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つれづれ Archive
バンクーバーオリンピックが終わった
- 2010年3月 1日 19:17
- つれづれ
この日の、この瞬間の、この舞台のために、血の滲むような努力をしてきた選手・関係者のみなさん。
ほんとうにお疲れ様でした。
怖がりの私、結果を知ってからしか、テレビが見られませんでした。
フィギアの高橋君は、寸劇を見ているようだった。
まおちゃんはチャレンジャー。ヨナちゃんはアーティスト。
越さんの、指の合図はカッコイイ。
スピードスケートの面々は、みんなスパイダーマン。
愛子ちゃん夫妻の無念さは、年取ったらいい思い出にかわるよ。
結果が出せた人も、残念なひとも、この経験は生涯のかけがえのない宝物だと思うの。
夢のようなひとときを、ありがとう!
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お嬢さんに手紙を書いたら?
- 2010年1月14日 18:17
- つれづれ
その日は、すこぶる上天気。
夫と二人、東海道線を鈍行でとことこ下る、心地いい旅。
目的地は、静岡にあるがんセンター。
日本有数の施設に入院している、大学の同級生を訪ねる。
10年前、奥さんを肺がんで亡くし、今また自分が同じ病気で長くないという。
ほんとうは、どんな顔をして会い、どんな話をしたらいいか、電車に揺られながら、ずーっと考えていたのだ。
おみやげも、考えて考えて、宮崎の焼酎。
夫は後輩である彼が元気になって、また飲めよといいたいのだけど、洒落にならないか、と気にしてる。
・・・そして、20数年ぶりの再会。
大学時代から付き合いだして、30年以上たつ私たちを、しきりとうらやましがっていた。
「でもね、私たちにない、お子さんがいるじゃないの」
彼は寂しく笑い、頑固おやじに愛想尽かして、一人娘は出て行った、という。
「そうなの・・・」
あなたの苦しみを推し量ることなんか、到底できないけど・・・
お嬢さんに手紙を書いたら?
こどものときのこと。
奥さんとの出会い、デート、プロポーズ、婚約、結婚、赤ちゃんが生まれたときの幸福感。
剣道をはじめたこと。
大学生活、就職。
学校の先生になって、生徒たちになにを教えたかったのか。
そんな諸々や、娘に対する溢れる思いを、毎日つづったら?
ひとりぼっちになるお嬢さんの生きる支えに、絶対なるよ。
あなたの娘だったこと、彼女は誇りに思うよ。

この日の青い空、私は生涯忘れない。
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「風の男」と「韋駄天夫人」の物語
- 2009年12月21日 18:22
- つれづれ
と題した、白洲次郎氏と奥方の展示会を、宮崎で開催している。
なんでまた宮崎ですることになったのかは、わからない。
でも、テレビドラマにもなった、彼らの”一本貫いた”生き方に、興味を持った人も多かろう。
一緒に行った姑あらんだまばーちゃんは、書をみて
「字がうまいよね」
次郎氏は日本語は上手じゃなかった、という話だけど、書くと話すは別物なのだろうか。
名家だけに、古い時代の陶器や漆器がたくさん並べてある。
ものは何百年たとうと、変わりがない。
でも、人に対しての歳月は残酷。
花嫁衣装を賛美したばーちゃんは、晩年正子さんのしゃべっている映像を一瞥し、踵をかえした。
デジタルな時間に振り回されている私の毎日に違和感を持ち続けているから、白洲夫妻の流儀に惹かれるのだろうか。
もっと歳とったら、こんな和める書斎と、一年中作物が作れる畑を両手に、夫と晴耕雨読の生活を・・・やれないことは・・・ない・・・かな・・・
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寝たきりのお年寄りは、ベッドで何を思うか
- 2009年11月24日 17:46
- つれづれ
私が成年後見人をしている86歳の隣家のおじ。
要介護5に認定された7月に宮崎市内の施設に移り、9月になってようやくその環境になれ、徘徊もおさまり、やれやれと思っていたら、10月初め意識が遠のき、今度は病院に移ることになった。
普通の病院なので、他の方に迷惑かけたらどうしようかと思っていたけど、もうそんな元気もない。
認知症がすすむと、1ヶ月前の苦労は、今の苦労ではなくなるのだ。
おじは寝たきりになって、人の顔も判別できないが、食事だけは毎日ほぼ完食!
スプーンで運ぶごはんやおかずを、つばめの子のように口をあけ、もぐもぐもぐもぐ。
おじとベッドを並べているは、110歳!のおじいちゃん。
寝てばかりではあるが、104歳と11ヶ月まで、奥様を助手席に乗せ、車を運転していたそうだ。ここ20年ほど、毎年長寿ということで、宮崎市からいろいろいただいていたとか。すごいの一言につきる。
もうひとかた同室なのは、やせ細って、骨に皮がくっついたような状態で、管をあちこちから入れているおじいちゃん。
いびきの自己主張がすごい。もちろん意識はないのだが、しょっちゅう管を引き抜いては、看護士さんに手袋をはめられている。
今年は思いもよらず、お年寄りが変貌を遂げていく様を、目の当たりにしてきた。
だから、自然とそちらの話題があると、引き寄せられてしまう。
先日見た映画『いのちの山河』は、昭和30年代岩手県の山奥の沢内村で、村民ぐるみで豪雪・多病多死・貧困を克服した話。
テレビでは、寝たきりになって家族に迷惑かけたくないと死を願うおばあちゃんと、家で介護をするのが当たり前という息子さんとの葛藤の話をやっていた。
いつも思うことはふたつ。
ひとつは、この選択は、彼らにとってよかったか。
もうひとつは、私は歳とったらどうなるのか。
神様は、思うようにはしてくださらないものね・・・。
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運動神経はDNAにあらず、か
- 2009年10月28日 18:50
- つれづれ
先日、いとこが園長をしている幼稚園で、運動会があった。
生徒数が150人ぐらいだから、そのご両親、じーちゃんばーちゃん、兄弟をあわせたら800人ぐらいになるだろうか。広い園庭の周りをうめつくした応援団にかこまれて、子供たちは、それはそれはがんばった。
感心したのは、リレー。
誰におそわったのでもないだろうに、年長にもなると、見事なフォームでトラックを疾走する。
今いろいろな運動を教える塾が、人気をあつめているという。
幼児期の過ごし方を、サッカー、野球、体操、鉄棒、水泳、などで充実させると、体の切れがよくなるのか、どんな子でも運動能力が高まるらしい。
親が"運痴”は関係ないげな。
この幼稚園では、年少のころから、さまざまな運動に挑戦させている。
その結果、年長になると、動きが機敏になるだけではなく、忍耐力もつき、最後までやりとげるんだ、という強い意志もつくれるという。
去年の運動会で、ひとり集団から離れて、なにするでもなく、ふらんふらん漂っていた男の子。
今年は顔つきもきりっとして、逆上がりもばっちり!登り棒もするする!そればかりか、小さい子たちの面倒までみていた!
「あれも運動効果?」と聞くと、園長は、にんまり・・・
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未完の行為
- 2009年10月10日 13:09
- つれづれ
毎日楽しみにしているメルマガ 二条彪さんの「今日の教訓」を読み返していたら、『先代の悔しかったことをおしえてもらう』というタイトルの文があった。
先代から学ぶことはたくさんありますが,その中でもお勧めしたいことは,
「先代が悔しいと思ったこと」
だそうだ。
今やっている仕事は、夫と創業したから、先代はいない。
でもこの教訓を読んで、私のなかでは、戦争で家業をたたまなくてはいけなくなった祖父母や、高度成長時のビジネス戦士として生きた父が、できなかったこと、悔しかったことを、別の道で達成していこうとしているのではないか、とふと思った。
舅も、他の道を選びたかったかもしれないが、子供の頃から、教員になる、というレールの上を逆らうこともせず歩み、生涯を終えた。
”先代たち”が、ぽつりぽつりと語っていた苦労話を、夫と私はよく覚えている。
彼らの未完の行為を受け継ぎ、やりたくともできなかったことを私たちが達成する、それが、”後継者”である夫と私の夫婦の指針であり、ひいては会社の経営理念になるのではないかな・・・
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宮崎空港は負け組か
- 2009年9月28日 18:25
- つれづれ
というタイトルの記事が、先日の新聞に載っていた。
国土交通省が今年度初めて、国管理の26空港についての損益試算を調べた結果、
「宮崎空港の赤字4億6600万円!」
熊本空港2億円の黒字、鹿児島空港は3億円の黒字、と比べるとなんでよ、ということになるが・・・
収入にはさほど違いがないが、宮崎空港は宮崎市内にとても近いし、海に張り出した滑走路を持っている。その立地条件が、建設費の減価償却や環境整備費の多額な支出を計上し、赤字の原因を作り出しているそうだ。
いつも思うんだけど、ほんと宮崎空港は便利なの!
うちの会社は空港から10分ほどのところにあるから、空港の駐車場に車を放り込み、朝1便に乗り込む。1時間半で着いて、10時半から横浜の客先で打合せやら会議やらに参加し、夕方の便で帰ってくる、が樂~にできる。
距離や運賃は別として、東京都心にいるのと、移動の時間は変わらない。
韓国に行くのも、国内線に乗るような感覚でいけるし。
観光客やキャンプにくる野球選手やサッカー選手、報道のひとたちや、誰もが、宮崎空港って便利って思っているんじゃないかな。
市街地から遠くにつくれば不便だけど黒字、市街地に近ければ便利だけど赤字、なんて短絡的に片付けないで。
入りを増やし、出を抑えれば黒字になるのが経営の基本。
宮崎の”売り”を入りに代える努力をもっとしたら、負け組なんていわれない、と思うんだけどな・・・
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運動をするというのは、資産に分類される
- 2009年9月 2日 18:57
- つれづれ
と言ったのは、今をときめく勝間和代さん。
スカッシュや泳いでいるテレビ映像からすると、あまり運動が得意そうとはお見受けしなかったけど・・・
会計士の思考回路でいくと、運動した時間は、仕事しなかったという解釈はせず、体のコンディションを整え、リフレッシュできるので、貸借対照表の資産に入るそうだ。
そして、年々”減価償却”していくという考え方じゃげな。
な~るほどなあ、と思ったけど、
昨夜ティラピスのDVDを見ながらまねをして、無理に伸ばした腰が痛くて、今日は椅子から立ち上がるたびに「あいたた、あいたた」
私の場合、運動は、負債か営業外費用に入るみたいだ・・・
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夫へ、誕生日のプレゼント
- 2009年8月11日 19:13
- つれづれ
先月夫は58歳になった。
考えたら、よくまあ飽きずに、仲良く一緒にいるもんだ。
お互いの誕生日のプレゼントは
若い頃は、”物”を考え、
10年以上たつと、食事を考え、
20年以上たつと、メールのグリーティングカードだけ。
でも、一番のプレゼントは、お互い健康でいること、じゃないか、と思うようになってきた。
健康に気をつけ、相手の負担にならないように、日頃からこころがける。
そう考えると、今年もりっぱな”プレゼント”がしてあげられたねっ!
ん?やっぱり物にしてくれって?
この前、ゴルフセット買ってあげたでしょ!
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そうだ、アルファに聞いてみよう!
- 2009年6月22日 19:03
- つれづれ
やれgoogleだ、gooだ、yahooだ、と検索エンジンはたくさんあって、世の中便利になったが、もっとすごいのが5月18日に一般公開されたそうだ。
いままでの検索では、文言を入力すると、それに値するようなものを列記してみせてくれるが、アルファは、問いを入力すると、答えを教えてくれる、げな。
例えば、
問い:7月のパリの平均気温は何度?
答え:セ氏20度
と、出てくると、先日のニューズウイークの記事に載っていた。
こんなこというと、おばさんと思われる(思ってるか)かもしれないけど、こんなお手軽に答えが出てくるのを使っていたら、なんにも、おつむに残らないんじゃないだろうか。
私が受けた教育は、「辞書や図書館で調べる」
小学校では、国語辞典、漢和辞典は常時手元におき、わからないことがあると調べる。
中学に行ったら、英和辞典と和英辞典。
高校に行ったら、英々辞典と古語辞典。
理科や社会でわからないことは、学校の図書館。そこでわからないなら地域の図書館。
果ては卒論で、国立国会図書館。
・・・と、汗水たらして調べた。
調べて、鉛筆を走らせ、ノートにまとめて行く作業は、楽しかった。
調べたことは忘れないし、自分の思考が、理論的に構築できるようになる。
朝から晩までパソコン駆使して仕事しているけど、こういうのに抵抗を覚えたり、うさんくささを感じるのは、根がアナログ人間の証拠かなあ・・・。
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企業の未来は「女性力」が握る
- 2009年5月28日 17:25
- つれづれ
早朝、テレビをつけたら、NHK「知る楽」で日産自動車の社長の林文子さんが、元フクスケの社長の藤巻幸夫さんと対談していた。
話を引き出していたのは、藤巻さん。
昨夜の「知る楽」では藤巻さんが、勝間和代さんから話を引き出されていた。
林さんも、藤巻さんも、ものを売ってきた人。
でも、もの、ではなく、こと、を売ることを、部下たちに伝えてきた人。
トップでありながら、ひとりひとりと、向き合って、才能を引き出す努力をしてきた人。
仕事はわくわく楽しく、を教えてきた人。
数字を追求してきたけど、数字では見えない部分を見てきた人。
そして、企業の未来は、「女性力」が握る、と女性の能力を活かせる職場を模索し続けてきた人。
朝から、こういう番組見ると、よっしゃあ、がんばろっ!とやる気モード全開になる。
そう、私の力も、うちの会社の未来を握っているものっ!ねっ!
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年寄り笑うな、明日の自分。
- 2009年4月21日 18:33
- つれづれ
「あんちゃんの頭の中がどうなっているのか、見てみたい」
認知症のすすんでいる自分の兄の面倒を見に、隣家に連泊している、姑あらんだまばーちゃんはじめおばたちがよく言う。
妹たちに見守られて、おじは、基本的には日常の生活がおくれている。
ご飯も3食おいしくいただけ、トイレも自分でいけるし、夜もわりにぐっすり。デイケアに行く週3日以外は、自宅でおだやかな日々を送っている。
ただ、周りにいる人が、誰だかわからない。
また、ふと思い立ったように、引き出しから物を出したり入れたりが、際限なく始まる。つぶやく言葉は、ねーなった(なくなった)だの、おっとられた(盗まれた)だの。
そして、「なさけねーもんじゃ」と頭をかかえる。
先日読んだ五木寛之の『人間の覚悟』(新潮新書)のなかに、
「身体的、頭脳的にもぼけが進行し、あるがごとき、なきがごときに過去と現在の記憶が入り混じって、周囲との関係が保てない状態になっていくとしても、その人間はだめになったのではなく、人間の始原のふるさとへ帰りつつあるのだと思ってはどうでしょうか。」と。
40歳代までは、死や老いは他人事だったけど、50歳代になって、おじの生きる姿を見るにつけ、「衰え」「尊厳」「自然と共に」「謙虚」「ゆるりと」「哀切」なんてことばが、私の頭のなかをぐるぐるとめぐるのだ。
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介護の認定調査
- 2009年2月 4日 19:04
- つれづれ
隣家のおじおばの、介護の認定調査の日がきた。
先月22日に入院以来、どどどーっと認知症がすすんでしまったおばは、ここ数日、けっこう”普通”なので、どう調査の人がとらえるか心配だったが・・・
自分の名前、生年月日、年齢。そこまではOK。でも、話が進んでいくうち、今居るところが保育園で、働きに来ている。園長先生が帰っていいというので、家に帰ると・・・。
おばは一昔前、近くの保育園で働いていた。子供たちや若い先生方に慕われ、自分で働いたお金で旅行にいったり、体も元気で、いきいきしていた。舅姑も看取り、今思えば憂いのないころだった。
おじの調査は自宅で。自分の名前、生年月日はりっぱに言えた。でお年は?「72歳っ!」「・・・・・・」
おじは一昔前の72歳、まだ現役の庭師として、あちこちの剪定に駆り出されていた。丁寧な仕事を信条としているので、お呼びがかかるのだ。稼いだお金で、焼酎とさしみを買ってきて、来客をもてなしていた。
ふたりの時間は、12年前で止まっている。痴呆が進むと、人生で一番幸せな時期に身をおくのか・・・
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梅が満開
- 2009年2月 2日 19:34
- つれづれ
1ヶ月まえはお正月で、みんなでにこにこしていたことを思うと、夢のよう。
おばが倒れただ、介護だ、事務所の拡張だ、駐車場の移転だ、夫の検査入院だ・・・といやはやびゅんびゅん日々が流れ、気がついたら2月。
そして、気がついたら庭の梅が満開。
ひとや世間の移り変わりはあっても、自然はいつも落ち着きはらっている。季節を忘れない・・・。
2月のあらんだまおばさんも替えよっと。
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散歩でつらつら思うに
- 2009年1月 9日 18:51
- つれづれ
正月、私はともかく、食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活をしていた夫は、あやしげなお肉が、さらにお腹のあたりについた。
まずいと思ったのか、「散歩にいくぞ」というなり、もう玄関から出ている。
「はいはい」とペットボトルと手袋もって、運動靴はいて、あわてておいかけた。
照り付けるほどの日の光もなく、おだやかな午後。散歩には絶好のコンディション。
宮崎は、冬でも花は咲き、大根、にんじん、葉もの、麦、きんかんや日向夏などのみかん類・・・たくさんの作物が畑をにぎわせている。
でも、一年を通して、まったく使っていない畑や田んぼも、ほんとうに増えた。
田舎なので一軒屋が点在するが、人の住んでいなくなった家の多くなったことよ。
この年末年始、ニュースは家のないひと、職のないひとをひっきりなしに報道していた。
「田舎にくればいいのに」なんて、単純なことでは解決はつかないだろうが、国内の食の安全や食物自給率をあげるために、また国土保全や二酸化炭素排出問題の対策に帰農するのは、選択肢のひとつにはならないのだろうか。そういう支援は、永田町や霞ヶ関では、思いもつかないのだろうか・・・。
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ブルーインパルス
- 2008年12月 8日 18:26
- つれづれ
気持ちよく田舎道で、車を走らせていた土曜日、視界が晴れた目の前の空に描かれた、Ω(オメガ)形の飛行機雲。
雲をトレースしていくと、地上に激突しているとしか考えられない。
火の手と、もうもうと煙が、どこかで上がっているんじゃないかと、真っ青になって、あちこち探すが、そんな場所も気配もまったくなし。まったりとした、日向時間が流れている。
じゃなんじゃ?
ふと、気がついた。
もしかして・・・自衛隊新田原(にゅうたばると読みます。まるで英語読み!)基地での、航空ショーかも。
でも、あれは大渋滞をきたす日曜日のはずだから、もしかして・・・おけいこ・・・
なんて考えていたら、幾重もの飛行機雲が、冬の澄み切った空に、再び描かれた。
2年前、まだブログ書き始めのころ出くわした航空ショー。カメラの持ち合わせがなくて、ケータイで撮ったのを載せた。こんどはばっちり!
なんていっても、あっという間に、視界からすりぬけてしまうブルーインパルスなので、闇雲にシャッターを切ったら、たまたま写っていた、というのが本当のところ。お日さままで、写っていました。
かっこいいっ!という感動のあとにいつも思うのは、お願いだから、この戦闘機が、爆弾を搭載し、他の国のひとを傷つけるようなことが絶対絶対ありませんように・・・
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男の中の男たち
- 2008年12月 5日 18:16
- つれづれ
昨夜、NHKで、9月に83歳で亡くなったポール・ニューマンのインタビューをやっていた。
俳優・監督志願の若者からの質問に、いたずらっぽく青い瞳を輝かせながら、ユーモアたっぷりに話していた姿は、とても、いわゆる”老人”の年齢とは思えない。
ロバート・レッドフォードと語り合いは、『スティング』の絶妙のコンビを、いまだに彷彿とさせていた。
スーパースター、リベラル、不敵、反骨精神、頑固、不屈の笑いなど、”男っぽい”というフレーズが全てぴったりの彼は、実はものすごい努力家であり、事業の収益を恵まれない子供たちに使う、心温かな実業家でもあった。
10月に亡くなった緒方拳さん。いま放映中のドラマで見せている老医師の姿は痛々しい。
大河ドラマで演じた秀吉や、必殺仕掛人の梅安、鬼畜の主人公は、まるで火が出るような演技だった。
息子さんたちに「かっこいい男でした」と言われる父親って、果たしてどのくらいいるだろうか。
11月に亡くなった筑紫哲也さん。解釈はいろいろあろうが、己の信じる報道精神を、あのやわらかい低音で一本貫いた感がある。”覚悟”が伝わっていた。
みんな、かっこよかった。愛妻家だった。男の中の男たちだった。
”本物”がどんどんいなくなっていく・・・寂しいかぎりだ・・・
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ひとりには限りがある
- 2008年12月 2日 18:15
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洗濯やさんをやっている夫の友人が、共同経営者である弟さんを、交通事故で失った。
その落胆はいかばかりか。しかし家族を養わなくてはいけないから、今必死でがんばっている。
先日彼と夫と、久しぶりで夕飯を共にした。
「ふたりでやっているときは、3人分も4人分も仕事ができるんだよね。でも、ひとりはひとり分しかできないんだ」
「そうね・・・」
哀しいかな、そうなのだ。
仕事を進めるスピードや内容だけでなく、新しいアイデアも、ひとりよりふたり、ふたりより三人、人が増えるほど、発展性がでてくるのだ。自分ひとりで苦しんでいるのではない、という安心感もある。
ネットで仕事を発展させたいと、日夜研鑽している仲間たちも、お互い手をつないでこそ、知恵やパワーが生まれる。
その輪を、さらに大きく広げていきたい。ひとりには限りがあるから・・・。
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38歳がどうしたっ!
- 2008年11月21日 18:21
- つれづれ
38歳、38歳って言われて、本人も苦笑していたけど、38歳の有名人は、先日全日本テニス選手権で優勝した伊達公子さん。
10年以上前、世界で戦っていた頃、彼女は痛々しいほど張り詰めたものを持っていた。
二十歳を少し越したぐらいなんだから、ピンクのウエアが似合うだろうに、浮いてしまうほど、ラリーが厳しかった。
ウインブルドンで、主審にレディー式のご挨拶したとき、えくぼが引きつっていた。
つまんないことを覚えているのは、彼女の試合だけは、いつも夫とテレビで応援していたからか。
ご主人のクルムさんに支えられて再登場した伊達さん、なんて魅力的な女性になったのだろう。笑顔が輝いているし、余裕がある。
NHK教育の「ピラティスレッスン」で模範演技をしている、彼女の動きの美しさよ。
若い頃はパワーがメインでも、経験や思慮深さが加わるのが、年を重ねるいいところ。38歳を侮るなかれ!
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何を食べさせられているのだろう
- 2008年9月24日 18:21
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小学校のころだったか、ある甘味料が体によくないと、使ってある食品が回収になったことがある。
なのに、父は仕事の関係で、回収したソースが手に入って、うちに箱で持って帰ってきた!
祖父母や母は「大丈夫大丈夫」と、メンチカツやコロッケにどろどろかけて使う。「知らないで使ってきて、いまさらなによ」ということらしい。ただだというので、親戚まで配った!不安がるのは弟と私だけ。
祖父母は天寿をまっとうし、父も母もまだ健在。それを思えば、別段なんら影響はなかったということか。
田舎に住んでよかったと思うのは、お米や野菜果物、お肉、お魚は、どこで取れたか分かる。だいたい宮崎県産、ともすれば近所の畑や田んぼで用が足りる。
でも、お彼岸やお盆に仏様におそなえする落雁や、仕事の合間のおやつのチョコまでは、何が使ってあるのかなんて、わかるわけもない。
何を食べされられているのだろう、なんて不安がりながら口に入れたくないんだけど・・・
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熱き心を
- 2008年9月12日 19:48
- つれづれ
人の心は、あやつれない。
人の心は、小手先のワザでは動かない。
自分の頭だけで作った道に、人を乗せても歩かない。
しらけた語りは、人の心を揺さぶらない。
とりすました態度に、人は寄り付かない。
自分の熱き心を、真正面から語り、カッコつけず自ら汗を流す。
そういうあなたが、私は好き・・・
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セミ取り少年
- 2008年8月 6日 18:20
- つれづれ
今日の本題に入る前に、
サーバーのお引越しをしましたら、どこがどうなったか、よくわからないのですが、メールの受信送信ができたりできなかったり・・・。
私のパソコンにメールを出してくださったかた、返事がこないぞ、と思っていらっしゃるかもしれませんが、無視したわけではなく、入ってこないのです。
「なんか悪いとこあったら、お口で言ってごらんっ!」とパソコンに言っておりますが。
夏ばてか暑さぼけか・・・お急ぎのかたは、お電話を・・・。
さて
事務所のお迎えさんは、りっぱなお庭を持っていらっしゃる。
この時期、朝は、そこの木々に隙間無くべっとりセミがへばりついているんじゃないか、と思うほどの大音響。やかましいの通り越して、騒音です。
暑さのボルテージも上がります。
けさは、そのセミの鳴き声にまじって子供の声。
あら珍し、と外を見ると、
大きな虫取り網をかかげて、いかにも"夏の風物詩"をしている少年たちが走り回っています。
「おっ逃げたぞっ」と駆け出す子らの頭をかすめて、セミが飛んでいます。
どこ見て振り回しているんだか、空振りばかりで、ちっともつかまりません。
40年以上前、東京ど真ん中に住む子供たちも、もっと大勢で、うっそうと茂る木々のある家の周りを、ビーチサンダルをぱたぱたいわせて、走り回っていました。
私は最前線で指令を出し、弟は最後尾にひっついて、大きいお姉さんやお兄さんのあとを、息も絶え絶え半べそかいて、ついて回っていました。
今は昔・・・。
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銀行で売り子の声
- 2008年7月25日 18:32
- つれづれ
みずほ銀行に行った。
駐車場に車を入れてドアを開けると、むおおおっと灼熱の空気が押し寄せてくる。
息をとめて銀行の中に飛び込み、深呼吸。
と同時に、いつもの「いらっしゃいませ」とはトーンの違う「らっしゃいませえ~」が響いた。
お祭りの『えれこっちゃみやざき』が明日からあるので、外で的屋のおにいさんが、もう店出しているのかな・・・
バックから通帳やらさいふやらごそごそ出しながら、待合席の間を通り抜けていくと、
「らっしゃいませえ~いかがですかあ~」
と、明らかに私に声をかけられた。
なに?
ゆっくり声の聞こえた方に顔をむけると・・・
若いハンサムな行員さんが、宝くじ売ってる!
お魚屋さんのように!
おばさんは、つつつつと彼の方に行きかけましたが、理性がそれを押しとどめ、
にっこり笑って「ごめんなさい。急いでいるの」
ATMを扱いながら、
やっぱ買えばよかったかなあ、
でも当たらないだろうしなあ、
近寄っていって大きな声で「らっしゃいませえ」といわれるのはいやだなあ、
いや、宝くじ売り場のあいそもこそもないおばちゃんから買うより、当たるかもなあ、
宝くじより髪染めにいかんとなあ、
と、千々に気持ちはみだれるのでありました・・・。
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夢をかなえるゾウを読んだゾウ
- 2008年7月17日 18:49
- つれづれ
高校生のまいちゃん、「これおもしろいよ~。読んでみて」と
分厚い本をおいていった。
『夢をかなえるゾウ』 水野敬也 飛鳥新社 1680円
昼寝の枕によさそうだな。
開くと、"もくじ"なし。
妙なくせがあって、推理小説でも、ハリーポッターでも、結末知ってからじゃないと落ち着いて読めない。
それを『邪道』とさとちゃんパパは呼ぶ。
"もくじ"があるから、最後を見たくなるのであって、
ないから、すすすと読み始めた。
ガネーシャというゾウの姿をした、大阪弁をしゃべる神様が主人公に、人生を大きく変える、つまり夢や目標を実現するためのノウハウを教えていく。
出される課題、どれもこれも、どこかで見たり読んだりしたものばかり。
例えば、トイレ掃除。
例えば、運がいいと口に出して言う。
例えば、毎日感謝する。
けっこう実践しているわ。
ふと、最後もページをめくったら、参考文献がずらり。
あ~やっぱり読んでる。
読んでいる、知っている、実践している、といっても、時期や心理状態、環境が違えば、またとらえかたも違ってくる。
だから新鮮な気持ちで読める。
今回、何度も読み返したところ・・・
生き方は自分で選ぶもの。
自分が幸せだと感じればいい。
誰も努力なんて強制しない。
そもそもやらないかんことなんか存在しない。
今月末、人と会う。
基本的に合わない人はいないと思っているが、その人間だけはどうもだめだ。
私の羅針盤がぐるぐるまわる。
絶えず達成感を求めるタイプと、なんにもしないのが心地よく感じるタイプと。
違いを受け入れる→許す心が育つ、じゃげな。
・・・まだまだ修行がたらんなあ・・・
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おりょうさん
- 2008年5月22日 16:22
- つれづれ
言わずと知れた、坂本竜馬の奥さん。
彼女であろうと鑑定された写真が、新聞記事にのっていた。
んんん・・・うわさにたがわぬ美人・・・
若いころの山田五十鈴に似ているかな。
枢密顧問官をした佐佐木高行が、「有名な美人で、善悪ともなしかねまじく」と書いていたけど、わかるような気がする。
きっと、すくっと立っていると、このタイプ、苦手とする人多かったろうなあ。
茶の湯、いけばな、お香、月琴などのたしなみはあったけど、炊事などはできなかったらしい。
高校時代『竜馬がゆく』でそれを知り、
そういう女性でも"大丈夫なんだ"と、なぜか、ひとりで、勝手に、ガッテンしていた。
今、この写真を見て思うのは、
彼女はどんなにか、竜馬に生きていて欲しかったことか・・・。
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英語より敬語
- 2008年4月25日 19:05
- つれづれ
ケータイが鳴ったので、みてみると地球儀のマークがついてる。
ソウルのお友だち、ちょんさんが「は~い!あらんだまさ~ん、げんきい?」
と電話をしてきた。
「まだちょっと寒いけど、これからは旅行の季節よ。遊びにきたら~」
なんて、他愛もない話をして切った。
ちょんさんは私と同じ歳。
ソウルで、日本の旅行者相手の添乗員をしている。
当然、日本語は達者なのだが、特に違和感を感じないのは、実にみごとに敬語が使えているからだと思う。
最近、聞こえてくる敬語が、めちゃくちゃになってきた。
二重敬語は、慇懃無礼。
『させていただく』連発は、不適切。
もっとすっきりした日本語の言い方あるでしょ!
メールの文章。
誰に対して敬語使ってるのよ!
かと思うと、くだけすぎて、いったい誰に書いてるのよ!と思ったら返事は出さない。
こどものころ明治生まれの祖父母がいたおかげか、母が厳しかったからか、自然と身についていたというのは、本当にありがたいことだ。
小学校から英語教育もいいけど、中身のない英会話より、敬語を、というより、日本語の話し方・書き方を、こどものうちから、きちんと教えたほうが、社会に出てよっぽど役に立つと思うけどな。
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