神々のおりやるところの最近のブログ記事

護国神社

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護国神社.jpg宮崎神宮は広大な敷地を持つ。

博物館あり、昔の茅葺の民家の展示あり、
その一角に護国神社もある。
ひとが絶えない神武さま(宮崎神宮の通称)とはうってかわって、ひっそりとして、ひとけもない。

祀られているのは、「国家公共につくしたひとの神霊」だそうだ。

神社に祀られている神さまがたが、記紀に名を連ねるかたがたであると、親しみと、どことなくおかしみを感じる。

歴史に登場するひとたちだと、少し現実味を帯び、苦しかったであろう人生に思いを馳せる。

でも護国神社の御神は重い。
まだ生き証人たちがたくさんいるからね・・・。


八手神社

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八手神社.jpg我が家は、内外問わず、大小さまざま、種類もいろいろのクモたちが、どやつといる。

別段、悪さするわけでもなく、私が近づくとそそくさと逃げるので、こちらも「きゃあ~」とか「しっしっ」とかも言わず、いるがまま、あるがまま。

でも、ハリーポッターにでてくるアラゴクや、映画南総里見八犬伝にでてくる大グモや、楳図かずおの恐怖マンガにでてくる、世にも恐ろしいクモのように、大抵は悪役になる。

その典型的な悪役のクモを祭った神社があるというので行ってみた。

その名も八手(やつで)神社。
やっぱね。

うちのメインバンクのすぐそば、民家に囲まれているのだけど、
ゴミひとつ落ちていない、それはそれはきれいにしてある神社。

やはりクモたたりを恐れてか・・・
と思ったら、メインのご祭神はシオツツノオジ(シオツツノカミ)じゃげな。
先週行った、野島神社のご祭神と同じ海の神さまじゃないの。

このシオツツノオジは、海幸彦から借りた釣り針をなくした山幸彦を助けた神さま。
記紀には、たびたび登場してくる。

大グモの供養碑.jpgじゃあクモの話はなによ、というと、
その昔、赤江の浜(もとものこの神社があったところ)にあった松林に、夜な夜な人を襲う大グモがいた。
宮本武蔵のような剣の使い手がやってきて、やっと退治できた。
人々は、ほっとしたものの、その大グモのたたりを恐れて、祠をたて、この神社にまつったそうだ。

写真右から4番目の、つるっとした前方後円墳のようなのが供養碑。
昔のひとは、やさしいね・・・。


野島神社

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アコウ2.jpg野島神社.jpgアコウ1.jpg風光明媚な日南海岸。
それに沿った道は、大雨でよく通行止めになる。
それを避けるために山を掘ってつくられた長い長いトンネルを抜けると、内海あたりにつく。

さらに車を走らせると、イセエビが食べられる食堂が点在する。
そのひとつ「星倉」のまん前に野島神社はある。

面に立つ石碑には「浦島太郎をまつる」とある。
浦島太郎ってあの浦島太郎?
なんでここが浦島太郎?
丹波のあたりの人なんじゃないの?

と大雨のなか、考えてもずぶぬれになるだけなので、社殿にすすむ。
と、右にみごとな、というより、おどろおどろしい感のする、アコウの木が空間を覆っている。

ちんまりしたお社で拝むより、この樹齢300年のアコウの木に、思わず手をあわせてしまった。

祀られているのは、シオツツノカミ、サルタヒコ、ウハツツオノカミ、ナカツツオノカミ、ソコツツオノカミと、海の神様がたが勢ぞろいしている。

この野島神社は、かつて白鬚大明神といったそうだ。
アコウは大綱をひねって束ねたような、不思議な木で、
幹からしょんしょん出ている根が、まるで仙人の鬚のように見える。
だから、ただならぬ霊気がただよった雰囲気がするのかな。

怖がりの私、早々に帰ってきました・・・。


木喰五智館

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木喰五智館.jpg『木喰』
なんて読むのか、いったいなんなのか、初めてこの文字を見たときはわからなかった。

もくじき、と読む。
江戸時代、米穀をたち、木の実や野菜を食して、全国行脚したお坊さんのこと。

たいしたもの食べていないのに、92歳まで長生きをした。
そして、暖かい微笑をたたえた仏像を製作し、各地に残した。

今年の1月から3月にかけて、福岡市博物館で『木喰展』が開催されていたが、いけなかった。

本物の彫像を見てみたい、とずーっと思い続けていたら、なんと、私の住む西都市のお寺に、住職として9年もおりやったげな!
どこよ?と探したら、車で7、8分ぐらいで行ける日向国分寺。
今は跡しかない。
「木喰五智館」が建てられ、今なお、木喰上人が彫られた5体の如来さまが鎮座しているという。

いちょうの巨木.jpg行ってみました。

国分寺は奈良時代に各地の国府の近くに建てられはじめ、この日向国分寺は8世紀半ばに建立という。
しかし、今は礎を残すだけ。
この変遷をみつめてきたであろう、いちょうの巨木が若葉を湛えていた。

まだ、木の香りのする「木喰五智館」に一歩足を踏み入れると
足がすくんだ。

如来像1.jpg坐像とはいえ、3メートルはあるだろうか、重量感のある仏像がずらりと並んでいる。

あたりは誰もいない。

「おまえはだれだあ」と声が聞こえたような気がした。

勇気を出して、正面の大日如来の前にきて一礼し、顔をあげると、

左右がアンバランス。
眉毛はみごとな三日月型。
大きなまぶたをとじ、
お鼻はで~んとすわっている。
めくりあがった厚いくちびる、
福々したお耳。
やわらかい肩のライン。
衣のドレープは繊細。
手の表情が美しい。

これが木喰の「微笑仏」か・・・。

はじめは圧倒されたが、どことなく愛嬌のある面立ちに、思わず笑ってしまった。

如来像2.jpg右隣は阿弥陀如来と釈迦如来、左隣は薬師如来と宝生如来
如来さまがた、ふっふと肩で笑っているように見えた。

災害にも戦災にもあわず、よくぞまあ、ご無事で。

比木神社

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比木神社.jpgうちから車で20分ほどいった木城(きじょう)町に、今から1800年も前に建てられたとされる比木神社がある。

ご祭神は、オオムナチノミコト、ミホツヒメノミコト、コトシロヌシノミコト、スサノヲノミコト、クシナダヒメ
までは、おなじみのお名前なので、ふむふむとわかるが、
もうひとかた "福智王" が名を連ねている。

福智王は、6世紀から7世紀にかけて今の韓国西部にあった百済の、王族だったらしい。
歴史の教科書には必ず書いてあり、試験問題に、何年にありましたかって出る「白村江(はくすきえ)の戦い」あたりで敗れて、日本に逃れてきた。(答え;663年)
父禎嘉王はもっと北の南郷町神門神社に、母之伎野(しぎの)は隣町の高鍋町大年神社に祭られている。

異国の貴人で、逃れてきたのに、神社に、日本の神様方と一緒に、祭られている!
おまけに、年に1回、父禎嘉王と息子福智王を結ぶ師走祭りが、今だに行われている!

たぶん、世捨て人のような生活していたのではなく、表に出て、よっぽど徳のあることをされていないと、ちょっとこうはならないと思うんだけど。

クスの巨樹.jpg参道脇のクスの巨樹にはなんの柵もない。
普通、境内のご神木は、人から切り離してあるようなしつらえがしてあるところが多いのに。
思わず、ぺっとり手をさしのべてしまった。

周りを見渡すと、人は誰もいないのに、何か活気がある。
神社めぐりをしていて、ここには神様おりやらん、と思うところあるのに、比木神社は、おりやる。
脈々と先祖代々守ってきたぬくもりが感じられた。


春日神社

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春日神社.jpgこのほど、日南鵜戸神社の第11代宮司となった本部雅裕さん、新富町の春日神社の宮司さんをしていらした。

それだけだったら、あっそ、で終わっていたのだが、この春日神社、なんと800年も続いているらしい。

春日神社かあ・・・どっかで見たなあ、と地図を眺めたら、いつもうなぎを食べにいくので通る道沿いにある。
そういえば、思いっきり「春日神社」と大書した看板があったな。
あそこか、と行ってみた。

奈良にある春日大社の分社なので、ご祭神は同じアメノコヤネノミコト、タケミガヅチノミコト、フツヌシノミコトそれにヒメガミの4神。
とくに、アメノコヤネノミコトは、アマテラスオオミカミが天岩戸にお隠れになったとき、神々を指示して祭典を行った力量の持ち主なので、神事の宗源にあたる神様として敬われているらしい。

800年も続いているということは、鎌倉時代からあるのだから、どんなに古いのかと思ったら、30年ぐらい前にここに移転したので、朱塗りがまだ鮮やかなお社。

先日"ご利益のある参拝のしかた"という本を読んだので、ばっちり、それにのっとってお参りをした。

完璧だね!と自画自賛していたら
ビービービー、と静寂をつきやぶる音響・・・
ケータイ切るの忘れてたっ!
神様、ごめんなさい・・・


南方神社

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うなぎの入船.jpg先日お参りした速川神社と石貫神社の間あたりに、知る限り行列ができてるお店がある。

うなぎの『入船』
構えの、はではでしさもなく、狭くもなく、ごく普通の2階建てのお店屋さんだが、別棟に待合室があって、休日ともなると、そこで1時間待ち。うなぎの日なんて2時間待ちとなる。
駐車場は、西都市役所の駐車場より広いんだから!

宮崎にきて気がついたのだが、うなぎやさんが多い。
ただ、東京のうなぎと違って、焼くから少し硬い。
父は、関東風の蒸したふんわりしたうなぎが好きなので、口に合わなかったみたいだが、一緒に出た、ごじるとつけもの、それと白いごはんのうまさには感嘆していた。

その入船の前にある南方神社。

以前夜うなぎを食べに来たとき、待合室が混んで入れなかったので、時間つぶしに神社でやっていた縁日を覗いた。
ちょうどそのころ、NHKで放映していた時代劇ドラマ「蝉しぐれ」の縁日のシーンに似ていて、ふとタイムスリップしたような気がしたっけ。

ここの縁起は探したのだがわからない。

南方神社とクスの巨木.jpgお社の敷地は広い。
ここには、国指定天然記念物になっている樹齢1000年以上のクスがそびえている。
幹のまわりは10mを優に超えると書いてあった。

近くの、コノハナサクヤヒメが祀られている都万神社にも、クスの巨樹がある。

ひむか神話ロードを丁寧につなげていくと、古代人たちが、縦横無尽にこの地で生きていた証がみえるのだろうなあ・・・。


石貫神社

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石貫神社.jpgふうちゃんのホームページをちらりと見たら、石貫神社という字が目に入った。

先だって参拝した速川神社に行く途中にあるようだ。
いってみよっと!

地図だけたより、表示もなんにもなかったので、行き過ぎてから、やっぱりあそこだったかな、と引き返し、路なりにすすんでいくと・・・あった!

鳥居前で一礼し、参道両脇菜の花に彩られた、砂利路をざくざく踏みしめながら進んでいくと、村の鎮守の神様、といういでたちのこじんまりした社があった。

コノハナサクヤヒメの父君オオヤマヅミカミが祀られていた。

ここら一帯の長(おさ)だったオオヤマヅミカミは、鬼から娘を差し出すよういわれて、一夜で石造りの館を建ててほしいと頼む。
鬼はがんばって建てた。
でも嫁にやりたくない父親は、こっそり石一個(なんていっても大きいが)取って、ぽーんと放りなげ、「でけちょらんやないか」と言って嫁入りを断ったという。

石!.jpgその石がここにある。


階段.jpgお社むかって左は、杉に被われた小高い丘になっている。
このあたり、プロ野球ヤクルトの選手が合宿して、長い階段を上り下りする映像をよく見るのだが、どこやろか、と探すと、あった。


上りましたよ・・・
へーひーはー・・・
誰かあーっ!私を負ぶってえーっ!
・・・といいかけたとき、170段上りきり、ここはどこじゃと見渡すと・・・
なんと!西都原じゃないの!

西都原.jpgどういう位置関係だ???

オオヤマヅミカミは西都原一帯をおさめていたのか・・・
鬼がつくったという館は、西都原にある『鬼の窟古墳』のことか・・・

やっと頭の中で整理がつきました。
『ひむか神話街道』は奥深いね。

速川神社でお守りを買う

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速川神社でお守りを買う.jpg「速川神社は、ひとつだけ、願いごときいてくださるげな」

と言いましたら、ヒカリねーさんと厨房やの女房みちこさんと、うちの派遣さんのちかこさんが、
「いくいくっ!」
と名乗りをあげたので、20日のお彼岸の日、4人で行って来ました。

正月に夫とお参りに初めて行きましたが、まあ歩いた歩いた。
ですから、歩きやすいスニーカーみたいなのを履いてきてね、とメールしたのに、みちこさんは、いつもと同じハイヒール!
「メールに書いたでしょ!」
「出だししか読んでないの・・・」
「崖から足すべらしても、しらないよ」
「・・・がんばる・・・」

お正月と違って、人もまばら。お天気も気候も、実に気持ちのいい日で、うきうき、ピクニック気分。

でも、やっとのことで神社について、神殿で卵とろうそくをお供えしてからは、皆さん真剣です。
なにがなんでも、きいていただかなきゃ、と、長いこと、ごにょごにょ・・・。

社務所でお守りを買うときも、願いごとと値段を細かに吟味。


さて、お願いごとですが・・・うふふ・・・翌日さっそくバッチグーの結果が出た人がいるのよ!
すごいでしょ!

村角の高屋神社

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村角の高屋神社.jpgうちの近くにある高屋神社と同じ名前の神社が、宮崎市内にもあるという。

高屋神社は、景行天皇の行幸先の旧跡と伝えられているが、神社縁起として伝わっているだけで、場所も事実も確たるものではない。

先日西都のに行ったので、今度は村角(むらすみ)のを探し当てていってみると、やっぱりくたびれた社だった。
天気もよくなかったせいか、"景気のいい神社"で感じられるような、背筋を伸ばしたくなるような雰囲気がない。

石の像1.jpgまわりを見渡すと、石に像が刻み込んであるが。
こっちの2つは装束がかわっている。直衣でもなく、狩衣でもなく、直垂でもなく、たら~んときているが、顔はしかめ面をしている。
あっちの3つは、昔人々がお参りしていたのだろうか。猿田彦と読める。
石の像2.jpg

あんまり侘しいので、「神さまあ~、おりやっとですかあ~」とちっちゃい声で聞いてみた。

「お~っ」

・・・と返事はなかった・・・。

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2008年7月

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