控えてほしいような・・・。

いただいたお宅の女の子、まいちゃんが「うちではその花びら、お風呂にいれるよ」って!
それってまるで”クレオパトラ”じゃないのっ!!!うふっ!

待望のバスタ~イム!
ボールに少ししんなりしかけた花びらを山ほどとって来て、花咲かじいさんのように、ぱあ~っとバスタブにばらまいた。その麗しさ、湯気とともに立ちのぼる甘い香り・・・なんてステキなの!

バラ風呂
とその時、はっと、とんでもないことに気がついた。
頭洗ったり体洗ったりするとき、花びらがおけの中に入って、じゃまになる。体洗ってから、いれればよかった・・・。
案の定、頭洗っても、体洗っても、花びらが体のどこかにくっついて、ちっとも”ラグジュアリータイムのクレオパトラ”にならない。いらいらいらいら・・・。

ようやく湯船に身を沈めた。手足を伸ばし、ふわっとしたやさしい香りが思考を停止させる。あ~この幸せ。花びらってお湯に沈まないのね・・・。

とその時、ずずんと、とんでもないことが頭をよぎった。
この花びらの後始末、どうするのよ。
我が家にいるもう一名を思い浮かべたが、それがやってくれる訳はない。いつものとおり、栓抜いて、お湯落して、花びらもじゃあね、バイバイってなこともできない。

おちおち湯船に浸かっていられなくなった。もう”クレオパトラ”どころではない。
”湯婆婆のところの千”を、風呂洗いとして雇っていないといけなかった・・・。

かくして女王様は風呂を出るやいなや、掃除のおばさんと化し、ざるでせっせと花びらをすくうのでありました・・・。

笑いは疲れを癒す

木曜日の夜はたいてい心身ともに疲れきって、家に戻る。後少しで週末、まだ木曜かという狭間でどぼーんと落ち込んでいる。

とみに甚だしかった去年6月のある木曜日の夜、なにげなくつけたテレビドラマに思わず見入ってしまった。主人公は30歳、独身、酒癖悪く、妄想癖のあるちょっと太目の女性パティシエ。歯に衣着せず、ぽんぽん言いたいことをいうけど、実に愛すべきキャラクターなのだ。

『私の名前はキムサムスン』

韓国ドラマお決まりの、身分の(?)違い、不治の病、三角(四角)関係、家族の問題に加え、彼女が恋に落ちるのが傲慢な年下のイケメンというところがミソ。それを、コメディーというオブラートでやさしく包んだお話。

1時間、涙もあるけど、出演者の切れのいいせりふの本音に笑い転げると、なんか気持ちがすっきりして、”よし、あと少し、がんばるぞ”という気になる。(そのあと、NHKの『プロフェッショナル』を見るともっとやる気になります)

先日思い切ってDVDを買いました。何度見ても元気が出ます。見たい人、近くにいる人なら貸します。

女性の視点で考えるエネルギー

エネルギー講演
と題した講演に昨夜行って来た。講師は元TBSスポーツキャスターの木場弘子さん。開演前、演壇を見た彼女、こんな高いところからしゃべれませんと、わざわざ取り外したそうだ。観衆はもちろん女性ばかりなのでか、さっくばらんに「・・・だからねえ~」とか「だってさあ~」なんて、飾ることもなく東京弁でしゃかしゃかしゃべり続けた。

彼女は安部総理の諮問機関や総合資源エネルギー調査会の委員、千葉大学教育学部の先生まで広い分野で活躍されているので、「エネルギー」と演題は名をうっているが、話はそれだけにとどまらず、コミュニケーションから教育についてなど、話があっちこっちに飛ぶ。

漠然とエネルギー資源が飢えてくることはわかっていたが、省エネをしなければいけない理由は、経済性もさることながら、温暖化にみる環境性の問題や、エネルギー自給率たった4%!の日本のエネルギーセキュリティー問題からしても、大切なことだとよく分かった。行ってよかったです。

ところで、この講演に誘ってくれたヒカリねーさん!どこにすわっていたのっ!

歴史を学ぶ

小学校の歴史の授業がよほどおもしろかったのか、中学高校に行くと興味はさらに広がり、伝記、古典文学、司馬遼太郎と、歴史に関する本をかたっぱしから読んでいった。授業中私の頭の中は、平安時代は闇に十二単の衣擦れの音、戦国時代は軍馬が怒涛のごとく走り、江戸時代は粋な江戸っ子が店屋をひやかしながら歩いている・・・なんて歴史の登場人物が躍動していた。教科書は言ってみれば、単にごちゃごちゃ入っている知識を順序だてて整理する役割。だが不思議なのは、明治維新あたりまでは授業で丁寧にやっていくのに、そのあとは猛スピードで教科書をめくるだけ。「試験に出すので読んでおくように・・・」

明治・大正・昭和の近現代史の生き証人は私の周りにたくさんいて、話をよく聞かされた。父は2.26事変の日、雪がつもった小学校に行く道で憲兵さんに呼び止められ、今日は学校はお休みになるから、おうちで静かに過ごしなさいと言われたそうだ。関東大震災のとき、ピアノの先生はグランドピアノの下に入って助かった。日露戦争のことはかすかながら祖父が覚えていた。

試験勉強で"字ずら”で覚えたことはすぐ忘れてしまう。教科書の一文を削除したぐらいで事実は変わらない。それより”修学旅行”と称してスキーやディズニーランドにいくのなんかやめて、沖縄のお年寄りにお話聞かせてもらったほうがずっといいよ。

告知

朝の連ドラ『芋たこなんきん』が佳境に入ってきた。かもかのおっちゃんの肺ガンを医者はまちこさんに告げ、まちこさんは夫に、人生最大の敵と共に戦おうと宣言する。

舅のすい臓ガンがわかったときは、すでに末期だった。医者は子供たちには告げたが、本人と姑には内緒にすることにした。一心同体の夫婦なので、もし姑に告げたら、ふたりとも崩れてしまうことを懸念したからだ。
「じーちゃんは肺気腫が悪くなってきているのと、胃がね、よくないんだって。だからしばらく入院してくださいって」・・・舅は本で自分の症状を調べたらしいが、なんせ太陽のような自分の女房が「な~におっしゃるんですかっ!」と元気よく全否定するのだから、それ以上言わず、毎日、ふたり手を握り合って病室で過ごしていたという。

葬儀場の控え室で、姑は「あんた、じーちゃんがガンだって知ってたの?」と私の目をじっと見つめ聞いた。まわりに誰もいなかった。「うん」「・・・ありがとね、知らせてくれなくって。もし知ってしまったら、私がんばれなかったわ・・・」・・・嘘をずーっと突き通してきたこと、正しかった・・・。

ピアノのおけいこ

ピアノ
4歳の私の手をひっぱり、母は巣鴨地蔵通り商店街の近くのバレー教室に連れて行った。将来のバレリーナ誕生を母は密かに期待していたが、娘の体が硬いことがわかり、あえなく挫折。めげずにピアノ教室に鞍替えした。
ピアノの先生のお宅は当時珍しい瀟洒な洋館で、純日本家屋の我が家とは、調度品から雰囲気から照明まで全然違っていた。きりっとした眉の先生は子供心にもあこがれた。ピアノは祖父母が買ってくれた。レッスンは母がつきそい、私が弾いている後ろでメモをとりながら、真剣に先生の話を聞いている。帰ると、びっちりつきっきりで毎日娘に教える。ピアノの練習はきらいじゃないのに、母の口出しがうっとうしくてたまらなかった。
「そんなに言うなら、自分で弾いてみせてよ」ある日とうとう言った。マニキュアつけた長い爪の指では、どうやっても弾けないこと知っていて言った。「勝手にしなさいっ!もう知らないからっ!」やったあ・・・

傍に着ききりの呪縛からは開放されたが、専業主婦の耳はいつも聞いている。音がよどみなく流れていると母は安心した。運指の練習は毎日するので、いつの間にか教本1冊覚えてしまう。読みたい本がピアノの練習で読めなくなるのがいやで、譜面台に本を置いて、読みながら弾くことを覚えた。指は勝手に動く。音は途絶えることなく聞こえる。本はどんどん読める・・・。が、やっぱり見つかった。「まじめにやりなさいっ!」・・・ちゃんと弾いているのに・・・ナルニア国物語を取り上げられた。

『芸は身を助く』とはよくいったもので、音大こそ行かなかったが、結婚してから”てなぐさみ程度”とピアノ教室を開いたら、どんどん口コミで生徒が増え、グループレッスンも加えたら、生徒がいつのまにか100人を超えてしまった。すると、あんなに楽しかったピアノが、私自身が磨り減っていって、全然楽しくなくなってしまったのだ。疲れてクラシック音楽も聴けなくなっていた。・・・夫が起業するのを契機に、廃業した。

宮崎に引っ越すとき、祖父母に買ってもらったピアノも手放した。「そのうちグランドピアノ、買ってやる」夫の言葉は本当とも思えなかったが、まあそうなったらいいかなぐらいなものだった。
宮崎に移って5年ぐらいして、ひょんなことから、ご近所の人から子供ふたりにピアノを教えてほしいと言われた。ピアノも持っていない。すでにやめてから10年ぐらいの歳月が流れていた。指も動かないし、教え方も忘れている。第一、本業があって時間がとれない。・・・しかし、断りきれず、引き受けた。

中古のアップライトピアノを買い、おそるおそる教え始めたら・・・できるのだ。何十年も体で覚えたことは忘れていなかった。パソコン毎日たたいているので、指も思った以上に動いた。溢れるように教えなくてはいけないことが出てくる。楽しい時間ができた。二人がくる土曜日の早朝はわくわく。

今年に入って、なんとなく子供たちの進度がにぶってきた。なぜだろう・・・。彼女たちは電気ピアノで練習をしているため、表現うんぬんになってくると、練習しきれなくなるのだ。・・・で決めた。このアップライトをあの子達にあげよう。どうせ彼女たちの月謝で”もと”とったし。そして、私はグランドピアノを買おう。きっと私の人生最後の大きな買い物になるだろうけど、数年後、しゃかりきになって、子供たちとショパンやリストを練習しているって、ステキじゃない!そして、私にピアノを教えてくださった先生方のような、ステキなおばあちゃんになるんだ!

孤独死

静岡に住む大学時代の友人から20年ぶりで電話がきた。岩手に帰った同級生がここ1年半ぐらい連絡がとれない。休みを取って行ってみたら、家は朽ち果て、誰も住んでいない。近所の人に聞いたら、平成17年8月31日”ぐらい”に亡くなったという。「その、”ぐらい”って何?」一人暮らしで誰も気がつかず、死後何日かして発見されたという。親を看取り、結婚もせず、糖尿・ガンを併発し、暑いさなか、ひとり誰にも気づかれずに亡くなっていった後輩のあまりの無残さに、夫は号泣した。

2年前、年賀状のやりとりも途絶えていたのに、突然岩手のりんごを1箱送ってきた。「昔世話になったから食べてください」と電話をしてきた彼の声は、およそ”死”とは無縁だった。「私たちになんかお金使わなくていいから、大事にためて。年賀状ちょうだいね」でも、年賀状は来なかった・・・。

先日、若い男女が向き合った状態での白骨が、6000年ぶりに発掘されたと報道していた。6000年もの間、地中深くで愛を語らってきたのだろうか。私も願わくば、そうありたい。隣で画面を見つめていた夫の横顔も、そう言っていた。

すてきなメガネ

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メガネは小学校3年生からかけ始めた。両親は目を離して本を読みなさいと常々うるさく言っていたが、寝るときは毎晩本と懐中電灯をかかえてふとんにもぐりこみ、ギリシャ神話なんて厚ぼったい本読む。おまけに、目をつぶって手でまぶたの上からおさえると、きれいな色が見えるのが楽しくて何度もやっていたのだから、目が悪くならない訳がない。
当時、子供のメガネのフレームは赤か黒。脆い素材で出来ていたので、ドッジボールで顔面にボールをぶつけられると必ずどこかが破損した。セロテープで補修する程度ならまだいいが、悪くすると夜しまってる眼鏡屋さんのシャッターを開けてもらって作ってもらわなくてはならない。母は「申し訳ありません」と眼鏡屋さんには言いつつ、私には怖~い顔をしていた。

目は学年が進むにつれてどんどん悪くなり、メガネも厚ぼったくなって重くなる。クラスで人気のある女の子はもちろんメガネなんかかけていない。大きくなったらコンタクトレンズにするんだと心に誓っていた。
やがて、しゃれけも出てコンタクトに。だがパソコンを扱うようになったら、目が乾いてコンタクトは出来なくなってメガネに逆もどり。そのうち老眼が入ってきて、メガネをいくつも持たないと日常生活ができなくなった。

小さいころのトラウマからか、メガネは目立たないのが好きだが、昨今の傾向は、目が悪くなくともアクセサリーのような感覚でメガネをかけるし、フレームは目立つのが主流のような気がする。
20歳のとき初めて香港に行って、何を思ったか、サンローランの思いっきり派手なサングラスを買った。買ったときはまんざらではないと思ったが、日本に帰って鏡でみたら、まるで”マフィアのおねーさん”そのまんまお蔵入りした。

先日ITリーダー塾卒業生勉強会で、みえーるさんが販売しているメガネを持ってこられた。職人さん手作りの重量感あるフレームや、びょんびょん形が変わるものや、組み立て式のメガネや、もちろん今時のステキなサングラスや・・・。こんな傾向になってきているのだと、お話を聞いていて面白かった。眼鏡屋さんに行くと、あたふた買って帰るだけでじっくり見るような事もない(というよりメガネなしだと何も見えないので何があるかわからないの)。なんでも同じだけど、もっと多くの消費者に知らしめたらいいのに・・・。

2月もおしまい

高校2年の2月28日、学年末試験まで後2日しかないと焦っていたら「なんでよ。29日、30日、31日、1日、2日って5日もあるじゃない。余裕よ」と言った友達がいた。後で間違いに気がついて真っ青になっていたが、あれからウン十年、早かったといつもながら思う。2007年2月は今日でおしまい。

私の周りでたった一人、時間がゆっくり流れているのがいる。脳動脈瘤の手術をした姉だ。意識は未だ戻らないが、命の危険は去り、ICUから病棟へ、そして来週リハビリ病棟へと移る。彼女から人間の体の脆さと生きることへの執着が表裏一体となっている不思議さを感じる。物事がうまく運ばないで苛つく気持ちをかかえながらベッドサイドに立つと「もっと肩の力を抜きなさい」と意識下で言われているのかな。
ねえさん、もうじき桜が咲くよ。早く目をさまして・・・

サプライズ

アンソニー・ミンゲラ監督の『イングリッシュ・ペイシェエント』は夫と私の好きな映画のひとつだ。黄土色の砂漠に小さい宝石のようなエピソードがちりばめられ、やがてそれが天の川のようにつながる。そのストーリーを支えるコーランとバッハの溶け合う音楽は、なんと崇高な調べだろうか!
中でもお気に入りのシーンは、インド人将校が看護師ハナを誘い出すところだ。暗がりのところどころにろうそくを灯し、古い教会に誘う。その建物の内壁高い位置に描いてある絵を、彼はハナに大掛かりな装置を作って見せてあげる。こんなサプライズを考えてくれるなんて女冥利につきる!

思わずぽろっと言ってしまった。「い~な~。こんなサプライズ。私ぜんぜんない」「したよ」「いつ?」「結婚する前」「それって何十年も前でしょ」「金も使ったし、うまいもんも食わせた」「今ないもん」「なんで今しなきゃいけないんだ」「え~。いつしてもらってもうれしいよ」「ん~わかった。明日サプライズな料理作ってやる」「そ、そ、それはお断りします。後でサプライズなお片づけと皿洗いが私を待ってる」「じゃ言うな」

・・・身をゆだねていた高邁なラブストーリーが一気に砂漠に沈みました・・・。

魔法のダイエットお弁当

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2月はわが社の健康診断月間である。毎年一人ずつ、手が空いた人から社会保険病院で健診をうけてくる。
スタッフのさとちゃんパパ、去年11月待望の姫が生まれた。いままで”ちょっと太めなの、なんとかしたら?体重3分の2になっても死なないよ”と言っても聞く耳もたずだったが、父親となって、健診を前に一念発起した。付け焼刃的な感じもしたが、毎月1週間、奥方が『魔法のリセットダイエット』(篠塚蘭美以著 主婦の友社 1260円)で勉強した”特別弁当”になる。
やけに大きいタッパにてんこ盛りの野菜、気の毒なほど少し肉類、それにどばっとドレッシングをかけて食べる。ご飯なし。ドレッシングのかけ方も、朝出掛けにきっちり教わるらしいが、胃の中に入ってしまえば皆一緒とばかりに、どばっとかける。
やせの大食いの私だったら2時間ともたないだろうという弁当だが、彼はがんばった。あれよあれという間にベルトの穴位置が2つも縮まった。
やっぱり、娘に「パパってステキ!」って言われるようにならないとね。女房より娘は手厳しいぞお。

長い一日

金曜日朝7時、私は宮崎神宮の参道をまっすぐ本殿に向かって歩いていた。願い事はただひとつ。9時半から行われる姉の脳動脈瘤の手術の成功。こんなときばっかり拝みに来てと神武様も苦笑されるだろうが・・・。
姉は14年前脳動脈瘤が破裂して開頭手術、奇跡的に回復した。昨年暮、同じ場所から出血、開頭手術。3日後別の動脈瘤にコイルを入れる手術もした。それでなんとか命は取り留めたかと思った矢先、また血管に別の破裂寸前の瘤が3つもできてしまった。一昔前だったらきっとそこで終わっていただろうに、病院の先生方も姉の生命もあきらめなかった。
意識はないものの、姉の状態は3回目の頭を開ける手術に臨めるだけ回復し、先生方はとても難しい手術に再再度踏み切ってくださった。

いつもはあっという間に過ぎる午前中も、パソコンモニターの右下の時間の進みが遅い。午前中電話があったら、それは最悪の結果・・・。ようやく昼休み。連絡がなかった!午後、思いを振り切るように外出。帰ってきて外注さんと仕事の打合せ。なんとなく上の空で時間は過ぎてゆく・・・。
4時半、ケータイが鳴る。「所定の工程、予定通り終了しましたって院長先生が言いにこられたよ」・・・姉の娘の声が弾んでいた。・・・よかった・・・

化ける

小中学校のとき、遥かお姉さまたちと思っていた女優や歌手の人たちが、気がつくと”見た目で年下”になっているではないか。酒井和歌子しかり、ジュディー・オングしかり、園まりしかり、浅丘ルリ子しかり・・・。テレビに映る彼女たちはアーカイブの映像ではないのに、どのパーツをじっくり見ても昔と変わらず若々しい。
美しくしているのが彼女たちのお仕事!時間も投資もしているからね!なのだが、どうも合点がいかない。半世紀も生きたんだから、このしわやしみやたるみは仕方がない、お金も暇もないしと思う反面、まだ何とかなるかも知れないという気持ちがいつも喧嘩している。

先日振っても逆さにしても、とうとう出てこなくなったリキッドファンデーションを買いにいった。この1つだけ買おう。あとは何か勧められてもまだありますからと言って、絶対買わないぞ!硬い決意を持って出かけた。
お店の美容部員のうめださん、にこやかでとても聞き上手。高い商品は何も勧めなかった。その変わり、私の悩みと財布の中身をまんまと見抜き、5つも化粧品を買わせてしまった!でも、これらを毎朝晩塗ったくって、はじめて成果がでるのだ。道程は長い・・・。

その晩風呂上りに、もらったパンフレットどおり買った化粧品をつけて、テレビを見ている夫の隣に座った。「ねねねね、ちょっとしわのびたと思う?」彼、目の片隅でちらりと見て一言「笑顔に勝る美しさはない」・・・・・・

運転すれども

通勤で車を使うので”最低限”動かすことは出来る。以前は「ボンネット開けてください」と言われて「えっどこどこ?」と聞くほど、車のメカ(までいかないか)にうとかったが、数年前の苦い経験から少し進歩した。

数年前の帰宅途中、真っ暗な上り坂の山道で、突然フロントガラスが煙につつまれスピードが落ち始めた。あわてて路肩に寄せ、車から降りて見てみると、もうもうと車から煙か湯気かが上がっている。たいへんなことになったと、ケータイを取り出し出張中の夫に電話をするが、山の中な故か通じない。周りを見渡すと車も通っていない。突然恐怖がおそってきた。熊が出てきたらどうしよう。ともかく走った。電話しながら走った。わんわん泣きながら走った。車が通った。少しスピードを落とした。なんでこんな山の中、おばさんが走っているんだろうと思ったのだろう。「助けて!」と言おうかと思ったが、誘拐されたらもっとたいへんと思って無視して走った。
ようやく夫と電話が繋がった。「メーターの針が、ここ何日かHをさしていなかったか?」「何それ?知らない!そんなのついてないよ!も~何でもいいから早く何とかしてよ!」それ以上言ってもしょうがないと思ったのか、横浜にいる夫は、宮崎の友達に電話をし、その友達がまた別の友達に電話をし、その友達が・・・やがて、救助に駆けつけてきたのが、なぜか同じ部落に住む人の息子さん。車の修理工でたまたま近くでパチンコをやっていたそうだ。彼が飲み屋にいたら私は絶対絶命だった。

・・・という話を月次監査に来てくれた顧問税理士に話した。彼女、年頃は私と変わらず、美人で頭も切れる。「私もね、この前代車出してもらったの。それが走っていたら止まっちゃったのよ。どうなってるの、この車!と思って、車やさんにすぐ電話したの。そしたら”ガス欠じゃないですか?”って言うから”どんなガスがもれたんですかっ!”って言ったの。ガスってガソリンのこと言うんですって。あらんだまさん、知ってた?」・・・二人は事務所のスタッフの冷たい視線を浴びました・・・。

十日恵比寿

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宮崎に来るまで、十日恵比寿の行事は大阪あたりの人がするものぐらいの認識しかなかった。引っ越してきた翌年、氏子をしている叔父の”1等景品千両箱。空クジなしのくじ引きあるよ”の一言につられて行ってみた。

♪~商売繁盛笹持ってこい~♪の軽妙な曲が流れる中、人ごみをぬって入っていくと、熊手が売っていた。東京では熊手は11月の酉の日、大鳥神社で買う。1ヶ月3回は酉の日があるが、4回目の四の酉があると、祖母は必ず”来年は火事が多いよ”と言った。
東京で買っていた熊手は手のひらサイズで、稲穂にわずかばかりの金紙がついて、5円玉がぶら下がっているとてもシンプルなもの。対照的に宮崎のは、金の米俵やお札や文字通りの大判などが賑やかに飾り付けてある。今も昔も古い熊手を納め新しいのを手にすると、なんかうきうきする。

昨日も例年通り熊手お札を買い、くじを5枚ひく。3等が1本当った!景品もらって帰りかけて、なんかやり残したことあるような気がした。・・・肝心のお参りするの忘れてた・・・。

正月料理の残り物

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冷蔵庫を開けるとあるある。黒豆、昆布巻き、かまぼこ、ハム、焼き豚、なると、おたふく豆、ぜんざい・・・。台所のコーナーには、みごとにカビカビのお供え餅。どれもとっくに賞味期限は切れているであろうが、捨てられない。
もちろん私の作ったものは何一つない。暮に原料を姑や叔母たちのところに配達すると製品となって届く。たまに砂糖しか調達していないのに、昆布巻きとなって返ってくることもある。いつぞや、うっかり実家の母に口を滑らしたら「何やっているのっ!立場を考えなさいっ!」と言われた。私の立場は”食べる人”なんです。(とは言い返せなかったが・・・)
”明日考えよう”が大得意の私だが、もうちょっと明日はないぞ。生ゴミに直行する前に、もう一度臭いかいでみるか・・・。大丈夫そうだったら夫に食べさせようか・・・。それとも日参する猫にやるか・・・。
小さいころ、正月3日目に「お餅じゃなくてパンが食べたい」と言ったら、「この罰当たりがっ!」と家中の大人たちから叱られた。罰当たりかもしれないが、やっぱり正月料理は二日食べれば充分なのです。作っていただいた皆さん、本当にごめんなさい・・・。

ICUの眠り姫

手術室の隣、広いICUに並ぶたくさんのベッド。そのひとつに姉が静かに寝息をたてている。小さい体からは何本もの管をぶらさげて。年末、くも膜下出血の手術をし成功したとほっとしたら、また別のところから出血。血管に出来たこぶにコイルを埋め込む手術をして、これもなんとか乗り切った。
少しでも傍にいてやりたいと、家族控え室には昼夜を問わず誰かがいる。部屋の机には折り紙。見舞いに来た人は黙って千羽鶴を作り出す。あせる気持ち、不安な気持ちを封じ込めるように。何羽おれたのだろう。毎日微かな回復の兆しを見せていた。
昨深夜、控え室で浅い眠りについていた私は看護士の声で飛び起きた。急変だった。また別のところから出血した。
血管造影、CTで映し出された写真を見ながらしんじ先生はおちついたやさしい口調で、実に丁寧に説明をする。今やっている処置。それを乗り超えたら次の手。それがだめならこの手。姉の娘たちの素朴な質問にも、まっすぐ目を見て納得するまで話してくれる。しんじ先生は逃げない人だ。これでダメなら仕方がないかという気持ちと、何とかうまくいってほしいとわらをもつかむ気持ちとが複雑に交錯する。
生命力は人智を超える。果たして奇跡は起きるのか・・・。

今年の運勢

細木数子も当らない、星占いも全然ダメ、高島易断も違う、四柱推命も誰のこと?暮になると、今年の運勢の本を引っ張り出してきて、ご苦労なことですが検証してみます。
数冊積まれた本の中、今年11月、事の善し悪しは分からないが、富士山がひっくりかえるような出来事が起こると書いてあったのがありました。私はこの言葉に今年初めからおびえていたのです。何がくるんだろう。絶対いいことじゃないな。びくびくびくびく・・・。
11月・・・来ました。思いも寄らぬほうから、来ました。富士山はみごとにひっくり返り、私はこなごなに砕け散り、やっぱりよくないことでした。別に身体的や金銭的に実害があったわけではありませんが、かなり強烈な精神的なダメージでした。
1ヶ月ほどたって客観的に見られるようになると、それは起こるべくして起こったけれど、事態が悪化していない時点でわかったので、意外といい方法でその後の対処が出来ていたことが分かりました。究極の時には回りの人たちの本音が出ます。最悪のことを考えている私以外は、夫をはじめ、みんな楽観的で救われました。

来年の運勢は、ひっくり返った富士山が、大吉に変化をとげるとあります。ぜひそうあってほしい。仕事もみんなのがんばりで、いいことの胎動が聞こえてきつつあります。心を引き締め、来年もがんばらなくっちゃ。

ケヴィン・コスナーと話したい

語学の上達は、動機が不純なほど上達するといいますが、30歳に手が届くころ、米国俳優ケヴィン・コスナーに寝てもさめても傾倒し、”もしケヴィンに誘われてお食事することになったら、I love you だけでは会話がもたない。もっとお話できるようになりたい”と本気で英語の勉強を始めました。
当時、愛知県で最強の主婦の英語勉強会を主催していらした青山静子さんの本や講演に感動し、通訳をめざすかと望みはどんどん膨らんでいきます。学生時代、英語は墜落間近の超低空飛行。しかし、ケヴィンと話すぞという不届きな動機は、私のやる気をおもいっきり引き出してくれました。

・・・でもやめました。というより通訳は向いていないことがわかったからです。
当時現役の通訳をやっていた友達が「あんた絶対向いてない。通訳というのは人と人との間に入って、相手にわかりやすく、かつビジネスがうまくいくよう伝えるのが役割で、黒子なのね。あんたは、んにゃ、そら違う。私はこう思うって自分でしゃしゃり出て、意見言っちゃうでしょ。そういうのは通訳ではなく、通訳してもらう人なの」
実にごもっとも。仰せのとおりでございます・・・。

まあ続けてやっていても、通訳になれるほどの才能はありませんでした。でも、日本語だけでなく、英語を通して得ることが出来た知識は、私に楽しみごとを増やしてくれました。

で、肝心のケヴィン・コスナーですが、美人の奥さんと離婚したとたん、急速に興味なくなってしまいました。

『君が代』はおいしいものの歌

ドーハでのアジア大会が終了しました。センターポールには、誇らしげに日の丸が何度も揚がり『君が代』が何度も流れました。
私が『君が代』を”きちんと”覚えたのは小学校に上がる前。明治生まれの祖父が、背筋を伸ばし正座し、私と相対峙し、いわゆる口伝で教わりました。

きいみいがあああよおおおわー
ちいよおにいいいやあちいよおにいさあざあれー
いいしいのおーいいわあおおとおなあありてえー
こおけえのおーむうすうまああでえー

重々しく、覚えたか?と問う祖父に「はい!お相撲のとき皆で歌うの聞いているから大丈夫!小学校ではちゃんと歌えます!」祖父は満足そうにうなずきました。
以下私の解釈

母が作ってくれる卵の黄身がのっているあつあつの真っ白なおかゆ
千代紙においてある千葉のおばーちゃんちのさざえのつぼ焼き
とても硬い浅草の岩おこし
巣鴨駅前で売っているほかほかのむし饅頭

小学校6年間、よだれが出そうな思いを押しとどめながら、胸をはって堂々と歌い続けてきました。なんで日本の国の歌に、こんなおいしそうなものがぞろぞろ出てるのだろうかと微かな疑問を抱きつつ・・・。

中学に入って最初の音楽の時間、初めて文字で見た『君が代』に仰天しました。知らなかった・・・。誰にも言えませんでした・・・。

再会

”ビフォア・サンセット””ニュー・シネマ・パラダイス-ロングバージョン””チルソクの夏”いずれも国は違えど、恋人同士の再会が描かれている映画です。
何年もの月日を経て、ふたりのまなざしが交錯する瞬間を、画面のこちら側で見ている我々-究極ののぞきの連中-は、好奇心と羨望をこめて待ちます。
人生の中でも特段の輝きを放っている、ふたりしか知りえない、純粋な気持ちでお互いを見つめあっていたその時間・・・振り返り、そして今の生活に必ず視線を移していきます。
あの時あのまま一緒になっていたら、今より幸せだったか・・・それはわかりません。恋愛でなくとも、後年なにかでつまずいたとき、道が二股に分かれた時点までさかのぼり、答えを求めようとします。でも最近、それはしてもしょうがないことだと思うようになりました。もう若いころには戻れませんから。

再会の映画は、心地いい余韻を残して終わります。
私も負けじと思いをめぐらせようとしたとき、えっ?なに?靴下?いつものところでしょ。ん?ない?はいはい、今行きますよ。・・・現実にぐいと引き戻されました。

洗顔

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小さいとき、祖母とお風呂に入ると「お顔は”しゃぼん”でごしごし洗いなさい」母と入って手抜きでもしようものなら、頭つかまれ、石鹸を塗りこんだ手ぬぐいでごしごしやられる。顔はそうやって洗うものと刷り込まれ、何十年もタオルでごしごしごしごし。
ところが、それはダメ!お顔はよーく石鹸を泡立て、泡で洗うのよ、皮膚を傷つけないように、やさしくやさしく・・と世の中変わっていた。仕方がない。今までやってきたことは、記憶の中で無かったことにして、石鹸にこだわり、”おくら”の入っていたネットに石鹸を入れて泡立て、やさしくやさしく洗う。
なんかちょっと違ってきたかな、とニマっとしていた矢先、テレビに映った佐伯チズ女史「洗顔は絶対やってはいけませんっ!!」60歳をはるかに超え、あのお肌の持ち主が言うのだから説得力は抜群なんだけど・・・。
歯の磨き方も、体操のやり方も、食事の取り方も、昔がっちりと教わった方法が、いつの間にやら”それは違う”と切り捨てられていることがなんと多いことか。

おばさんは「今さら何よ」と聞かなかったことにして、今朝もお気に入りの石鹸で洗顔してきました。

花嫁

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夫の友達のお嬢さんの結婚式に代理で行ってきました。どのテーブルにもカテゴライズされなかったようで、新婦のお母さんとおばあちゃんの間に”親戚のおばさん”としての待遇です。
花嫁さんの内掛け姿をみて、突如4半世紀前の場面がよみがえってきました。

おばーちゃん美容師さんに着付けていただいた鬘がなんかぐらぐらするので、おしとやかに座っていたのですが、お腹はへるわ、のどは渇くわで、目の前にあったジュースをストロー使わず飲み干したとたん・・・鬘がはずれた・・・。手で押さえたら、末席に座っていた親戚のおばさんが、着物の裾を翻し、私めがけて駈けてきて、かぽっと元の位置にのっけてくれました。
あまりのことに、司会者が「はい、花嫁退場退場、お着替えしてきなさいね」
大爆笑の中、控え室に帰って、内掛けを脱いで長じゅばん姿、頭にはまだ取れかかった華やかな鬘。複雑な思いで座っていると、入ってきた姑あらんだまばーちゃん「記念よ記念、はい、笑って!」と世にもおぞましき写真を撮ったのです。

いかんいかん、人の結婚式に来ていたんだった。

引き出物の紙袋には、なにやらケーキが入っていそうな大きな長い箱。わーなんだろお、ロールケーキの大きいのかな?2本ぐらい入っているのかな?待ちきれずに車に乗り込んで、がばっと開けると、箱に”みっちり”食パンが入っていました・・・。
ともみちゃん、えいじくん、お幸せに・・・。

おお、そうじ

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友達が我が家にやってきて「あんたんち、きれいなの通り越して、なんもないね」とぬかした。
3年ほど前、風水に”家を片付けると幸せが舞い込む”とあったので、1つ買っては2つ捨て、思い出は心の中いらないものは家の外、を実践していったら、今や当時の家の体重の3分の1になり、どの部屋で大の字で根っころがっても、どこにも手足をぶつけなくなった。もったいないとしまっていた食器も使い、いつか着るだろうととっておいた服も捨て、ほんの少しのお気に入りの物とお気に入りの夫にかこまれて暮らす、ああこの幸せ・・・。

が、見てしまった・・・風呂場のタイルの目地の黒いカビ・・・。お風呂に入るときは眼鏡してないしぃ、夜だしぃ、忙しかったしぃ・・・は言い訳。ちゃんとそうじしていたつもりがしていなかっただけ。
なるべくなら自然にやさしい洗剤を使いたかったけど、強力なカビ取り剤を使ってしまった。あっという間に白くなったけど、来年、我が家のまわりにホタルが出なくなったらどうしよう・・・。

オーラソーマ・ポマンダー

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最近めげることが頻発し、気力が地面をのたうちまわって、ひくひくしている状態が続いていたとき、カラーセラピーでもあるヒカリねーさんから「オーラソーマ・ポマンダーのレッド使ったら?」と勧められました。
ポマンダーは色と香りのついた液体。数滴つけることで、個人のまわりにある電磁波との調和をとり、否定的な影響から守り、肯定的な影響を呼び込むのだそうです。特にレッドは、元気回復にはバッチリとか。
入荷したからと連絡をいただき、ヒカリやさんに勇んで出かけました。
ところが肝心の私のポマンダーが・・・どこにしまったのか・・・見当たらない・・・。貴金属を買いにきたのではない私は、小さくなってチラチラ見ていると、ヒカリねーさんはさっき開けた棚、「あ~れ~」とか言いながら、また開けてる。そこにはなかったでしょ。お店の人も、なんとなくそわそわ探してる。お茶まで出てきてしまいました。
・・・結局その日はギブアップ。
大切に大切にしまって下さって、ホント恐縮です。お店の皆さん、お騒がせしました。

司馬遼太郎記念館は”しみ”まで竜馬

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10月終わりに、修学旅行以来うん十年ぶりで関西へ。念願の司馬遼太郎記念館に行ってきました。
在阪のおばの後ろにくっついて電車の乗り降りをしたので、どうやってたどり着いたのかは不明ですが、確かに表札が出ていました。
野性味あふれるご自宅の庭を通り抜けると、コンクリートと木とガラスで出来た記念館です。
高い天井まで積上げてある蔵書7万冊からの様々な声を、司馬さんは真摯に聞き、文字にして、世に送り出していったんだと思いました。”日本人はなんでこんなにバカになってしまったんだろう”と憂いつつ、21世紀を生きる若者に力強いメッセージも送っています。
蔵書に囲まれた建物の天井の片隅、見上げると”しみ”がまさしく”竜馬”!同行の80歳になる姑(通称あらんだまばーちゃん)も「あらんだまっ!(彼女の驚いたときの口癖)りょうまやが・・・んだぁぁ・・・」と口をあんぐりあけて見ていました。舞い降りてきたのでしょうね。

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